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どう生きるか

JUGEMテーマ:読書

 

高齢者になっても私は、これからどんな人間になったらいいか、どんな人生を過ごしたらいいのか、に迷っている。

 

昭和12年、若者向けに書かれた本が今もベストセラーになっているという。

その本の名は吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」。

昭和12年といえば、日本国内に軍国主義が勢いづいてくる時代だ。

前年に226事件が発生しており、この4年後に太平洋戦争が始まり、さらに4年後に敗戦を迎えることになる。

 

 

本は思春期の中学生が体験する内容を、小説仕立てで書かれている。

主人公のコペル君の父親は大きな銀行の重役だったが、2年前に亡くなった。

コペル君の家は召使が数人いるほどの裕福な家庭で育ったが、父親の死を機に、一家はばあやと女中と母親の4人の暮らしになり、郊外の小さな家に引っ越した。

近所には大学を出て間もない法学士の叔父さん(母親の弟)がいて、コペル君の相談相手になっている。

 

コペル君にはもの静かな水谷君とブルドッグのように頑強な北見君のふたりの友だちがいる。

それに、小さな商店が立ち並ぶ下町に住んでいる、豆腐屋の浦川君が加わる。

浦川君は同級生からいじめられていた時に、北見君が助けたのをきっかけに友達になった。

 

コペル君は3人との交友関係の中で、いろんな出来事に疑問を持ち、生きていく上での知識を学んでいく。

叔父さんはコペル君が体験することを、助言を加えながらその成長を見ている。

 

この物語の中で、私が一番興味を持ったのが、「雪の中の出来事」の章だ。

 

北見君は柔道部の上級生たちから生意気だと言われて、目を付けられていた。

雪の日、はしゃいで雪合戦をしていた4人の投げた雪が偶然上級生の頭に当たってしまった。

日頃から制裁をくわえてやろうと思っていた上級生たちは北見君に絡んでくる。

北見君が謝っても、執拗に詰め寄ってくる。

北見君の態度が気に入らないと、上級生たちは制裁を加えようとする。

そこへ浦川君と水谷君が北見君を守ろうとして、上級生たちと北見君の間に立つ。

コペル君たちの4人は、誰かに何か起きた時にお互いが守る合うことを約束していたのだ。

 

ところが、コペル君は上級生たちの威嚇や脅しの前に、身体が動かなかった。

上級生たちは制裁を加えると称して、北見君に雪つぶてを投げ続ける。

そして、浦川君と水谷君は北見君に寄り添って、投げられる雪つぶてを一緒に受けるのだった。

だが、コペル君だけが顔が青ざめて、ぼんやりと足もとを見つめたまま身動きできなかった。

 

その後、上級生の威嚇の前に何もできなかったコペル君は、「卑怯者」と自分自身を責めつづける。

その出来事の後コペル君はインフルエンザに罹り、半月ほど学校へ行けず自宅療養することになるのだが、寝床でずっと自分の態度を後悔し、苦しむのだ。

 

そして、コペル君は自分した情けない行為を悔いていることを、叔父さんに打ち明ける。

叔父さんは「自分が悪かったことをしたと思うなら、なぜ、男らしくどこまでも責任を負おうとしないのか」を諌め、「男らしく、謝ることだ」という。

 

<人間である限り、過ちは誰にだってある。そして、良心がしびれていまわない以上、過ちを犯したという意識は、僕たちに苦しい思いをなめさせずにはいない>と、叔父さんはコペル君への手紙に記す。

そして、<この苦しい思いの中から、いつも新たな自信を汲みだしてゆこうではないか>と諭す。

 

この流れの出来事は、幼いころに体験したような既視感に襲われる。

勇気を出して一歩踏み出さなければならない場面で、身体が固まってしまう。

そんな出来事を何度か体験したような気がする。

その体験は大きな後悔の渦となって、心の中に回り続ける。

 

戦前の若者向けに書かれた作品だが、どの時代にも共通する普遍的なテーマとして語られている。

高齢者になった私は今でも、ほんの少しの勇気が出せないため、後に悔いるようなような出来事に遭遇している。

 

そういえば、闇営業問題で嘘の発言をしてしまった芸人たちも、今は思い切り後悔しているに違いない。

author:金ブン, category:読書, 09:37
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