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舞台で演技すること

JUGEMテーマ:日記・一般

 

舞台俳優は大変だ。

ましてや、還暦過ぎで初舞台を踏むなんてことは至難の業だ。

 

今週、文化財ボランティアの会の新年会があった。

手品やビンゴゲームなど定番の催し物以外に、寸劇があった。

それに出演した。

 

昨年10月ごろ、突然、台本を渡された。

原作を作った人と、ある食事会で話す機会があった。

アルコールの勢いで饒舌になっていた私を、出演者に見染めたようだ。

みんなが嫌がるのを、こいつなら断らないだろうと思ったのだろう。

 

劇はこんなナレーションから始まる。

 

戦後70年、あの大戦は一体なんだったのか。

誰一人幸せをつかんだ者がいないじゃないか。

このおぞましい戦争の傷跡を背負い、青春の大半を異国の地シベリアで過ごした一兵卒と、新婚のまま十数年を引き裂かれた一人の女性の物語です。

 

簡単に内容を説明すると、こんな感じだ。

 

新婚3日目の兵士が村の人に見送られて、出征していく。

残された新妻に、村長が面倒を看るふりをして言い寄る。

新妻はそれを拒否して、戦場の夫を待ち続ける。

終戦になり13年の歳月が流れたが、夫は帰ってこない。

そんなある日、村長が大根を持って新妻の家にやってきて、関係を迫ろうとする。

そこへ突然、出征兵士が帰還してくる。

村長はすごすごと退散する。

引き裂かれた夫婦に、再び春が訪れました。チャンチャン。

 

寸劇だけに、物語は簡単だ。

台本を読んだとき、私は引いてしまった。

私の役どころは出征兵士だ。

人前で演じる自分を想像し、寒気がした。

人生で芝居をした経験は一度だけある。

幼稚園で松ぼっくりの役をやらされた時だ。

 

すでに台本も渡され、辞退できる雰囲気ではない。

 

こういう時、私はいつも思ってしまう。

「舞台で演技をしてみるのも、面白いのではないか」

変な好奇心が湧き上がってきたりする。

悪役の村長ではなく、セリフの少ない出征兵士の役どころだし…。

 

結局、積極的に参加することとなった。

オープニングの音楽に「異国の丘」を入れることになり、父親のCDやカセットデッキを持参し、兵士の姿をするための兵隊帽とタスキを用意した。

(どちらも妻が作ってくれた)

 

 

台本の読み合わせと立ち稽古で、3回の練習をした。

私のセリフは簡単だ。

 

出征する時に、<村長様や皆様のお見送りを受けて、わたくし○○は戦地い赴き、お国のために戦って参ります。>

<○子、元気で居ておくれ、もし子供が生まれたら、私だと思って育ててくれ。>

<それでは行ってくるよ。必ず手紙を出すからな>

帰還した時に、<○○、ただ今帰ってまいりました。>と<いやいや、今夜はふたりだけで静かに過ごそう。○子もっとこっちに来てくれ>

 

60歳を過ぎると、極端に記憶力が低下している。

たったこれだけのセリフがなかなか覚えられない。

言葉だけは覚えることが出来る。

だが、演技や状況の中で、このセリフを言うのがなかなか難しい。

稽古中、すんなり出てこないのだ。

簡単に考えていたが、いざ演じる段になるとセリフが出ずに演技が止まってしまう。

 

私は「この芝居は結局コメディですよね」と原作の人に確認し、笑える芝居に台本を書き変えてもらった。

そうでもしないと、とても演技できそうになかった。

笑われて、ヤジが飛んだほうが救われるような気がした。

 

原作を書いた人が村長役を演じるのだが、通し稽古では1回もすんなりといかなかった。

こんな状態なのに、緊張する本番で上手く行くのだろうか。

観客の前で突然、頭が真っ白になることもあるという。

それに、私は人一倍緊張するタイプだ。

 

こんな気分を、いつも舞台俳優たちは経験しているのだろう。

舞台で演じる快感は忘れられないと、俳優たちは言うのだが。

何を好きこのんで、こんな不安な気分を味わっているのだろう。

 

そういえば、4年前宮沢りえが入院した天海祐希の代役を、わずか2日間の稽古期間で見事演じたということを思い出した。

2時間以上の舞台で、しかもセリフ回しが多い役どころだったというじゃないか。

(寸劇と比較して、どうする。りえちゃんに失礼だ)

 

新年会の会場は公民館のホールだ。

観客は少ないのに、やたらと広い。

舞台を見ると、緊張感が増した。


         会場風景
 

会長や来賓の挨拶があり、乾杯して宴会が始まる。

和食の弁当にビール、酒が出される。

寸劇は一番目の出し物だ。

 

芝居はひどい結果だった。

途中、(予想した通り)村長さんがセリフを忘れてしまい、ナレーターが笑ってしまって言葉が出ず、芝居が止まってしまう始末。

救いは演じる側も観る側も、宴会で酔ってしまっているということだ。

案の定、笑われ、ヤジられ、中途半端に終わってしまった。

 

出征兵士とその妻だけは何とか台本通りセリフを言えた(ように思う)。

舞台から降りるとき、終わったことの喜びだけが込み上げてきた。

宴会の席に戻った時、同じテーブルの人たちが私に拍手していた。

それは「よくもまぁ、あんな恥ずかしい劇に参加したね」という拍手だったに違いない。

 

寸劇の後、歌、手品、狂言、川柳披露、ビンゴゲームなどが舞台で行われ、「今日の日はさようなら」で締めくくられた。

 

新年会は平日の昼に行われた。

社会が忙しく動いている時間帯だ。

新年会が始まる前、来賓のひとりが転倒して救急車に運ばれたり、参加するはずの人がインフルエンザで入院した知らせが入ったり。

人生の終末観が漂っていた。

 

終わってから、会のメンバー数人(半分は後期高齢者)と駅前のカラオケに行った。

最後に、みんなで「人生いろいろ」を大声で唄った。

 

夕闇が広がった帰り道、幸せとは何かを自分に問うのだった。

author:金ブン, category:日常の出来事, 17:27
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