RSS | ATOM | SEARCH
父の終末
JUGEMテーマ:家庭
「コメダはええ女の子を揃えているな」
昨年近所にオープンした喫茶店から戻って、父が言う。
父はことし3月で90歳になる。
男がボケないで長生きする秘訣をひとつだけ挙げるとしたら、それは女への関心を失わないことだと思う。
 
最近、父は自分の終末が気になっている。
新聞の死亡記事を見て、自分の歳より上の人間だと安心するようだ。
死亡欄に載っている人が96歳だと、「まだ、オレより6歳上やな」と呟く。
その後に、「そうか、ヨシヨシ」という言葉が隠れている。
自分より年上の人が元気な姿で暮らしている様子がテレビに映ると、かなり励まされるようだ。
 
逆に、80歳代で亡くなった人の記事を読むと、「オレももうそろそろかな」と思うのだろう。
死を意識すると、微妙に心が揺れ動くようだ。
 
父の兄(伯父)は3年前、亡くなった。
95歳だった。
だからいつも、父はこの年齢を気にしている。
「アニキの歳までは頑張らんと…」と口癖のように言う。
 
この伯父さんは若い頃かなりの遊び人で、破天荒なところがあった。
伯母さんが伯父さんのことで、よく私の母に愚痴っていた。
呑み屋へ通い、女遊びが絶えなかったと父は言う。
いつもピース缶を持ち歩いていたのを覚えている。
タバコは死ぬ間際まで吸っていた。
タバコが寿命を縮めるというが、伯父さんには当てはまらなかった。
 
「オレはどんな風にして死ぬのやろ」
最近食事をしていると、父はよく呟く。
 
昨年の夏、急に身体が動かなくなり、救急車で運ばれた。
脳梗塞だった。
障害が残るだろうと思っていたが、2週間程入院して、再び元気になった。
 
2週間の入院生活が堪らなく苦痛だったという。
病棟は老人ばかり。
老いることのつらさを見せつけられ、もう2度と入院はしないという。
死が近づいていることを、思い知らされたのだろう。
 
「今度倒れたら、放っておいてくれ。病院で治療しても、しんどいだけや」
父の脳梗塞は脳幹の近くで発症している。
脳幹は意識の制御や生命の維持に重要な役割をしている場所だ。
この部分が冒されると、死ぬ。
だから死ぬのは一瞬で、楽に死ねるのではないかと思っているようだ。
 
父が怖れている終末は寝たきりになることだ。
母は施設で7年以上寝たきりの生活だった。
その姿を間近で見てきたからだろう。
「ぽっくり死ねたらなぁ」といつも言う。
 
死そのものは怖くない。
死にいたるまでに、苦痛を味わうことがツライのだ。
誰でも苦痛を味わうことなく、楽に死にたい。
 
父は毎日自転車に乗って、近くのイオンに出かけている。
そこで、コーヒーを飲み、時間を過ごす。
売り場の女の子を観察しているのだという。
家では映画を観たり、音楽を聴いて過ごす。
映画は戦後の洋画であったり、時代劇だったり。
音楽はほとんどが古い昭和歌謡。
耳が遠いので、イヤホンで聴くようにしているようだが、時折大きな音が部屋から漏れ聴こえてくる。
 
父は、<時間潰し>という言葉を良く口にする。
「どうせ、人生は時間潰しやからなぁ」
「どんだけ、巧く時間潰しをするかが大切なんや」と。
どこか、冷めた考えが滲みついている。
 
哲学者カントのように、規則正しい生活をする。
それに、極めてストイックだ。
寒い日でも熱い日でも、自転車に乗ってイオンまで行く。
「運動せんと、アカンのや」と。
一時、万歩計を持っていた時期があって、今日は何歩歩いたかを気にしていた。
 
食事は、「これが身体に良い」と思うと、そればかりを続けている。
朝と昼は、ツナマヨネーズのパンを野菜ジュースで煮て、ドロドロにしたものを食べる。
以前はそれに魚を入れていた。
その時はキッチンが臭くて仕方が無かったものだ。
 
私はこれまで、父親の暮らしぶりを身近に観察することがほとんど無かった。
母がパン屋と切り盛りしながら、常に子どものそばにいた。
父はサラリーマンで、家に居ることが少なかった。
決して社交的な性格では無く、仲の良い友達もいなかった。
ひとりで行動するのが好きなようだ。
 
子どもの頃に、父と遊んだ記憶が余りない。
近くの公園で遊んでくれたのは、いつもパン屋の従業員だった。
旅行に連れて行ってくれたのは必ず母だった。
 
「子どもの頃、お父ちゃんにご飯作ってもらったことがないな」
先日、父に言うと、否定しなかった。
子どもにベタベタと愛情を押しつけることは無かった。
そんな父親に対して、私は全く不満が無い。
子どものために良く働き、家庭を支えてくれた。
だから、金持ちとは言えないが、お金で苦労したことが無かったし…。
 
私はどちらかというと、母親に似ている。
しかし、当然父親のDNAの一部を受け継いでいる。
身体の作り、マイペースな生き方や考え方、スケベな…。
 
今の父親の姿は私の未来の姿だと思う。
元気で過ごしぽっくりと成仏するなら、私にもその可能性があると。
父親の死に方が気になるのだ。
 
「近頃ふと思うのですが、私、何だか死なないような気がするんですよ…
宇野千代が生前、本に書いていた。
 
思うのだが、父は死なないような気がする。
author:金ブン, category:家庭の話題, 12:22
comments(0), trackbacks(0), - -
Comment









Trackback
url: http://kanablog1.kanabun-jun.com/trackback/858031