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清酒発祥の地

JUGEMテーマ:日記・一般

 

先日、働いていた会社のOBたち数名が伊丹を訪れた。

酒好きの人たちだ。

伊丹は清酒発祥の地といわれているので、酒宴を楽しみでやってきたのだ。

 

江戸時代、伊丹には80軒ほどの酒蔵があった。

造られた酒は江戸に運ばれて、人気を博した。

当時の銘酒番付表が残っているが、上位にはほとんど伊丹の酒が並んでいた。

有名な「剣菱」はもともと伊丹で造られていた。

「剣菱」の酒蔵があった地は、今では「ことば蔵」という市の図書館が建っている。

 

16世紀後半、戦国武将・山中鹿之助の長男、幸元が大伯父を頼って、伊丹・鴻池の地に落ちのび、この地で酒造りを始めた。

関ヶ原の戦いの1600年ごろ、酒樽の中に灰を入れることによって、にごり酒が澄み切って味が良くなったことを発見し、清酒が誕生した。

誕生秘話として、こんな話が伝わっている。

素行のいたって悪い使用人を幸元が叱ったところ、その使用人は逆恨みし、酒樽に灰を投げ込んで出て行った。

するとその後、樽の中の濁り酒は芳醇な清酒に変わっていた。

(清酒誕生については、これより以前(100年前)に、奈良の正歴寺で僧が清酒を製造していた記録(僧坊酒)があるが、少し濁りがあったようだ)

 

その後、清酒は江戸で大評判となり、江戸幕府が官用酒としたほか、宮中奉納酒、将軍の御膳酒としても重用されたという。

 

酒宴前、OBたちを連れて2時間程度駅前の文化財を案内した。

 

江戸時代、伊丹が酒造りで有名になると、江戸時代の文人墨客たちが伊丹を訪れている。

頼山陽、井原西鶴、与謝蕪村をはじめ、多くの文人たちが美味しい酒を求めて、伊丹にやってきた。

勤王志士たちに大きな影響を与えた「日本外史」を書いた頼山陽はたびたび伊丹を訪れ、酒造家たちと交遊したという。

文政2年、伊丹に来遊して「剣菱」の宴会で出された大きな台柿のデザートを食べ、その美味しさにお代わりを所望したが、「この柿は老樹が1本あるだけなので」と断られ、仕方なく諦めたという話が伝えられている。

その柿の木の末裔が「頼山陽ゆかりの柿の木」として、伊丹市美術館の庭に残っているという。

 

酒呑みが増えると、街の片隅に歓楽街が出来る。

200年以上経っているのでその面影はほとんどなく、今では住宅街に変身している。

以前その付近を歩いていた時、その名残だろうか、民家の玄関付近に「梅女」と刻まれた石碑を見つけた。

 

 

伊丹の歴史に詳しい人に尋ねたが、その謂れは不明だという。

この辺りは昔、花街だったということからすると、遊女の悲しい物語があったのかもしれない。

 

さて、OBたちとの酒宴は「長寿蔵」で開かれた。

酒蔵を改装したブルワリーレストランは平日にも関わらず、繁盛していた。

 

 

突発性難聴や逆流性食道炎を患ってアルコールを控えていたが、久しぶりに地ビールを味わった。

author:金ブン, category:日常の出来事, 09:38
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大型連休

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今週、「平成最後の○○」が連呼され、○○にいろんなものを当てはめて商売につなげている。

挙句の果ては、平成の空気が入った缶詰を1080円で販売していた。

なんと、これが完売したというから、日本はとてつもなく平和な国だと思える。

さすがに、この元号フィーバーは腹いっぱいになり、逆流性食道炎の私は吐き気さえ覚える。

新しい時代といっても退職した身ではときめくこともなく、落ち着いた迎え方をしたいものだと思うである。

 

浮かれている世の中はさらに大型連休の真っ最中。

どこも混んでいるだろうと、レンタルのDVD鑑賞や読書でゆっくり自宅で過ごすつもりだった。

ところが、お友達の老女からカラオケに誘われたり、妻の自宅改装の手伝いをさせられたりで、それも叶わなかった。

 

おまけに、思わぬ仕事がシルバー人材から頼まれた。

ある協同組合の人に、ワードとエクセルを教えてほしいという依頼だった。

 

先月の始め、シルバー人材から「パソコンがおかしくなって困っている会社があるので、見てほしい」との連絡があり、その協同組合を訪問していた。

パソコンの画面が真っ暗になり、英語の文字が表示されたという。

私はパソコンの修理は出来ませんと断ったが、直らなくてもいいから見に行ってほしいと懇願され、渋々その協同組合を訪問した。

 

この組合には男女ふたりの老人が仕事をしていて、真っ黒な画面の前でお手上げ状態だった。

画面の下に起動メニューが出ていたので、診断プログラムを操作すると、ハードディスクが壊れていると表示される。

素人では修理できない故障なので、電器店で新しいパソコンを購入されたほうが良いと告げて、事務所を後にした。

 

そしてふたたび、大型連休に入る前にシルバー人材の依頼でこの組合を訪ねることになった。

事務所には新しいパソコンが入っていた。

先方の要望というのは5月にある総会の資料を作るので、ワードとエクセルを教えてほしいとのことだった。

今まで事務所にパソコンがあったはずなのに、今さらワードやエクセルを使えないとはどういうことか。

驚くことには、これまでのパソコンはインターネットやメールのやりとりしか使ってなかったようで、会社の資料はワープロ(シャープの書院)で作っていたそうな。

 

ところが、連休前に突然そのワープロが壊れて、印刷できなくなってしまった。

急きょパソコンを使って、連休明けに必要な総会資料を作らなければならなくなったのだ。

担当者のYさん(70歳)は大型連休中にワードとエクセルを教えてもらって、総会資料を作ろうと決心されたようだ。

 

ワープロとパソコンはかなり機能が違う。

ワープロが出来るからといって、1週間程度でワードやエクセルを覚えて、10数ページの総会資料が作れるとは思えない。

しかも、相手はパソコンと縁遠い老人だ。

 

前年の総会資料を見せてもらいながら、表紙ページから順番にワードやエクセルの使い方を説明したが、なかなか時間が掛かる。

時間が掛かると時給の私は報酬が増えるのでかまわないが、そんな悠長なことではとても間に合いそうにない。

結局、Yさんにはワープロの経験があるのでワードの文字入力だけをしてもらい、私がエクセルで決算資料を作った。

 

そんな訳で、この連休中は急なアルバイトで、時間を費やした。

出来上がった総会資料を見て、Yさんから大いに感謝されたので気分が良かったが…。

 

今後、Yさんはワードやエクセルの勉強をすると言われていたが、ワープロに未練があるようで、インターネットで中古品を探しておられた。

私がアマゾンに出品されているワープロを検索して購入する方法を教えると、すぐに中古品を買われた。

中古のワープロが宅急便で配達されてくると、ホッとしたようにワープロのキーを叩いておられた。

70歳からのワードやエクセルの習得はなかなか身につかないようだ。

author:金ブン, category:日常の出来事, 09:37
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詰め替えインク

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シルバー人材センターのアルバイトで、大型プリンターを使っている。

プリンターを使って、大型のポスターを作成する仕事を担当している。

2か月前、プリンターのインクが無くなったので取り換えた。

すると、プリンターが全く作動しなくなった。

 

取り替えたインクを確認すると、純正のインクではなかった。

純正インクとは、プリンターのメーカーが販売しているインクのことだ。

担当者の人に尋ねると、大型プリンターが10年前の古い機種で、純正のインクの販売も終わっているということだった。
そのため、ネットで純正でない互換インク(中国製)を購入したという。

そろそろプリンターを買い替えようと考えていたらしく、とりあえず時間稼ぎで使えなくなるまで非純正インクを使用するつもりだった。

この場合は、純正インクの販売が終わっているので、非常手段として非純正を購入するしかなかった。

 

最近、普通に互換インクが販売されている。

純正インクが安ければ、別に互換インクを使う必要がないのだが、プリンターメーカーが販売している純正インクは値段が高い。

価格競争が激しいプリンター機本体の販売では、利益を上げることが出来ないので、インクの販売で稼いでいるわけだ。

何とか、簡単に詰め替えることが出来る構造にして、安くなるように考えてくれるとうれしいのだが…。

 

先日、ダイソーへ行ったら、究極の「詰め替えインク」なるものが売られているのを見つけた。

私のプリンターはブラザーなのだが、エプソンもキャノンのものも並んでいた。

もちろん、100円だ。(エプソンは200円で取り換え用)

 

箱の側面に対応しているプリンターの型番が書いてある。

私の使っているプリンターのものがあったので、早速、買って試してみた。

 

 

丁寧な手順の書いた説明書が入っている。

要は、プリンターカートリッジのインクの出る穴へ、細長いスポイトの付いたチューブを差し入れて、注入していくだけだ。

非常に原始的で、単純な作業だ。

やってみたが、不器用な私は差し込みこんだ力が中途半端で、最初うまく注入できなかった。

再度試みると、何とかインクは入った。

これで、何事もなく使えるなら、こんな便利なことはない。

2週間ほど経過するが、今のところ何事もなく印刷出来ている。

 

ただし、何回もこの交換が出来るわけではなく、説明書には3〜4回までと記載されている。

それと、プリンターの故障についてはメーカーに問い合わせしてくださいとも書かれている。

説明書に従って正しい詰め替えをすれば、インクが原因の故障は起こらないとも書いてあるが、やはりリスクはある。

私の場合、そろそろプリンターの買い替えを考えているので、故障しても仕方がないという覚悟がある。

 

それにしても、ダイソーって、とんでもないすき間に目を付けて商売をしている。

感心しながらも、暇を見つけては100均に足を運んでいる。

author:金ブン, category:日常の出来事, 09:57
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パソコン用メガネ

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中学生の時から、近眼になった。

高校生になってから、当時では珍しかったコンタクトレンズを装着した。

50歳を過ぎたころ、コンタクトレンズを着けた状態では近くの文字が見づらくなってきた。

すると、近視のコンタクトレンズを着けながら、小さい文字を読むときは老眼鏡を掛けて見るという奇妙な状態になってきた。

還暦近くになってから、装着するのが面倒なコンタクトレンズを止めて、メガネに変えた。

コンタクトレンズと同様、近視のメガネでは手元の小さい文字が見づらいので、メガネを外して見るようにしていた。

メガネを外せば、小さな文字でも見ることが出来る。

新聞や本を読むときは必ずメガネを外している。

 

ところが、パソコンを使うと不便なことが出てくる。

書類を見ながら、文字を入力する時だ。

書類を見るときはメガネを外し、パソコンを見るときはメガネを掛けないといけない。

最近、シルバー人材センターからアンケートのデータ入力を頼まれる。

書類とパソコンを交互に見ての作業なので、メガネを掛けたり外したりするのはかなり面倒なのだ。

 

年末の新聞に、1000円の値引き券が付いたメガネ店の折り込みチラシが入っていた。

その店で買ったことがある知人が、さらに10%値引きになる紹介状をもらったので、早速店に出かけた。

 

店内には3980円(フレーム・レンズ)と9800円(フレーム・レンズ・薄型)のコーナーがあった。

ワイドショー司会者の恵俊彰そっくりの店員にパソコン用のメガネを相談すると、遠近両用のメガネが良く使われていると言う。

フレームを選んでいると、徐々に買う気になってくる。

年末アルバイトを長時間していたので、財布のひもが緩んでしまった。

 

勧められるまま、近眼の度数を測ったりレンズを調節したりする。

新聞をパソコンの位置にかざしたり、手元に置いてみたりすると、両方とも良く見える。

これで日々の問題が解決するような気になってくる。

結局、薄型・遠近両用・ブルーライトカット(5000円)にして、合計から値引き券を使って、税込で14500円になった。

 

今週入荷したので、使い始めたが…。

 

遠近両用というのは目が疲れる。

レンズ中央の上下で度数が変わっているので、パソコンを見るときは上目使いにし、書類を見るときは目玉を下へ向けなければいけない。

これが面倒なのだ。

恵俊彰似の店員が「慣れると、良くなりますよ」と言っていたが、なかなか慣れるのが難しい。

 

買ったあとで、後悔する。

 

パソコン用メガネなので、四六時中掛けるわけではない。

それなのに、わざわざ薄型レンズである必要があったのか。

書類を見ながらの作業なんて、そんなに多くないのだから、遠近両用が必要だったのか。

それに、勧められたブルーライトカットの効果だ。

本当に目に良いのか。

(買ってから調べるのはどうかと思うが、ネットでブルーライトカットの利点を調べていたら、米国眼科学会が「ブルーライトは目を傷めない」「PC用メガネも推奨しない」を表明して、論争になっているようだ」

あれやこれやと不満が出てくる。

 

大枚(?)をはたいて買ったのだから、慣れるまで使うしかないのだが…。

 

買ったメガネは<お眼鏡にかなわなかった>、なんちゃって。

おあとがよろしいようで。

 

author:金ブン, category:日常の出来事, 10:27
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謹賀新年

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あけまして、おめでとうございます。

 

いよいよ、平成が終わり、新しい年号になります。

私は2月に66歳。

 

今年は「パソコン力」を付けること、文化財ボランティア活動を極めること、この2点を目標にして、暮らしていきます。

新しく挑戦できるものを見つかれば、さらに追いかけていきます。

また、コミュニケーションツールとしての「笑い」をいつも心がけていきたい。

 

そんな1年の活動を「金ブン通信」に記録していきます。

author:金ブン, category:日常の出来事, 10:52
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平成30年の終わりに

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今週、変な夢を見た。

飛び込みセールスをしている夢だ。

確か、場所は京阪電車の交野線だった(ような気がする)。

新入社員のころ、この交野線を広告看板のセールス資料を持って歩いたものだ。

40年以上前のことが思い出された。

夢では会社のことが登場するが、現実の世界では思い出すことがほとんど無くなった。

 

広告の世界から離れて、3年が過ぎた。

定年後の生活が身体に馴染んできた。

 

退職するとき、やりたいことを頭に描いたが、それらはほとんど実行出来なかった。

テニスで足を痛めて行動範囲が狭まり、本も映画も働いている時より触れる機会がずっと少なくなってしまった。

だが、文化財のボランティア活動をしたり、シルバー人材センターで仕事をするようになって、これから目指すことが徐々に見えてきたような気がする。

自分の居場所が解ってきたともいえる。

 

先週、将棋の羽生善治が無冠になった。

平成に入ってから活躍し、タイトルを7冠獲得する偉業を成し遂げた。

平成の時代を象徴する人物だった。

次の時代になっても、まだまだ挑戦する意欲を見せていたのが印象的だった。

そう、まだ終わってはいない。

 

平成はひとつの区切り。

新しい自分に挑戦することを忘れないようにしたい。

来年も楽しくなりそうだ。

author:金ブン, category:日常の出来事, 10:27
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パソコン生活

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先週、<パソコンの会>の忘年会があった。

席上、私は出席者のみんなから感謝された。

これまでの人生で、これほど人から感謝されたことはなかった。

 

文化財ボランティアの会の中で、パソコンを習いたい人が会員になっている。

3年前から、私はここで講師をしている。

講師といっても、難しいことを教えているわけではない。

初心者の老人相手に、基礎的なことを私も勉強しながら教えている。

 

主に教えるのは、Microsoft officeのワードだ。

勤めていた頃、ほとんどエクセルを使っていた。

たまにワードを使う機会があったが、使いにくいソフトという印象しかなかった。

しかし今では、必要に迫られて、このワードのソフトばかりを使っている。

 

歴史ウォークの募集チラシ、参加者に配る文化財の資料、そして3か月に1回発行している会報など、ワードで作る。

シルバー人材センターの仕事でも、会員向けの会報誌、入会説明会用パンフレットやポスター、年賀状など、使うソフトはすべてワードだ。

 

ワードは本来文章を打つのに適しているソフトだが、デザインするのにも役立つ機能がかなり充実している。

写真を配置し、その写真のトリミングや色の調整や変更も簡単にできる。

数十ページのパンフレットでも、様々な機能を知っていれば、スムーズに作成することができる。

それは機能を知っていればの話で、知らないと全く融通の利かない頑固おやじになる。

 

最初は頑固おやじとの格闘だった。

作業中に、急に文字が消えたり、写真が動いてしまったり…。

したいと思っていることが出来なかったりすると、もうイライラする。

だが、慣れてきて、便利な機能を使えるようになると、なかなか楽しい。

 

上達の基本は「ググる」ことに慣れること。

「ググる」とは解らないことをグーグルやヤフーで検索して調べることだが、この方法を使うと回答がすぐに見つかる。

回答の中に分からないインターネット用語が出てくると、さらに「ググる」って調べる。

 

すると、パソコンの様々な問題を解決することが出来てくる。

 

パソコンを教えている人から、時折トラブルの電話が掛かってくる。

先週、親しくしているSさん(83歳の女性)から、年賀状ソフトのデータが消えたとの連絡があった。

プリンターの不具合を買った電気店に相談していたところ、店員から「一度電源を切ってもう一度起動してみてください」と言われ、パソコンのコンセントを抜いてしまったのだ。

開いていた年賀状のデータが消えてしまったという。

私はご自宅を訪ね、パソコンと格闘することになった。

「ググる」ことを繰り返して、2時間近く格闘して、やっと修復した。
Sさんから、神様のように感謝された。

 

その他にも、買ったプリンターの設定やメールソフトのトラブルの連絡があり、ご自宅へ訪問したり。

人から感謝されるのは気分が良いものだ。

 

今日も昼から、「ウィルスに侵されたのか、パソコンが変になったから助けて」というメールが届いたので、会員さんのマンションまで出張することになっている。

 

トラブルを解決している内に、徐々にパソコンに詳しくなっていくものだ。

author:金ブン, category:日常の出来事, 09:28
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雨が続く日には

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暑い日の後は台風や地震、そして秋雨前線が停滞。

また雨かと、空を見上げる。

<1年を通じて、断然雨の日より晴れの日が多い>

そう考えるのはポジティブ思考の人だ。

だが、ネガティブ思考の私は、来週また台風がやって来るかもしれんなと考えてしまう。

 

確かに、大坂が全米テニスに優勝したのはひと時の清涼剤だった。

だが、ネガティブ思考の私にはこの話題も後悔の念をもたらす。

退職して始めたテニスで足を悪くしたからだ。

3年経った今も膝や股関節に痛みを感じている私は、テニスのプレーを見るたびに、「テニスなんて、やらんかったら良かったのに」と思ってしまう。

 

そんな暗い気持ちばかりでは、人生が面白くない。

なんか、笑わしてくれるような話は無いものか。

そう思って、youtubeで「すべらない話」を聞いていたのだが、それも<すべる話>ばかり。

仲間内で大笑いしているが、全く、笑えないものばかりだった。

ところが、ひとつだけ大笑いした。

 

ナイツの塙の話だ。

 

 

話の組み立てが非常に上手いし、笑わせるコツを良く分かっている。

 

それで、私は<インターネットのヤホーで、ナイツの塙のことを調べてきました>。

 

1978年3月千葉県の我孫子で生まれ、佐賀県佐賀市で育った。

龍谷高校から創価大学を卒業している。

3人兄弟の三男で、実兄に芸人のはなわがいる。

芸人のはなわは最近「お義父さん」という歌がヒットし注目をあびた。

大学の落語研究会で知り合った土屋と卒業後に漫才コンビ「ナイツ」を結成し、漫才師の内海桂子に師事した。

その後、ナイツとして、漫才新人大賞や文化庁芸術祭優秀賞などの受賞歴がある。

漫才のネタは趣向を凝らしたものが多く、様々な題材に挑戦している。

2007年に漫才協会の理事になり、2015年に副会長に就任。

相撲好き・野球好きで、熱烈な巨人ファンである。

 

塙のボケに、土屋のツッコムが実に絶妙。

最近、私はナイツの漫才をほとんど聞いた。

以前「野球の話」を紹介したが、これは前半のネタふりに絶妙のオチを付けているところが面白かった。

それ以外にも、趣向の違った漫才を次々と披露している。

台本はすべて塙が書いているという。

 

土屋が歌って、それに塙が歌詞につっこむという漫才がある。

 

 

熟女ずきだよ!

この切り返しには笑ってしまった。

 

とにかく、気持ちが後ろ向きになっている時は、バカげたことで笑うのが一番だ。

author:金ブン, category:日常の出来事, 09:26
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深夜の医療センターで

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アメリカテキサス州でのこと。

女が時速160キロで警官とカーチェイスを繰り広げる映像を見た。

追い詰められた女は赤ちゃんが眠るゆりかごを持って、逃げる。

 

 

世の中にはとんでもない女がいるものだ。

どんな境遇に置かれると、このような行動を引き起こすのだろう。

女の行く末より、この女に育てられる赤ちゃんの将来が気にかかるのだ。

 

先日の夜中、義母が体調を悪くした。

午前1時すぎ妻に電話があり、嘔吐とめまいがするという。

救急車はイヤだというので、妻が車で救急センターへ連れていくことになった。

私も同行した。

 

午前2時ごろ、総合医療センターに着いた。

深夜で真っ暗なビルの1階に、救急の入口を示す看板が赤く輝いていた。

予め電話していたので、受付で手続きをすると、すぐに医師が診察してくれた。

義母が診察してもらっている間、私は受付前の長椅子に座っていた。

 

子供を連れた母親やサラリーマン風の男性が受付に現れて、診察を待っていた。

突然そこへ、茶髪のヤンキー女が現れた。

Tシャツにパジャマの長ズボン姿で、大きめのゴム草履を履いていた。

左目を押さえながら、「目が痛いねん。診て」と受付で荒っぽく言う。

受付の女性は「いつから」「どんなふうに」「持病は」とか、丁寧に訊く。

女は邪魔くさそうに、それぞれの質問に答える。

受付の女性は冷静に、優しく応対している。

女のぞんざいな態度に、当事者でもない私はいら立ちを感じた。

 

「な、ティッシュちょうだい」と、ヤンキー女が言うと、受付の女性がティッシュの箱を受付のテーブルに置いた。
女は数枚ティッシュを取って椅子に座り、目を拭いていた。

すると、使ったティッシュを受付のテーブルに投げるように置いて、ぶらりと部屋を出ていった。

くしゃくしゃになったティッシュの白さがやけに目に付いた。

 

しばらくして、再びヤンキー女が現れた。

「まだか」と受付の女性に言いながら、部屋をウロウロと歩きだす。

「こら、じっとしとらんかい」と言いたいところだが、部屋の外でコワイおじさんが待機していそうなので、止めた。

順番が来て、診察室に入った女はすぐに出てきた。

眼帯をすることもなく、受付の前を通り抜け、部屋を出て行ってしまった。

受付で診察料を清算する様子も無かった。

不思議なのだが、受付の女性はヤンキー女を呼び止めることもしなかった。

妻が病院に連絡した時、<救急医療は保険が適用されないので初診料として5千円が必要>と云われていたのだが…。

 

義母の検査と診察が終わった。

重篤な病気でもなさそうで、夏の疲れか、熱中症ではないかという診断だった。

 

午前3時すぎ、真っ暗な駐車場から車を出して、帰途についた。

病院を出てすぐの交差点で、信号が変わるのを待っていた。

眠い目をこすりながら車窓から外を見ていると、ヤンキー女が舗装された歩道にいた。

薄暗い中を、ひとりふらふらと歩いていた。

それは風に飛ばされた小枝のように見えた。

 

この女はどんな家庭環境で育ったんやろ。

 

♪やるせない 夜の街 ため息に うるむ灯♪

 

この時なぜか、加山雄三が歌っていた「君が好きだから」を思い出して、口ずさんだ。

<やるせない>という言葉を、初めて知った曲だった。

author:金ブン, category:日常の出来事, 09:52
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コメント力

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昼食の時、文化財ボランティアの会のメンバー数人と話していた。

話題は<メンバーたちがボランティアに参加している目的とは何だろう>とだった。

 

会の目的は地元の文化財を多くの人に知ってもらうことだが、そのための活動として主にガイドがある。

その他にも、文化財の清掃、文化財に関する紙芝居の公演、文化財に関する工作物作りを子供たちに指導する学習の手助けなどがある。

しかし、メンバーの中にはそういった活動をするより、単に文化財を学びたい、研究したいという人たちも少なからず参加している。

そういう人たちはガイドや清掃や紙芝居などに、興味がない。

そのため、それらの活動にメンバーが集まりにくくなっている。

また、会を運営する世話人も少なくなってくる。

高齢化が進むと、なおさらその傾向が強くなっていく。

 

そんな問題を数人のメンバーが話していた。

みんな思いつくことをまとまりなく話すので、議論は堂々巡りになる。

私は話に入ることが出来ず、黙って聞いていた。

少し沈黙する時間があった。

ひとり黙っている私は話さないといけないような強迫観念に襲われた。

「あの、でも、ん、年を取って分かったんですけど、なんか、人の役に立ちたいという気持ちが強くなるもんですよね」

私は議論とあまり関係が無い、具体性が伴わないことをボヤっと言った。

すると、みんながこの言葉に反応した。

「そう、そう、そういうことなのよね。やっぱり、なんか人にためになっているということは大事よ」と、年配の女性が言い、「そうね。誰かの役に立つことが生きる励みになるのよ」と、また別の女性が続いた。

その後、生きる目的とは何かについて、話は発展していった。

 

短い言葉で、いかに人の興味を引き出すか。

その時、コメント力の大切さを感じたものだった。

 

最近ワイドショーやニュース番組で、取り上げる話題に詳しい専門の知識人に交じって、弁護士、医師、スポーツアスリートなどがコメンテーターとして出演している。

お笑いタレントたちも多く出演している。

幅広い分野から意見を訊くのは望ましいことだと思う。

 

専門性を持った人はそれなりに知識を持ち合わせているので、受け答えも論理的で聞きやすい。

ところが、専門知識を持たない人たちのコメントでは、かなりコメント力に差が出る。

きらりと光るようなコメントをする人がいる反面、全く的を射ない発言をする人もいる。

長々と発言するのだが、全然視聴者の気持ちに届かないものがあったり…。

 

先月末の「朝まで生テレビ」は、トランプ大統領をどう評価するかがテーマだった。

最初、出演者たちがこれまでのトランプ大統領の政治について意見を述べた。

国際政治に詳しい論客たちの話を順番に聞いていたが、大半の論者は長々と話していて、どうも論点が解りにくかった。

その中で、一番解りやすかったのは竹中平蔵だった。

 

フランス人は意見を述べる時、「言う事は3点あります」と、問題点を3つにまとめて指摘すると何かの書物で読んだ記憶がある。

指摘する点が2点しか無い場合でも、まず「私の言いたいことは次の3点です」と言ったりするそうだ。

竹中平蔵の発言は「これには問題が3点あります」とか、「この問題の大事なポイントは…」とか最初に言い、要点を整理して簡潔に論じていた。

私のような頭の回転が悪いものにも、その意見は解りやすいものになった。

 

話はいかに短く簡潔にするかが大切なんだろう。

 

最近、マツコデラックスがバラエティや情報番組などに、頻繁にコメンテーターとして登場している。

下記のYOUTUBEの動画は「仕事について」を語り合っている番組だ。

その中で、マツコのコメントは光っている。

 

 

マツコのコメント力は独特の力強さを持っている。

それはこれまでの人生経験に裏打ちされているからなんだろう。

author:金ブン, category:日常の出来事, 09:51
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