RSS | ATOM | SEARCH
奇縁

JUGEMテーマ:日記・一般

 

大学1回生の時、アーチェリークラブの友達が私の下宿に遊びにやってきた。

本棚にあった高校の卒業アルバムを見ていた友達が突然「この子、知ってる」と言って、記念写真に写っているひとりの女の子を指さす。

その子は三重県の高校から私が通う尼崎の高校に、2年生の時転向してきた女の子だった。

友達はその子と同じ三重県の高校を卒業していて、2年生の時同じクラスだったと言った。

私はその偶然に驚いた。

なぜなら、高校の卒業が間近に迫った頃、私は一念発起してその子に告白し、木端微塵に粉砕されてしまった相手だったからだ。

その失恋は大きなトラウマとなっていたので、友達に振られたことは言わなかったが。

 

生きていると、理屈では説明できない奇妙な<縁>に出くわす。

 

今週、ある講演会に出かけた。

二人掛けの机が並んでいて、僕は後ろの方の席に座った。

となりの席には、ボランティアの会のSさんが座っていた。

その方は、最近私と同じ文化財ガイドのチームに入り、話す機会が多くなっていた。

講演が始まる前の時間に、現役時代の仕事の話になり、私がかつてK交通社という旅行社に勤めていたことを話した。

すると、SさんはK交通社を知っていて、こんな思い出話をされた。

 

Sさんは以前東京の銀行に勤めていて、旅行会社に対してトラベラーズチェックの販売促進を担当していた。

トラベラーズチェックとは海外渡航の際に、現金を持ち歩かなくても済むように発行される外国旅行者向けの小切手のことだ。

33年前の夏、SさんはK交通社の銀座営業所で説明会を開いた。

大阪本社の海外旅行部からNさんが出張して出席していた。

説明会が終わったのが夕方、Sさんは「銀座で食事でもどうですか」とNさんを誘った。

しかし、Nさんは「予定があるので」と辞退したので、そこで別れた。

Nさんは最終便に乗るため、飛行場に向かったという。

Sさんは翌日のニュースで、その飛行機が御巣鷹の尾根に墜落したことを知った。

 

(2015年8月、私はこのブログに飛行機事故で亡くなったNさんとの思い出を書いている)

 

「Nさんは麻雀仲間だったんです」と、私が告げると、「奇遇ですね」と言われ、「ニュースで事故を知った時、何とか引き止められなかったかなと思ったりしました」と、Sさんは当時のことを思い出されていた。

 

世間は広いようで、狭い。

author:金ブン, category:人生, 09:34
comments(0), trackbacks(0), - -
Comment









Trackback
url: http://kanablog1.kanabun-jun.com/trackback/858196