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混沌とした時代

JUGEMテーマ:日記・一般

 

元旦、神戸市営の地下駐車場に車を駐車させた。

サンチカへの階段を上がろうとしたとき、階段の隅で座っている女性が目に入った。

荷物を詰め込んだ紙ぶくろをふたつ、足元に置いている。

行くあてのない浮浪者のようだった。

俯いているので顔は見えなかったが、肩まで伸びたバサバサの髪から中年の女性のような感じだった。

女性の手に握られている、食パンの切れ端が何とも痛々しかった。

 

サンチカを抜けて生田神社に近づくと、初詣の参拝者が徐々に増えてくる。

元旦から営業している居酒屋やカラオケの店員が、道をふさぐように客引きをしている。

左右の歩道には屋台が煌々と明かりを灯して、参拝者が立ち食いしながら歩いている。

鳥居横のミニカステラの店では、いつもの長い行列が出来ていた。

どこを見ても、平和な光景に満ちていた。

 

鳥居をくぐると、境内には参拝者であふれている。

本殿まで進み、賽銭箱に小銭を投げて、会ったこともない神様にお願いする。

柏手を打ち目を閉じると、女性が持っていた食パンの切れ端が思い出された。

 

参拝を終え駐車場に戻った時には、階段に女性の姿はなかった。

 

元旦の未明から放送していた「朝まで生テレビ」で、論客たちの議論を聞いていた。

少子高齢化、沖縄の基地問題、近隣諸国からの防衛、原発、格差問題、…。

昭和が残した様々な問題は、平成の時代でどれだけ解決されたのだろうか。

論客たちが意見を言い合う。

期待を抱いていた平成では、ほどんど解決されず、停滞が続いている。

 

平成の次にやってくる時代はそれらをどこまで解決できるのだろうか。

番組の議論は堂々巡りになり、年老いた司会者は過去の体験談をさも自慢そうに話し、議論をまとめることができない。

自分の意見だけを言い合う井戸端会議のような番組だった。

番組アンケートの「新しい時代の日本は良くなると思うか?」の質問に、思わないと答えた人が66%だった。

 

今週、「徳川がつくった先進国日本」(磯田道史)を読んだ。

徳川家康がつくった江戸幕府は明治維新まで260年間続いた。

そんな長い期間、平和な社会が続いたことは世界の歴史でもまれなことだという。

 

いかに平和を維持することが出来たのかを、著者は時代のターニングポイントに焦点を当てて、掘り下げていく。

その間、内乱(島原の乱)あり、大地震(宝永大地震)あり、飢饉(天明の飢饉)あり、はたまた外圧(ロシア)にさらされながら、幕府は危機に立ち向かっていく。

それらの出来事は、今の社会に似ている。

 

島原の乱から「生類憐れみの令」にかけて、社会が戦乱から平和へと転換し、大地震や飢饉で農民社会が破たんしていくと、幕府や藩は民生重視の政策に転換させていく。

「徳川の平和」は、その根底に「生命重視」という価値基準を据えることによって実現したもので、今を生きる私たちにとって、その叡智は大いに学ぶべきものがあると著者は書いている。

 

年頭から悲観的で小難しい話になったが、こんな時はブルーハーツを聴くのが気分転換になる。

 

 

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:53
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組織の世話役

JUGEMテーマ:日記・一般

 

今年4月、娘の家族が宮崎から大阪の吹田に移り住んだ。

娘の長男と長女(孫たち)は小学3年生と1年生で、吹田の小学校に通っている。

通い出して半年が過ぎた頃、娘は学校から来年度のPTAの役を頼まれた。

専業主婦の娘に、早速白羽の矢が立ったようだ。

宮崎から引っ越したばかりなので、断ったというが…。

 

昨今PTAの役員を決めるのは難しいと、新聞に書かれていた。

共働き夫婦が増えて、役員のなり手がなかなか見つからないそうだ。

新聞記事には<推薦の強制>のことが書いてあった。

保護者に推薦用紙が送られてきて、未提出の場合は自身が立候補したとみなされるという。

 

昔からPTAの役員を選ぶのは苦労していた。

子どもが小学生の時、妻も役員に指名され、仕方なく1年間務めていた。

保護者を代表する役員が学校と保護者の橋渡しとして、学校の行事や運営に関わるのは大切なことだと保護者の多数が認識している。

だが、その面倒な役目を自分に押し付けられるのは困るのだ。

 

最近、シルバー人材でデータ入力のアルバイトを頼まれた。

それは地域住民へのアンケートで、地域活動への意見を問うものだった。

その中には、住民の要望が書き込まれている。

イベントや講習会などの行事を求める声が多いのだが、その反面、実行する側に立って活動する気持ちがないことが伝わってくる。

若い年代はそれを時間に余裕がある退職老人たちに求め、老人たちは加齢のため動けないと書く。

とにかく、面倒なことが自分に降りかかるのを嫌がるのだ。

 

文化財ボランティアの会に参加しているが、ここでも役員問題がある。

老人たち(ほとんどが老人)はガイドをしたり、講習会に参加したりすることを目的に参加してくる。

だが、「会」というものが存在するには必ず運営する世話役(幹事)が必要だ。

上に立って面倒をみるのが好きな人が多数居ればいいのだが、そんな人が少ない。

ほとんどが自分のペースで楽しむことを求めている。

結局、役を押しつけられる人がいて、その人たちの不満が溜まる。

 

会には発足から行ってきたいろんな行事がある。

嫌々役員(幹事)になった人は出来るだけ面倒な行事を止めようとする。

役員経験者の古株たちはこれまで作ってきた行事を続けてほしい立場だ。

面倒なことを止めてしまうのは簡単だが、次々を止めてしまうと何のための会なのか、と古株たちは言う。

確かに、その意見は正しい。

退職後時間に余裕が出来て、ゆっくりと身近な文化財の勉強をしようと思っていた参加者にとって、自分時間を割かなければならない世話役を望まない。

運営する立場から出来るだけ距離を置き、傍観者でいたいのだ。

 

私は1年目から幹事に入れられてしまった。

ホームページ作成を頼まれて、いろんな会の情報を知っていてほしいとのことからだ。

今は会報の制作もしている。

私の場合、制作物に関するものを依頼されているだけで、会の運営の面倒なことはやらなくていいのでそんなに苦痛はない。

我慢できる範囲の面倒だからだ。

これが、運営する立場の面倒を強いられるとなるのはご免だ。

実に、勝手な考えだが…。

 

娘の学校では、来年度のPTA役員はまだ決まっていないという。
年末から来年にかけて、学校と保護者の間でせめぎ合いがあるそうだ。

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:23
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カリスマ

JUGEMテーマ:ニュース

 

Mr.ゴーンが日産の最高執行責任者として、テレビに登場した時の演説風景を覚えている。

たどたどしい日本語で「他に選択肢はありません」と言った時、<こんなおっさんに、2兆円の借金を抱える会社を建て直すことが出来るのだろうか>が正直な感想だった。

だが数年後、その結果に驚くことになる。

人員削減、工場閉鎖など、次々とリストラを進め、3年後には負債を全額返済し、日産を復活させてしまった。

マスコミでも大きく取り上げられた。

急いで、Mr.ゴーンの関連書籍を読んだ。

一体、Mr.ゴーンとはどんな人なのだろうと。

 

その本が時代の寵児を持ち上げる内容だったせいか、私はこの経営者に心酔してしまった。

バブル経済崩壊後、会社を倒産させて多くの失業者を出した経営者がたくさんいた。

私が勤めていた旅行会社も負債を出して、一旦会社を整理したのだ。

 

松下幸之助や本田宗一郎など、日本にはカリスマ的経営者がたくさんいたが、そう言った人々は往々にして、経済成長の時代の人物だ。

2兆円もの負債を抱えた会社を、経済が低迷する中で再生させることは並大抵なことでは出来ない。

血も涙も無いようなコストカットを実行したと言われる。

日本の商習慣に縛られた経営者には決して出来ないことだとも。

反面、恨んでいる人たちはかなりいるようだが。

 

Mr.ゴーンが実行したことはコストカットだけではない。

新車種の投入やブランドイメージの一新して、落ち込んでいた国内シェアを復活させた。

東日本大震災の時は復旧支援活動に尽力していたのを、テレビの報道番組でも観ていた。

 

Mr.ゴーンに悪い印象を持っていなかっただけに、今回の報道には驚いた。

多額の報酬隠し、姉・母親の自宅購入・ヨットクラブの会費の経費の私的利用するなど、伝えられる内容は目を疑うばかり。

これらが真実なら、げんなりしてしまう。

権力を長く手にしていると、やはり腐敗してしまうのか。

時間給800円のアルバイトをしている私には、10億、20億もの報酬を受け取ることがどんなものか想像もつかないが…。

 

ただ、同じトップにいた経営者の社長がそんな重大な事を認識してなかったのはいささか不自然ではある。

一連のカリスマ経営者の行為を法的に裁く事が可能なのかどうか、疑問を持つ法律家もいるようだ。

大量の持ち金をつぎ込んで、超敏腕弁護士を雇って、無罪放免を勝ち取るのだろう。

 

 

以前朝日新聞の「折々のことば」に、大阪のおばちゃんの言葉が紹介されていた。

「いやぁ、感じわるぅ」

 

これはMr.ビーンだったか。

author:金ブン, category:社会ネタ, 10:20
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将来の不安

JUGEMテーマ:日記・一般

 

「将来のイヤな出来事を考えるより、今の時間を楽しもう」

今月の初め、大学時代の友人と飲んで話した時、最後はそんな言葉で言い合ったのを覚えている。

歳を取ると、<将来の不安>がヒタヒタと足音を立てて近づいてくる。

ガンや認知症など健康問題、経済的問題、家族との関係、連れ合いに先立たれて一人になった時の孤独。

考えると、<将来の不安>はたくさんある。

 

先週2回放送されていたNHKスペシャルの「人生100年時代を生きる」は、出来るだけ考えないようにしていた<将来の不安>を思い起こさせる番組だった。

1回目は「終の棲家」、2回目は「終末医療の現実」だった。

 

要介護者・要支援者の推計で、2015年の620万人が20年後の2035年には960万人に膨れ上がるという。

現在、認知症の発症率が85歳で55.5%なのだ。

それによって、介護保険料の負担が増え、介護する施設や人材が不足する。

1回目の放送では、施設不足を補うために国が推進してきた「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」が認知症の増加で思わぬ事態が起きていることを指摘していた。

 

2回目に放送された終末医療は、私にとっても喫緊の話題だった。

93歳の父親と85歳の義母は今のところ何とか元気にしているが、いつ救急車を呼ぶ現実がやってくるかわからない。

終末医療をどうしてほしいのか、真剣に話した事が無い。

こういう話題はなかなか話にくいものだ。

突然意識が無くなって病院に運ばれて、人工呼吸器や胃ろうの装着をどうするかの判断を迫られた時、本人の意志を確認しておく必要がある。

 

3年前、娘婿の祖母が突然くも膜下出血で倒れた。

救急車で高度医療の病院に運ばれ一命は取り留めたのだが、寝たきり状態になり自分の意志を発することが出来なくなってしまった。

家族は医師の言葉から長く生きてられないだろうと思っていた。

病院の延命医療は進歩している。

胃ろうの装着をしなかったが、栄養点滴だけで3年経った今でも自発呼吸を続けている。

家族は毎日のように交代で病院へ通っているという。

<死んでしまった>と<生きている>とは違う。

<生きている>なら、出来るだけ長くこの世に居てほしいと家族は思う。

だが、果たして本人はこの状態で良いと思っているのか。

意識が無くなってからでは本人の気持ちを確認しようがない。

 

この問題は高齢の両親だけに限ったことではない。

65歳になった私も差し迫った課題だといえる。

認知症に罹り、自分の意志を表明することが出来なくなるかもしれない。

 

延命治療は出来るだけ避けたいと思っている。

胃ろうはもちろん、人工呼吸器の装着も断りたい。

認知症の後でガンを罹患した場合、手術、抗癌剤、放射線などすべての治療は止めてほしいと思っている。

痛がった時に、緩和治療をしてくれれば良い。

 

こういう意志は家族に対して、書面で残しておかないといけない。

死ぬということは面倒くさいものだ。

 

平安時代の平均寿命は男性が33歳、女性が27歳ぐらいだったそうだ。

40歳代で老人の域に達しているのだ。

人生100年時代というが、健康な状態で人生を終えるのはとても不可能な気がする。

長生きは本当に幸せなのだろうか。

 

神様がいるのなら、お願いしたいものだ。

<ピンピンコロリ>と終わられてほしいと。

 

やっぱり、「将来のイヤな出来事を考えるより、今の時間を楽しもう」と、自分に言い聞かせている。

 

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:30
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食品ロス

JUGEMテーマ:ニュース

 

英会話を習っていた頃のお友達、Nさんが海外での体験を話していた。

Nさんは北米、ヨーロッパや中国など、各地を旅行されている。

カナダの田舎町で生活している、カナダ人の家庭に泊まったことがあった。

その時の晩御飯は湯がいたトウモロコシがそのまま食卓に置かれていただけだった。
それにバターを塗って食べるという。
料理はそれだけで、家人は何本でも食べて良いからと言う。

朝食もパンと牛乳だけだった。

 

海外で何軒も普通の家庭に泊まった経験を持つNさんは言う。

「海外の家庭の食事はとても質素なのよ。日本人のように手間暇掛けての食生活からは考えられない」

 

そういえば、以前アメリカ映画で、学生たちが食パンにハムを挟んだだけの昼食を学校に持って行くシーンを見たことがあった。

外人の食事はなんと簡単で質素なんだと思ったものだ。

 

最近、食べ放題を売り物にする飲食店が多くなった。

焼き肉食べ放題、パスタ・ピザ食べ放題、寿司食べ放題、串カツ食べ放題…。

近所のロードサイドの焼き肉店はほとんど食べ放題だ。

それに、何種類もの料理がお皿にたっぷりと並べられている、バイキング形式のレストランもよく見かける。

 

日本の食生活は、今なお高度経済成長時代の大量生産、大量消費を続けている。

 

一方、日本では年間約632万トンの「食品ロス」があるという。

これは東京都民1300万人が1年間に食べる量に匹敵する。

食品ロスとは売れ残りや期限を超えた食品、食べ残しなど、本来食べられたはずの食料が廃棄された量のこと。

 

親に捨てられた子どもたちがコンビニで捨てられる食品を分けてもらう、映画「誰も知らない」のラストシーンはとても印象に残っている。

増え続けているコンビニはその名の通り客の便利さをすばやく応えて、常に新鮮な食料を用意している。

その反面、売れ残りのサンドイッチ、おにぎり、弁当などが賞味期限、消費期限のルールのもとに廃棄されている。

 

食品小売店には3分の1ルールというのがあるそうだ。

賞味期限6カ月の場合、製造日から2ヵ月以内に納品しなければならず、その納品期限から2ヵ月内に小売店は販売しなければならず、そしてその販売期限から2ヵ月が賞味期限になっている。

だから、その期限を過ぎたものはその時点で廃棄される。

 

10月16日は世界食料デー。

「世界の飢餓や栄養不足と、その解決策について考える日」なのだ。

アメリカや日本などの先進国が飽食に酔いしれている間に、世界では9人に1人、8億2100万人が、飢えに苦しんでいるという。
 

まずは、わが家の「食品ロス」問題を解決せねばならない。

退職してから、私は冷蔵庫や食品棚の賞味期限・消費期限に注意を払うようになった。

「おい、これ賞味期限が近いで」とか、「今日は、消費期限の近いものから食べよう」とか、妻に言う。

何度も言うと、妻は不機嫌な表情を見せる。

嫌味たらしい神経質な夫を演じているようなので、自己嫌悪に陥って私は怯んでしまう。

だが、そうは言っておれない。

「食品ロス」を続けていたら、いずれ食糧危機という天罰を受けるに違いない。

そこは勇気を奮って、世界の食料問題を解決すべく、賞味期限キラーに徹するのだ。

 

なんて言いながら、私は玉ねぎが嫌いとか、ニンジンが嫌いとか、言っている人間だ。

「食品ロスを言う前に、好き嫌いを無くすほうが先じゃないの」と、妻から注意される。

確かに。

返す言葉がない。

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:33
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まともな国か

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総務で働いていた頃、障害者雇用率の制度が話題にのぼった

民間企業では、従業員の数に対して障害者を雇用しなければならない割合が決められていた。

従業員が50人以上になると、障害者を1名雇用しなければならなかった。

障害者とは身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳を所有している身体障害者・知的障害者・精神障害者のことだ。

 

会社が事業拡大を進めている頃で、積極的に人材の採用を行っていた。

45名ほどだった従業員数が、50名に達しようとしていた。

すると、親会社の監査役から障害者雇用率の制度あることを説明された。

50名に達すると、障害者を1名雇わないといけないと。

罰則がある訳ではなかったが、コンプライアンスの厳守が叫ばれる昨今のことである。

会社としては違反しないように、取り組まなければならない。

 

そんな折、労務担当のNさんから女性社員のSさんのことを告げられた。

Sさんは何年か前足を悪くされて、歩行が不自由な状態だった。

杖こそ使用していないが、片足を庇いながら不安定な歩行をされていた。

仕事をされている状態を駅で見かけた時、身体障害者の登録をされていても不思議ではないように感じていた。

だが、なぜか障害者の申請はされていなかった。

 

Sさんに登録をしてもらったら、従業員が50名を超えても障害者雇用率の達成は問題ない。

それにSさんにとっても。税金や公共施設の利用などで様々なメリットが受けられる。

担当のNさんに、その旨を打診してもらった。

しかし、Sさんから了解の返事は無かった。

 

障害者登録をして得られる利点より、本人にとって守るべきもっと必要なものがあったのだろう。

Sさんは入社したころ、テニスや野外活動に積極的に参加する活発な女性だった。

ある時、事故で足が不自由になった。

その事故が交通事故だったのか、スポーツ事故だったのか、理由は全く解らない。

その時の男女関係に起因しているともウワサされていた。

が、あくまでもそれはウワサの域を出ず、真実は解らない。

障害者というレッテルを貼られることを、どうしても受け入れることが出来なかったのかもしれない。

 

本人の気持ち次第ということで、それ以上勧めることはしなかった。

会社の都合で、個人的なことにまで立ち入ることは余計なお世話である。

本来なら、そんな小手先の手段を考えないで、障害者に適した仕事を割り当てて採用を促していくのが筋だ。(退職してから言っても説得力がないが)

 

その後退職者が増えて、従業員が50名に達することもなくなり、この問題は棚上げ状態になった。

 

今週、障害者雇用率制度のことで、国の行政機関全体が数値をかさ上げしていた事実が報道された。

ひどい事件だ。

障害者雇用率は民間企業だけではく、当然国や地方公共団体にも義務付けられている。

国や地方公共団体は一般の民間企業の雇用率を下回らないようにも設定されている。

率先して障害者の雇用率達成を推進していかなければならない立場の役所が数値をごまかしていたのだから、呆れるばかり。

 

ここ数年、国や公共団体の行政の不祥事が相次いでいる。

自衛隊が日報破棄してると嘘を言ったり、財務省が決算文書の改ざんしたり、文科省事務次官が国会で虚偽答弁をしたり、文科省の役人が自分の息子を裏口入学させたり、さらに、医大の入試で女子の試験の採点を最初から減点していたり…。

 

行政だけではく、アマチュアスポーツ界での不祥事も次々を明るみに出ている。

パワハラ、セクハラ、暴力事件、反社会組織との関係、権力者の腐敗…。

 

日本人は勤勉で、真面目で 働き者と云われるが…。

日本はまともな国なのだろうか。

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:48
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拡散する情報

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20数年前、資格取得の勉強にはまっていた時期があった。

40歳過ぎた頃で、なんでも良いから資格を持っておいたほうが有利なのではないかと、半ば勘違いしていた。

そして、阪神淡路大震災の前後は行政書士の資格を取ろうと勉強していた。

 

行政書士の試験は一般常識問題と法令問題、それに論文問題があった。

(論文問題は平成11年になくなっている)

論文問題は出される課題を800字以内にまとめて、書かなければならない。

平成8年に出された試験問題が残っていた。

論文の課題は<「インターネット」の社会・経済に与える影響について>だった。

 

当時インターネットの利用者が急激に増加していた時期だ。

その出題が予想されていたので、インターネットのメリットとデメリットを書いた。

何点かデメリットを書いたが、「本人の知らないところで、中傷やデマが流布する」と書いたのを記憶している。

自由に意見を交換できる反面、真実でない内容も世間に広がる。

 

20年経過過ぎた今、TwitterとFacebookなどSNSの爆発的な流行で、一旦流れた情報は止めどもなく世の中に拡散する。

インターネットは確かに便利だし、現在の生活で手放せないツールだ。

だが、便利な反面、様々な危険もはらんでいる。

 

総務省のサイトに、SNSでのトラブル経験の調査が載っていた。
さすがに、私のような60歳代以上のトラブル経験者は10%以下だが、20歳代以下だと25%以上の人がトラブルを経験している。

 

トラブルの内容は「自分は軽い冗談のつもりで書き込んだが、他人を傷つけてしまった」や「自分の発言が自分の意志とは異なる意味で他人に受け取られてしまった」などが書かれている。

 

渡辺直美のインスタグラムは芸人のジャンルで一番の人気があるそうだ。

先日テレビで、渡辺直美がSNSの評判について語っていた。

フォロワ―が多い分、結構厳しいコメントも届くという。

コメントの中に、「デブ」という言葉が書かれていたりするらしい。

好意的なコメントが多いので、瑣末な批判は気にしないと気丈に語っていた。

芸人の有名税と割り切っているようだ。

 

しかし、一度有名人がトラブルを起こすと、その批判の矛先が凄まじいほどに向けられる。

それは「炎上する」と表現される。

不特定多数の人間と繋がりを持つことが容易になる反面、不特定多数の矢が飛んでくる。

 

先日、SNSで投稿された写真が物議を醸していた。

政治家たちの懇親会の様子を写したものだった。

杯を掲げている議員、ピースサインをしている女性議員、実に楽しそうだ。

参加していた官房副長官が自分のツイッターにアップしていた。

問題なのはアップした時期だ。

その夜、西日本に記録的な大雨が降る恐れがあると、気象庁が発表していたからだ。

被害が甚大だっただけに、政府に危機意識がないと炎上した。

 

先日、私は大学の友人と飲みに行った時の写真をブログでアップした。

その際、顔写真に目隠しの黒いラインを入れた。

ブログを見た友人から「犯罪者みたいや」と指摘を受けた。

 

ブログを書く時、私は人物が特定されないように気を使っている。

使用しているブログは、アップする時TwitterとFacebookとの連携を選択できるようになっているが、いつもオフにしている。(TwitterとFacebookのアカウントは持っているのだが、利用していない)

個人名や団体名をイニシャルにしたり、顔写真は出来るだけ避けたりしている。

だから、アクセス数もそんなに多くないし、コメントはほとんどない。

それでも取り上げる内容によっては、アクセス数が200を超えることがある。

やはり、不特定多数の人に読まれていると思うと、不気味な感じがする。

 

それなら、ブログなんて書かなけりゃ良いのだが…。

好き勝手に書いて、自己満足しているのである。

ちょっとだけ世間と繋がっている楽しみを得ているだけ。

出来るだけ平穏な老後の日々を過ごしたいので、ひっそりとアップしているつもりなのだ。

 

懇親会の写真をアップするなら、こんな風にしたら良かったのでは…。

 

author:金ブン, category:社会ネタ, 10:07
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人工知能

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今年2月、車を買い替えた。

車種を選ぶのに、私は軽自動車で十分だと思っていた。

もう、還暦を過ぎた夫婦ふたりの生活なのだから…。

 

ところが、妻は車種にこだわりがあった。

私と違って、妻は車が好きなのだ。

これまで乗っていた車は日産のエクストレイル。

アウトドア志向に人気がある車種だ。

妻としてはこの路線を続けたかったようで、1年前から目を付けていたのが三菱のアウトランダー。

エクストレイルと大きさはほとんど変わらないが、日々の買い物しか使わない60過ぎのジジババには似合わない。

PHEVという給電機能が特徴で、「電気自動車」と「ハイブリット車」の機能を持つエコカーなのだ。

また、様々な安全装備を搭載した、話題のサポートカーで、誤発信防止等が充実している。これはジジババ向きだ。

 

最初は電気を使って走るので、かなり静かだ。

だが、安全装置がやたらとうるさい。

物体が近づくと、ピーピー音がする。

側面にオートバイや車が接近すると、バックミラーに注意喚起ランプが点灯し、ピーと音がなったり、車線を跨いで走らせるとまた、ピーと音がなる。

安全なのだろうが、とにかく、うるさい。

 

それに自動化されている装置が多い。

車が好きでない私には仕組みを覚えるのがなかなか面倒だ。

だから、父親を病院へ連れて行く以外、私はほとんど乗らない。

 

車の機能は日々進歩しているようだ。

今後、人工知能(AI)の進歩によって車の自動化はさらに進むという。

20年もすれば、街なかを完全自動化された無人の車が行き交っているだろう。

 

井上智洋の「人口知能と経済の未来」によると、2030年頃には第4次産業革命が進み、汎用型の人工知能が人間の知能を超えて、様々の職業が消滅するという。

数年前まで、コンピューターの将棋ソフトは人間のトップ棋士に勝てないと言われていたのに、今はもう全く人間には歯が立たない。

AIは膨大なデータを吸収しながら自分自身で学習し、益々強くなっていく。

 

今後、人間の仕事はどんどん、AIに代わっていく。

人口の1割しか働かない社会がやってくるという。

特に、事務的な仕事はAIが汗も流さずに片付けてくれる。

どんなに働いても、残業代は要らない。

 

ホテルの受付係、レジ係、弁護士、保険の審査担当、不動産のブローカーなど、当然人がやる仕事と思われていたものはAIを搭載したロボットがする。

人間がやらないような、きつい、危険、きたないの3KはAIロボットがやってくれる。

そう考えると、人がやらなくても良いような仕事はたくさんある。

 

先日、整形外科へ出かけた。

股関節の治療を受けるためだった。

足の付け根、つまり恥骨の辺りを動かすと痛いのだ。

この痛みは2年以上続いている。

診察を受ける前、ネットで調べていると、「グロインペイン症候群(「鼠径部痛症候群」)」という病名が出てくる。

特にサッカー選手に多い症状で、原因としてキック動作での股関節の運動の繰り返しや走ったり止まったりという股関節に過度なストレスが多く加わるスポーツに見られますと書いてある。

私の痛みも最初はテニスをしている時から始まった。

医師に「グロインペイン症候群(「鼠径部痛症候群」)」のことを訊きたかった。

 

その日は院長先生が不在で、代診の医師が大学病院から来ていた。

若い医師だ。

これまで撮影したレントゲンやMRIの画像、カルテを見ている。

そして、股関節を柔らかくするストレッチや筋トレを続けるようにと、今までと同じ診断を下す。

そこで、私は「症状をネットで調べると、グロインペイン症候群という病名が出てくるのですが、これはどのような病気なんでしょうか」と尋ねると、医師は「グロインペイン?」と首を傾げる。

そして、ポケットからスマホを取り出して、調べ始める。

しばらくして、「サッカー選手に多い症状のようですね。鼠径部の筋肉の炎症による痛みですね」と、ネットに書いてあることをくり返す。

最後は、「MRIの画像では鼠径部に骨の異常は見当たらない」と言いながら、今まで通りのストレッチや筋トレを勧めた。

 

医師の診断は症例や治療実績のデータから、導き出されるのだろう。

そうであるなら、それらのビッグデータを搭載したAIのほうが正確な診断が出来る。

 

AIを搭載した医師ロボットが現れることを心待ちにしている。

 

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:59
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ミスター麻雀

JUGEMテーマ:ニュース

私はパン屋で生まれ、家には従業員が泊まり込みで働いていた。

従業員の部屋では、時折麻雀牌をかき混ぜる音がしていた。
幼い頃ルールも知らないのに、私は従業員のうしろでよく麻雀を見ていた。

「黙って見てるんやで」と従業員に言われていたのに、發の牌を見て「お茶の字が2枚そろっている」と声を出して、怒られたことがあった。

 

麻雀のルールを覚えたのは高校3年生の頃だ。

何がきっかけだったか思い出せないが、一部の学生の間で麻雀が流行りだしていた。
友達の家を渡り歩いては、麻雀に興じる日々だった。
高校生なのに、徹マンも頻繁だった。

市内で一番の受験校だったが、落ちこぼれの私は麻雀を覚えてからというもの、学業の成績はさらに下降していった。

大学では2回生の時に麻雀友達と知り合い、授業そっちのけでアルバイトと麻雀が中心の生活を送っていた。

麻雀友達が麻雀友達を呼び、いろんな場所へ出かけては卓を囲んだ。

アルバイト先で知り合った人を相手にすることもあった。

 

社会人になっても、麻雀生活は変わらない。

会社の上司、先輩、同僚に加えて、盆と正月には高校や大学の友達と麻雀に興じた。

時には、得意先だったうなぎ屋さんの社長や学習塾の支社長さんとも。


特に回数が多かったのは、デザイナーのT氏が入社してからだった。
とにかく、T氏は麻雀が好きだった。

 

T氏と仕事をしていると、「今夜はどうや?」と私の耳もとで囁くのだ。

私はほとんど断ることがなかった。

メンツをかき集めて、近くの雀荘で終電近くまで過ごした。

言葉を覚え始めたばかりの長女は「パパ、マージャン」と言うようになっていた。

その頃T氏の発案で、参加者にしこ名を付けて、毎月の番付表を作っていた。

今もその一部が残っていた。

 

 

私は横綱で、「金額」のしこ名だった。

私が強かったというより、マージャン経験の少ない社員や好きでもないのにメンツ不足で引っ張り込まれていた社員も混じっていたので、好成績が続いていたのだろう。

 

T氏が言い出して、1年間の集計(昭和62年)をした記録が残っていた。

この年、私は出場回数が94回で、獲得賞金も圧倒的なトップだった。

94回というのは毎週2日は雀荘に通っていたことになる。

それでも、出場回数トップのT氏は私を上回る99回だった。

今から思うと、何とも無為な時間を送っていたものだ。

 

そんなマージャン生活で、印象に残っている場面がたくさんある。

日航機事故で亡くなったNさんが親の役萬「天和」を上がったこともそのひとつだ。

これだけ長くマージャンしているのだから、役萬もたくさん上がった。

 

ひとつ、忘れられない役萬の上がりがある。

労働組合の執行委員をしている時のことだ。

春闘のため通常の業務から離職して、組合事務所に詰めていた。

妥結まで時間が掛りそうなので、執行委員のひとりがマージャンをしようと誘ってきた。

このメンバーはレートが高いので、今まで参加したことが無かった。

一旦断ったが強く誘われたので、仕方なく近くの雀荘へ出かけた。

 

始まってすぐのことだった。

配牌を見ると一九字牌が多く、場を流すことも出来る状態だった。

国士無双が頭をかすめた。

最初のツモを見ると、国士無双に必要な字牌がきた。

国士無双に向かう決心をすると、次々と必要な牌が入ってきた。

なんと五巡目でテンパイし、「中」待ちで国士無双が完成した。

リーチするかどうか迷った。

中が場に1枚出ていたこともあり、リーチするほうが出やすいだろうと思い、リーチをした。

すると、その二巡目であっさりと出上がった。

この日はこの勢いで大勝したことを覚えている。

 

先週、ミスター麻雀小島武夫が亡くなった。

私たちの青春時代は阿佐田哲也と並んで、麻雀の劇画に良く登場していた。

最近Youtubeで、小島武夫が登場する麻雀動画を見ていた。

特に、九蓮宝燈を上がった動画は劇的だ。

 

持って生まれた勝負勘と強運はミスター麻雀にふさわしい。
author:金ブン, category:社会ネタ, 09:34
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スポーツマンの騒動

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息子は少年バレーボールをしていた。

小学5年の時、女性の監督から男性のHさんに監督が代わった。
Hさんは実業団をチームの監督をしていた人だった。

チームは徐々に強くなり、Hさんの指導にも熱が入った。

練習する中で、小学生の息子たちに体罰を加えるようになった。

そこで保護者たちが集まって、体罰を止めるようにHさんに申し入れた。

 

体罰とは別に、Hさんにはもうひとつ問題があった。

試合中、対戦相手の子供に威嚇する態度をしたり、相手がミスすると拍手して喜んだりした。

ある大会では、主催者側から態度が悪いと注意を受けたことがあったほど、それは目立った。

監督に就任した当初、少年バレーは教育の一環ですからと公言していた。

ところが、チームが強くなってくると、Hさんは自制心が無くなってしまうようだった。

少年バレーは勝ち負けより、子どもたちの健全な育成が目的なのだ。
Hさんはスポーツに対して純粋な熱意を持っていたようだが、熱くなると見境が付かなくなるのだった。

 

最近、スポーツ界での不祥事が相次いでいる。

大相撲の暴力事件、レスリングのパワハラ、

そして、今世間を賑わせているアメフトの悪質タックル事件。

 

元来、スポーツを始めた頃はみんなその素晴らしさに魅せられ、純粋にスポーツと向き合っていたはずなのだが…。

強くなりたい、チームを強くしたいという気持ちが大きくなって、物事があらぬ方向へ進んでしまう。

 

何度もテレビ画面に映し出されるタックルの映像を見ながら、「これは余りにも酷い行為」だ」と誰もが感じたに違いない。

映像が衝撃的なだけに、冷静に見ている視聴者はふつふつと怒りが込み上げてきただろう。

 

被害者の保護者や加害者の記者会見、そして余りにも情けない監督とコーチの記者会見。

歯切れの悪い答弁に、イライラが募って寝付きが悪かった。

おまけに、大学側の司会者がとんでもない態度の悪さだった。

大学には危機管理学部があるそうだが、この記者会見は最も良い教材だ。
マネしてはいけない悪例として。

 

悪質タックルが発生した構図が見えてくる。

 

何年も優勝から遠ざかっていたチームが、昨年監督が代わったとたんに優勝してしまった。

以前その監督はチームを指導してきたが、良い結果が出なかった。

それで指導法を変え、かなり厳しい鍛え方をした。

すると、突然成果が出てしまった。

 

自分の指導法に自信を持ったことだし、周囲も監督を持ち上げたのだろう。

監督はさらに大きな権力を握って、暴走してしまった。

もう誰も監督のやり過ぎを止めることが出来なかった。

 

マンモス大学は教育機関とはいえ、大企業と同じだ。

上層部が大きな権力を持って、その下で働く人たちは上司に逆らえない。

<忖度>して行動する。

 

監督とコーチの記者会見での司会者は共同通信の元記者で、論説委員長も務めていたという。

監督の気持ちを忖度して、会見を切り上げようとしたのだろう。

あのまま記者の質問を受け続けたら、会見を取り仕切る責任者として叱責を受けるからだ。

 

かなり以前からこの大学にはそんな体質が根付いていたのだろう。

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:42
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