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薬疹

JUGEMテーマ:健康

 

還暦を迎えるまで、ほとんど薬を服用することがなかった。

風邪に罹っても、出来るだけ薬を飲まないようにしていた。

薬の副作用が気になった。

それでも、若いころは薬に頼らなくても、体力で回復したものだ。

 

歳とともに、薬に頼らないといけない状況に陥ってくる。

 

定年前、会社の健康診断で喉元の腫れを注意され、甲状腺の医院で橋本病と診断されてから、毎日チラーヂンという薬を飲み始めた。

薬とのお付き合いの始まりだった。

それも1年ぐらいで数値が改善したので、薬の服用をやめた。

 

退職すると今度は血圧が高くなりだしたので、血圧降下剤を飲み始めた。

両親も血圧が高かったので覚悟はしていたが、血圧計は140〜150の数値を指すようになると、薬嫌いと拒否するわけにはいかない。

医者は「心筋梗塞や脳梗塞のリスクが高くなりますよ」と脅すようにいう。

 

さらに、特定健診の血液検査ではコレステロール値が高いとの指摘を受けた。

コレステロール値が高くなると、「心筋梗塞や脳梗塞のリスクが高くなりますよ」と再び言われ、コレステロールを下げる薬を飲み始めた。

 

血圧とコレステロールの薬は老人の多くが服用していると、医者は言う。

「歳を取ったから仕方がないか」と、毎朝一錠づつを飲み続けることになった。

 

今年に入り、さらにいろんな病気に見舞われた。

3月突発性難聴に罹り、多量のステロイド剤を1週間服用することになった。

何とか耳が聞こえるようになると、今度は胃腸が悪くなり、胸やけ・膨満感・ムカつきが付きまとい、ゲップが頻繁に出るようになった。

胃カメラの検査をした結果、内科医から逆流性食道炎と言われ、胃薬を飲み始めた。

 

7月には脳梗塞の症状が出て1週間入院。

退院してから、血圧・コレステロールの薬に加えて、血液をサラサラにする薬を毎朝飲み始めた。

 

2週間前、股関節の治療で神戸の整形外科を訪ねると、2週間のロキソニンを処方された。

痛みを抑える薬はあまり気が進まなかったが、股関節の炎症を抑えるために服用してくださいというので、仕方なく飲み始めた。

1週間が経った朝、起きると身体のあちこちに虫に噛まれたような痕が出来て、痒いのだ。

何かの虫に刺されたのだろうと思っていたが、数日すると体中に発疹が広がっていた。

 

急いで、皮膚科で診察を受けると、「薬疹」だというのだ。

薬の影響からの発疹だ。

医者にお薬手帳を見せた。

すると、「その時の体調に影響されるのでどの薬とは特定できないが、ロキソニンが疑われる」と、いう。

そして、塗り薬とともに、飲み薬を与えられた。

数日後、発疹はほとんど消えていた。

 

身の回りにいるお年寄りたちに聞くと、ほとんどが何らかの薬を飲んでいる。

94歳の父親も毎日、10錠以上の薬を服用している。

父親のような長生きを望んでいるわけではないが、とにかく健康のままでコロッと天国へ行きたい。

 

食事療法や運動などで健康を保てればと思うのだが、現実は厳しい。

加齢とともに、さらに薬のお世話になるだろう。

author:金ブン, category:健康, 09:45
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股関節の痛みを抱えて

JUGEMテーマ:健康

 

「手術の侵襲」という言葉を初めて知った。

侵襲とは、治療(手術)によって身体に害を及ぼすことで、薬で例えれば副作用のようなものだという。

身体の障害を治すために手術するわけだが、生体と傷つけることはそれなりのリスクが伴うものだ。

治ると考えて決断した手術であまり効果が無かった場合や他の箇所へ悪い結果が及んだりすると、患者に大きな精神的負担が生じる。

希望が失望に変わるギャップは厳しいストレスになる。

 

テレビの司会などで活躍している芸人が頚椎椎間板ヘルニアの手術の後うつ病を発症して、しばらく休養するというニュースが流れていた。

経過は良好だったのだが、この「手術の侵襲」の影響からストレスを感じて、体調不良に陥ったという。

 

最近、身近な人で「手術の侵襲」から体調を悪くした人のことを何度か耳にする。

妻の友人の長男が腰椎を痛めて大学病院で手術したが、術後の経過が良くなくて、長く病院通いをしていた。

その後いろんな病院で診てもらったが症状が良くならず、最終的に心療内科へ通っているという。

 

84歳の義母も数年前、変形性膝関節症から人工膝関節の入れ替え手術をした。

術後、確かに効果があり、以前より歩けるようになった。

だが、膝の違和感が残り続け、期待していたほどに効果が無かったと考えるようになり、徐々に自宅のイスに座って過ごす時間が増えた。

 

私も2年前膝関節の軟骨欠片を除去する手術を受けた。

階段を降りるときにピリッとする痛みがあったが、手術により痛みはなくなった。

だが、膝全体の違和感が残り、何かで縛られているような感じがずっとしている。

 

やはり、体内にメスを入れることはそれなりのリスクが伴うものだ。

 

現在、膝の違和感は股関節に移り、少し歩くだけでじんわりと足の付け根が痛み出す。

1年前、市民病院の整形外科でMRI検査を受けたが、骨に異常はないので安静にするように言われた。

安静にしていたが全く良くならないので、整骨院に通ってみたが、これも効果がない。

こんな生活が続くと、精神衛生上良くない。

常に、痛みが気になるのだ。

(どんな痛みか訊かれても、なかなか説明しづらいが)

 

自分の症状と似ているのをインターネットで探してみると、ラクビーのリーチ・マイケルが恥骨炎痛で3週間戦列を離れた記事を見つけた。

恥骨炎痛はグロインペイン症候群(鼠蹊部痛症候群)の一種で、サッカー選手に多いケガだという。

中村俊介、長谷部誠、中山雅史、中田英寿などの名前が出てくる。

診断や治療が難しいケースも多いことで、世界的に知られているケガだという。

 

かなり激しい動きから発症するというから、私のような老人に起こるケガとは思えないが、もともと退職後のテニスで無理をしたことが要因だと考えると、そうなのかもしれない。

 

痛みの原因は何なのか、確かめてみたい。

そう思って、今週再度市民病院の整形外科へ出かけた。

しかし、受付では紹介状がなければ、受診できないと断られた。

1年前も近くの病院で紹介状を書いてもらって受診してもらったはず。

同じ症状でやってきたのに、再び紹介状がいるというのだ。

大病院のシステムに腹が立ったが、何とか頼りになる医者を探さなければならない。

 

再び、インターネットで整形外科を探してみた。

クチコミを参考にするしかないが、どこも似たり寄ったり…。

結局、知人が通っていた近所の整形外科へ行くことにした。

 

医院の待合室に入ると、的外れじゃないかと思ってしまう。

かなりの老人たちが順番を待っていた。

とてもスポーツ障害を診察してもられる雰囲気ではなかった。

 

それに、現れた医師が私よりも年配のようだった。

症状を訊き、レントゲンを撮り、丁寧に診察してくれた。

膝や股関節の軟骨がすり減る老化現象の原因を説明しながら、診断結果としては1年前と同じで際立って骨に異常があるとはいえないということだった。

恥骨あたりの痛みの原因についてははっきり判らないようだった。

 

結局、電気治療をしてもらい、理学療法士にリハビリの指導をしてもらった。

診てもらったことで気分的に楽になったのだが、それは気休めでしかなかった。

 

やはり、グロインペイン症候群の専門医を探すしかないのだろうが、この症状のサッカー選手はみんな外国で手術をして復帰しているという。

外国で手術なんて、私のようなリタイヤした老人からは程遠い話だ。

それに、前段で書いたように、手術には大きなリスクがあるし…。

 

まったく、奇妙な症状を抱え込んだものだ。

この痛みが一生持ち続けないといけないかもしれない。

伊丹(いたみ)に住んでいるのがいけないのかも。

author:金ブン, category:健康, 09:32
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イビキをかく

JUGEMテーマ:健康

 

自分自身で満足していることが、いつのまにか他人を不愉快にさせている。

そんなことは人生の中で、頻繁にあると思う。

 

先週、脳外科病院に6日間入院した。

その入院生活での印象に残っていることがある。

イビキである。

 

入院する前の診察で、担当医が家内に尋ねた。

「ご主人はイビキをかかれますか?」

家内は「かきます」と答えた。

「ウソ、僕はイビキかかへんやろ」と横から私が言うと、「時々、かいてるよ」と妻ははっきりと言った。

「ご主人、自分のイビキは判りませんからね」と、妻に味方する。

 

私は4人部屋に入った。

私は眠りが浅いし、人のイビキを気にするほうだ。

だから、他人と同室に寝る旅行などには必ず耳栓を持っていく。

今回も耳栓を持参した。

 

初日の夜、消灯になると早速イビキのデュエットが聞こえてくる。

しかし、耳栓が功を奏して、何とか眠りにつくことが出来た。

翌日、2人が退院して、私ともうひとり48歳の若者(A君と呼んでおく)が残った。

A君は私が入院する4日前、自宅の風呂で倒れ救急車で運ばれてきたという。

脳出血で、右半身に麻痺を起していた。

治療やリハビリに、1ヶ月程度の入院が必要だと告げられたという。

 

その夜、A君は無呼吸症候群のような不規則なイビキを繰り返していた。

だが、この時も耳栓が役に立った。

翌日の夜も同様だった。

A君の病気の原因はこのイビキが影響しているような気にする。

 

その翌日の夕方、A君は別の病室に移動していった。

病室はひとりになり、今夜はやっと静かな眠りにつけるとホッとしていた。

ところが、世の中は甘くない。

夕食後、歩けない老人(Bさんと呼んでおく)がベッドに寝かされた状態で、病室に運ばれてきた。

 

Bさんは他の人の治療機器の音がうるさいと訴えて、移動してきたのだ。

この人、少し認知症が入っているらしく、翌日看護師や事務職員に、何度も「わしは何で部屋を変わったのか。わしが何かしたのかな?」と尋ねていた。

自分が希望して、部屋を替えてもらったことを忘れてしまっているのだ。

訊かれた看護師たちも認知症患者になれているようで、尋ねられるたびに「いえ、Bさんが何かをした訳ではありませんよ。急病の患者が入ったので、部屋を変わってもらったのですよ」と優しく応対していた。

 

消灯すると、このBさんは早速イビキを掻きはじめる。

この世のものとは思えないほど大きなイビキで、しかも不規則なのだ。

この騒音に対して耳栓が全く効果を発揮することなく、私は眠れない夜を過ごした。

その後もこの人と一緒の部屋にいると思うとぞっとするのだが、幸い私は翌日の午後に退院が決まっていた。

 

退院の日の朝、隣のベッドに新しい患者(Cさんと呼ぶ)が入ってきた。

私は今夜CさんがBさんの大きなイビキに悩ませられるだろうなぁと、同情した。

ところが、その同情は余計なことだった。

昼食を終えて、このCさんが昼寝を始めた。

すると、Bさんに負けず劣らずの騒音が聞こえてきたのだ。

Cさんのイビキ音も不規則で、大きな音の後はしばらく静まり、再びゴーゴーと唸り出す。

 

すると、イヤホンでテレビを観ていたらしいBさんはイビキ音を堪りかねて、「うるさい」と言っていたが、当然、眠っているCさんには届かない。

看護師が病室にやってきた時もCさんのイビキは続いていて、Bさんは「うるさいイビキやろ」と看護師に言いながら、「僕はイビキ防止機器を付けているから心配ないけど」と、ぬけぬけと言い放つのだ。

「あんたは知らんやろうが、あんたのイビキもそれ以上にうるさいんやで」と言ってやりたかった。

 

その日の夜から、ふたりのイビキ共演はどうなっただろう。

 

脳外科の患者はほとんどイビキ騒音を発しているのではないか。

誰もが、自分は静かに眠っていると信じているのだ。

一度、自分のイビキを録音してみれば良い。

author:金ブン, category:健康, 09:36
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休刊の理由

JUGEMテーマ:健康

先週号は急に休刊となってしまった。

理由は入院することになってしまったからだ。

 

先週の金曜日昼過ぎ、時間が出来たのでパソコンに向かってブログを書き始めた。

日曜日が選挙だったので、選挙関連の話を書こうとしていた。

 

パソコンを打ちかけてすぐ身体がふらふらと揺れて、キーボードが叩けなくなりマウスが動かせなくなった。

文字を打とうとするも、指がスムーズに動かない。

これはおかしいと、一度ベッドに横になった。

そして、横になったままで両足を動かしてみたが、右足が重くて持ち上がらない。

すぐに脳梗塞を思い浮かべた。

 

妻は近所の人とコストコへ買い物に出かけていた。

電話すると、急いで帰ってきてくれた。

妻が救急車を呼ぼうかと言ったが、そのころには症状が収まっていた。

だが、脳の異常だったら不安なので、車で脳外科病院に連れて行ってもらった。

以前94歳の父親を連れて行った病院で、診察してもらった医師も同じ人だった。

 

脳のCTとMRIを撮影してもらうと、軽度の脳梗塞(ラクナ梗塞)と診断され、入院して点滴治療をすることになった。

人生初めての入院生活になった。

 

4人部屋の病室は翌日に二人退院し、二人だけになった。

室内はエアコンが良く効いて、外気の暑さを想像できないほど心地よい。

玉ねぎが食べられない(宗教上の理由?)ので病院食が心配だったが、毎日玉ねぎ料理が登場するでもなく、間食抜きの空腹を充分に満足させてくれた。

 

点滴治療は最初24時間の点滴だったが、すぐに減少して3日目には終了した。

結局、6日間の入院生活だった。

同室の人は私と同じような病気だったが、半身に障害があり、毎日リハビリに励んでいた。

48歳の現役の若者で、1ヶ月ほど入院生活が続くという。

それを考えると、私の場合、極めて軽度だったようだ。

 

 

脳外科病院はなかなか厳しい場所だ。

リハビリが必要な患者が多いし、脳の損傷からか大声を出す患者さんがいたり。

 

そんな患者さんには申し訳ないが、私の入院生活は快適だった。

3日目からパソコンを持ち込んで、頼まれていたパワポの作成、パソコンの教材などを作っていたので、退屈さは全く感じなかった。

パソコンで疲れたら、ベッドの横にあるテレビが観られる。

ちょうど参議院選挙や吉本興業の社長の会見などがあり、世間の話題も豊富だった。

 

そういえば、前回のブログの書き出しはこんな感じだった。

 

<いままで、選挙を棄権したことはない。

だが、最近、投票へ行く気持ちが重たい。

圧倒的に、保守勢力が強すぎるからだ。>

 

この後、左翼への思いを書くつもりだったのだが…。

 

今回は、急な入院のため投票に行けなかった。

投票へ行かなかった者が偉そうに言えないが、投票率が50%を下回る国は本当に大丈夫かと思ってしまう。

それだけ、日本国民は本心から政治家を疑っていないのだろう。

 

退院すると同時に梅雨明けとなり、気温が急激に上がってきた。

今は暑い部屋で、パソコンに向かっている。

涼しかった病室が今では懐かしく感じるが、もちろん戻りたいとは思わない。

 

快適な入院生活だったとはいえ、不自由なことも多かった。

それはまた、次回にでも。

author:金ブン, category:健康, 09:52
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ラジオ体操

JUGEMテーマ:健康

 

「お義父さん、姿勢が悪いのじゃないですか」

私が逆流性食道炎と診断されたことを聞いて、医薬品関係の仕事をしている娘婿が言った。

 

先月突発性難聴に罹って、ステロイド投薬の治療をしていると同時に、食道が詰まりゲップが頻繁に出る症状があった。

私は胃や大腸にポリープがたくさんあるので定期的に胃カメラ検査をしているが、ここ3年は検査をしていない。

食道の症状が気になるので、胃カメラの検査を受けた。

検査の結果、逆流性食道炎だと診断された。

 

突発性難聴に続いて、逆流性食道炎である。

どちらも、ストレスに起因するというが…。

退職して以来、嫌なことを極力避けて暮らしているので、ストレスを感じているとは思えない。

会社生活の時より、比べ物にならないほど気楽な生活だ。

 

だが、娘婿に姿勢の悪さを指摘されたのに、心当たりがある。

パソコンに向かう時間が長すぎることだ。

ボランティアの会のホームページの更新、会報誌の制作、パソコン教室の教材づくりやアルバイト先での印刷物制作など、パソコンでの作業が毎日のように続いている。

 

パソコンに向かうと、自然と前かがみになっている。

出来るだけ姿勢を正すようにしているが、無意識の内に胃を圧迫する姿勢になっているのだろう。

 

以前(退職前)もパソコンに向かう時間が多かったように思う。

総務で仕事していた時もほとんどパソコンの前に座っていたが、何ともなかったのだが。

若い時に何でもなかったことが、加齢で様々な影響が身体のあちこちに現れるということだろう。

座る姿勢にまで、細かく気を配らなければならないことが情けなくもある。

 

先日、NHKの「SONGS」に出演していた井上陽水が言っていた。

「人間は健康が一番大事、若い頃ラジオ体操に対して、なんでそんな事するのと思っていましたけど、今は出来ないんですよね、身体がね(笑)…」

 

最近、私も健康のためにラジオ体操をしている。

小学生のころ、チンタラやっていた体操を真剣にやっている。

これが結構汗をかく、疲れるのだ。

なんか、滑稽でもあり、情けなくもあり。

author:金ブン, category:健康, 10:00
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突発性難聴、その後

JUGEMテーマ:健康

聴力を試すため、映画館へ出かけた。

アカデミー賞作品賞の「グリーンブック」は上映時間が合わず、クリント・イーストウッドの「運び屋」を観ることにした。

これが良い映画だった。

90歳の主人公を演じるイーストウッドが実に渋く、魅力的だった。

心配していた聴力も回復の兆しが感じられ、映画館の音響にも問題なく聞き分けられた。

 

突発性難聴に罹って、約3週間が過ぎた。

ようやく、左耳の音が通常近くに戻ってきた。

そうは言っても、静かなところではシャーという雑音が聞こえ続けている。

 

半信半疑だったが、やはり、薬の効果があったのだ。

10日間、ステロイドを服用した。

初日は12錠飲んで、徐々に減らしていく。

最初の4日間はほとんど効果が感じられなかった。

本当に、治るのだろうかと、不安が募った。

1週間ぐらいで、少しずつ音が聞こえるようになってくるのを自覚できた。

そのあたりから、聞こえないストレスが徐々に減少してくる。

 

ステロイドは感染症・高血圧・糖尿病・消化器症状・ホルモンバランスなど、副作用がある薬だというが、目立った体調の変化はなかった。

と思っていたが、2週間過ぎたあたりから喉に痰が絡み、食道あたりが少し詰まった感じがする。

これが、ステロイドの影響なのかどうかは解らないが。

 

人材センターのアルバイト先やボランティアの会で、突発性難聴に罹ったことを告げると、家族や知人にこの病を経験したという人が結構多くいた。

「実は、私も罹ったことがあり、耳が聞こえにくいんです」と言う人もいた。

ウィルス性やストレス性などが原因だというが、実際よく解らないようだ。

 

学生の頃から近眼で、メガネやコンタクトレンズを使っていた。

眼に関して、苦労が絶えなかった。

これまで何度となく健康診断で聴力検査を受けてきたが、心配したことはなかった。

まさか急に聞こえなくなるとは。

 

人間の身体には対になっている部位が多い。

手、足、目、耳、鼻の穴、肺、腎臓…。

神さまは、二つでもって役割を果たすように創っている。

眼は片方だけでは遠近が判断できないし、耳も片耳だけでは音が聞き分けにくくなる。

健康な時にその便利さを意識することは少ないが、失うとその大切さを切に感じる。

 

歳を取ると、身体にとってろくな事がない。

マイナスばかりを体感することになる。

 

クリント・イーストウッドが演じた90歳の老人はすごい。

モーテルで売春婦を相手にし、麻薬組織のボスの邸宅でグラマラスな女性ふたりを相手にする。

性欲は若さを保つ、カンフル剤なのだろう。

 

 

ところが、私めは…。

<今はただ 小便をする 道具なり>

<朝立ちは 歳を重ねて 死語となり>

…。

author:金ブン, category:健康, 09:39
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突発性難聴

JUGEMテーマ:健康

 

先週、プールへ行った。

耳に水が入ったのが原因か、帰宅してから左耳が聞こえにくくなった。

ネットで調べて、耳の水を抜こうと試みたが、なかなか抜けなかった。

一晩寝たら、自然と抜けているのじゃないかと思っていた。

翌日も聞こえにくかった。

そろそろ病院へ行ったほうが良いと思ったが、土日なので病院は休みだった。

土日の2日で、さらに音が聞こえなくなってきた。

 

月曜日、近くの耳鼻咽喉科へ行った。

3年前、同じ症状でこの医院に通ったことがあった。

その時は比較的症状が軽く、薬を処方されてから4、5日で完治した。

なので、軽く考えていた。

ところが、検査の結果、重症の突発性難聴だと告げられた。

治療が早ければ、治る確率は高いと告げられるが、罹患してからすでに6日が経過していた。

ステロイドで治療することになるが、治る確率は30%だと、医師はいう。

それも、完全に治るのは難しく、聞きづらさの残る可能性があると。

入院して点滴治療を受けることになるかもしれないと告げ、K中央病院を紹介された。

 

その晩、娘婿の父親が以前突発性難聴で入院したことを聞いていたので、電話で訊いてみた。

すると、やはり1週間入院して、ステロイドの点滴治療を受けたと話す。

何とか治ったようだが、やなり聴力が落ちたようだ。

翌日、K中央病院に出かけた。

紹介状を見た医師は、再度血液検査と聴力検査を指示した。

やはり、検査結果はかなり悪いという。

人生初めての入院になるのかと思いきや、ステロイドの薬を服用して治療することに。

 

「以前に輸血されたことがありますか」と、医師から尋ねられた。

血液検査の結果、以前ウィルス性肝炎に罹ってた痕跡があるという。

10年程前に献血を断られたことがあったが、その理由も同じだった。

いつのまにか、B型のウィルス性肝炎の罹患していたのだった。

肝炎ウィルスを侵されたことがある人は、ステロイド治療によってウィルスが蘇って悪さをする可能性があるそうだ。

だから、肝臓の数値に注意しながら、ステロイドの投与をしないといけないという。

軽く考えていただけに、何とも大げさなことになってきた。

 

プレドニンというステロイド薬12錠を飲むことから始まり、徐々に少なく服用していく治療になった。

入院して点滴治療を覚悟していただけに、自宅で治療が出来るのだから、少し気分が楽になった。

 

それから4日間、処方されたとおりステロイドを飲んで、再度病院へ出かけた。

症状はほとんど変わっていない。

薬の効果が全く感じられなかった。

不安な気持ちが募ってくる。

 

その日は消化器内科と耳鼻咽喉科で受診した。

消化器内科では血液検査と肝臓のエコー、耳鼻咽喉科では聴力検査を受けた。

自分自身良くなっている感じは全くなかったが、聴力検査の結果、少し改善しているという。

この後も、ステロイド薬の服用を続けて、結果を待つしかない。

治る確率は30%で、治ったとしても何らかの障害が残る可能性があると、再度告げられた。

 

歳を重ねるということはこういうことなのだろう。

人生、この先何が起こるか分かんない。

悲観しても仕方がない。

もっともっと、大変な病気を抱えている人が多くいるのだから。

author:金ブン, category:健康, 10:00
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難病と闘うこと

JUGEMテーマ:ニュース

 

そのニュースを聞いた時、16年前息子のガンを知らされた当時の気持ちを思い出した。

突然の出来事で、夢を見ているのではないかという気持ちだった。

しばらく、家族みんなが放心状態だった。

 

大学病院の小児病棟へ行くと、聞いたこともない病名の子供たちが入院していた。

多くはガンだった。

息子の病気は横紋筋肉腫というガンだった。

私が最初に病棟を訪れた時、休憩ルームには抗がん剤の影響で髪の毛が抜けた子どもたちがいた。

子どもたちは自分の不運な境遇にも関わらず、一様に無邪気で明るかった。

そんな子どもたちの様子に、私は少し気持ちが和らいだのを覚えている。

 

ガンはその種類や発症した場所によっても、治療方法が異なる。

息子と同じ横紋筋肉腫の子供も数人いたが、息子の病巣は胸の縦隔という部位で、かなり特殊だった。

担当医や専門医から細かく治療方針の説明を受けたが、症例が少ないだけに情報が少なかった。

 

保護者たちはガン闘病に関する情報を知りたくて、お互いの知識を交換していた。

それぞれが難病だけに、親として治療とどう向き合ったらいいのか、解らないことが多かった。

治療だけでなく、病院でのQOL(生活の質)、メンタル面のケア、治療費など、様々な問題が積み重なってくる。

患者を支える家族は次々とその難題を向かっていかないといけない。

 

妻や娘が大学病院で知り合った人たちの子どもに、白血病の患者が数人いた。

今でも、親交があるようだ。

その子どもさんたちは病気を克服し成長し、今では元気に通学しているという。

難病といわれるガンの中でも、白血病は治りやすい病気という印象がある。

日本成人白血病治療共同研究グループのサイトを見ると、< 65歳未満の急性骨髄性白血病では約80%が完全寛解となり、寛解例の40%前後が治癒するものと期待されています。>との記述があった。

 

連日、テレビや新聞で白血病のニュースが報道されて、骨髄移植のドナーがかなり増えたという。

骨髄移植のドナーは健康な人間が他人の命を救うことができる数少ない方法だと思う。

ドナー登録をしていた時、二度適合した患者が現れたとの連絡を受けて病院に出かけたことがあった。

二度とも移植まで進まなかったが、年齢制限(54歳)が無いのなら今でも移植する意思はある。

ドナー登録が増えれば増えるだけ、適合する確率が増え、助かる患者が増える。

 

I選手に、たくさんの人から励ましの言葉が届いている。

「水泳なんていい、とにかく長生きして」

一番印象深い言葉が、I選手のお祖母さんのこの一言だった。

author:金ブン, category:健康, 09:51
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ドクターショッピング

JUGEMテーマ:健康

 

精神的・身体的な問題で、複数の医療機関で受診して回ることを、ドクターショッピングというそうだ。

 

足の故障はなかなか良くならない。

3年前に膝を痛めてから、整形外科や鍼灸院、整骨院など次々と診察を受けた。

現在は股関節(恥骨付近や内転筋の付け根)が痛い。

股に鉄の塊がハマっているようで、かなり、歩きづらい。

 

昨年は膝の内視鏡手術を受けた。

関節の軟骨が遊離しているのを取り除いてもらう手術だった。

確かに、ピリッと感じる膝の痛みは無くなった。

ところが膝全体の違和感が残り、踏ん張りが利かない状態になった。

別の整形外科で理学療法士にリハビリを勧められたが、なかなか膝の動きが良くならない。

そのうち、恥骨(股関節)の内側に痛みが出てきた。

膝をかばう歩き方で、股関節にも影響が出てきたようだ。

 

整形外科で撮影したMRIによると、椎間板ヘルニアがあることも告げられた。

治療するには、ストレッチと筋トレで股関節周辺の筋肉を鍛えるしかないと言われ、理学療法士のメニューに従って、毎日トレーニングを繰り返した。

 

このあたりの経過は今年2月頃のブログで書いた。

それ以後、ストレッチや筋トレをくり返しているが、症状が改善されることはなかった

痛みの原因が判らず、思い悩む日々が続いた。

「股関節の痛みは椎間板ヘルニアが影響しているのではないか」という疑問が湧いてくる。

神経系なので神経内科へ行こうと思っていた時、「ペインクリニック」の看板を見つけた。。

 

「痛み」(ペイン)をやわらげる治療をする病院のことだ。

ネットで調べると、こんなことが書いてある。

 

<「痛み」のストレスをためていくことで痛みの悪循環が起こりなかなか治らない、時には生活に支障をきたすような長くつらい痛みとなっていきます。
 ペインクリニックでは交感神経ブロックという注射療法を中心に薬物療法や温熱療法などを併用しながらこの痛みの悪循環をなくし、平穏な日常を送ることを目標とした治療をおこなっています。>

 

さっそく、JR駅前にある医院へ行ってみた。

その医院は駅前商業施設の2階の医療フロアにあった。

昼からの診察は午後4時で、早めに入ると待合室には誰もいない。

受付で問診票を書いて、事務員に症状を口頭で伝えた。

しばらく長椅子に座って待っていると、患者が数人現れて受付をする。

患者たちは順番が来て呼ばれると、診察室に入っていく。

予約している患者が優先される。

しばらく待つと、診察の順番がやってきた。

 

50歳代と思われる医者が症状を訊く。

医者の第一印象が悪かった。

パソコンを見たままで、患者である私の顔を見ようともしない。

 

症状を告げると、パソコン画面に映った人体図に直接タッチペンで患部を書きいれた。

整形外科で椎間板ヘルニアと診断されたことを伝えた。

恥骨のあたりが痛いことを告げ、その原因と痛みを和らげる方法は無いかを尋ねた。

ヘルニアが原因かどうかを調べるのは難しいといい、薬を服用しながら原因を確かめていくと、医者は説明する。

ぞんざいな態度に、失望感が抱いた。

医者はリリカ25咾箸いδ砲濟澆瓩量瑤鮟菠した。

 

1週間服用したが、全く痛みに効果がなかった。

再び医院に行って結果を告げると、リリカ25咾鯒椶裡仮服用するよう処方した。

2週間続けたが、やはり効果がなかった。

医者に告げると、前回のMRI撮影から時間が経っているので、再度MRIを撮ってみましょうと言い、市民病院の放射線科の予約を取ってくれた。

 

市民病院でMRIの撮影をしてから、画像を持って医院を訪れた。

前もって、市民病院の放射線科から医院にファックスで診断結果が送られてきていた。

医者は画像を見ながら、椎間板ヘルニアのことを話す。

ヘルニアがあるが、それが股関節の痛みに影響しているかどうかは判らないと、結局以前の言っていた事をくり返しただけだった。

今回椎間板のあたりともう一カ所、股関節回りも撮影してもらっていた。

「股関節はどうですか?」と訊くと、その部分の画像もパソコンで開かずに市民病院の放射線科のファックスを見ながら、「異常無しです」と素っ気なく答える。

この医者は画像を見て判断できるのかと、疑問が湧いてくる。

 

そして再び、2週間リリカ75mgを服用するよう処方した。

副作用が無いとはいえ、効果が出ない痛み止めを1ヵ月も飲み続けても大丈夫なのだろうか、と不信感を覚えた。

結局、この医院での治療は諦めた。

 

その頃、コレステロールや血圧で、家の近くのS循環器内科に通っていた。
院長のS医師は話しやすい先生だった。

S医師は学校の教師をしていたが、医師になりたくて再び医大に入学し、医者になった経歴を持っている。

嫁さんからの情報なのだが、S医師の実家は近くに土地やビルを所有しておられて、かなり裕福なんだそうだ。

裕福だからというわけではないのだが、むやみに薬を出さないと、妻は近所での評判をいう。

 

診察の科目は違うのだが、私は股関節の状況を相談してみた。

すると、S医師は「ペインクリニックは最終的に痛みを和らげる治療なので、やはり整形外科で診察を受けたほうが良い」との意見をいう。

それは十分承知しているのだが、すでに3件の整形外科に通った。

そこで、S医師に市民病院の整形外科を紹介してもらうことを頼んでみた。

市民病院は紹介状無しで行くとかなり待たないと診察してもらえないし、診察料の他に特別料金5千円が掛る。

すると、S医師は快く紹介状を書いてくれた。

 

数日後、市民病院へ出かけた。

紹介状を持って行くと、診察してもらうまでの時間が掛らなかった。

医師は紹介状や問診票を読んでから、MRIの画像を確認していた。

そして、股関節の骨には異常が見られないこと、椎間板ヘルニアの程度、股関節の痛みがヘルニアと関係している可能性や手術する方法とリスクなどを丹念に説明してくれた。

恥骨筋や内転筋の付け根の筋肉が炎症しているようなので、ストレッチや筋トレを休んで様子を見たら良いんじゃないかと言う。

診察結果は今までと変わりなかったが、詳細に説明してもらったので納得出来た。

 

なんとも、さまよえるドクターショッピングである。

世の中には、得体のしれない身体の不具合と闘っている人がたくさんいるのだろう。

 

今は近くの整骨院に通っている。

妻の友人が「息子が股関節の痛みで治療してもらって治った」という整骨院を紹介してくれたからだ。

30歳代の若い整体師がみっちり1時間近く患部を押してくれる。

まだ、効果の程は判らないが、これが気持ち良いのだ。

とりあえず、2ヵ月程度はやってみようと思っている。

 

また、ドクターショッピングに出かけることになるかも…。

author:金ブン, category:健康, 10:04
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膝から股関節へ

JUGEMテーマ:健康

 

道理が通らないのが、人間の身体。

 

膝を痛めて、手術を受けたのが10か月前のこと。

それで足の不自由から解放されると思ったが、そうはいかなかった。

今度は別の部位が痛くなった。

 

手術名は関節鏡下関節鼠摘出手術。

この<鼠>というのは軟骨のカケラのことだ。

カケラが遊離して関節内を自由に動きまわることから、“関節ネズミ”と呼ばれている。

その遊離体が無症状の事が多いが、関節の狭い隙間に挟まったり、引っかかったりすると強い痛みを起こすという。
相撲力士の照ノ富士も今年6月同じ手術を受けており、術後は回復せず、大関から陥落して休場が続いている。

 

私の場合、手術で鼠を取り除いて、痛みは無くなった。

確かに、階段から降りる時のチクリとした痛みは消えた。

だが、膝全体の違和感が残ったままで、どうも歩きづらい。

 

すると今度は左足の付け根(恥骨のすぐ横)が痛みだした。

以前から右足の付け根が痛かったが、同じ痛みが手術した左足にも現れ出した。

だから、手術した左膝と左右の足の付け根の3カ所が痛いのだ。

膝をかばった歩き方をしていたので、股関節まで痛めてしまったようだ。

膝の故障は股関節にまで影響してしまった。

 

手術した整形外科では膝関節の状況しか関心がないようだ。

手術でやるべきことはやったので、あとはリハビリをするようにとトレーニングの紙を渡されただけだった。

この医者はどうも患者に対して上から目線で、気に入らない。

 

そこで、近所の整形外科でレントゲンを撮って診察してもらったが、股関節も恥骨あたりも骨には異常がないと言う。

そこで、内転筋を伸ばすストレッチを教えてくれた。

だが、ストレッチをしても、全く改善する兆候が見られない。

 

その後、妻の友人が教えてくれた整体や整骨院に通ってみた。

ここでも、症状は変わらない。

 

ボランティアガイドで無理して歩くと、翌日は足全体のこわばり感が増加する。

やはり、専門の理学療法士がいる整形外科で診てもらわないと、良くならないのだろう。

そう思い、病院を探していると、駅近くに昨年開院したばかりの整形外科があった。

N院長は多くの有名スポーツ選手を診た経験があるという。

理学療法士も数多く働いている。

 

早速、病院に出かけた。

新しい病院の待合室は坐る席が無いほど満員だった。

平日だったこともあり、ほとんどが高齢者だった。

 

待つことを覚悟して予約せずに行ったが、ちょうどキャンセルが出来たのですぐに診てもらった。

診察室は3つあり、院長以外にも応援の整形外科が診ている。

 

私はN院長の診療室に入り、症状と治療経過を伝えた。

院長は何点か質問してから、「MRIを撮って、詳しく診てみましょう」という。

この病院にはMRIを撮影できる機器を備えている。

私は膝と脊髄とで3回撮影しているので、要領は分かっている。

 

すぐにMRI撮影室に呼ばれ、20分程度で撮影を終えた。

すると、ほとんど待ち時間無く、再び診察室に呼ばれた。

待合室にはたくさんの人が待っているのに、私は待つこと無くスムーズに診察室に入る。

すでに、画像が目の前のパソコンに映されていた。

 

N院長が現れて画像を見るなり、「股関節に水が溜まっているな。それに4番目と5番目の脊髄がヘルニアになっている」と画像を指し示しながら言う。

そして、「漢方薬と痛み止めの服用、ストレッチで治療していこう」と続けた。

N院長はテキパキとしていて、結論が早い。

 

脊髄のヘルニアが以前にも診断を受けているので驚かないが、股関節に水が溜まっていると言われたのは意外だった。

おそらく、膝の手術以来無理な歩き方を続けていたので、股関節に水が溜まったのだろう。

 

私は院長の指示に従い、この病院でとことん治療することを覚悟していた。

膝を痛めてから、もう2年以上経過しているのだから。

 

診察室を出ると、看護師から2階のリハビリ室へ行くように指示される。

リハビリ室には10台ほどのベッドが並び、たくさんのスタッフが患者の施術をしている。

周りには施術の順番を待つ患者たちが座っていた。

 

担当の療法士は若い女性だった。

この人もテキパキと、ストレッチや筋トレの方法を教えてくれる。

これまでもいろいろと試してみたが、ほとんど効果が無かった。

だからといって、ストレッチをやらない訳にはいかない。

信じる者は救われる、の気持ちだった。

 

療法士は私の歩き方が悪いという。

膝を庇って歩いているため、少し斜めに歩いているそうだ。

それで股関節を痛めて、水が溜まる状態だろうという。

自分自身、そんな歩き方をしている意識は無いのだが…。

 

整形外科に通い始めて、3ヵ月が経過した。

毎日、朝昼晩3回、理学療法士から与えられた筋トレを真面目に実行している。

だが、改善の兆候は見られない。

 

痛みを我慢して、やっと歩いている状態が続いている。

自転車に乗ることはそれほど苦痛が無いので、行動は自転車が主になっている。

だから、ガイドのボランティアもお断りしている。

 

私よりもっと身体の不自由な人がいるのだがら、これぐらいのことで愚痴をこぼすのもどうかと思う。

出口が見えないというのは憂鬱なものだ。

 

もう神頼みしかないような気がして、神社によると必ずお祈りをしている。

そろそろ徐霊師にお願いするしかないのでは…。

author:金ブン, category:健康, 09:33
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