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天才棋士の登場

JUGEMテーマ:ニュース

 

羽生棋士が当時の全タイトル7つすべてを奪取した年は阪神大震災の翌年。

震災の後遺症に苦しむ人々に、明るい話題を提供した。

そして、新型コロナウィルス感染や大雨の災害に国民が悩まされる今年、若干17歳の棋士が明るい話題を提供した。

 

私が将棋に興味を持ち始めたのは40年前の結婚したころだった。

妻の実家の近所に、将棋好きのおばちゃん(当時70歳くらい)が住んでいた。

近所の人から「将棋のおばちゃん」と呼ばれていた。

実家に泊まると、将棋のおばちゃんの家に呼ばれて、将棋の相手をさせられた。

私は強くはないが、ある程度戦い方は知っていた。

しかし、おばちゃんは自分から将棋を誘うだけあって、めっぽう強いのだ。

全く歯が立たなかった。

 

NHKの将棋トーナメントを観るようになったのはその頃からだ。

中原誠、米長邦雄、加藤一二三の全盛期だった。

とりわけ、私は加藤一二三のファンで、対戦中の個性豊かなふるまいに魅せられていた。

昭和57年、3度目の挑戦で中原誠名人に勝利し、初の名人位に付いた。

これから名人位を続けて加藤時代が来るかと思えたが、翌年新進気鋭の谷川浩司が登場し、名人位を奪われてしまう。

私が初めて関西将棋会館の大盤解説を見学したのが、この時の加藤・谷川の名人戦だった。

谷川は当時21歳で、史上最年少の名人になった。

ここから谷川時代が始まったのだが、そこへ登場したのが羽生善治。

羽生は棋界に登場してから、次々とタイトルを獲得し、平成8年谷川からタイトルを奪い、前人未到の7大タイトルすべてを保持することになった。

ここから当分の間、羽生時代が続く。

 

ラグビーやプロレスなどのスポーツに観戦ファンがいるように、私は将棋の観戦マニアだ。

ルールや戦形は知っているが、将棋を指すことはない。

先を読む頭脳も弱いので、強くならないことは自覚している。

でも、将棋番組やyoutubeなどを通じて、棋界には詳しくなった。

 

羽生の将棋はかなり観てきた。

もちろん、指し手の奥深い意味を理解できるわけではない。

指し手に対する解説者の驚きや感動を見て、羽生将棋の魅力を感じるだけだ。

 

プロの将棋は紙一重の差で勝負が決する。

慎重に先の先を読み続けて、有利な場面を作っていく。

少しでも気を緩めると、途端に逆転劇が登場する。

 

そんな中で、羽生将棋は解説のプロたちが気付かないような意外な手を指す。

時折、羽生の指した手を見た解説者たちが「へぇ、こんな手があったのですね。いやぁ、気付きませんでした」と叫んだりする。

羽生は今まで指されていないような手順に踏み込んで、勝利をつかむ。

私のような観戦ファンはそんな羽生将棋に魅了される。

当時7冠タイトルをすべて奪取した年から24年が経ち、羽生の隆盛期は終わった。

そして、棋界では8つのタイトルを分け合う、戦国時代がやってきたといわれる。

 

そこへ、とんでもない天才棋士が現れた。

藤井聡太の将棋にも、解説者たちの「へぇ、こんな手があったのですね。」という驚きの声が上げている。

その強さはプロ棋士の誰もが認めるほどにずば抜けている。

 

私よりちょうど半世紀若い、まだ17歳。

羽生棋士は獲得してきた様々な記録を、すべて塗り替える日がくるのではないか。

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:36
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