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取材する側
JUGEMテーマ:日記・一般
 

京都営業所にいた頃、夏になると比叡山延暦寺のライトアップイベントを企画運営していた。

毎年たくさんの人が夜の比叡山に登ってくるのだが、掛っている費用の割に参拝者は少なかった。

京都市街地の社寺でもライトアップは開催されていて、そちらは比叡山と比較にならない程の参拝者が訪れていた。

確かに夏の夜の比叡山は涼しいし素晴らしい夜景が観賞できるのだが、わざわざ高い交通費を掛けて山までやってこないのだ。

そこで、新聞やテレビでの広報活動が重要になってくる。

営業広告を出すには費用が掛り過ぎるので、マスコミ各社に無料のニュースとして放送してもらうようにお願いする。

開催前になるとNHK・KBSや新聞各社などを訪ね、お願いして回る。

その内の数社が取材に訪れ、ニュースや記事として取り上げてくれる。

すると、放送された翌日から参拝者が増えるのだ。

だから、取材に訪れるとなると、「○○新聞社の方がお見えになりました」とスタッフにトランシーバーで流し、丁重にお迎えする。

カメラマンも記者たちも、その辺の事情を心得ていて、横柄な態度を取る者もいた。

禁止している撮影場所に許可なく入っている者もいた。

それでも取り上げてもらうと参拝者は確実に増えるのだから、VIP扱いになる。

取材される側は完全に弱い立場だった。

 

情報誌の編集を担当していた頃、私も取材する側の立場だった。

社寺仏閣、美術館、グルメやみやげ物のショップなどを紹介するページがあった。

編集会議で取材する場所の候補を挙げ、発行者からの了解を得る。

取材する前に、それら取材箇所に連絡を取り許諾を得て、取材する日程を決める。

取材される側は無料で宣伝してもらえるのだから、断ることはほとんどない。

 

広告の新規営業で、会社や店舗に飛び込みセールスするのはかなり度胸がいるが、取材先候補のところへ飛び込むのはなんのストレスもなかった。

私鉄沿線の駅に置かれる情報誌にタダで掲載してもらえるのだから、相手は大歓迎してくれる。

 

しかし、編集内容の変更で取材が中止になることは時折あった。

取材前の中止なら良くあることなのだが、取材した後での掲載取り止めはなかなか連絡しにくいものだ。

飲食店だと撮影のために料理を用意してくれたり、撮影場所を用意してくれたり、手間が掛っている。

無料の掲載だといっても、割り切れない感情が残るに違いない。

 

取材といえば、こんな話を聞いた。

息子は入院中、同じ病棟のS君をよく可愛がっていた。

S君の病気は神経芽細胞腫。

乳幼児に出来る小児がんの一種だ。

苦しい治療に耐え病気を克服し、S君は退院した。

しかし、S君は脊髄を冒されたため下半身が動かず、車椅子の生活を送ることになった。

やがて、小学校に入学した。

学校や友達の協力を得て、楽しい学校生活を送っている。

ある日、そんなS君の生活ぶりをテレビが取材することになった。

小児がんをテーマにした番組で、ガンを克服して普通に暮らしている子どもたちが数人取材された。

 

カメラを従えたテレビスタッフたちがS君の家にやってきて、家庭での生活ぶりを取材して帰った。

番組名や放送時間は知らされていたので、S君は放送されることを友達のみんなに伝えていた。

テレビに映ることが嬉しく、自慢したかったのだろう。

番組が放送される日、テレビに見入り自分の姿を探した。

しかし、映されているのは同じ小児がんと闘う、他の子どもの姿だった。

S君の映像は全部カットされていた。

「テレビに映るとみんなに言ったのに…」と、S君はショックを受け、もう学校に行きたくないと泣いた。

両親はS君を慰めるのに困ったという。

 

おとなの都合を知らない子どもが、おとなの身勝手さに切り捨てられる。

取材する側の人たちはこの現実を知らない。

いたたまれない気持ちになった。

author:金ブン, category:社会ネタ, 07:38
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Comment
息子さんの闘病記に出てくる子ですよね。生きているという事だけでも救われた気になります。
サンド, 2015/09/19 5:36 PM









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