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知ろうとしないことは存在しない
JUGEMテーマ:映画
一度だけ、万引きをしたことがある。
盗んだのは本だった。
田山力哉の「海外の映画作家たち」
40年以上前のことだが、本の名前もはっきりと覚えている。
 
大学の授業が終わり、河原町にある駸々堂書店に立ち寄った。
ブルーの表紙カバーの本は奥の方の棚に並んでいた。
その頃、私はヌーベル・バーグといわれるフランス映画や新進映画監督が活躍するイタリヤ映画をよく観ていた。
難解な映画が多かったが、私は背伸びをしながら観ていた。
ほとんど、理解していなかっただろうが、その雰囲気が好きで映画館に通っていた。
著者の田山力哉は辛口の映画評論家として名前が売れていた。
本の内容は当時人気があった映画監督たちの私生活を描きながら、創作の秘密を迫ろうとするものだった。
 
少し立ち読みしていた私は買う気になっていた。
本を裏返し、値段を見る。
当時の私のバイト料からすると、かなり高かった。
店内には多数の客がいたが、専門書が並ぶ本棚付近には私ひとりだった。
どこからも死角になっていた。
魔が差すとは便利な言葉だ。
こういう時に使うと、悪意が無かったようになってしまう。
万引きに言い訳なんて通用しない。
ただ、財布から出すお金がもったいなかっただけだった。
私はそっと、本をカバンに忍び込ませた。
そして、そのまま出口に向かい、通りに出た。
あっけなかった。
罪悪感が全くなく、悪事をやり終えた安堵感しかなかった。
 
それから何日かして、私は万引きで捕まっている学生を見た。
下宿近く、元田中にある古本屋だった。
その学生は交差点の真ん中で、店主に追いかけられて捕まっていた。
衆人環視の中、店主に腕をつかまれて引き連れられていた。
うな垂れた学生は引き回しの刑を受ける罪人のように、惨めな姿をさらしていた。
(都合の良い言い方をすれば、)万引きをした私を見た神様が私にこの光景を見せたのだろう。
万引きの経験はそれが最初で最後だった。
 
京都の一乗寺に、「京一会館」という映画館があった。
遠い昔、ヌーベル・バーグの難解な映画を、4本立てで公開していた。
ヌーベル・バーグとはフランス語の<新しい波>のことで、1950年代から60年代にかけて、フランスで起こった映画運動を指す。
代表的な作品に、ジャン・リュック・ゴダールの「勝手にしやがれ!」、フランソワ・トリュフォの「大人は判ってくれない」、アラン・レネの「去年マリエンバードで」などがある。
ゴダールの映画は難解で、観ていた私はほとんど理解出来なかった。
それなのに、何度も足を運んだ。(大学の1回生で暇だったこともあるが)
難解な映画を観ないと、映画通とは言えないのではないかと錯覚していたのだろう。
それでも、苦労知らずでまだケツの青い学生だった私は、フランス語のセリフが醸し出す雰囲気に大人の世界を感じていた。
 
同じ時期、イタリヤでも傑出した映画監督が出ていた。
ミケランジェロ・アントニオーニ、フェデリコ・フェリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ…。
興行的に観客動員は望めなかったにも関わらず、「京一会館」ではそれらの監督の映画を頻繁に上映していた。
その中でも特に奇異で難解な映画だったのが、ピエル・パオロ・パゾリーニの監督作品だった。
「テオレマ」「王女メディア」「豚小屋」など。
 
そして、「アポロンの地獄」。
ソフォクレスのギリシャ悲劇『オイディプス王』を題材にした映画だ。
青年オイディプスは、母と交わり父を殺すであろう、という予言を受ける。
その運命を恐れたオイディプスは、故郷を捨て荒野をさまよっているうちにライオス王と出会う。
そのライオス王がオイディプスの真の父親であるのだが、そうとは知らずライオス王を殺し、母イオカステと結ばれる。
自身の運命を嘆き、オイディプスは両目をくりぬく。
 
<知ろうとすることは存在し、
知ろうとしないことは存在しない。
お前はお前自身を知らない>
 
ラストシーンで、このテロップが登場する。
映画の中では、知らぬがゆえに父親を殺害し母親と交わってしまう運命を表した言葉なのだが、どこか意味深だ。
現代の何かに訴えているような言葉にも思えてくる。
戒めでもあり、警告でもあるような…。
 
以後、その言葉は時々脳の片隅からひょっこりと現れてくる。
先日私は、この言葉を端的に表している出来事に遭遇した。
 
その内容については、来週書いてみたい。
author:金ブン, category:映画鑑賞, 06:36
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今年観た映画、読んだ本
JUGEMテーマ:映画

40年前、私は旅行会社へ入社した。

研修中、会社の業務内容の説明があり、本業の旅行業の他に駅売店での販売を行う商務部と電車の車内広告等を取り扱う広告代理店部があることを知った。

旅行業の研修が終わり、配属されたのは意外にも広告代理店部だった。

新卒社員は全部で約40人、私以外は全員旅行部へ配属された。

まさか、広告業界へ入るとは思ってもみなかった。

 

ただ、広告業に興味が無かったわけではない。

一貫性のない人間だから、どうしても旅行を仕事にしたいと思って旅行会社に入社したのではない。

他にも広告代理店も受けていたので、広告を生業にするのになんら抵抗が無かった。

 

広告代理店部は天満橋にあるバス停の待合所の奥にあった。

狭い事務所に15人程度の社員が働いていた。

最初は媒体係に配属された。

媒体係とは営業が受注してきた広告の仕事を手配する役目だった。

その中でも、私が最初に担当したのはマスコミの手配だった。

マスコミとはテレビやラジオ、新聞などのこと。

 

しかし、売上のほとんどが交通広告なので、マスコミの手配と言ってもほとんど仕事らしい仕事は無かった。

京都営業所から送られてくる案内原稿を新聞社に持って行ったり、テレビのCFをテレビ局に届けたりする仕事が時たまあるだけだった。

 

梅田にあったK新聞社へ、案内原稿を持って行く仕事は定期的にあった。

暇だったので、そこでよく時間をつぶした。

話好きな人がいたのだ。

 

「広告業で働く者は理屈ばかり追いかけてもいけない。感覚を養わないと。感覚を磨くのに一番の近道は、本を読んだり、絵画を鑑賞したり、映画を観たりして、たくさん感動すること。僕はそう思うな」

社会人になったばかりの私に、広告業が何たるかを教えてくれた。

 

それ以来毎年、出来るだけ多くの本を読み、映画を観た。

センスが磨かれたかどうかは判らないが…。

 

今年も100本以上の映画を観た。

 

その中で今年一番を挙げるとすれば、先週観たこの映画だ。

邦題は「チョコレートドーナツ」。

原題になっている「any day now」はボブ・ディラン「I Shall Be Released」のリフレーンの歌詞だ。

 

マルコは親に見捨てられたダウン症の子。

ショーダンサーのルディと弁護士のポールはゲイのカップル。

母親が麻薬所持で逮捕され施設に送られたマルコを、ルディとポールは引き取って育てようとする。

しかし、ゲイという立場は社会からの偏見や法律の壁に阻まれ、マルコと引き離されてしまう。

ふたりは裁判を通じて必死でマルコを保護しようとするが…。

 

ラストシーンで主人公が「I Shall Be Released」を歌う。

その場面がyoutubeに出ている。

 

https://www.youtube.com/watch?v=ENkkx9GqFbU

 

原曲が判らないほどアレンジされているが、歌詞の内容はこの映画に良く合っている。

ディランがザ・バンドの映画「ラストワルツ」で歌っている「I Shall Be Released」もyoutubeに出ているので、紹介しておく。

 

https://www.youtube.com/watch?v=Fvp3-WPul4I

 

リンゴ・スター、ニール・ヤング、ジョニー・ミッチェルなど、懐かしい顔が見える。

 

 

もうひとつ印象に残っているのが、「きっと、うまくいく」。

インド映画で最高の興行収入を獲得した作品だ。

スピルバーグが3回鑑賞し、ブラピが絶賛していたという。

インド映画特有の踊りが登場し、楽天的でコミカルなストーリー。

とにかく、幸せな気分になれる。

挿入歌になっている「Zoobi Doobi」は軽快で、「ズビドゥビ・ズビドゥビ・パンパーラ ズビドゥビ.....パランパン」リフレーンがいつまでも頭に残った。

 

https://www.youtube.com/watch?v=1jvHPae4FTE

 

それとは対照的に、人間とはどこまで残酷な生き物なのかと、悲観的な気分にさせられる映画が「凶悪」。

ある死刑囚の告白を受けたジャーナリストが、世にも恐ろしい事件の全容に近づいていく様を描く。

死刑囚役のピエール・瀧と事件を裏で操る先生役のリリー・フランキー、ふたりの演技がとにかく凄く恐ろしい。

「アナと雪の女王」でオラフの声優を務めているのがこのピエール瀧なんだから、この俳優のこれからが楽しみだ。

 

原作を読んだ後に映画を観るケースがほとんどなのだが、この映画は観てから原作を読まずにはいられなくなった。

 

他、「ゼロ・グラフィティ」、「キャプテンフィリップス」、「ダラス・バイヤーズクラブ」、「ベコロスの母に会いに行く」などが印象に残っている。

 

また、こんな映画をよくも制作したものだと思った作品もあった。

「受難」と「変態仮面」

ここまでナンセンスを貫くと、笑える。

変態仮面役を演じている鈴木亮平はスゴイ。

 

本は52冊しか読めなかった。

週に1冊のペースだ。

 

青木理「絞首刑」、

清水潔「桶川ストーカー殺人事件―遺言」、

中島岳史「秋葉原事件」、

瀬木比呂志「絶望裁判所」、

中田整一「最後の戦犯死刑囚」、

小野一光「家族喰い」、

北原みのり「毒婦。」、

「凶悪―ある死刑囚の告発」など、

毎年事件や裁判ものが中心になってしまう。

死刑制度の是非が最も気になっているテーマなので、来年もこの傾向が続きそうだ。

 

他に、黒川博行「破門」、乾くるみ「イニシエーション・ラブ」、桐野夏生「だから荒野」などが印象に残っている。

 

健康は人生を楽しくするための重要な要素だ。

近藤誠の「医者に殺されない47の心得」は、老齢になって健康とどう向き合ったら良いか、問題提起してくれた。

全面的に信じる訳ではないが、紹介されている心得は選択のひとつだと強く思った。

 

映画にしても、本にしても、先輩、同僚や友人からたくさん紹介してもらった。

人それぞれ、琴線の振れるところが違うところもあるが、とても参考になる。

 

来年も、出来るかぎり紹介してもらった作品に触れたいと思っている。

author:金ブン, category:映画鑑賞, 11:39
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私も高倉健を
JUGEMテーマ:映画
写真家の加納典名はタレントやコメンテーターとして、よくテレビに出演していた時期があった。
毒舌で、やんちゃキャラを売りにしていた。
テレビの収録に現れた加納はディレクターに訊く。
「今日はいつものキャラで、悪ぶったところを激しく出しましょうか?」と。
実は、私生活ではテレビのキャラと違って、生真面目で誠実な人物だった。
無理して、テレビでのキャラを作っていたそうだ。
 
タレントや俳優など、テレビでのキャラと日常の実相が全く違っている人が結構いるという。
荒くれで大酒を呷っている役ばかり演じている人が、実は甘いもの好きで物静かなおじさんだったり…。
 
高倉健は役どころと実際の人物像とが重なっている。
寡黙で、一本気で。
そして、どこか影を背負っている。
物静かでありながら、いつもまわりの人に細かい気配りをしている。
女に対してシャイな一面を持ち、愛した女をそっと思い続けている。
演じるのはいつもそんな男の姿だ。
 
高倉健が亡くなって半月経つが、いまだにどこかの局で追悼番組が放送されている。
 
45年以上前の話だが、高校1年生の時、高倉健の「網走番外地」を聴いた。
私の実家はパン屋をしていて、工場の2階で従業員たちが寝泊まりしていた。
その部屋に1枚のレコードを見つけた。
それが「網走番外地」だった。
 
高校の同級生だったI君はやくざ映画が好きだった。
I君は肺結核のため2年間留年したので、私より2歳年上の同級生だ。
2年年上だけに少しオトナで、おぼこい私にいろんなことを教えてくれた。
例えば、赤ちゃんが出てくる場所を教えてくれたり…。
(お腹をメスで切り裂いて、赤ちゃんを出すものと思っていた)
 
「やっぱり、健さんはカッコええなぁ」
その頃、任侠映画で人気があった高倉健の大ファンだった。
「鶴田(浩二」や三船(敏郎)なんかより、やっぱり健さんやな」と、高倉健にぞっこんの様子だった。
私は「網走番外地」のレコードが従業員の部屋にあることを告げると、I君は「それって、放送禁止になった唄やんか」と驚いていた。
高倉健が歌う「網走番外地」はテレビやラジオでは流されない放送禁止になっていた。
「それ、聴きたいな」とI君が言うと、一緒にいたA君もぜひ聴いてみたいと言う。
「放送禁止」という言葉が、見てはいけない大人の世界を想像させた。
私は曲の合間に女のヨガリ声や卑猥な言葉が録音されているのではないかと、安易な想像を駆り立てていた。
 
I君とM君が家にやってきた。
部屋を閉め切って、従業員の部屋にあった「網走番外地」を持ってきた。
今では懐かしいEP盤のシングルレコードだ。
ふたりはレコードを手に取って、しげしげと眺めた。
電源を入れると、45回転のシングルレコードはすばやく回り始める。
前奏が流れて、高倉健のドスの利いた低音が響く。
 
春に、春に追われし、花も散る
酒(キス)ひけ 酒(キス)ひけ 酒(キス)暮れて
どうせ俺らの 行く先は
その名も 網走番外地
 
「酒って、キスって読むんやな」と、歌詞カードを見ながらI君。
4番の歌詞で、歌は終わった。
レコード針を下して、3人は言葉が出なかった。
拍子抜けしていたのだ。
どこが<禁止>なのか、さっぱり判らなかった。
女のよがり声や卑猥な言葉なんて、どこにもなかった。
「やっぱり、酒をキスと歌ったのがいかんのとちゃうか」と君がぽつりと言う。
放送禁止の理由は「刑務所を美化したから」だそうだ。
 
その後、高倉健は任侠映画から離れ、様々な映画に出演し、大スターの道を歩んだ。
私は高倉健の任侠映画をほとんど観たことが無い。
最初に観た映画は「冬の華」だった。
「見逃してくれねえだろうか。お前とは長い付き合いじゃねぇか」という池部良を刺し殺す場面が印象に残っている。
 
昨日、「幸せの黄色いハンカチ」で放映されていた。
久しぶりに観た。
やっぱり、高倉健はいい。
あの哀愁に満ちた演技は飽きない。
author:金ブン, category:映画鑑賞, 12:24
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エンディング曲を楽しむ
JUGEMテーマ:映画
13年前、映画「千と千尋の神隠し」を息子と一緒に観に行った。
塚口にある映画館から、伊丹の自宅まで息子を歩いて帰った。
歩きながら、エンディング曲を口ずさんでいた。
「いつも何度でも」は大ヒットした。
この曲を聞くと、亡くなった息子と歩いたことを思い出す。
今は、メールの着信音(オルゴール)になっている。
 
同じジブリ作品で、昨年公開された「風立ちぬ」のエンディング曲はユーミンの「ひこうき雲」。
映画の内容ともよくマッチしていた。
「魔女の宅急便」でもユーミンの曲が使われていた。
 
映画の最後に流れるエンディング曲は、映画の余韻を残すのに重要な役割があると思う。
印象に残っている曲を紹介する。
 
最近記憶に残っているのが、「ソドムの林檎」のエンディング曲。
WOWOWで放送された連続ドラマで、ツタヤでレンタルされている。
結婚詐欺で3人の男性を殺害し、2年前に死刑判決を受けた女の事件をモチーフにしている。
顔を醜く整形した女を、寺島しのぶが妖しく好演している。
内容が凄惨で残酷なだけに、エンディングに流れる曲がどろどろとした気持ちを浄化してくれる。
優しい女性の歌声がぴったりとはまっている。
50歳以上の人なら、曲を聴いて、どこかで聴いたように感じるだろう。
 
https://www.youtube.com/watch?v=0WwEGZvy70Y
 
曲は「街の灯り」。
堺正章が1973年のNHK紅白で歌った曲だ。
歌っているのは浜田真理子。
島根県松江市出身の歌手で、10年前ドキュメンタリー番組「情熱大陸」に出演して話題になったという。
 
「東京夜曲」は2008年に急死した市川準が監督した映画。
モントリオール映画祭で最優秀監督賞を獲得した出世作だ。
東京の下町にある商店街で暮らす人々の心模様を描いたドラマで、主演の桃井かおりはキネマ旬報の主演女優賞、倍賞美津子は助演女優賞を受賞した。
エンディングクレジットは桃井かおりが自転車に乗っているシーンで始まり、そして曲が流れる。
歌っている高田渡は下町風情にぴったりのフォークシンガーだ。
朴訥とした歌い方が映画のラストに色を添えている感じ。
 
曲は「さみしいと いま」。
https://www.youtube.com/watch?v=XS7Jy9NquEY
 
さみしいと いま
いったろう ひげだらけの
その土塀にぴったり
おしつけた その背の
その すぐうしろで
さみしいと いまいったろう
 
そこだけが けものの
腹のようにあたたかく
手ばなしの影ばかりが
せつなく おひかさなって
いるあたりで
 
30年前、1984年制作の「キリング・フィールド」のエンディング曲は忘れられない。
映画は、ポル・ポト率いるクメール・ルージュに支配されるカンボジアが舞台で、内戦を取材するアメリカ人ジャーナリスト シドニーと現地新聞記者 ブランの友情の物語だ。
カンボジア内戦では理由もなく夥しい数の国民が虐殺されていく。
生きるか死ぬか、緊迫した場面が続く。
映画の最後は、シドニーとブランが再会する感動的な場面で終わる。
そして、エンディングクレジットが始まり、曲が流れる。
オリエンタルなアレンジに、心が癒される。
原曲は有名な「アルハンブラの思い出」
 
https://www.youtube.com/watch?v=rNaW6k0ZKaQ
 
注意:「キリング・フィールズ」というサスペンスの映画もあるので、間違えないように。
 
最後に紹介するのは「誰も知らない」。
是枝監督の名を一躍有名にした映画だ。
主演の柳楽優弥はカンヌ国際映画祭で、最優秀主演男優賞を受賞した。
当時14歳で史上最年少の受賞だった。
映画のテーマは母親による育児放棄(ネグレクト)。
エンディング曲は、柳楽が演じる長男明と不登校の中学生紗希が、妹のゆきの亡き骸を飛行場が見える河川敷に埋めて帰る場面で流れる。
タケタカコの「宝石」という曲で、澄んだ歌声が胸を打つ。
 
https://www.youtube.com/watch?v=wee-HQ9Guw0
 
これほど切ないラストシーンはない。
 
映画で最後に流されるエンディングクレジットはほとんど早送りする。
紹介した映画のように、エンディングの曲が映画の印象を高め、強く余韻を残してくれるものもある。
他にも気に入ったものがあるが、印象に残ったものをピックアップしてみた。

追伸:youtubeさん、お世話になりました。
author:金ブン, category:映画鑑賞, 12:28
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延滞金

固定資産税の納付をうっかり忘れていた。

430日が納付期限だった。

 

固定資産税は年4回、3ヵ月ごとに納めなければならない。

今まで銀行からの引き落としにしていたのだが、口座を変更したため最初の4月分は納付書で納めることになっていた。

期限が過ぎると、延滞金を取られる。

連休明けに納めるとして、1週間の延滞になるのだが、延滞の税額は1000円未満で切り捨てになるので、被害はないようだ。

 

ところが、もうひとつの延滞金は痛かった。

 

53日外出先から戻ると、「ツタヤから電話が掛ってきたよ」と愚妻がいう。

「借りていたDVD3日間延滞しているらしいよ」

そんなはずはない。

確か、78日なので、返却期限は56日のはず。

 

連休前の28日、連休中に観ようとDVDを借りた。

すべて新作であっても、51000円で借りることが出来る。

もちろん新作ばかり5本借りた。

 

「謝罪の王様」

「42」

「キャプテンフィリップス」

「ゼロ・グラビティ」

「凶悪―ある死刑囚の告発」

どれも昨年公開されたばかりの映画だ。

 

すべて、78日で借りたつもりだった。

ところが改めて確認すると、袋が二つに分かれていて、3本入った袋は78日だったが、2本の最新作は23日になっていた。

2本とは「ゼロ・グラビティ」と「凶悪」だ。

 

「謝罪の王様」と「42」を29日の<昭和の日>に、「キャプテンフィリップス」

52日にすでに観ていた。

残りの2本は4連休に観ようと、楽しみにしていた。

 

2本の最新作は返却日から3日間延滞している。

最初にこの2作を観ていたら、今すぐに返却できるが、まだ観ていない。

 

ツタヤに電話を入れる。

5本とも78日だと思っていたものだから…」と愚痴ってみたが、店員には関係ないことだ。

「袋を二つに分けていたはずですが…」と冷たい返事。

「明日返すといくらになるの?」と私は横柄に訊く。

「明日でしたら、2073円追加になります。今日の返却でしたら、1554円になります」

「そんなに高くつくのか?」

なんのために、51000円で借りたのか。

ため息をつく。

「今日は何時までの営業?」

「午前1時までです」

今夕方の6時だ。

夕食を済ませてから観れば、何とかその日に返せそうだ。

原付バイクで返しに行くので、晩酌のビールは飲めないなぁ。

 

結局、2本観終わったのが、午後10時過ぎ。

バイクを転がして店まで行き、延滞金を払った。

余計な出費が一番ツライ。

 

しかし、映画は5本とも面白かった。

それがせめてもの慰めだった。

コメディ、スポーツもの、サスペンス、宇宙もの、事件もの。

異なったジャンルの映画で、どれもお薦め。

それにどの映画も、出演している俳優の演技が上手い。

 

「謝罪の王様」は、「舞妓Haaaan!!!」「なくもんか」に続く、監督,水田伸生. 脚本,宮藤官九郎、主演阿部サダヲのコンビ。

謝罪のケースが6つに分かれていて、オムニバス風だが、どこかで繋がっている演出が面白い。

それにテンポが良い。

 

「42」はメジャー最初の黒人選手ジャッキー・ロビンソンの伝記。

ハリソン・フォードが人間味あふれるジェネラルマネージャー役を演じている。

老練な演技でシブイ。

 

「キャプテンフィリップス」はソマリアの海賊に捕まったベテラン船長の救出ドラマ。

全編緊迫した場面の連続で、実話の映画化だけにリアリティがあり、手に汗握る。

船長役トム・ハンクスの視線の演技が緊迫感を高めている。

ソマリアの貧民層の現実が垣間見え、最後は切ない気持ちになる。

 

「凶悪―ある死刑囚の告発」も実話のドキュメンタリーを映画化したもの。

何といっても、ピエール瀧とリリー・フランキーの演技がスゴイ。

暴力的で、本当にコワイ。

寒気がした。

 

「ゼロ・グラビティ」は昨年アカデミー賞の監督賞と主演女優賞に輝いた映画だ。

緊迫した表情のサンドラ・ブロックと対照的に、堂々とした地球の映像美が効果的だった。

これは、映画館で観るべきだった。

 

連休中日の昨日(54日)、近くのレジャー施設へ車で出かけた。

今度は延滞ならぬ、渋滞にうんざりした。

author:金ブン, category:映画鑑賞, 11:48
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泥酔すること
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3年前、ある社員(以下M君)から奇妙な相談を受けた。

 

M君は仕事を終えて、JR天満近くの居酒屋で、ひとり呑んでいた。

となりに座って呑んでいたサラリーマン風の男が、声を掛けてきた。

妙に馬が合い、日常生活の話を楽しく話した。

どちらともなく言いだして、もう1件行くことになった。

スナックのカウンターで呑んだ。

M君はそれまでにかなり呑んでいたので、記憶が朦朧としていた。

1杯呑んだことまでは覚えているが、それ以後の記憶がない。

気付いたら、天満の駅近くの交番にいた。

 

警官が、机の前で事情聴取をしている。

コンビニの駐車場で、知り合った男とつかみ合いのケンカをしているところを、警官が仲裁に入ったようだ。

M君には全く記憶が無い。

時間は深夜12時を回り、翌日になっている。

2時間近く、交番で眠っているという。

 

スナックで呑んでいたところまでは、記憶があったのだが…。

それ以後の記憶が全く飛んでしまっている。

本当にケンカしていたのかと疑問に思ったが、その痕跡なのか、M君のカッターシャツは少し汚れていた。

 

相手のサラリーマンは事情聴取を終えて、帰宅したという。

「ちょっとしたもめ事なので、この調書にサインしたら、帰っても良い」と警察官がいう。

相手の男も被害が無かったため、サインをして帰ったらしい。

「もし、拒否するんやったら、一晩泊まってもらわないといけないが…」

そう言われて、M君は朦朧とした頭でサインをして、交番を後にした。

 

それで終わったと思ったが、2日後相手から会社に電話が掛ってきた。

「言いがかりを付けられて、突然胸倉をつかまれた。交番ではサインしたが、納得いかない。訴えることも考えている」と言う。

そう言われても、M君は何も覚えていない。

交番では示談としてサインをしているので、終わった話だ。

そう応えると、相手は文句を言いながら、電話を切ったという。

 

裁判沙汰になってから、会社に知られたら困るので、予め上司である私に報告してきたのだ。

警察官の前で一旦和解してサインしているのだから、訴えられる道理は成り立たないだろう。

金目的なのかと思ったが、それ以後、電話は掛ってこなかった。

ちょっと脅してやろうと思っただけのようだ。

 

それにしても、奇妙だ。

かなり呑んでいたとはいえ、全く覚えていないのだから。

「君、本当に覚えてないの?」

私は何度もM君に確かめると、やはり覚えていないと答える。

 

私の周辺にも、泥酔し、どうして帰ったか全く覚えていないという人たちがいる。

翌朝目が覚めると、背広のままソファで寝込んでいたとか、メガネが割れていたとか、額に怪我していたとか…。

 

酒に弱いせいもあるが、私はそんな経験がない。

今までに何度か、ふらふらで帰ったことはあるが、ぼやっとでも記憶はある。

胃腸が弱いので、すぐにゲロしてしまう。

 

最近、大学の教授、警察官、学校の先生などなど、帰り路の電車やタクシーで、痴漢や暴行に及んで捕まっている人たちがいる。

抗弁に使うのが、<泥酔していたから、全く覚えていない>だ。

 

最近、元Jリーグのサッカー選手もそうだった。

タクシーの乗車賃を払わず、突然運転手を殴った。

捕まった時、「酒に酔っていて覚えていない」と容疑を否認していた。

 

これまで、酒での失敗談は数限りなく聞いた。

 

天神祭の接待で酔い潰れて、応接椅子でゲロした若手社員

エスカレーターから落ちて、救急車で運ばれた先輩

淀屋橋と三条間を1往復半した上司

駅で失禁してしまった友人

終着駅野洲で起こされ、帰れなくなった同僚

忘年会で、「漬物、食わんかい」と部長に叫んで、翌日怒られた課長

慰安会の宴会で、煮えたぎった鍋の野菜を、取締役の箸を持つ手に乗せて、やけどさせた新入社員

(書き出したら切りがないから、この辺で)

 

デンゼル・ワシントンの「フライト」は、酒で人生に躓いた人間を描いたヒューマンドラマだ。

 

アトランタへ向かう飛行機が突如急降下を始める。

デンゼル・ワシントン演じるウィトカー機長は背面飛行で緊急着陸を成功させ、102人の内96人を助ける。

一躍時の人となるのだが、事故調査委員会の調べで機長の体内からアルコールが検出され、アルコール依存症でコカイン中毒者と判る。

そして、事故機の中からジンの瓶が発見される。

飲酒していて操縦していたことが判れば、終身刑の罪を負うことになってしまう。

敏腕弁護士の活躍で、事故の原因は機体の欠陥によるものだという方向へと動き出す。

そして、最後の公聴会で、思わぬ展開が…。

 

俺は酒の誘惑に勝てない男だ。

たくさんの嘘をついて、酒を飲み続けた。

妻や子どもにも見捨てられ、家庭を失った。

しかし、同僚に罪を被せる嘘だけはつけない。

 

日頃、酒に呑まれている人に、是非、観てほしい映画だ。

author:金ブン, category:映画鑑賞, 14:14
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ふたつの映画
 人間の本質を悪人と見るか、善人と見るか、で物語はかなり異なったものになる。

 

ツタヤへDVDを借りに出かけた。

邦画のコーナーで、映画を探す。

「北のカナリヤたち」を手に取った。

湊かなえの原作で、日本映画を代表する女優 吉永小百合が主演した映画だ。

脇を固めている俳優たちも豪華だ。

森山未来、宮崎あおい、満島ひかり、小池栄子、松田龍平、柴田恭平…。

今年の日本アカデミー大賞では12部門で優秀賞を受賞した。


北のカナリヤたち

 

もう1本、何か面白い映画はないかな、と並べられた棚を物色する。

ある映画が目に止まった。

すると、隣で探している母娘の会話が聞こえてくる。

「お母さん、これ、観た?」と、私が借りようとしている映画を見て、娘が言う。

「これね、やめとき。時間の無駄や」と、母親が切り捨てた。

 

その映画の題名は「悪の経典」。

直木賞候補にもなった貴志祐介の小説が原作で、サイコホラーだ。

主演は「海猿」で人気の伊藤英明。


悪の教典

 

この映画が話題を集めたのは、映画の試写会でAKBの大島優子が、次々と生徒たちが殺戮されていく場面にショックを受け、「私はこの映画が嫌いです」と言い残して、試写会後すぐに帰ってしまったことだった。

大島優子は自身のブログでも、映画関係者に詫びながらも、「でも、私はあの映画が嫌いです。すいません」と書いている。

この行為に、一部ではヤラセの疑いも出ているようだ。

わざと批判することで話題を作り出し、注目を集める手法を、「炎上マーケティング」と言う。

まさに、この行為が話題となって、観客動員数を押し上げたのかもしれない。

(私も、この話題が無ければ、観ていないかも)

 

そういえば、以前これとよく似た映画で、中学生が最後のひとりになるまで殺し合うというのがあった。

深作欣二の「バトル・ロワイアル」だ。

この時も、ある議員が国会で上映の規制を求める質問を行ったことで、話題が広がった。この影響を受けてか、映画は大ヒットとなった。

 

さて、「悪の教典」の感想だが。

前半は案外、面白かった。

プロローグでの、父母を殺そうとするシーン。

職員会議で伊藤英明演じる教師が、携帯電話でのカンニングを防ぐ方法を語るシーン。

そして、一人殺され、二人殺され…。

伊藤英明が犯人だろうと思わせるのだが、謎めいていて面白い。

しかし、犯行がばれそうになってから、もうハチャメチャ。

手当たりしだいに殺しまくる。

人間の尊厳などかけらもない。

 

対して、「北のカナリヤたち」は人間の尊厳だらけだ。

赴任した離島の小学校で、子ども達の歌の才能を見出して、温かく包みこむ教師。

末期がんで、最後の時間を離島で過ごそうとする教師の夫。

担当した事件で人質を助けられなかったことから心に深い傷を負った敏腕刑事。

ある事件が原因で、教師と別れなければならなかった6人の子ども達。

 

誰もが他人を慮るがゆえに、抗しがたい運命に翻弄されていく。

北海道の雄大な風景の中で、絡まった糸が解けるように描かれる。

 

余計なことだが、吉永小百合は68歳とは驚きだ。

いつまでも、知的で清楚だ。

純白で汚れが無い。

家では、洗濯や掃除をしているのだろうか?

ふかしイモを食べながら、すかしっ屁をかましたりするのだろうか?

サユリストを自称するタレントが「吉永小百合はウンコをしない」と言っていたが…。

 

告白するが、何を隠そう、私のファーストキッスの相手はこの吉永小百合なのだ。

小学生の時、こたつのテーブルに婦人雑誌が置いてあった。

表紙の写真は吉永小百合のアップした顔だった。

テレビで大人たちがしている接吻とはどんなものだろうか?

誰もいないことをいいことに、私はその雑誌を手に取り、吉永小百合に接吻をいたしたのであった。

吉永小百合は優しく微笑んでいた。

なんとも、ませたガキだった。

 

話が飛んでしまった。

 

「悪の教典」の最後は<to be continue>の文字が出てくる。

時間の無駄とは言わないが、次は観ないだろう。


伊藤英明は汚れ役があまり似合わないように思う。

溺れている吉永小百合を海底から救い上げる役なんて、良いのじゃないか?

author:金ブン, category:映画鑑賞, 13:03
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「男はつらいよ」の思い出
 32年前、初めて東京へ出張した。

その頃私は、旅行会社の広告代理店部門で勤務しており、電車の広告営業をすると同時に、旅行パンフレットの印刷も担当していた。

その年、会社が創業30周年を迎え、社史を作成することになった。

私はその制作と印刷に関わった。

 

当時、近畿圏以外に名古屋・福岡・東京にも営業所があった。

社史のカラー部分に営業所の写真を掲載することになり、私は各営業所の撮影に立ち会った。

銀座にある営業所の撮影は、東京のカメラマンに依頼し、私が立ち会うことになっていた。

これが、社会人になって初めての東京出張だった。

 

朝一番の飛行機に乗り、銀座まで出掛け、撮影を行ったのだが、撮影は午前中に終わってしまった。

帰りの飛行機は最終便なので、東京見物する時間は十分にあった。

(以来東京出張をたくさん経験したが、毎回時間に追われて、ぎりぎりで最終便に飛び乗るのが常だった)

こんなに時間に余裕がある出張はこの時だけだった。

 

さて、東京のどこへ行こうかと考える。

思いついたのが、葛飾柴又だった。

映画〈男はつらいよ〉はロケ地を一度見たかったからだ。

その頃、この人情喜劇ドラマはシリーズ化され、正月とお盆の季節には必ず上映されていた。

松竹のドル箱シリーズだった。

 

〈男はつらいよ〉は映画化される前、テレビで放映されていた。

私が高校生の頃だ。

テレビドラマにほとんど興味が無かった母が渥美清をえらく気に入り、演技を見て大笑いしていた。

母は毎回そのドラマを観ていたのだが、1回だけ母にとって期待はずれの内容があった。

それは喜劇ドラマとは異なり、シリアスな内容になっていたからだ。

いつものとらやでの茶の間でのシーンなのだが、おじちゃんやおばちゃん、倍賞千恵子が演じるさくらが食卓を囲み、ずっと<幸せとは何か>を話しているものだった。

記憶があいまいなのだが、放浪する寅さんの幸せとは何だろうかというような会話だったように思う。

(そこに渥美清が入っていたかは定かではない)

「ずっと刑務所にいる人でも、幸せと感じている人は幸せだということじゃない」という、さくらのセリフを覚えている。

会話ばかりで、笑うシーンが全く無く、母は不満げだった。

まるで、討論番組のような内容に、私も首をかしげたのだった。

 

ドラマは1年間放送された。

最終回は、ひと儲けしようとマムシを採りに奄美大島(沖縄かも)に行く話だった。

そこで、寅さんがマムシに噛まれる。

付き添っていた源公(佐藤蛾次郎、秋野大作の演じる川又登かも)に、寅さんが「噛まれた傷口から血を吸い出せ」と叫ぶ。

源公が「出来ないよ」と戸惑っている間に、マムシの毒が全身に回って寅さんは死んでしまうのだ。

その知らせを葛飾で聞いたサクラが、南の夜空を見て、「お兄ちゃん」と叫ぶシーンでドラマは終わっている。

 

この哀しい結末に視聴者から多数抗議が届き、映画化されたという。

 

映画の舞台は京成電鉄の柴又駅にある。

撮影を終えた私は、電車を乗り継ぎ、映画で頻繁に登場するその駅で降りた。

帝釈天までの参道は映画のシーンを彷彿とさせる。

お土産に、とらやで草だんごを買った。

帝釈天の境内をひと通り回り、柴又を後にした。

 

余談だが、その帰り道、京成高砂か金町か定かではないが、駅のホームで立ち食いそばを食べた。

噂で聞いていたとおり、そば汁の色はかなり濃かった。

出汁は関西のほうが美味しいと聞いていたものの、その味はそれなりに美味く感じられた。

 

先日、DVDを借りにツタヤへ出かけた。

目的の映画のDVDがすべて借りられていたので、何を観ようか迷った。

行きついたのが、懐かしの映画コーナーの「男はつらいよ」。

シリーズの1話と2話を借りた。


男はつらいよ2


渥美清を初め、もうこの世にいない人がたくさん出てくる。

おいちゃん役の森川信、おばちゃん役の杉山とく子、御前様の笠智衆、タコ社長の太宰久雄などなど。

特に懐かしいかったのは、2話目に出てくる寅さんのお母さん役、ミヤコ蝶々。

大阪弁が小気味よい。

 

「男はつらいよ」は平成7年、神戸大震災の年に48作目が上映され、その2年後特別編として49作目でシリーズが終了した。

author:金ブン, category:映画鑑賞, 13:20
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妻夫木のふたつの演技
 妻夫木の表情に思わず笑ってしまった。

 

ロト7のコマーシャルだ。

http://www.youtube.com/watch?v=0-4vCDe3Zto

 

「お前の夢は金で買えるのか」と柳葉敏郎。

「かっこいい。やばい。涙出そう」と感心している妻夫木。

宝くじ売り場でロト7を買う柳葉を見つけた妻夫木の表情。

失望が滲んだ驚愕の表情はなかなかの演技力だ。

 

映画を観終わった後、心に引きずる場面がある。

犬童一心監督の「ジョゼと虎と魚たち」のラストで見せる、妻夫木の号泣するシーンもそのひとつ。

 

生まれつき足が悪く立つことが出来ない少女、ジョゼ。

(ジョゼは少女の好きなフランソワーズ・サガンの小説に登場する主人公)

妻夫木演じる大学生の恒夫は、悪態をつくジョゼに惹かれていく。

ほんの短い期間、ふたりはともに暮らす。

恒夫は故郷の法事に行く際ジョゼを両親に紹介しようとするが、途中で勇気を失い、車で旅行をして帰る。

その後、何の理由も無く、ふたりは別れる。

 

以前付き合っていた女子学生(上野樹理)と寄りを戻す最後のシーンで、妻夫木は突然座りこんで号泣する。

 

何故、泣くのだろう。

そう思っているところで、映画は終わる。

 

若者の純粋さと、どうしようもない残酷さと。

ほろ苦い後味が、ジーンと心の奥に残る。

 

田辺聖子の同名小説の映画化だ。

読んでから観るか、観てから読むか。

ほとんど読んでから観るのだが、ほとんど映画に失望する。

 

ジョゼ

 

この映画は違った。

原作を上手く脚本した、数少ない映画だと思う。

author:金ブン, category:映画鑑賞, 17:43
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懐かしいふたりの歌手
心が温まった映画を観ると、エンディングロールが終わるまで観てしまう。

 

「キツツキと雨」と「しあわせのパン」はエンディングの主題歌が終わるまで、ぼんやりと画面を見ていた。

 

すると、懐かしい歌手の名前が流れてくる。

「キツツキと雨」ではりりィ。

<りり>がひらがなで、<ィ>が小さいカタカナだ。

あの「私は泣いています」の。

ちょうど、大学生の時に流行った歌だ。

独特のハスキーボイスで、暗闇の中に生きているイメージだった。

 

巻き戻しをして、どこに出演していたのか確認した。

役所広司の亡き妻の法事にやってきたお姉さん役で、昔の面影は全くない。

りっぱなオバサンになって登場していた。


りりぃ1  りりぃ2


もうひとつは「しあわせのパン」のあがた森魚。

 

幸子の幸はどこにある

男一郎 ままよとて

 

「赤色エレジー」で一世を風靡した。

これも、私の大学生の時に流行った。

ちょうど、かぐや姫の「神田川」が世に出る1年前に発売され、同棲ブームに先鞭をつけた。

役どころはcafé maniの客 阿部さん。

「赤色エレジー」を歌っていた頃の悲壮感は無く、人生のしがらみに苦しむ人たちを笑顔で見守るオジサンを演じている。


あがた2  あがた1


りりィも、あがた森魚も40年以上経過して、違った生き物に生まれ変わっている。

 

「しあわせのパン」で、主演の原田知世がいう。

<無理に笑顔を作らなくてもいいのよ>

日頃、無理な笑顔ばかり作り続けている私は、変化することも無く、じっとさなぎのままで留まっているような気がする。

author:金ブン, category:映画鑑賞, 18:19
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