- ガンで死ぬか、ボケて死ぬか
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2018.09.22 Saturday
JUGEMテーマ:家庭
亡くなった母には7人の兄弟姉妹がいる。
長女、次女、長男、次男、三男、三女、四男の7人だ。
昭和の初めは「生めや、増やせや」の時代だった。
母は次女で、2番目に生まれた。
長女は14年前に亡くなり、母は8年前に亡くなっている。
先週、長男Fさん(92歳)と長男の嫁Yさん(87歳)、そして、次男Iさん(89歳)がガンで入院していると聞いた。
私が幼いころ、大変世話になった人たちだ。
FさんとYさんの夫婦は丹波の同じ病院に、Iさんは尼崎の病院に入院している。
尼崎に住む叔母(三女)のTさんと連絡を取り、3人の見舞いに行くことになった。
14日金曜日、次男のIさんを見舞いに行った。
一人部屋に入っていた次男はかなり衰弱していた。
わずかに話すことが出来たが、か細い声だった。
昔大工をしていて元気な人だったが、20年前に大腸がんになり人工弁を付けている。
それでも手術して寛解し、今まで生きてきた。
先日家族は医者から、持って2ヵ月くらいだろうと寿命を告げられている。
「気分はどう?」と私が訊くと、「もうアカン。いろいろ世話になったな」と、私の手を両手で握った。
その後Tさんと、17日の祝日に丹波の病院に入院しているFさんとYさんの夫婦を見舞いに行こうと打ち合わせをしていた。
ところがその日、突然Yさんが亡くなったとの連絡が入った。
葬式は16日に丹波の葬儀場で行われるという。
9月16日は息子の命日で、この日は家族として1年で一番大事な日なのだ。
お坊さんがお参りに来るだけでなく、亡くなって14年にもなるのに、未だにバスケットの友達たちが連れだってお参りに来てくれる。
93歳の父親が私に、葬式に出席してくれというので、息子の法事は妻に任せて、私はTさんを乗せて車で丹波へ向かった。
葬式には東京や横浜に住んでいる親戚関係の人たちも出席していた。
久しぶりに会う人たちだ。
式が終了し車で斎場へ向かう時、助手席に座っていたTさんの携帯電話が鳴った。
なんと、次男のIさんが急に亡くなったとの連絡だった。
2日前に見舞ったばかりなのに…。
慌てて丹波から戻り、Iさんの自宅へ向かった。
家にはIさんの奥さんが居た。
寿命が2ヵ月と告げられ覚悟はできていたとはいえ、突然の死でかなりショックを受けられていた様子だった。
私は翌日の通夜に参列し、17日の葬儀に出席した。ここでも、2日前丹波の葬儀に参列していた親戚の人たちに再会した。
私は連日喪服を着ることになった。
この16日・17日は、俳優の樹木 希林や山本“KID”徳郁がガンで亡くなったことが報道されていた。
叔母のYさん、叔父のIさんもガンで亡くなった。
ふたりに一人はガンで亡くなる時代とか言われているのだが…。
通夜や葬儀で久しぶりに会った親戚たちの話はもっぱら認知症に罹っている身内のことだった。
それぞれ、寝たきりの夫や実父、徘徊する義母の介護で悩んでいた。
私の母も認知症で寝たきりになり、7年間老人ホームで暮らした。
世話する側もツライが、意志を表すことが出来ないで世話される側もツライのだ。
これも、家族を襲う深刻な問題である。
<君、ガンで苦しんで死ぬか、それとも認知症で寝たきりになって天寿を全うするか>
もし、神様に訊かれたら、どちらを選ぶだろうか。
93歳の父親はいつも言う。
「コロッとと、逝きたい」
願わくば、私もそうありたい。
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