RSS | ATOM | SEARCH
「つづれおり“Tapestry ”」

JUGEMテーマ:音楽

 

60年代、人気が過熱していたビートルズに対抗して、アメリカでモンキーズというグループが結成された。

オーディションで選ばれた4人のグループだ。

その頃、日本ではグループサウンズが大流行していた。

中学生だった私も下手なギターを弾いて、グループサウンズの真似ごとをしていた。

 

「ザ・モンキーズ・ショー」という番組がゴールデンタイムに放映された。

私は毎週放映されている、その30分番組を見ていた。

しかし、ビートルズとは違って、モンキーズの人気は一過性のもので、やがて消滅してしまった。

 

モンキーズのヒット曲で、今でもテレビで良く流れている曲がある。

忌野清志郎がカバーした、セブンイレブンのCMソングだ。

原曲は「デイドリーム」で、モンキーズのリードボーカル デイビー・ジョーンズが歌って大ヒットした。

 

私はモンキーズのアルバムを1枚持っていた。

その中に入っていた「サムタイム・イン・ザ・モーニング」という曲が好きで、何度もこの曲を聴き、ギターコードをかき鳴らしては唄っていた。

この曲はジェリー・ゴフィンとキャロル・キングが作ったものだと、後に知った。

 

 

キャロル・キングがシンガーソングライターとして、有名になるまではソングライターとして、シンガーたちに楽曲を提供していた。

シルビー・バルタンが歌っていた「ロコモーション」も彼女の曲だと、つい最近友人が教えてくれた。

 

キャロル・キングといえば、不朽の名盤「つづれおり“Tapestry 」を忘れることが出来ない。

このアルバムを買ったのは大学生活が終わりかけるころだ。

その頃、ビートルズの「アビー・ロード」とレオン・ラッセルの「カーニー」とともに、この「つづれおり“Tapestry 」を繰り返し聴いていた。

 

「つづれおり“Tapestry 」には12曲が入っているが、どの曲も素晴らしい。

好きなアルバムでも、その中には気に入らない曲が1曲や2曲は入っているものだが、「つづれおり“Tapestry 」はすべてが聴きやすい曲だ。

もちろん、有名は「君の友達 "You've Got a Friend" 」は好きだが、私は「ウィル・ユウ・ラブ・ミイ・ツモロウー  "Will You Love Me Tomorrow?"」が一番気に入っていた。

 

 

以前、私の家には娘が幼い時に弾いていたピアノが置いてあった。

私も弾いてみようとして、最初に練習したのが「イッツ・ツゥ・レイト "It's Too Late"」だった。

(もちろん、最初のフレーズだけ弾いて挫折したが)

 

 

先日、友人夫婦たちとの忘年会の席で、DVDを貰った。

それは昨年(2016年)ロンドンで行われたキャロル・キングのコンサートのDVDだ。

そのコンサートはアルバム「つづれおり“Tapestry 」の12曲を、最初から最後まで順番通りに再現している。

私にとって、懐かしさのあまり、涙無くして見られない映像と音楽だった。

 

「つづれおり“Tapestry 」の表紙に猫と写っているキャロル・キングもすでに75歳だ。

最近、70年代から80年代に活躍していたミュージシャンたちが次々とこの世を去っている。

昨年はデビット・ボウイ、プリンス、レオン・ラッセル、今年はトム・ペティも亡くなった。

青春時代によく聴いたミュージシャンがこの世からいなくなるのは寂しいものだ。

 

キャロル・キングには元気なお婆ちゃんの姿で、いつまでもピアノを弾いていてほしいものだ。

author:金ブン, category:音楽, 10:37
comments(0), trackbacks(0), - -
アウト・オブ・マインド

JUGEMテーマ:音楽

 

1970年代後半、私が一番よく聴いた日本のアルバムというと、加川良の「アウト・オブ・マインド」だろう。

 

 

 

アルバムの表紙がほのぼのとしたイラストになっている。

描かれているのは阪堺電車の「姫松」の停留所。

その場所は今でもある存在しているという。

 

流れているのは「あした天気になれ」という曲だ。

アルバムに収められている曲はどれもほのぼのとして温かい。

 

加川良が亡くなってから、久しぶりにyoutubeで加川良を聴いた。

コンサートでの演奏スタイルは1970年代と少しも変わらない。

アコースティックギターを肩から下げ、昔ながらのカーターファミリーピッキング奏法。

40年以上前にフォークソングファンたちが弾いていたギター奏法だ。

絞り出すような、優しい歌声が今も新鮮だ。

 

 

 

「アウト・オブ・マインド」の1曲目の「ラブソング」

 

私は天王寺公園の野外音楽堂で開かれていた「春一番コンサート」に数回聴きにいった。

出演者の中でも、加川良は一際大きな声援を受けていた。

 

<岡林信康が一線から退いたのち、吉田拓郎と並んでどちらがBIGになるのかといわれた時期があったが、拓郎ほどの一般的名声を得ることはなかった。現在では前述の拓郎の曲「加川良の手紙」で歌われた人物として知られている。拓郎がポップに変わっていくのとは正反対に、ストイックに自らの音楽に忠実に、お金にならない歌を歌い続けたのが理由ともいわれている。>

ウィキペディアのこの一文は加川良のライフスタイルをよく表している。

 

そのスタイルは、タカダワタル的生き方に強く影響されているようだ。

 

「下宿屋」はその高田渡のことを語った歌だ。

 

 

 

オフィシャルのホームページには、昨年地方で開催されるコンサート会場の案内が並んでいた。

11月から12月に、<加川良のみらい>という名称でコンサートを行っている。

そして、Newsのページには自筆で<129日 山梨県の病院に検査入院>したことが書かれている。

 

私の学生時代、フォークソングが広く歌われていた。

高田渡や加川良は身近な生活を切り取って、歌っていた。

驕らず、気取らず、自分の歩幅で。

 

そんな生き方を真似たいのだが…。

author:金ブン, category:音楽, 10:19
comments(0), trackbacks(0), - -
癒しのJ・B
JUGEMテーマ:音楽
散歩の最中に、一旦尿意を感じてトイレに向かう。
トイレが近づくに連れて、それほどでもなかった尿意が猛烈な勢いで高まってくる。
定年退職する気持ちはこの尿意に似ている。
定年の時期が近づくにつれて、早く会社を去りたいという気持ちが猛烈に高まってくる。
一日も早く、一秒でも早く辞めたいと、高まってくる。
 
とにかく、今は仕事するのが面倒くさく、人間関係の煩わしさがイヤでたまらない。
それでも、飛ぶ鳥跡を濁さずという思いから、引き継ぎをちゃんとしたい。
中途半端な気持ちでイライラした毎日が続き、ストレスが溜まっている。
 
ストレスを吐き出したい。
ストレスを解消して、スカッとしたい。
 
という思いで、
今週木曜日、ジャクソン・ブラウン(J・B)の大阪公演に出かけた。
J・Bの音楽に出会ってから、すでに40年が経っている。
 
40年前、私が大学を卒業する歳姉がレコード店の店員に、「今、お薦めのミュージシャンは誰?」と尋ねたらしい。
すると、店員が紹介したのが、ボブ・ディランの「ブロンド・オン・ブロンド」と「ジャクソン・ブラウン・ファースト」。
かなり、粋な店員だったようだ。
ところが、姉には全く好みに合わなかった。
2枚のアルバムは本棚に立てかけられたままになっていた。
 
JBレコード 
 
ある日、部屋の片づけをしていた姉は、2枚のレコードが邪魔になったようで、「聴いてみる?」と、私の部屋に持ってきた。
しばらく、2枚のレコードは私の本棚で眠ることになった。
 
その後ある切っ掛けで「ブロンド・オン・ブロンド」を聴き始め、私は徐々にボブ・ディランに魅了されていく。
そして、本棚に立てかけられたもう1枚のレコード「ジャクソン・ブラウン・ファースト」に針を落とす機会がやってくる。
ボブ・ディランの魅力を理解するのには時間が掛ったが、J・Bの良さを感じるのにそう時間は掛らなかった。
毎日のようにこのアルバムを聴くようになり、特にA面は何度も繰り返して聴いた。
 
以後、YOUTUBEを利用するようになるまで、J・Bの曲に触れる機会は無くなっていた。
 
2ヵ月ほど前、大学の友人と大阪市役所の地下食堂で、昼ごはんを食べた。
その時、友人からC・S・N(クロスビー・スティルス・ナッシュ)が来日することを教えられた。
同じ3月に、J・Bも来日するという。
懐かしい友達が突然目の前に現れたようだった。
どちらにも会いたかったが、迷った末J・Bの大阪公演に行くことした。
 
当日、6時過ぎに仕事を終え、会社を出る。
玄関を出ると、雨上がりの澄んだ空に、ほんのりと夕日を滲ませた雲が横たわっていた。
 
レイゴオブスカイ 
 
好きな歌「レイト・フォー・ザ・スカイ」を思い出す。
演奏してくれるだろうか?
 
席は13番目の、左端から3番目。
比較的良い席だ。
しかし、前のおっさんの座高が高い。
J・Bがギターを弾く姿は見えたのだが、ピアノを弾く時は大きな頭が邪魔だった。
 
J・B座席 
 
両隣とも中年のおっさん。
周りを見渡しても、圧倒的におっさんが多い。
途中休憩タイムがあってトイレに行くと、女性トイレはガラガラなのに、男性トイレは入口まで列が出来ていた。
優しい歌声、柔らかいメロディー、それに甘いフェイス…。
当然女性客が多いと思っていたのに、意外と男性ファンが多いのだ。
 
入場口でデジカメの持ち込み禁止と叫んでいたのに、携帯のカメラで撮影することはOKとのことだった。
ただし、フラッシュ撮影と動画はダメとのこと。
しかし、となりのおっさんは動画も撮っていたので、私もそれに倣った。
 
オープニングは「The Barricades of Heaven」で始まる。
聴きなれた声に、思わず身体が乗り出す。
2曲目は懐かしいファーストアルバムからの「Looking Into You」。
J・Bはサービス精神が旺盛なのか、「まいど」「おおきに」を連発。
そのたびに、会場から大きな拍手が聞こえる。
 
そして、ギターを持って演奏しようとした時、会場から大きな声でリクエストの曲名が聞こえる。
すると、ギターを置いてピアノの前に座り、「Late for the Sky」を歌い出す。
大きな拍手が会場を包み、私も手のひらが痛い程拍手をした。
 
(知らない人のために、YOUTUBEから)
https://www.youtube.com/watch?v=kqYiHkx7ils
 
この後、ちょっとしたハプニング。
「Late for the Sky」のアルバムに入っている「For A Dancer」を演奏する時、歌詞を忘れてしまって2度やり直しをした。
3回目を歌い直す時、聴いているこちらが冷や冷やする。
J・Bもすでに、67歳。
自分の曲であっても、歌詞を忘れることなんて日常茶飯事ではないか。
62歳の私なんて、社員の名前すら時々すぐに出てこないことがあるのだから。
 
途中、15分程度休憩タイムがあり、第2部へ。
「Your Bright Baby Blues」で始まり、2曲目はリクエストの声に応えて、「The Pretender」。
途中、長いスピーチがあった。
会場がしばし静寂。
「フクシマ」や「Nuclear (核兵器・原子力)」の言葉が聞こえてくる。
ほとんど話している内容が分からず。
こういう時にいつも、「もっと英会話の勉強をしておくべきだった」と後悔するのだ。
何のために、大学で英文学を習ったのだ。
ポン、チーの中国語を勉強し過ぎた。
 
J・Bはリベラルな考えの持ち主で、民主党の熱心な支持者としても有名だという。
反核・反原発の思想が強く、その長いスピーチも福島の原発事故に触れていたのではないか?
 
第2部最後の曲は「Running on Empty」。
映画「フォレスト・ガンプ」で使用された曲だ。
 
アンコールは「Take It Easy」。
イーグルスのデビュー曲で、テレビ東京の人気番組「田舎に泊まろう」のテーマ曲になっている。
この曲がJ・Bの作曲だとは知らなかった。
 
日本公演も最後ということで、サービス精神旺盛。
アンコールで3回演奏を続け、終了したのは午後10時だった。
 
日頃のストレスも解消され、スカッとした気持ちでフェスティバルホールを後にした。
やはり、生のジャクソン・ブラウンは良かった。
どうにもならないことをくよくよ考えるのがあほらしくなってくる。
十分癒された時間だった。
author:金ブン, category:音楽, 11:17
comments(0), trackbacks(0), - -
人前で演奏すること
JUGEMテーマ:音楽

ピアノは魅力的な楽器だ。
けん盤に向かう演奏者の姿がじつに無心で健気に映って見える。
演奏してみたい楽器ランキングでは、いつも不動の1位だ。
だが、人前で演奏できるようになるまで、かなり時間が掛る。
難しいのだ。
 
友人がピアノの演奏会に出るというので、聴きに出かけた。
聴きに行ったのではない。
別の何かを見に行ったのだ。
 
友人は昔からピアノを弾いていた訳ではない。
2年前から始めた。
ピアノを習っていると聞いた時、意外な気持ちだった。
音楽好きでいろんな音楽を聴いているのは知っていたが、演奏することとは全く結びつかなかった。
まぁ、すぐに諦めて止めてしまうだろう、と思っていた。
そう、自分もそうだったから。
 
20年前、私も子供が使わなくなったピアノを必死で弾いていた時期があった。
理由はレオン.ラッセルの「A song for you」と弾いてみたかったから。
ある程度、弾けるようになって、ジョン・レノンの「Imagine」やキャロル・キングの「It's Too Late」にも挑戦した。
とてもマスターしたという代物ではなかったが、弾くのが楽しくてしかたなかった。
そんな時、震災に遭った。
家を建て替えするため、1年間家財道具とともにピアノをレンタルルームに預けた。
家が完成し、ピアノはリビングの隅に置いた。
そのために、リビングの床の強度を高めた。
しかし、再びけん盤に向かった時、やる気が失せていた。
これから一生ピアノを練習して、人前で弾けるようにと思っていたのに…。
やがて、リビングに鎮座したピアノは物置になり、部屋を狭くするだけの存在になった。
♪ピアノ売ってちょうだいと、財津一郎がいうので、運搬料と相殺して無料で処分してしまった。
 
私も人前で演奏した経験がある。
随分昔の話で、グループサウンズが世の中を席巻した昭和40年代半ば。
タイガースやテンプターズなどがテレビの音楽番組を独占していた時代だ。
中学生の時、5人のグループで真似ごとをしていた。
楽器屋の演奏会に出て、タイガースの「君だけに愛を」を歌った。
無理やりリードギターをやらされ、練習したものの、演奏会当日は極度に上がって頭が真っ白になり、何を弾いているのかわからなかった。
 
それからしばらくして、フォークソングの全盛期を迎える。
社会人になってから、あるサークルに入り、ギター片手にフォークソングを歌っていた。
この時も何度かコンサートと称するものに出て、人前で歌う機会があったが、毎回恐ろしく緊張して、全く力が出せず後悔だけを残った。
人前で演奏するのは、度胸と勇気がいる。
若い時はまだ失敗する恥ずかしさに耐える勇気があったのだろうが…。
 
還暦をすぎた今、なかなか人前で演奏する勇気は湧いてこない。
しかも、ピアノ演奏だ。
とても、そこへ飛びこむ勇気はない。
 
神戸の小さなラウンジが演奏会場だ。
会場は演奏する人と関係者で、熱気に包まれている。
友人の出番の少し前に到着した。
ひとつ前の演奏を聴く。
なかなか上手じゃないか。
半年前、友人の自宅でたどたどしいピアノ演奏を聴いていたので、おい、大丈夫かと心配になった。
緊張している様子が窺えた。
やがて、ピアノの先生に紹介され、演奏が始まった。
ベースとドラムがバックを務める。
途中何度かつまずいたが、無事に最後まで弾き終えた。

演奏会
 
なぜだろう、私は胸が熱くなっていた。
もちろん、友人が演奏した「My funny valentine」が良かったからではない。
そこへ踏み込んだ勇気に、感動していたのだ。
 
やはり、いくつになっても挑戦する気持ちは大切だと思う。
だが、そんな勇気があるかと問えば、今の私にはない。
author:金ブン, category:音楽, 16:14
comments(0), trackbacks(0), - -
やっぱり、ディラン

「ディランのコンサート、行かないか?」

4月、友人に誘われた。

 

35年前、その男とディランのコンサートへ行った。

枚方の松下体育館だった。

3日間開催の内、2日間出かけた。

憧れだったディランが舞台に現れた時、興奮したものだ。

ただ、エルビス・プレスリーのような派手な衣装に、がっかりしたが…。

その時、ディランは脱皮する時だった。

ディランは何回も脱皮する。

フォークからロックへ、ロックからブルース、ゴスペル、フュージョン…。

 

その頃、ボブ・ディランに夢中だった。

ディランしか聞かなかった時期があった。

 

「今さら、ボブ・ディランというのもなぁ」

最近、ディランを聴いていない私は、友人の誘いを断った。

断ったものの、昔の恋人の、今の生活を聞かされたような、心の中に甘酸っぱい感情が残った。

 

ディランとの出会いは奇妙なものだった。

 

最初に夢中になった曲は、<風に吹かれて>でも、<ライク・ア・ローリングストーン>でも、<アイ・シャル・リリースト>でもない。

姉が買ってきた2枚組アルバムに入っていた、<あの曲>を聴いてからだ。

 

姉はボブ・ディランが好きだったわけではない。

レコード屋の店員に「良いレコードはない?」と尋ねて、薦められたのだ。

店員は姉に、ジャクソン・ブラウンのファーストアルバムと、ボブ・ディランの「ブロンド・オン・ブロンド」を紹介した。

姉はボブ・ディランの名前くらい、聞いたことがあった。

薦められるまま、その2枚を買って帰った。

どんな音楽かも知らず、安くないアルバムレコードを衝動で買った。

姉はとにかくおちょこちょいなところがある。


ブロンドオン


姉は家に帰り、早速ボブ・ディランのレコードに針を落とした。

「なに、これ」

聞こえてきた音楽は想像していたものではなかった。

ピュアなフォークソングを想像していたようだ。

 

そのレコードを私の部屋に持ってきた。

「これ、レコード店で薦められたのだけど、全然わからん」

私も姉同様、ボブ・ディランの名前は知っていたが、「風に吹かれて」しか知らなかった。

渡されたレコードを聴いた。

「なんじゃ、これ」

姉と同じ、気持ちだった。

しわがれた声、調子はずれの音程、外れ気味のハーモニカ、溢れる言葉…。

LPレコードの1枚目を聴いたが、レコードはそのまま、部屋の片隅に置かれた。

 

数日後、飲んで帰った夜、ひとりになってレコードを聴こうと思った。

不思議なことだが、あのしわがれた声が聴きたくなったのだ。

一度、全部聴いてみよう。

なぜか解らないが、そんな気持ちになった。

 

気になったのは2枚目のSIDE4。

録音されているのは11分を超すバラード、1曲だけだった。

曲名は「ローランドの悲しい目の貴婦人(Sad eyed lady of the Lowlands)」

なんと、かったるい曲なんだろう。

それが最初の印象だ。

 

だが数日後、再びしわがれた声が聴きたくなってくる。

歌詞を見ながら聴く。

これがまた難解だ。

意味が全く分からない。

 

YOUTUBEにディラン自身が歌っている「ローランドの…」のオリジナルは見当たらなかった。全曲ではないが、一部を録音したのはあった。>

 

http://www.youtube.com/watch?v=99BH7bY6QAs

 

♪♪♪

この伝道の時代におけるきみのマーキュリーのような口と

そして煙のようなきみのその瞳に、韻文のようなきみの祈り

そして、きみの銀の十字架、それに鐘の音のようなきみの声があれば

おゝ、彼らの中の誰が自分たちにきみを埋葬できると思うだろうか?


ようやくよく守られるようになったきみのポケットと

そして、きみが草の上に置いたきみの路面電車のヴィジョンと

そして、絹のようなきみの肉

そして、ガラスのようなきみの顔があれば

彼らの中の誰に自分たちがきみを運んでいけると思うだろうか?

 

悲しい目をしたローランドの貴婦人よ

そこでは悲しい目をした予言者が誰も来やしないと言っている

ぼくの倉庫の瞳、ぼくのアラビアの太鼓

ぼくはそれらを

きみの門のところに置いておくべきなのだろうか?

それとも、悲しい目をした貴婦人よ、

ぼくは待つべきなのだろうか?

♪♪♪

 

この曲はある種、麻薬のようだ。

何日か経つと、無性に聴きたくなってくる。

それから、何度もレコード針を滑らせた。

 

今度は1枚目のSIDE1から聴く。

もう、しわがれた声や外れた音程に違和感が無くなってきた。

いつしか、その声と演奏から離れられなくなった。

以後、ボブ・ディランは生活の必需品になっていた。

 

ボブ・ディランのアルバムはほとんど持っていた。

神戸の震災で家を建て替えるまでは。

その時、すべてを知人に譲ってしまった。

 

ディランは遠ざかった時、突然現れる。

We are the worldとか、トム・ペティとの大阪城コンサートとか、30周年記念コンサートとか…。

それらのシーンでは、いつも存在感を見せつけている。

 

最近、すっかりディランから遠ざかっていた。

 

先日、NHKで『僕らの“ボブ・ディラン”を探して』と題して、ミュージシャンの佐野元春と漫画家の浦沢直樹がディランについて語り、旅をする番組があった。

ディランはふたりのクリエーターに、人生の進路を左右するような影響を与えた。

ふたりはディランの足跡をたどって、ニューヨークを訪ねる。

 

ディランの影響を受けたミュージシャンは多い。

ミュージシャンだけではなく、その生き方に影響を受けた人は多い。

社会に向き合い、自分が信じた道を歩み続けている。

いつも、風のように、そこに存在している。

 

久しぶりに、カセットデッキを持ち出して、「ブロンド・オン・ブロンド」を聴いた。

しわがれた声、あふれ出る言葉、耳に残るメロディ…。

 

やっぱり、ディランはいつ聴いても新鮮だ。

author:金ブン, category:音楽, 16:22
comments(0), trackbacks(0), - -
井上陽水のコンサート
 金曜日の朝、ラインの友人からメールが届く。

「今夜、楽しみ」

あれ、何が楽しみなのか。

確か、井上陽水のコンサートは来週の25日じゃなかったか。

慌ててネットで調べると、「418日 大阪フェスティバルホール」になっていた。

 

友人から井上陽水のコンサートに誘われたのが、2月初旬。

40年前にヒットしたアルバム「氷の世界」を再現するコンサートが話題になっていた。

懐かしいなぁ。

「チエちゃん」か、「帰れない二人」か。

ギターで弾いたな。

愚妻も誘って、友人二人とで行くことになった。

 

それが、何を勘違いしたのか、てっきり翌週の425日だと思っていた。

老人の思い込みはどうしようもない。

危うく、何十年ぶりのコンサートをふいにするところだった。

 

改装された大阪フェスティバルホールには年配の男女で賑わっている。

当然、「氷の世界」を聴いていた人たちの多くは、還暦を超えている。

禿げ、白髪が目立つ。

喧騒に身を置くと、コンサート前の浮き立つ気分を思い出した。

 

前回コンサートに出かけたのはいつだっただろうか。

思い出せない。

大阪城ホールでのボブ・ディラン以来のような気がする。

確か、その時はトム・ペティ&ハートブレーカーズがバックバンドをしていた。

 

「氷の世界」がヒットした頃、若者の間には陽水派と拓郎派があった。

外に向かってメッセージを送る吉田拓郎に対して、自分の内なるものと向かい合うのが井上陽水。

陰陽に分けるなら、陽水は陰のイメージだった。

声質にしても対照的で、ガラガラ声で叫ぶ拓郎と違って、井上陽水の歌声は透き通っている。

 

その頃、私はザ・バンドをバックにしたボブ・ディランに心酔していた。

だから、当然のようにディランの影を追いかけていた吉田拓郎に共感を覚えていた。

とはいえ、陽水の「氷の世界」は良く聴いた。

 

ちょうど大学生から社会人になった頃。

私は真剣にギターを弾き始め、軽音楽のサークルに参加していた。

ギターを片手に、人前で下手な歌を歌っていた。

ディラン供加川良、高田渡などをコピーしていた。

 

他のメンバーは、良く井上陽水を歌っていた。

陽水の曲はキーが高いことを除けば、コードの展開が簡単で歌いやすかったのだろう。

「東へ西へ」とか、「夢の中へ」とか、「自己嫌悪」とか。

 

今回、友人から陽水のコンサートに誘われて、行く気になったのにはきっかけがあった。

ちょうどその頃、YOUTUBEで「拓郎と坂崎のオールナイトニッポン」を聴いていた。

居酒屋でしゃべってる風の吉田拓郎と、あらゆる曲をマスターしている坂崎の掛け合いが面白くて、眠れない夜がさらに眠れなくなったぐらいだ。

出演するゲストとの会話が良い。

竹内まりや、山下達郎、大竹しのぶ、泉谷しげる(乱入)、武田鉄矢など。

そこで、井上陽水と吉田拓郎が15年ぶりに対談していた。

 

http://www.youtube.com/watch?v=cqoWTA7Os4M

 

陽水の落着いた話ぶりに、酒が入っているんじゃないかと思える拓郎が絡むところは、何とも微笑ましい感じがする。

ふたりは小室等と泉谷しげると一緒に、フォーライフというレコード会社を立ち上げたことがあった。

還暦を過ぎた陽水を生で聞いてみたい、そんな気持ちになった。

 

コンサートでは、アルバム「氷の世界」のアレンジを忠実に再現しながら、全13曲を歌う。

以前、ボブ・ディランのコンサートで、原曲と分からないほどにアレンジされていて、失望したことがあったが、そんな心配はなかった。

「自己嫌悪」もハーモニカホルダーを付けて、自身がハーモニカとギターを奏で、アルバムそのままの雰囲気だった。

同窓会で、憧れだった女性が原型を留めていないほど変身していて、幻滅することがあったが、そんなことはなく、当時の面影のままだった。

とにかく、懐かしかった。

そこには当時の張り詰めたような不安感は無く、様々な軋轢を乗り越えて還暦まで生き抜いた充実感のようなものが感じられた。

最後にステージで何度も頭を下げる陽水を見て、同じ社会で40年間闘ってきた戦友のような感情が込み上げてくる。

 

あっという間の2時間だった。

久しぶりに、充実した時間を過ごした。

コンサートに誘ってくれた友人、それに当日の朝にメールしてくれた友人に感謝しながら、愚妻と梅田まで歩いた。

 

そして、また、ギターを弾いてみようと思った。

author:金ブン, category:音楽, 17:33
comments(0), trackbacks(0), - -
YouTubeを観る

中国漁船衝突事件で、その映像がYouTubeに投稿され、
尖閣諸島問題が大きくクローズアップされたのは一昨年のこと。
一つの映像が大きく社会を動かす。

企業も販促の道具に使ったりしているし、
個人が自身のパフォーマンスを表現する道具にも使われる。

懐かしいビートルズの映像や、映画の名場面も鑑賞できる。

昨日の新聞で、シリアのアサド政権の弾圧に抗議するため、
イギリスとドイツの国連大使夫人が、シリアのアサド大統領夫人のアスマさんに
夫の弾圧を止めるよう訴えるビデオ書簡をYouTubeに投稿したと報じられていた。

YouTubeをすべて観るのに、1500年掛るという。
膨大な映像のデータが、 世界の至る所から 24時間アップされ続けいている。
その膨大な映像の中から、かけらほどの映像を探しては楽しんでいる。

先日は政見放送と検索してみると、懐かしい「オカマの東郷健」が雑民党党首として、
東京都知事選に出ていた。

だいぶ以前ことだが、こんな映像で大笑いしたこともあった。
http://www.youtube.com/watch?v=ZKzG50dxtbk

また、懐かしいコンサートの映像にもハマっている。
1992年ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで行われた「ボブ・ディラン 30周年記念コンサート」の映像。
ラストで、ディラン「マイ・バック・ページ」を歌う場面だ。
ロジャー・マッギン、トム・ペティ、ニール・ヤング、エリック・クランプトン、ディラン、ジョージ・ハリスンが順番に歌う。
特に、クランプトンとニール・ヤングのギターソロは二人の個性が出ていて楽しい。

会社の同僚も、自分で作った映像をアップしている。
若いタレントの写真をアレンジしたもので、アクセスが何千件あったとか。
author:金ブン, category:音楽, 17:04
comments(0), trackbacks(0), - -