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私の平成

JUGEMテーマ:日記・一般

 

1989年1月7日の夕刊を、妻が保存していた。

 

 

「平成」が始まった日である。

私は36歳だった。

この年の11月に、息子が生まれた。

6年後の1995年(平成7年)、阪神・淡路大震災が発生し、自宅が半壊し建て直した。

その頃、バブル景気が崩壊し、低成長時代に入った。

そして、1999年(平成11年)、私が勤めていた会社は債務超過に陥り、社員全員を解雇して再雇用するというリストラに踏み切った。

 

(当時の大阪新聞の記事)

 

私は退職金を受け取り、再雇用された。

ところが、リストラしたにも関わらず本業である旅行業は業績を上げることが出来ず、親会社は会社を旅行部門と広告部門とに分割し、旅行部門を大手旅行会社に売却した。

旅行業以外の部署は親会社に組み込まれ、私が所属する広告代理店部門も親会社のグループ会社として、再出発することになった。

再出発と同時に、私は京都営業所に転勤になった。

その翌年の2004年(平成16年)、中学3年生に成長していた息子の身体に悪性腫瘍が見つかり、阪大病院に入院した。

約1年間の闘病生活を経て、息子は9月に亡くなった。

その後、約6年間の京都営業所での勤務を終えて、2009年(平成21年)本社に転勤になった。

本社で6年勤務して、2015年(平成27年)6月、62歳で退職した。

そして、今年、66歳になった。

 

昭和から平成に変わった36歳のころ、毎日御堂筋線のすし詰め状態の地下鉄に乗って通勤していた。

いつまでこんな平凡で退屈な日々が続くのだろうと、思う毎日だった。

もうすぐ終わる平成を振り返ると、なかなか変化に富んだ時代だった。

大病することなく健康だったので、何とか乗り切ってこられたと思う。

 

さだまさしが歌う「主人公」に、こんな歌詞がある。

 

♪時を遡る切符があれば、欲しくなる時がある。

あそこの別れ道で選びなおせるならって。

もちろん、今の私を悲しむつもりはない。

確かに自分で選んだ以上精一杯生きる。

 

自分の人生の中では誰もがみな主人公

私の人生の中では、私が主人公だと♪

 

平成の時代、自分なりに頑張って生きてきたと思う。

平成の流行語大賞で表現するなら、

「自分で自分をほめたい」

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:55
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Comment
おはようございます、朝早く失礼致します。
いつもブログを拝見させていただいております。
私も高校時代の親友の男の子を18歳で急性前骨髄球性白血病で失いました。真生(まお)くんといいます。
話は変わりますがうちの弟が今、高2で淳一くんと歳も近いところがあり他人事ではないことを感じました。
今は苦しみから解放されて真生くんと仲良くしてることを祈っております。
長文失礼いたしました。
道夏, 2019/04/29 7:01 AM









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