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ハンコ文化

JUGEMテーマ:ニュース

 

高校生の時に観た映画「太陽がいっぱい」はアラン・ドロンの出世作だった。

ニーノ・ロータの主題曲はもの悲しいメロディで、サントラを買って何度も聴いていた。

物語は貧乏人のアラン・ドロンが金持ちの道楽息子を自殺と偽装して殺害し、その男になりすまし金を奪おうとする内容で、最後に失敗するどんでん返し見どころだった。

映画の一場面に、アラン・ドロンが小切手を偽造するため、道楽息子のサインを練習するシーンがあった。

外国ではサインで個人認証していることが何か不思議な気がした。

日本映画なら、アラン・ドロンはハンコを偽造するのだろう。

 

会社勤めをしていたころ、ハンコは必須の道具だった。

とにかく、書類には必ずハンコを押していた。

書類によっては、見ても見なくても、とにかく押しているものもあった。

(昔はよく「めくら判」とか言っていたが、今は禁句になっている)

 

親会社から仕事を受注した時のことだ。

急ぎの仕事なので、早く作業に取り掛かりたかった。

ところが、相手先の部署からなかなかゴーサインが出ない。

決裁の稟議書がまだ戻ってこないと、担当者はいう。

漸く戻ってきた稟議書を見せてもらって、驚いた。

稟議書の表紙にはハンコ押印の一覧があり、20人近くのハンコが並んでいた。

大会社は大変だ。

決裁に時間が掛かるのも無理はない。

日本中の会社では多かれ少なかれ、ハンコを押す書類が机を埋め尽くしている。

 

子会社に勤めていた私も毎日ハンコを押していた。

管理する立場になると、さらにハンコを押す書類は増えてくる。

ハンコは書類を確認したとして押印するものだ。

だが、分厚い書類の付いた稟議書となると、いちいち確認することなんてできない。

パラパラと書類を流し読みしただけで、ハンコを押すことも多かった。

 

会社には暇な上司がいる。

その上司はあり余る時間を使って、書類をチェックするのだ。

「おい、ここの記述が間違ってるやんか」と、香辛料のように嫌みを含んだ言葉を振りかける。

本筋の内容とはあまり関係のないところを、さも寝首をつかんだように指摘する。

そして、言う。

「あんた、ハンコを押してるやんか。ちゃんと書類を見てるのか」と。

 

家の中の引き出しに、たくさんの認印がある。

中には生命保険を契約するとき、保険会社がわざわざ用意してくれた印鑑までも。

どれがどの銀行の印鑑か分からないものや、何の目的で作ったのか分からないものも。

先日定期預金を延長する時に印鑑を持っていくと、「この印鑑ではありません」と言われ、再び家で銀行印を探すことになった。

 

行政改革に取り組む新政権が各省庁での事務処理の効率化を表明し、ハンコ押印がやり玉に上がった。

早速、結婚届や離婚届の押印が不要になった。

今回の騒動で、全日本印章業組合連合会や印章業協同組合など、印鑑の文化を保護する団体があることや日本の印章制度・文化を守る議員連盟(自民党はんこ議連)なるものがあることを知った。

ハンコ文化は根付いているのだ。

 

コロナ禍で自宅自粛していた時、パソコンを教えている人たちに、「電子印鑑とつくろう」という動画送った。

パワーポイントを使って、印鑑を作る内容だった。

生徒さんのひとりが、「これって、使う時があるのかな」という。

生徒さんはみんな、70歳以上の人たちだ。

答えに窮してしまった。

おそらく、何の役に立たないだろう。

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:31
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