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領土問題

JUGEMテーマ:ニュース

 

テレビで、国会本会議の様子が放送されている。

なかなか議論が面白いので一度観だすと、止められない。

主には勤労統計調査の問題が取り上げられているが、アメリカ対北朝鮮やロシアとの北方領土交渉なども時折質問に登場する。

 

北方領土返還交渉はこれから前へ進むのだろうか。

報道を聞いていても、ロシア側に返還する意思があるように思えない。

2島先行返還するといっても、すでにロシア人の住民がいるわけだし…。

 

高校生の時(50年前)、ひとりの生徒が学生集会で言った言葉が印象に残っている。

1970年代で、沖縄がまだアメリカから返還されていない時代だ。

 

左翼系の英語教師が「沖縄や北方領土は日本の領土であるから、一刻も早く返還されなければならない」と、世評に乗った発言をした時だった。

ひとりの生徒が手を上げて、質問した。

「国の領土は昔からの戦争によって、線引きされていると思うのですが。もし領土を取り返したいなら、戦争という手段でしか無理なんじゃないですか」

その発言で、場の空気は凍りついた。

世間の空気は沖縄返還の実現に向けて、盛り上がっていた時期だったから。

その発言は極端ではあるが、「本当に返還されるのか」と疑心暗鬼に感じている人にとっては的を射た意見に思えた。

 

沖縄は1975年佐藤内閣の時代に返還された。

それはアメリカの基地を残されたままの返還で、アメリカにとってもメリットがあった。

「思いやり予算」という防衛省予算で、在日米軍の駐留経費を日本が負担しているからだ。

でも、戦争で失った領地が返還されたことは世界でも珍しいようだ。

 

北方領土は歴史的に見ても、古来から日本の領地という。

太平洋戦争の終戦が迫った1945年の8月に、戦勝国が結んだヤルタ協定に基づいてソ連が対日参戦した結果、日本は千島列島と北方四島を失った。

 

大学生の時、北海道の牧場でアルバイトした後、知床を旅した。

羅臼町の港に立つと「国後島」がほんの近くに見えた。
本州の中ほどに住んでいると国境を意識することがないが、その時は目の前に他国の領土を見て、何故か不安な気持ちになったのを思い出す。

 

ソビエト連邦が崩壊しロシアの大統領が入れ替わるたびに、日本は北方領土問題を持ち出して、交渉していたが、一向に解決の糸口を見つけることが出来ない。

一時、「北方領土を返せ!」という懸垂幕を付けた右翼の街宣車が、大音響の軍艦マーチを鳴らして街頭を走っていたが、最近ほとんど見ることが無くなった。

 

15年前、京都営業所に赴任したばかりのころ、右翼とおぼしき人物から所長の私あてに電話が掛かってきた。

要件は本を買ってほしいということだった。

会社ではそういう類のものを買っていないと断ると、「そしたら、所長さん、あんたが買ってくれんか」という。

「どんな本なんですか?」と訊くと、「北方領土の本じゃ」と答える。

私は「いくらなんですか?」と、余計なことを訊いてしまう。

「5万円だけど、所長さんには3万円にしとく」と言った(と記憶している)。

とんでもない値段に、私は慌てて「要りません」と応えた。

すると、男は「あんた、北方領土を取り戻したいと思わないのか」と、強く調子で言う。

私は「いやいや、本は要りませんから」とくり返して、半ば強引に受話器を置いた。

相手が事務所に押し掛けて来ないか心配だったが、案ずることもなく、その後電話は掛ってこなかった。

 

国会ではもっぱら国内の問題が議論されている。

差し迫った外交問題もなく、幾分平和な印象だ。

深刻な領土紛争が起こって、国会がその対応に追われるような事態にならないことを祈るばかりだ。

author:金ブン, category:社会ネタ, 10:00
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インスタントラーメン

JUGEMテーマ:日記・一般

 

私が中学生のころ(約50年前)、家の近くにインスタントラーメンの工場が出来た。

塾への通り道にあり、その前を歩くといつもラーメンを揚げる香ばしい匂いが漂っていた。

チキンラーメンが世に広まってしばらくした頃で、それに追随するように次々といろんなラーメンが発売された。

その工場もその一つで、「浜田ラーメン」というわが町の町名が付いていたのを覚えている。

 

その頃、私は毎日のようにチキンラーメンの入った丼に熱湯を注いで、食べ盛りの胃袋を満たしていた。

実家がパン屋だったが、おやつには菓子パンよりもインスタントラーメンを食べていた記憶がある。

それほど、インスタントラーメンは日常の食生活に浸透していった。

 

昨年10月から始まったNHKの連続テレビ小説は「インスタントラーメン」を生み出した、安藤百福夫妻の物語だ。

NHKの連続テレビ小説を観るのは「おはなはん」(1966年)以来だ。

これまで「おしん」や「あまちゃん」など、世間の話題を集めた番組はあったが、観る機会がなかった。

今回の「まんぷく」は主演福子役が安藤サクラで、ナレーションが芦田愛菜ちゃんだったこともあり、始まった当初から観始めた。

番組を観ていると、安藤サクラのお母さん役松坂慶子の存在がすごく良い雰囲気を作っている。

松坂慶子といえば、「蒲田行進曲」という映画に主演していて、パンチラで廊下の雑巾掛けをしていたシーンが頭にこびりついている。

アイドル的な人気女優だったが、今では喜劇役者のようだ。

 

というわけで、毎日15分と短い放送時間を録画して、寝る前に観ることが習慣になってしまった。

 

池田信用組合の理事長を退職した、主人公の立花萬平が苦労の末インスタントラーメンを完成し、売り出す。

当初はなかなか売れなかったが、テレビのコマーシャルをきっかけに爆発的に売れ出す。

順風満帆と思われた物語だが、たくさんの類似商品が売り出される。

今週は類似商品の宣伝ポスターに、福子の写真が使われていることが判明することで終わっていた。

 

モデルの安藤百福・仁子夫妻が住んでいた池田市には、「カップヌードルミュージアム」がある。

先日、バイクを転がして、覗いてみた。

自宅からバイクで30分程度、阪急電車池田駅前にある。

 

   

 

この放送の影響でにぎわっているのだろうと覚悟していたが、やはり平日にも関わらず混雑していた。

付近は駐車場に入るのを待つ車列ができ、地図を持った観光客がたむろしていた。

館内では小学生の団体が「チキンラーメンファクトリー」で手作り体験をしていたし、外人の観光客がオリジナル「カップヌードル」を作っていた。

余談だが、安藤百福が私と同じ大学に在籍していて、のちに名誉博士の称号を得ていることを知った。

 

 

放送は3月までなので、この後カップヌードルの誕生から世界的に有名になる苦労話が語られるのだろう。

当分、インスタントラーメンを食べたい気分が続きそうだ。

 

 

author:金ブン, category:社会ネタ, 10:00
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教師はつらいよ

JUGEMテーマ:ニュース

 

今週、小学6年生が父親からのDVで死亡した事件が連日報道されている。

ニュースでこの事件が伝えられて、注目されたのがアンケートを巡っての学校関係者の対応だった。

学校がいじめに関するアンケートを実施し、被害者の小学6年生の女児はそのアンケートに父親から暴力を受けていることを訴えていた。

児童相談所を始め、学校や教育委員会で対応し、女児の保護に努めたが、結局少女の命を救うことが出来なかった。

 

その対応の中で、父親からの恫喝に屈して、アンケートの内容を父親に開示してしまったことに批判が集まっていた。

連日テレビのワイドショーではアンケートを開示した教育委員会の対応の悪さに、批判の矛先が集中していた。

確かに、不手際な対応への反省は今後のDV事件に向き合うための参考になるだろうが…。

 

家庭内の問題に、学校関係者が踏み込むのはなかなか難しい。

この事件でも、教師や児童相談書の職員、教育委員会担当者が女児からの訴えに何とかしなければと、気を揉んでいたに違いない。

お腹を痛めて産んだ母親もいるし、祖母や祖父もいる。

まさか、父親がわが子を殺してしまうとは考えもしなかっただろう。

 

元凶は明らかに、この鬼畜のようなDVおやじだ。

この父親は近所や勤務先では評判が良かったという。

外面が良かったと聞くと、余計に腹立たしい。

どうして、妻や子供にDVを繰り返したのか、その経緯やおやじの精神構造を知りたいもんだ。

 

学校内ではいじめの問題が止まらない。

いじめを理由に自殺するケースが後を絶たない。

その都度、教師の対応がやり玉に挙がっている。

 

息子の友達で、小学生の教師になっている子がいる。

昨年息子の命日に、お参りに来てくれた。

憧れて教師になったそうだが、重労働に疲れている様子だった。

 

労働基準法に定める法定労働時間は「週40時間」だが、教師の場合「週60時間以上の勤務」は当たり前だとか。

厚労省が過労死ラインとするのが「月80時間以上の時間外勤務」だというが、それを軽く超えているという。

悲しいかな、それらはすべてサービス残業で、時間外勤務や休日勤務の手当は支給されていない。

時間外労働については「原則として時間外勤務を命じないものとする」となっているからだ。

 

息子の友達は同じ教師と結婚しひとり子どもが出来たが、最近離婚してしまった。

 

いじめ問題を取り上げている際、ワイドショーのコメンテーターが「教師は聖職だ」と言ったりするが、教師も家庭を持ち給料で生活している労働者なのだ。

 

最近「友達幻想」を読んだ。

ある番組で、お笑い芸人で芥川賞作家のピース・又吉直樹が紹介して、最近話題になった本だ。

社会学専門の著者が中高生に向けた実用的社会学の本として、10年前に出版された。

学校では友達と当たり前のように仲良くできて、自分をすべて受け入れてくれるという幻想を抱くべきではなく、友達は怖い存在にもなるし、脅威を感じる存在にもなる。

学校とはそんな「苦味」を教えるところだという。

 

教師にしても、生徒の記憶に残るような先生をめざすことは必ずしも必要ない。

金八先生のような熱血漢のある教師が生徒たちから信頼を得るというのはドラマのお話で、<真剣にぶつかれば心を開いてくれる、というのはすごくラッキーなこと>なのだ。

 

頻発するいじめ事件、攻撃的なモンスターペアレンツ、部活でのパワハラ・セクハラ問題…。

昨今、学校教育に関わる職業は大変だ。

直面する教師は尚つらい。

学生の時、教員免許を取ろうと考えたこともあったが、とても私のような気弱な人間には務まらなかっただろう。

 

DVやいじめは連鎖するという。

やられた人間は標的を探して、その行為を繰り返す。

今も至る所で起こっていんだろうなぁと思うと、殺伐とした気分になる。

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:55
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混沌とした時代

JUGEMテーマ:日記・一般

 

元旦、神戸市営の地下駐車場に車を駐車させた。

サンチカへの階段を上がろうとしたとき、階段の隅で座っている女性が目に入った。

荷物を詰め込んだ紙ぶくろをふたつ、足元に置いている。

行くあてのない浮浪者のようだった。

俯いているので顔は見えなかったが、肩まで伸びたバサバサの髪から中年の女性のような感じだった。

女性の手に握られている、食パンの切れ端が何とも痛々しかった。

 

サンチカを抜けて生田神社に近づくと、初詣の参拝者が徐々に増えてくる。

元旦から営業している居酒屋やカラオケの店員が、道をふさぐように客引きをしている。

左右の歩道には屋台が煌々と明かりを灯して、参拝者が立ち食いしながら歩いている。

鳥居横のミニカステラの店では、いつもの長い行列が出来ていた。

どこを見ても、平和な光景に満ちていた。

 

鳥居をくぐると、境内には参拝者であふれている。

本殿まで進み、賽銭箱に小銭を投げて、会ったこともない神様にお願いする。

柏手を打ち目を閉じると、女性が持っていた食パンの切れ端が思い出された。

 

参拝を終え駐車場に戻った時には、階段に女性の姿はなかった。

 

元旦の未明から放送していた「朝まで生テレビ」で、論客たちの議論を聞いていた。

少子高齢化、沖縄の基地問題、近隣諸国からの防衛、原発、格差問題、…。

昭和が残した様々な問題は、平成の時代でどれだけ解決されたのだろうか。

論客たちが意見を言い合う。

期待を抱いていた平成では、ほどんど解決されず、停滞が続いている。

 

平成の次にやってくる時代はそれらをどこまで解決できるのだろうか。

番組の議論は堂々巡りになり、年老いた司会者は過去の体験談をさも自慢そうに話し、議論をまとめることができない。

自分の意見だけを言い合う井戸端会議のような番組だった。

番組アンケートの「新しい時代の日本は良くなると思うか?」の質問に、思わないと答えた人が66%だった。

 

今週、「徳川がつくった先進国日本」(磯田道史)を読んだ。

徳川家康がつくった江戸幕府は明治維新まで260年間続いた。

そんな長い期間、平和な社会が続いたことは世界の歴史でもまれなことだという。

 

いかに平和を維持することが出来たのかを、著者は時代のターニングポイントに焦点を当てて、掘り下げていく。

その間、内乱(島原の乱)あり、大地震(宝永大地震)あり、飢饉(天明の飢饉)あり、はたまた外圧(ロシア)にさらされながら、幕府は危機に立ち向かっていく。

それらの出来事は、今の社会に似ている。

 

島原の乱から「生類憐れみの令」にかけて、社会が戦乱から平和へと転換し、大地震や飢饉で農民社会が破たんしていくと、幕府や藩は民生重視の政策に転換させていく。

「徳川の平和」は、その根底に「生命重視」という価値基準を据えることによって実現したもので、今を生きる私たちにとって、その叡智は大いに学ぶべきものがあると著者は書いている。

 

年頭から悲観的で小難しい話になったが、こんな時はブルーハーツを聴くのが気分転換になる。

 

 

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:53
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組織の世話役

JUGEMテーマ:日記・一般

 

今年4月、娘の家族が宮崎から大阪の吹田に移り住んだ。

娘の長男と長女(孫たち)は小学3年生と1年生で、吹田の小学校に通っている。

通い出して半年が過ぎた頃、娘は学校から来年度のPTAの役を頼まれた。

専業主婦の娘に、早速白羽の矢が立ったようだ。

宮崎から引っ越したばかりなので、断ったというが…。

 

昨今PTAの役員を決めるのは難しいと、新聞に書かれていた。

共働き夫婦が増えて、役員のなり手がなかなか見つからないそうだ。

新聞記事には<推薦の強制>のことが書いてあった。

保護者に推薦用紙が送られてきて、未提出の場合は自身が立候補したとみなされるという。

 

昔からPTAの役員を選ぶのは苦労していた。

子どもが小学生の時、妻も役員に指名され、仕方なく1年間務めていた。

保護者を代表する役員が学校と保護者の橋渡しとして、学校の行事や運営に関わるのは大切なことだと保護者の多数が認識している。

だが、その面倒な役目を自分に押し付けられるのは困るのだ。

 

最近、シルバー人材でデータ入力のアルバイトを頼まれた。

それは地域住民へのアンケートで、地域活動への意見を問うものだった。

その中には、住民の要望が書き込まれている。

イベントや講習会などの行事を求める声が多いのだが、その反面、実行する側に立って活動する気持ちがないことが伝わってくる。

若い年代はそれを時間に余裕がある退職老人たちに求め、老人たちは加齢のため動けないと書く。

とにかく、面倒なことが自分に降りかかるのを嫌がるのだ。

 

文化財ボランティアの会に参加しているが、ここでも役員問題がある。

老人たち(ほとんどが老人)はガイドをしたり、講習会に参加したりすることを目的に参加してくる。

だが、「会」というものが存在するには必ず運営する世話役(幹事)が必要だ。

上に立って面倒をみるのが好きな人が多数居ればいいのだが、そんな人が少ない。

ほとんどが自分のペースで楽しむことを求めている。

結局、役を押しつけられる人がいて、その人たちの不満が溜まる。

 

会には発足から行ってきたいろんな行事がある。

嫌々役員(幹事)になった人は出来るだけ面倒な行事を止めようとする。

役員経験者の古株たちはこれまで作ってきた行事を続けてほしい立場だ。

面倒なことを止めてしまうのは簡単だが、次々を止めてしまうと何のための会なのか、と古株たちは言う。

確かに、その意見は正しい。

退職後時間に余裕が出来て、ゆっくりと身近な文化財の勉強をしようと思っていた参加者にとって、自分時間を割かなければならない世話役を望まない。

運営する立場から出来るだけ距離を置き、傍観者でいたいのだ。

 

私は1年目から幹事に入れられてしまった。

ホームページ作成を頼まれて、いろんな会の情報を知っていてほしいとのことからだ。

今は会報の制作もしている。

私の場合、制作物に関するものを依頼されているだけで、会の運営の面倒なことはやらなくていいのでそんなに苦痛はない。

我慢できる範囲の面倒だからだ。

これが、運営する立場の面倒を強いられるとなるのはご免だ。

実に、勝手な考えだが…。

 

娘の学校では、来年度のPTA役員はまだ決まっていないという。
年末から来年にかけて、学校と保護者の間でせめぎ合いがあるそうだ。

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:23
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カリスマ

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Mr.ゴーンが日産の最高執行責任者として、テレビに登場した時の演説風景を覚えている。

たどたどしい日本語で「他に選択肢はありません」と言った時、<こんなおっさんに、2兆円の借金を抱える会社を建て直すことが出来るのだろうか>が正直な感想だった。

だが数年後、その結果に驚くことになる。

人員削減、工場閉鎖など、次々とリストラを進め、3年後には負債を全額返済し、日産を復活させてしまった。

マスコミでも大きく取り上げられた。

急いで、Mr.ゴーンの関連書籍を読んだ。

一体、Mr.ゴーンとはどんな人なのだろうと。

 

その本が時代の寵児を持ち上げる内容だったせいか、私はこの経営者に心酔してしまった。

バブル経済崩壊後、会社を倒産させて多くの失業者を出した経営者がたくさんいた。

私が勤めていた旅行会社も負債を出して、一旦会社を整理したのだ。

 

松下幸之助や本田宗一郎など、日本にはカリスマ的経営者がたくさんいたが、そう言った人々は往々にして、経済成長の時代の人物だ。

2兆円もの負債を抱えた会社を、経済が低迷する中で再生させることは並大抵なことでは出来ない。

血も涙も無いようなコストカットを実行したと言われる。

日本の商習慣に縛られた経営者には決して出来ないことだとも。

反面、恨んでいる人たちはかなりいるようだが。

 

Mr.ゴーンが実行したことはコストカットだけではない。

新車種の投入やブランドイメージの一新して、落ち込んでいた国内シェアを復活させた。

東日本大震災の時は復旧支援活動に尽力していたのを、テレビの報道番組でも観ていた。

 

Mr.ゴーンに悪い印象を持っていなかっただけに、今回の報道には驚いた。

多額の報酬隠し、姉・母親の自宅購入・ヨットクラブの会費の経費の私的利用するなど、伝えられる内容は目を疑うばかり。

これらが真実なら、げんなりしてしまう。

権力を長く手にしていると、やはり腐敗してしまうのか。

時間給800円のアルバイトをしている私には、10億、20億もの報酬を受け取ることがどんなものか想像もつかないが…。

 

ただ、同じトップにいた経営者の社長がそんな重大な事を認識してなかったのはいささか不自然ではある。

一連のカリスマ経営者の行為を法的に裁く事が可能なのかどうか、疑問を持つ法律家もいるようだ。

大量の持ち金をつぎ込んで、超敏腕弁護士を雇って、無罪放免を勝ち取るのだろう。

 

 

以前朝日新聞の「折々のことば」に、大阪のおばちゃんの言葉が紹介されていた。

「いやぁ、感じわるぅ」

 

これはMr.ビーンだったか。

author:金ブン, category:社会ネタ, 10:20
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将来の不安

JUGEMテーマ:日記・一般

 

「将来のイヤな出来事を考えるより、今の時間を楽しもう」

今月の初め、大学時代の友人と飲んで話した時、最後はそんな言葉で言い合ったのを覚えている。

歳を取ると、<将来の不安>がヒタヒタと足音を立てて近づいてくる。

ガンや認知症など健康問題、経済的問題、家族との関係、連れ合いに先立たれて一人になった時の孤独。

考えると、<将来の不安>はたくさんある。

 

先週2回放送されていたNHKスペシャルの「人生100年時代を生きる」は、出来るだけ考えないようにしていた<将来の不安>を思い起こさせる番組だった。

1回目は「終の棲家」、2回目は「終末医療の現実」だった。

 

要介護者・要支援者の推計で、2015年の620万人が20年後の2035年には960万人に膨れ上がるという。

現在、認知症の発症率が85歳で55.5%なのだ。

それによって、介護保険料の負担が増え、介護する施設や人材が不足する。

1回目の放送では、施設不足を補うために国が推進してきた「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」が認知症の増加で思わぬ事態が起きていることを指摘していた。

 

2回目に放送された終末医療は、私にとっても喫緊の話題だった。

93歳の父親と85歳の義母は今のところ何とか元気にしているが、いつ救急車を呼ぶ現実がやってくるかわからない。

終末医療をどうしてほしいのか、真剣に話した事が無い。

こういう話題はなかなか話にくいものだ。

突然意識が無くなって病院に運ばれて、人工呼吸器や胃ろうの装着をどうするかの判断を迫られた時、本人の意志を確認しておく必要がある。

 

3年前、娘婿の祖母が突然くも膜下出血で倒れた。

救急車で高度医療の病院に運ばれ一命は取り留めたのだが、寝たきり状態になり自分の意志を発することが出来なくなってしまった。

家族は医師の言葉から長く生きてられないだろうと思っていた。

病院の延命医療は進歩している。

胃ろうの装着をしなかったが、栄養点滴だけで3年経った今でも自発呼吸を続けている。

家族は毎日のように交代で病院へ通っているという。

<死んでしまった>と<生きている>とは違う。

<生きている>なら、出来るだけ長くこの世に居てほしいと家族は思う。

だが、果たして本人はこの状態で良いと思っているのか。

意識が無くなってからでは本人の気持ちを確認しようがない。

 

この問題は高齢の両親だけに限ったことではない。

65歳になった私も差し迫った課題だといえる。

認知症に罹り、自分の意志を表明することが出来なくなるかもしれない。

 

延命治療は出来るだけ避けたいと思っている。

胃ろうはもちろん、人工呼吸器の装着も断りたい。

認知症の後でガンを罹患した場合、手術、抗癌剤、放射線などすべての治療は止めてほしいと思っている。

痛がった時に、緩和治療をしてくれれば良い。

 

こういう意志は家族に対して、書面で残しておかないといけない。

死ぬということは面倒くさいものだ。

 

平安時代の平均寿命は男性が33歳、女性が27歳ぐらいだったそうだ。

40歳代で老人の域に達しているのだ。

人生100年時代というが、健康な状態で人生を終えるのはとても不可能な気がする。

長生きは本当に幸せなのだろうか。

 

神様がいるのなら、お願いしたいものだ。

<ピンピンコロリ>と終わられてほしいと。

 

やっぱり、「将来のイヤな出来事を考えるより、今の時間を楽しもう」と、自分に言い聞かせている。

 

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:30
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食品ロス

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英会話を習っていた頃のお友達、Nさんが海外での体験を話していた。

Nさんは北米、ヨーロッパや中国など、各地を旅行されている。

カナダの田舎町で生活している、カナダ人の家庭に泊まったことがあった。

その時の晩御飯は湯がいたトウモロコシがそのまま食卓に置かれていただけだった。
それにバターを塗って食べるという。
料理はそれだけで、家人は何本でも食べて良いからと言う。

朝食もパンと牛乳だけだった。

 

海外で何軒も普通の家庭に泊まった経験を持つNさんは言う。

「海外の家庭の食事はとても質素なのよ。日本人のように手間暇掛けての食生活からは考えられない」

 

そういえば、以前アメリカ映画で、学生たちが食パンにハムを挟んだだけの昼食を学校に持って行くシーンを見たことがあった。

外人の食事はなんと簡単で質素なんだと思ったものだ。

 

最近、食べ放題を売り物にする飲食店が多くなった。

焼き肉食べ放題、パスタ・ピザ食べ放題、寿司食べ放題、串カツ食べ放題…。

近所のロードサイドの焼き肉店はほとんど食べ放題だ。

それに、何種類もの料理がお皿にたっぷりと並べられている、バイキング形式のレストランもよく見かける。

 

日本の食生活は、今なお高度経済成長時代の大量生産、大量消費を続けている。

 

一方、日本では年間約632万トンの「食品ロス」があるという。

これは東京都民1300万人が1年間に食べる量に匹敵する。

食品ロスとは売れ残りや期限を超えた食品、食べ残しなど、本来食べられたはずの食料が廃棄された量のこと。

 

親に捨てられた子どもたちがコンビニで捨てられる食品を分けてもらう、映画「誰も知らない」のラストシーンはとても印象に残っている。

増え続けているコンビニはその名の通り客の便利さをすばやく応えて、常に新鮮な食料を用意している。

その反面、売れ残りのサンドイッチ、おにぎり、弁当などが賞味期限、消費期限のルールのもとに廃棄されている。

 

食品小売店には3分の1ルールというのがあるそうだ。

賞味期限6カ月の場合、製造日から2ヵ月以内に納品しなければならず、その納品期限から2ヵ月内に小売店は販売しなければならず、そしてその販売期限から2ヵ月が賞味期限になっている。

だから、その期限を過ぎたものはその時点で廃棄される。

 

10月16日は世界食料デー。

「世界の飢餓や栄養不足と、その解決策について考える日」なのだ。

アメリカや日本などの先進国が飽食に酔いしれている間に、世界では9人に1人、8億2100万人が、飢えに苦しんでいるという。
 

まずは、わが家の「食品ロス」問題を解決せねばならない。

退職してから、私は冷蔵庫や食品棚の賞味期限・消費期限に注意を払うようになった。

「おい、これ賞味期限が近いで」とか、「今日は、消費期限の近いものから食べよう」とか、妻に言う。

何度も言うと、妻は不機嫌な表情を見せる。

嫌味たらしい神経質な夫を演じているようなので、自己嫌悪に陥って私は怯んでしまう。

だが、そうは言っておれない。

「食品ロス」を続けていたら、いずれ食糧危機という天罰を受けるに違いない。

そこは勇気を奮って、世界の食料問題を解決すべく、賞味期限キラーに徹するのだ。

 

なんて言いながら、私は玉ねぎが嫌いとか、ニンジンが嫌いとか、言っている人間だ。

「食品ロスを言う前に、好き嫌いを無くすほうが先じゃないの」と、妻から注意される。

確かに。

返す言葉がない。

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:33
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まともな国か

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総務で働いていた頃、障害者雇用率の制度が話題にのぼった

民間企業では、従業員の数に対して障害者を雇用しなければならない割合が決められていた。

従業員が50人以上になると、障害者を1名雇用しなければならなかった。

障害者とは身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳を所有している身体障害者・知的障害者・精神障害者のことだ。

 

会社が事業拡大を進めている頃で、積極的に人材の採用を行っていた。

45名ほどだった従業員数が、50名に達しようとしていた。

すると、親会社の監査役から障害者雇用率の制度あることを説明された。

50名に達すると、障害者を1名雇わないといけないと。

罰則がある訳ではなかったが、コンプライアンスの厳守が叫ばれる昨今のことである。

会社としては違反しないように、取り組まなければならない。

 

そんな折、労務担当のNさんから女性社員のSさんのことを告げられた。

Sさんは何年か前足を悪くされて、歩行が不自由な状態だった。

杖こそ使用していないが、片足を庇いながら不安定な歩行をされていた。

仕事をされている状態を駅で見かけた時、身体障害者の登録をされていても不思議ではないように感じていた。

だが、なぜか障害者の申請はされていなかった。

 

Sさんに登録をしてもらったら、従業員が50名を超えても障害者雇用率の達成は問題ない。

それにSさんにとっても。税金や公共施設の利用などで様々なメリットが受けられる。

担当のNさんに、その旨を打診してもらった。

しかし、Sさんから了解の返事は無かった。

 

障害者登録をして得られる利点より、本人にとって守るべきもっと必要なものがあったのだろう。

Sさんは入社したころ、テニスや野外活動に積極的に参加する活発な女性だった。

ある時、事故で足が不自由になった。

その事故が交通事故だったのか、スポーツ事故だったのか、理由は全く解らない。

その時の男女関係に起因しているともウワサされていた。

が、あくまでもそれはウワサの域を出ず、真実は解らない。

障害者というレッテルを貼られることを、どうしても受け入れることが出来なかったのかもしれない。

 

本人の気持ち次第ということで、それ以上勧めることはしなかった。

会社の都合で、個人的なことにまで立ち入ることは余計なお世話である。

本来なら、そんな小手先の手段を考えないで、障害者に適した仕事を割り当てて採用を促していくのが筋だ。(退職してから言っても説得力がないが)

 

その後退職者が増えて、従業員が50名に達することもなくなり、この問題は棚上げ状態になった。

 

今週、障害者雇用率制度のことで、国の行政機関全体が数値をかさ上げしていた事実が報道された。

ひどい事件だ。

障害者雇用率は民間企業だけではく、当然国や地方公共団体にも義務付けられている。

国や地方公共団体は一般の民間企業の雇用率を下回らないようにも設定されている。

率先して障害者の雇用率達成を推進していかなければならない立場の役所が数値をごまかしていたのだから、呆れるばかり。

 

ここ数年、国や公共団体の行政の不祥事が相次いでいる。

自衛隊が日報破棄してると嘘を言ったり、財務省が決算文書の改ざんしたり、文科省事務次官が国会で虚偽答弁をしたり、文科省の役人が自分の息子を裏口入学させたり、さらに、医大の入試で女子の試験の採点を最初から減点していたり…。

 

行政だけではく、アマチュアスポーツ界での不祥事も次々を明るみに出ている。

パワハラ、セクハラ、暴力事件、反社会組織との関係、権力者の腐敗…。

 

日本人は勤勉で、真面目で 働き者と云われるが…。

日本はまともな国なのだろうか。

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:48
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拡散する情報

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20数年前、資格取得の勉強にはまっていた時期があった。

40歳過ぎた頃で、なんでも良いから資格を持っておいたほうが有利なのではないかと、半ば勘違いしていた。

そして、阪神淡路大震災の前後は行政書士の資格を取ろうと勉強していた。

 

行政書士の試験は一般常識問題と法令問題、それに論文問題があった。

(論文問題は平成11年になくなっている)

論文問題は出される課題を800字以内にまとめて、書かなければならない。

平成8年に出された試験問題が残っていた。

論文の課題は<「インターネット」の社会・経済に与える影響について>だった。

 

当時インターネットの利用者が急激に増加していた時期だ。

その出題が予想されていたので、インターネットのメリットとデメリットを書いた。

何点かデメリットを書いたが、「本人の知らないところで、中傷やデマが流布する」と書いたのを記憶している。

自由に意見を交換できる反面、真実でない内容も世間に広がる。

 

20年経過過ぎた今、TwitterとFacebookなどSNSの爆発的な流行で、一旦流れた情報は止めどもなく世の中に拡散する。

インターネットは確かに便利だし、現在の生活で手放せないツールだ。

だが、便利な反面、様々な危険もはらんでいる。

 

総務省のサイトに、SNSでのトラブル経験の調査が載っていた。
さすがに、私のような60歳代以上のトラブル経験者は10%以下だが、20歳代以下だと25%以上の人がトラブルを経験している。

 

トラブルの内容は「自分は軽い冗談のつもりで書き込んだが、他人を傷つけてしまった」や「自分の発言が自分の意志とは異なる意味で他人に受け取られてしまった」などが書かれている。

 

渡辺直美のインスタグラムは芸人のジャンルで一番の人気があるそうだ。

先日テレビで、渡辺直美がSNSの評判について語っていた。

フォロワ―が多い分、結構厳しいコメントも届くという。

コメントの中に、「デブ」という言葉が書かれていたりするらしい。

好意的なコメントが多いので、瑣末な批判は気にしないと気丈に語っていた。

芸人の有名税と割り切っているようだ。

 

しかし、一度有名人がトラブルを起こすと、その批判の矛先が凄まじいほどに向けられる。

それは「炎上する」と表現される。

不特定多数の人間と繋がりを持つことが容易になる反面、不特定多数の矢が飛んでくる。

 

先日、SNSで投稿された写真が物議を醸していた。

政治家たちの懇親会の様子を写したものだった。

杯を掲げている議員、ピースサインをしている女性議員、実に楽しそうだ。

参加していた官房副長官が自分のツイッターにアップしていた。

問題なのはアップした時期だ。

その夜、西日本に記録的な大雨が降る恐れがあると、気象庁が発表していたからだ。

被害が甚大だっただけに、政府に危機意識がないと炎上した。

 

先日、私は大学の友人と飲みに行った時の写真をブログでアップした。

その際、顔写真に目隠しの黒いラインを入れた。

ブログを見た友人から「犯罪者みたいや」と指摘を受けた。

 

ブログを書く時、私は人物が特定されないように気を使っている。

使用しているブログは、アップする時TwitterとFacebookとの連携を選択できるようになっているが、いつもオフにしている。(TwitterとFacebookのアカウントは持っているのだが、利用していない)

個人名や団体名をイニシャルにしたり、顔写真は出来るだけ避けたりしている。

だから、アクセス数もそんなに多くないし、コメントはほとんどない。

それでも取り上げる内容によっては、アクセス数が200を超えることがある。

やはり、不特定多数の人に読まれていると思うと、不気味な感じがする。

 

それなら、ブログなんて書かなけりゃ良いのだが…。

好き勝手に書いて、自己満足しているのである。

ちょっとだけ世間と繋がっている楽しみを得ているだけ。

出来るだけ平穏な老後の日々を過ごしたいので、ひっそりとアップしているつもりなのだ。

 

懇親会の写真をアップするなら、こんな風にしたら良かったのでは…。

 

author:金ブン, category:社会ネタ, 10:07
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