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加害者側から見た二つの事件
 「皇室アルバム」を見ていた。

秋篠宮ご息女の眞子さまと佳子さま、それにご子息の悠仁さまが、皇居の庭で戯れている光景が映っていた。

この光景を見ながら、ぼんやりと思う。

皇室と同じ環境で宅間守が育っていたら、あの事件は起きていただろうか?

 

あの事件とは200168日に起こった「附属池田小事件」のことだ。

犯人宅間守が出刃包丁を持ち小学校に乱入、12年の生徒を次々に襲い、8人の児童を殺害した。

その間、へらへらと笑みを浮かべながら凶行におよび、最後の一人を刺し終えた時、「あーしんど!」と呟いたという。

犯罪史に残る特異な事件だった。

 

「宅間守 精神鑑定書」は読み終えた。

400ページを超える鑑定書は実に重い内容だった。

そこには、飾った文章も無く、読みやすさを意識した加工もない。

淡々と、多くの証言に基づいた宅間守の生育歴、生活歴を細かく記載し、宅間の精神症状を詳細に述べる。

 

奇行は小学校から始まり、中学では可愛い女の子の弁当「ミニハンバーグ」に精液をかけて、食べるのを見ていたり、痴漢行為を繰り返す。

単車や自転車を盗んだり、ネコの首をゴムでぐるぐる巻きにしたり、動物を虐待する。

悪ガキの範疇を大きく逸脱した、無鉄砲な行動が続く。

成人して、自衛隊に入隊するも馴染めず、トラブルで除隊、バスやタクシーの運転手に勤務するものの、乗客とのトラブルを繰り返す。

小学校の用務員として勤めた時も、先生や生徒とのトラブルを起こし、果てに薬物混入事件を引き起こす。

その行動は、心に溜まる不快感や焦燥感から逃れるため、無鉄砲、短絡性、衝動性から発せられた。

数回、精神病院に入院し、統合失調症を疑われ、抗精神病薬を服用している。

 

無差別殺人を裁く際、刑法の39条が適用出来るか否かが焦点になる。

39

1.心神喪失者の行為は、罰しない。

2.心身耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

 

事件当時、宅間は情性欠如者であり、「ある程度の計画性を持ち、何らの意識障害も無く、精神病性の精神症状も全くない中で行われた」とした。

つまり、心身を喪失した状態ではなく、行動の責任能力は十分保たれていたと結論づける。

 

結果、大阪地裁は死刑判決を言い渡し、宅間は控訴することなく、死刑が確定する。

刑事訴訟法では、「死刑確定後の6か月以内の死刑執行」となっているが、それが実行されたことはない。

宅間は一刻も早く死刑されることを望み、その望み通り死刑確定後の約1年後に大阪拘置所で死刑が執行される。

死刑確定後の死刑執行が平成に入ってほとんど5年を超えているのに比べると、異例の早さだった。

 

宅間は精神病院で飛び降り自殺を図り、事件を起こす前には何度も死にたいと訴える。

早く死にたい者を、その希望通り死を与えるというのは、何か釈然としない気持ちになる。

犠牲になった児童や被害者の遺族への謝罪は一切無かったと伝えられると、すんなりとこの世から葬り去って良かったのだろうかと思えてくる。

謝罪するまで、「生きる苦しみ」を与えた方が良かったとさえ…。

 

精神鑑定をした著者自身が守秘義務を破ってまで、「宅間守 精神鑑定書」を刊行した意義はどこにあるのだろうか。

社会の風にさらさず、検察や裁判所の棚の奥に仕舞っておくには、余りにもモッタイナイと感じたからだろう。

刑罰と精神鑑定のデリケートな関係を社会に投げかけたかったようだ。

 

加害者側の本を読んでいつも感じることは、この種の人間を作らないようにするにはどうしたら良いのかということだ。

そして、いつも思うのだ。

一番大切なのは、幼児から小学校までの、家庭環境や親子との距離感ではないかと。

 

この本に続いて、もう1冊、犯罪史に残る大きな事件に関する本を読み終えた。

神戸連続児童殺傷事件を、加害者家族の立場から書いたものだ。

本の題名は<「少年A」この子を生んで…>。

事件は「酒鬼薔薇事件」とも云われる。

事件からもうすでに16年が経っているが、中学校の正門前に殺害した男児の生首が置かれていたという生々しい報道を今も鮮明に覚えている。

犯人は新聞社に酒鬼薔薇聖斗と称し、犯行声明を送りつけ、それがテレビや新聞などで公開された。

事件発覚当時、マスコミは犯人像について、様々な専門家の意見を載せていた。

大方の専門家はその異様な行動から、成人した精神異常者と分析していた。

ところが、犯人はなんと15歳の中学生だった。

 

その両親は少年Aが逮捕される「1997628日」まで、息子の犯行のかけらすら感じ取っていなかった。

いじめ事件を起こしたり万引きで補導されたり、少し外れたところはあったものの、家庭猟奇殺人を犯すほど、Aの生活態度は常軌を逸していたわけでもない。

 

父母の手記から感じるのは、普通の家庭であり、普通の少年だった。

誕生日には母親が手作りのケーキを作って、家族でお祝いをする。

拾ってきたミドリガメを庭の水槽で飼い、弟二人と仲良く面倒を見ていた。

母親曰く、思いやりのあるやさしい子どもだった。

 

しかし、親の目の届かないところで、なめくじや蛙を殺し、中学生になるとエスカレートして、ネコを虐待の対象として20匹も殺していたという。

殺し方も残虐で、<石をぶつけてから殺し、口からナイフを入れ、上あごを突き刺して頭蓋骨まで切り裂き、糖イブを真っ二つにし、それから腹を切り裂いて内臓を引っ張り出して>いた。

そんなAの異常な性癖を、父親も母親も、逮捕されるまで全く知らない。

手記で母親は、Aが示す異常なシグナルを感知出来なかったことを恥じ、<私たち親は未熟で、Aと確かな絆を結べず、理解してやることが出来なかった>と自戒する。

 

この手記を読んでいると、Aがどこで異常な方向へ進んで行ったのか、よく解らない。

Aの異常な面を全く知らなかった親が書いている手記なのだから、解る由もないが…。

 

本の冒頭で、編集者が<A少年の両親を語る上で興味深いエピソード>として紹介している箇所があった。

紹介させてもらうと、

A少年の自宅の斜め向かいの家の樋(とい)には、いつも石がたくさんつまっていた。

これは少年が、塀に上がっている猫を目掛けて投げつけたものが、隣家の樋に溜まったものだった。

近所の人は皆、A少年の家から隣家へ石が飛ぶのを見ており、少年が投げたものであることにウスウス気付いていた。

しかし、当のA少年の母親は、そんなこととは露知らずに、「お宅の樋に石が溜まっていますよ」と隣人に報せ、自宅の二階に案内し、そこから現場を見せて注意を促したという。

まさか自分の息子がやったこととは気付かずに、親切心から>

結局、子どもの生活を見ていたのだが、子どもを見ていなかったということか。

 

というものの、私も偉そうなことは言えない。

親として、子どもの教育に力を注いでいたかと問われると、全く自信がない。

自分の都合の合わせた、放任主義だったように思う。

肝心なところは母親任せだったし、父親は子ども達の経済的支えになっていれば良いという考えだった。

むしろ、Aの父親のほうが子ども思いだったかも。

 

今日916日は息子の命日。

毎年、バスケット部の仲間たちがたくさんお参りに訪れる。

生きていれば、23歳になっている。

 

どんな大人に成長しているのだろうか。

author:金ブン, category:社会ネタ, 10:34
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