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671,850円!
JUGEMテーマ:趣味

朝の番組「とくダネ!」で、競馬の話を取り上げていた。
お笑いコンビ「レアレア」の桑折が昨年末中山競馬11レースで、万馬券を射止めた話だ。
賭け金の1万円は先輩芸人の明石家さんまからお年玉としてもらったもので、馬名にサンマの名前が入った「サンマルデューク」に単勝5000円と複勝5000円を投じたという。
サンマルデュークは16頭中15番人気の馬で、単勝に199.6倍が付いていた。
番組ではそのレースの模様を放送していたが、序盤に最後尾を走っていたサンマルデュークは直線で驚異の末脚を見せ、見事に1着となった。
桑折は単勝と複勝で、1,209,500円を手にしたという。
 
驚くことに、的中したのが3年連続なのだ。
つまり、前の年もその前の年も、明石家さんまからもらった1万円を「サンマ」が付く名前の馬に賭け、的中させているのだ。
嘘のような、ホントの話だそうだ。
 
勝負事は、何が起こるか判らないものだ。
 
シンザンという競走馬は1964年東京オリンピックの年に3冠(皐月賞・ダービー・菊花賞)を制覇し、翌年も天皇賞と有馬記念に勝ち、5冠馬となった。
競馬をやらない人でも、この馬の名前を知っている。
 
この名馬シンザンを記念して、1月10日、京都競馬場の11R「日刊スポーツシンザン記念」が行われた。
3歳限定のレースだ。
1番人気は10番のピースマインド、2番人気は外人騎手デムーロ騎乗の7番ジュエラー、3番人気はこれまた外人騎手ルメール騎乗の2番アストラエンブレム。
他、武豊騎乗のラルクも人気を集めていた。
スタートしてから、人気どころの馬が高位置に付けていた。
順当なところで決まるのかなと思っていた。
その中に、人気薄の14番シゲルノゴギリザメが先頭集団にいた。
この馬が波乱を起こす。
 
4コーナーを回るころ、このシゲルノコギリザメが先頭に立った。
ひょっとしたら、このまま残ってしまうのでは。
だが直線に入ると、人気馬が突っ込んでくる。
結果、直線で鋭い末脚を見せた浜中俊騎乗の8番人気ロジクライが1着に入り、デムーロ騎乗のジュエラーがゴール前でわずかのスキを付いて2着になった。
3着にはわずかの差で11番人気のシゲルノコギリザメが残っていた。
 
「6-7-14三連単、案外ええ配当が付くのと違うかな。10万以上はいくかも」と思いながら、払戻金が映し出されるのを待っていた。
テレビ画面に出た数字を見て、びっくり。
なんと、671,850円である。
1098番人気なのだ。
 

 
「やったなあ。スゴイなあ」
スマホで、JRAの口座を確認すると、(私の分も含めて)確かに残高が68万円を超えていた。
「へえ、こんなことがあるんやな」
 
私は熱心な競馬ファンとは言えない。
気が向いた時に近くの阪神競馬場へ出かけて、2レース程度馬券を買っていた。
しかも、賭け金は少額だ。
ひとりで出かけることはなく、いつも営業時代の先輩Sさんと一緒に行っていた。

ギャンブルをするというより、競馬場の雰囲気を楽しんでいるだけだった。
 
家にいる時、私は午後3時頃になると、珈琲を飲みながらオヤツを食べる習慣がある。
土日になると、その時間帯のテレビはいつも競馬のメインレースを放送している。
競馬中継は賭けていないと、観ていても全く面白くない。
少額であっても、賭けて観るからちょっとした興奮が味わえる。
そこで、自宅でも気軽に投票が出来るインターネット投票を始めた。
もう5年目になる。
 
私は通常1レースに500円程度しか賭けない。
ダービーや菊花賞などの重賞レースでは1千円程度賭けることはあるが、通常は少額を申し訳程度に賭ける。
時には単勝100円だけ賭けることだってある。
要は、テレビ観戦を楽しみたいだけなのだ。
賭け金が少額だと配当の高いものに賭けたくなるので、的中することが少ないのだが、ちょっとした興奮が味わえる。
 
3年前の年末、先輩のSさんと十三の居酒屋で飲んでいた。
Sさんとは私が社会人になった時からの付き合いで、もう40年になる。

私より8つ年上で、営業として長く一緒に働いた。
また、沿線が同じだったこともあり、会社の帰りには梅田や十三の立ち飲み屋で一献傾けた。

私がインターネット投票をしていることを伝えると、Sさんは「メールで予想を送るから、馬券を買ってくれるか」と言い、私に5千円を預けた。
次の週には有馬記念があった。
 
レース当日、メールが送られてきた。
Sさんの買い方はいつも決まっている。
三連単をフォーメーションで買うのだ。
1着に2頭を予想し、2着には1着予想の2頭を含めて5頭を入れ、3着には2着予想と同じ5頭を入れる。
すると、賭け金は2400円になる。
基本はこの賭け方だ。
 
私はインターネット投票で入力し、画面をスクリーンショットして、Sさんに返送する。
それ以来、週に1、2回Sさんの馬券を買っていたが、1年間は一度も的中しなかった。
それでも賭け金が無くなると、私の家に郵便でお金が送られてくる。
Sさんは土日の競馬を楽しみにされていたのだろう。
私もそんなに手間が掛ることもないので、土日になるとSさんの馬券を買ってあげていた。
 
しかし、毎回外れてばかりなので、私は内心、「もう止めはったほうがええんと違うかな」と思っていた。
「三連単は難しいですね。複勝にしはったほうがええんと違いますか」と、私が言うと、しばらく複勝を賭けるようになった。
すると、複勝が続けて2度当たったのだ。
やはり、3着までの複勝は確率が高い。
配当は低いが、2千円も賭けると案外大きな額になった。
しかし、複勝ではSさんの射幸心を満足させられない。
カジキマグロを狙っている人にとって、イワシが釣れても全然嬉しくない。
その後、三連単と複勝を併せて買うようになった。
 
昨年の2月、ついに3連単が的中した。
配当はそれほど多額ではなかったが、それ以来、徐々に3連単が当たるようになってきた。
そして、秋には菊花賞とマイルチャンピオンを射止めた。
 
ここまで書き進めると、冒頭の文章で少なからず私に対して嫉妬心を抱いていた読者は、67万円をゲットしたのが私ではないことに気付かれたことだろう。
そう、シンザン記念で高配当を射止めたのは、先輩のSさんなのだ。
 
払戻金を見て、「遂にやりましたね。67万円です」とメールをした後、私はSさんに電話を掛けた。
Sさんはテレビを観てなかったらしく、私のメールを見てからテレビを付けたようだ。
「良かったですね」というと、Sさんは「心の整理が出来てないねん」と少し放心気味だった。
これまでに射止めた配当金で、最高額だったという。
おまけに、同時に買った複勝まで的中していたのだから。
 
そう言う訳で、私の口座に他人のお金がたくさん蓄えられた。
当然私のお金ではないので、嬉しい気持ちなどない。
といっても、妬ましい感情も起きない。
なぜなら、今まで競馬に投資した金額を想像してしまうからだ。
Sさんは私と賭け方が違うし、ギャンブルと向き合う姿勢が全く違う。
 
私の口座に他人の大金が入っているのは余り気持ち良いものではない。
「早めに引きだしたほうが良いですよ。銀行まで一緒に来てもらったら、下ろして渡しますから」と伝えると、「車の税金を払えるし、風呂が故障して困っていたので助かった」と、生活感が滲むメールが返ってきた。
今まで大変お世話になってきた先輩だから、お役に立てたことは良かったとは思うが…。
若干の不安が残る。
 
あれから一週間経過しようとしているが、配当金を下ろす連絡がない。
それより、昨日(金曜日)の夜に、土曜日のレースの予想が送信されてきた。
少し賭け金が増えていた。
 
今まで以上に、Sさんは競馬に熱が入るのだろう。
ここで競馬を止めれば、「いままでの負けを何とか取り戻せて、良かったなぁ」で終わることが出来るのだろうが…。
 
そうはいかないのが、ギャンブルなのだ。
author:金ブン, category:賭け事, 12:34
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老人閑居して不善を為す
JUGEMテーマ:日記・一般
 
 

「あそこに近づいたらアカンで。変なおっちゃんがいるから」

小学校の頃、母親が私によく言っていた。
あそことは競艇場だった。


私の実家は尼崎の競艇場に近かった。
競艇場のすぐ横を阪神電車が走っている。

最寄りの駅は競艇場の名前が付いて「尼崎センタープール前」駅だ。

昔、この駅名が日本で一番長いと聞いたことがある。

当時はそうだったかもしれないが、現在ではもっと長い駅名が存在するだろう。

 

駅のホームに立つと、モーターボートのエンジン音が聞こえてきた。

競艇は中央競馬と違って、平日でも開催している。

成人してからは、阪神電車に乗る時、頻繁に競艇場の前を通った。

付近では、新聞片手に持ったおっちゃんたちがたむろしている。

赤鉛筆で新聞に印を付けながら、座りこんでいる人がいる。

 

入口近くにある呑み屋では平日の昼間にも関わらす、おっちゃんたちが美味そうに酒を飲んでいた。

おでんの香りが店の外までただよっていた。

「この人ら、どんな生活をしているのやろ?」

私は平日の昼間から賭け事に興じる人たちを奇異な目で見ていた。

 

私自身は遠目で見ていたが、私の実家は競艇場の仕事に関係していた。

実家はパン屋をしていて、競艇が開催されている日は場内でパンの販売をさせてもらっていたのだ。

従業員たちが交代で、パンを売りに行っていた。

会社勤めだった父親も定年退職してから、母親が切り盛りするパン屋を手伝って、競艇場でのパン売りに駆り出されていた。

 

私にとって、競艇場は魔窟のような場所だった。

幼い頃の母親の忠告が影響しているのだろう。

近くを通るものの、一度も競艇場に足を踏み入れたことが無かった。

 

尼崎センタープール前駅でこんな経験をしたことがあった。

私が梅田までの乗車券を券売機で買おうとしていた時、何度か声を掛けられた。

「おにいちゃん、帰りの電車賃が無くて困っているねん。100円貸してくれへんか」

 

バカ正直な私は気の毒の思い、貸してあげた。

そんなことが23回あった。

学校で友達に話すと、「アホやな。そんなん貸したらあかんで。そいつら、100円で舟券買いよるのや」と忠告される。

 

ちょっと話題が変わるが、広告の営業をしている時、ギャンブルする人間に対して面白い考えを持った人に出会ったことがあった。

ある産婦人科の先生から「淀駅に広告看板を出してほしい」という注文を貰った。

その医院は牧野駅前にあって、淀駅から離れている。

医院の広告看板はすでに近隣の駅に掲出してもらっていた。

淀駅には京都競馬場があって、土日の競馬開催日だけ乗降客が多い。

なんでまた淀駅なんだろうと思って先生に訊くと、「ギャンブルする人間はだらしない人が多いから、ちゃんと避妊せえへんやろ。それで出来てしもて、困るんやな」の返答。
医学博士とは思えないような極端な考えに、うなずいていいものかどうか迷ってしまった。

看板原稿の打ち合わせでは、優生保護法指定医を入れるように強く指示された。

 

先週、初めて尼崎競艇場へ行くことになった。

きっかけは集客イベントが載っている折り込みチラシ。

8.6秒バズーカ―が出演するという。

もちろん、テレビで見飽きた「ラッスンゴレライ」を見たいわけではない。

これまで行ったことが無かった競艇場へ行ってみたいという気持ちに突き動かされた。


退職した老人は、暇に任せてやりたいことが出来るのだ。

入口はかなり整備されていて、昔ほどのゴミゴミした感じはない。

入場料は100円。

券売機を探すが、両替機しかない。

入場改札機に、直接100円硬貨を入れるようになっていた。

なかなか、合理的に機械化されている。

 

プータロー仲間のH君と合流し、場内に入った。

入場すると、だだっ広い空間が広がっている。

客が少なく閑散としているが、イベント用の舞台が設置された一角だけ家族連れが座っている。

8.6秒バズーカ―を見に来た人たちだ。

人気は枯れて、テレビではほとんど見ることは無くなったが、地方では実物を見てみたいという物好きがたくさんいる。(私もそのひとりだが)

 

入口近くのインフォメーションに、ボートのプロペラが並べられている。

プロペラには選手のサインが書かれていて、展示されている。

「ボートのプロペラって、案外小さなものですね」

案内のオネエサンがいたので、声を掛ける。

案内カウンターから出てきて、競艇のイロハを教えてくれる。

「選手が乗るボートは抽選で決めるんですよ」

オネエサンはお愛想でする私の質問にも、真剣に応えてくれた。



 

室内の観覧スタンドは全面ガラスで張り、前にプールが広がっている。

次のレースに出場する艇が展示航走を行っていて、エンジン音が鳴り響いている。

展示航走とは競馬のパドックみたいなもので、次のレースに出走する各レーサーが、ボートやモーターの調子をお客様に見てもらうためのもの。

全速力でコースを2周するが、私のような素人が見てもなんの参考にもならない。

 

観客席はガラガラだった。

阪神競馬場のように、席取り用の新聞などは置かれていない。

平日の昼時ということもあるが、気だるい場末感が漂っている。

下町育ちの私はこの場末感に引きつけられる。


8.6秒バズーカ―のイベントが始まる時間になると、イベント会場前は人だかりが出来た。

予想新聞を持った年配のおっちゃんたちも、物珍しさに釣られて集まってくる。

出し物は「ラッスンゴレライ」しかなく、15分程度で終わった。

賞味期限の過ぎたギャグでは会場を盛り上げることが出来なかった。

それでも地方の営業は一発屋の芸人にとってオイシイ仕事で、わずかな時間で数十万円を手にすることが出来るのだろう。

 

競艇は毎レース、6艇が出走する。
競馬と同様、単勝・複勝・3連複・3連単等がある。

出走表には選手やモーター等の勝率や成績が細かく書いてあるが、何を参考に掛けたら良いのか分からない。

競馬の出場頭数に比べたら、当たる確率はかなり高いはずなのだが…。

3レースに単勝の舟券を買ってみたが、すべて外れた。

その内2レースは最下位だった。

「最下位を予想するレースやったら、良かったのにな」と、H君は笑っていた。

 

 

競艇はスタートして最初のカーブで、ほとんど着順が決してしまう。

競馬のように最後の直線に入ってからのムチの叩きあいがなく、逆転することが少ないようだ。

だから最初に出遅れると、全く盛り上がらない。

エンジンの爆音だけが空しく聞こえてくる。

 

場末の空気をたっぷりと吸って、競艇場を出た。

周辺に飲み屋街の風情は無く、真新しい住宅展示場が出来ていた。


「やっぱり、競馬のほうが面白いな」と、私はH君に言う。

「今度は園田競馬へ行こうか」

私が言うと、H君は否定しなかった。

場末を味わう旅は続く。


老人閑居して不善を為すともいうが…。

author:金ブン, category:賭け事, 17:59
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麻雀放銃記
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眠い目をこすり、上図の手で追っかけリーチを掛けた。
2・5万の待ちなのだが、一巡して自分がツモった瞬間、なぜか頭の中は6・9筒待ちになっていた。
テンパイする前は下図の手だった。


9筒を引いてリーチするのだが、頭にこの6・9筒待ちが残っていた。
 
リーチ即で2万をツモったのだが、うっかりそのまま牌を場に捨ててしまった。
すぐにツモ上がりしていることに気付いた。
私は慌てて「ツモってるわ」と言って、牌を倒したが遅かった。
すでに、下家のN君が牌をツモって考えていた。
「そりゃ、遅いわ。チョンボだわ」と、名古屋弁でN君が言う。
今日のN君はルールに厳しい。
最近脳トレーニングのために、麻雀教室に通っているという。
プロから麻雀の手ほどきを受けているだけあって、ルールには厳格なのだ。
 
社会人になってから、チョンボをしたことがあっただろうか。
記憶にないほど以前のことのように思える。
仕方なく、私は罰金の8千点を支払った。
 
余計な言い訳になるが、睡魔がまぶたにぶら下がっていたからだ。
半荘2回を終えて3回目が始まったばかりだったが、時刻は午前12時に近かった。
いつも午後10時までに寝床に入る私にとって、熟睡している時間帯だ。
 
リーチ即ツモしていたのに…。
心の中にモヤモヤが残った。
でも、半荘3回目は始まったばかり。
チョンボで目が覚めた。
守りの麻雀から攻めの麻雀へ、スイッチが変わった。
静かなログハウスの空間に、学生時代に流行ったフォークソングが漂っている。
 
私が退職したのを機に、大学の友人たちが旅行を企画してくれた。
行き先はひるがの高原。
名古屋の会社で働いているN君は別荘を販売する仕事をしている。
毎週土日にはひるがの高原の事務所に寝泊まりし、別荘を見に来る客に営業している。
今回旅行するにあたり、事務所を提供してくれた。
事務所といっても、販売している別荘と同じログハウスだ。


 
土曜日の朝、私は奈良へ向かった。
近鉄奈良駅前で待ち合わせをしていた。
河内長野からやってくるYH君はすでに到着し、奈良在住のYO君の車で待っていた。
高速道路を乗り継いで、ひるがの高原へ向かう。
YH君とYO君は大学2回生からの友人だ。
知り合ったきっかけが麻雀で、以来40年間、毎年必ず麻雀卓を囲んでいる。
今回の旅行も、麻雀好きのN君が勤める高原の別荘まで出かけて、麻雀をすることになった。
 
車中、超文化的な巨乳考察や哲学的筆おろし談義に花が咲き、あっという間に目的地に到着。
高速道路を出たところで、N君は愛車のボルボで待っていた。
言葉の切れ端からにじみ出る、N君のおっとりした名古屋弁が懐かしかった。
早速、N君が温泉に案内してくれ、シーズンオフで閑散としている湯船につかった。
 
案内された別荘は想像以上に豪華な造りだった。
土地、建物で数千万するというのだから、とても私のような庶民が買える代物ではない。
自宅とは別の住居を持てるとはどんな人種なんだろうか。
実業家、医者、パイロット、はたまた土地成金…。
1泊であっても、こんな別荘で非日常を経験出来るのは幸せなことではないか。
 
野外でのバーベキューを楽しんだ後、今晩宿泊するログハウスに入った。
広々としたリビングに、ソファやテーブルが雑然と置かれている。
N君は毎週土日ひとりで、このログハウスで寝泊まりしているという。
深閑とした山中で、夜を過ごすのは怖いような気もするのだが…。
映画「十三日の金曜日」を想像してしまうが、N君は全く平気な様子。
 
隅に暖炉があり、その横に薪が積まれている。
高原の夜は温度が下がり、6月のこの時期でも火を熾すという。
 
早速麻雀卓を設置して、開局となった。
始まりに当たって、麻雀教室に通っているN君がルールについて講釈をする。
一旦牌を場に手放したら戻すことは出来ないとか、点数はきっちりと数えるとか…。
堅苦しいことを言うなぁと思っていたら、「清一色で七対子は役満で、混一色で七対子はハネ満で」と、さらに講釈を続ける。
それは何かの予兆というものだったのだろうか、始まったばかりの一局目で、N君は混一色七対子ドラ2発の親の倍満に振り込むのだ。


 
上がったのはしゃべくり麻雀のYH君。
ギャグの宝庫で、調子が良いと機関銃のようにおしゃべりが止まらない。
いきなりの2万4千ゲットで、しゃべくり麻雀は満開。
だが、しゃべくりは最後まで続かなかった。
 
私は終盤追い上げて、最初の半荘トップを取った。
2回目の半荘に入り、しゃべくり麻雀はまだ健在だったが、名古屋きしめん麻雀のN君が快調に上がり、トップを取る。
私はマイナス2万点の最下位だった。
ここまで全く調子に乗れないのが、即ツモ麻雀のYO君。
この雀士が調子を出すのは大概、「リー即ツモ!」と牌を叩きつけた時だ。
ここまで、それがなかった。

だが、私は次の半荘のオーラスで、YO君に痛い振り込みをすることになる。
 
リビングに場違いな雰囲気を醸し出す、白いブラウン管のテレビが置いてあった。
録画ビデオの鑑賞用に、N君が自宅から持ってきたという。
昨年末に放送されたという、60年代から70年代に流行したフォークソングのビデオを流していた。
吉田拓郎、泉谷しげる、風、イルカ、杉田二郎…。
ちょうど、私たちの大学時代に流行った歌ばかりだ。
大学の仲間が集まるというので、N君が粋な演出をしてくれたようだ。
 
そして、3回目の半荘は冒頭のチョンボで始まった。
麻雀は我慢のゲームだ。
調子が悪い時も辛抱強くチャンスを待っていると、ツキは必ずやってくる。
 
鳴かず飛ばずの状態が続いていたが、親の時、下図の手になった。



即ツモ麻雀のYO君が先にリーチをしていた。
良い待ちとは言えないが、親だから何が何でもテンパイ即リーチと決めていた。
「リーチ」と、牌を横に向けた。
白いテレビでは、イルカが「なごり雪」を唄っていた。
数巡後に、5万をツモった。
リーチツモドラ3と白に三暗刻が付いて、親の倍満となった。
チョンボの凹みを挽回し、トップ争いに浮上した。
その後、混一色・中を上がり、オーラスを残してトップに躍り出ていた。
しかも、オーラスは親の番だ。
きしめん麻雀のN君も浮いていたので、親のオーラスで決定的な上がりを決めたかった。
順調にツモが入り、下図の(ような)テンパイとなった。


 
闇テンで上がろうと考え、リーチを掛けず、2筒を場に捨てた。
「アタリ!」
予想もしなかったところから声が上がった。
前半、調子が出なかったYO君だ。
ピンフにドラが絡んだ満貫に放銃。
8千点支払った結果、3万点に千点足りずマイナスとなったしまった。
親でテンパイした時、勝った気になっていたが、麻雀はそんなに甘くなかった。
沈んだと思ったら浮上し、勝ったと思ったら奈落へ落とされる。
それは人生とよく似ている。
平穏な生活を求めて退職したが、やっぱり浮いたり沈んだりするに違いない。
それが現実というものだ。
 
それでも、チョンボで始まった半荘でトップ争い出来たことに、私は満足感を味わっていた。
 
半荘4回して、お開きになった。
午前2時を過ぎていた。
少しだけ浮いていた結果に満足し、2階の寝間で眠りに就いた。
 
翌日、テキサス風のカフェでモーニングを食べた。
すると、愚妻からメールが届く。
<今日は、オシッコ最悪>
この1行で、90歳になる父親がオシッコを漏らしたと想像できた。
(実際は、寝ぼけていて、尿瓶ごとベッドの上に放銃してしまっていたのだ)
急に、現実に引き戻された。
 
その後、N君に周辺を案内してもらい、高原の自然を満喫して帰途に就いた。
author:金ブン, category:賭け事, 15:42
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ギャンブル依存症
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帚木 蓬生は小説家であり、精神科の医者でもある。

精神科医の立場から、ギャンブル依存症に関する本を数冊書いている。

「ギャンブル依存とたたかう」の表紙に、<ギャンブル依存者、200万人!? このままでは社会の土台が腐っていく>の文字が書いてあった。

 

本の初めに、パチンコ依存症になってしまった主婦の転落人生を紹介している。

パチンコにハマり、借金に追われる。

これでは人生がダメになると自覚し何度も止めようとするが、どうしても抜け出せない。

子どもの面倒を看なくなり、家庭内はゴミ箱と化す。

ついに家族にも見放され、離縁される。

そんな境遇に陥っても、新装開店の折り込みチラシを見て身体が疼いてしまう。

 

ギャンブル依存は意思の弱さとは無関係で、病のひとつだという。

正式な病名は「病的賭博」といい、誰でも陥る可能性のある病気なのだ。

まだ仮説にすぎないそうだが、脳内の神経伝達物質が関与しているとか。

 

神経伝達物質の代表的なものに、ドーパミンとノルアドレナリン、セロトニンがある。

ドーパミンは行動の活性化、ノルアドレナリンは行動の維持、セロトニンは行動の抑制をつかさどっている。

生化学の研究によると、ギャンブル依存者の脳内ではドーパミンとノルアドレナリンが大いに生成され、セロトニン系の機能が低下しているという。

だから、人間の脳の仕組みからしても、誰でも陥る可能性がある病気らしい。

<私は、たとえお釈迦様であっても、ある条件に置かれれば立派な「ギャンブル依存者」になると考えています>と、帚木 蓬生は雑誌のインタビューで警告している。

 

先日、知人から聞いた話だ。

知人の会社で、社員が借金のため自殺を図る事件があったそうだ。

その社員は必ず自分が返済すると言って同僚数人にサラ金カードを作らせ、そのカード使って金を引き出し、遊興費に使ったという。

自分のカードは限度額が一杯だったので、同僚たちにカードを作らせた。

その後返済を滞納し、サラ金から返済を迫られた同僚は「どうにかしてくれ」と催促する。

最終的に、追い込まれた社員は自殺を図った。

命に別状はなかったようだ。

借金は600万円を超えた。

主な使途はパチンコだった。

 

その借金はカードの所有者である同僚たちが返済しなければならない。

(頼まれてカードを作った同僚たちもどうかと思うのだが…)

社内で大きな問題となったが、社員同士の借金問題なので会社がどうすることも出来ないという。

それぞれが一生懸命働いて、返済するしかない。

 

そんなにパチンコは面白いのか?

 

高校生の時、出屋敷のパチンコ屋に通ったのを思い出す。

確かに、パチンコをしている時は雑念が入らない。

日常のイヤなことを忘れさせくれる。

それだけに、麻薬と一緒で常習化する。

 

もう20年以上はしていない。

先週、久しぶりにパチンコ店に入ってみた。

 

昔と同様、店内は騒音のような音楽が流れている。

玉を買おうと、店内を歩く。

現金で買えるのか、カードを作らないといけないのか。

買い方が分からない。

派手なユニフォームに身を包んだ可愛い女性がいたので、訊いてみた。

「あのね、玉を買うのはどうしたらええの?」

音楽がうるさいので、大声を出さないと聞こえない。

うるさくて聞こえないのか、余りに基本的な質問なので理解出来ないのか、女性はチンブンカンプンな様子。

女性の耳元に顔を近づけている私の姿を見て、男性店員が近づいてきた。

再び、男性店員に玉の買い方を訊く。

パチンコ台の横にお金を入れるところがあるとのこと。

台を選んで、投入口に千円札を入れた。

ところが、玉は出てこない。

どこかに金額を打ち込むボタンがあるのだろうか?

どれを押せばいいのかが分からない。

いろんなところを押してみた。

それでも出てこない。

店員を呼ぼうとしたが、恥ずかしいので止めた。

手当たりしだいにボタンを押していたら、ジャラジャラと玉が出てきた。

 

いざ始めようと、パチンコ台に向かう。

魚が泳いでいる液晶画面が中央にある。

ハンドルを回すと玉が飛び出すのは知っているし、上方の穴に玉が入ったら良いのは知っている。

だが、液晶画面の動きが解らない。

昔のように、玉が穴に入れば良いだけではないようだ。

ルールが全く解らないのだ。

考えていても仕方がないので、取りあえずハンドルを回す。

玉が勢いよく飛び出す。

玉はどんどん下方の穴に消えていく。

時々、上方の穴に入り出玉がある。

そのたびに液晶画面の水着の女が動くのだが、意味が解らない。

リーチだよなんて言っているようだが…。

結局、5分足らずで玉は無くなった。

 

辺りでは男性客が真剣な眼差しでパチンコ台に向かっている。

パチンコで一杯になった箱を、横に積み上げている客もいる。

さぞ、面白いのだろう。

しかし、私はパチンコの醍醐味を体感することは出来なかった。

脳内にドーパミンもノルアドレナリンも生成されることなく、私はパチンコ屋を後にした。

 

統合型リゾート(IR)を推進する超党派の議員連盟はカジノ解禁のための法案(通称IR推進法案)の成立に向けて、今月末からの審議入りを目指している。

安保法制の審議が長引いているので今国会での可決成立は難しいかもしれないが、近い将来カジノが日本のどこかに出来ることになるだろう。

 

日本にはパチンコという賭博場所が至る所にあり、20歳以上の人なら誰でも気軽に参加できる。

パチンコにハマりギャンブル依存症になり、生活を破たんさせている人たちがたくさんいる。

カジノはギャンブル依存症を増加させ日本社会全体に悪影響を与えると、カジノに反対する人たちはいう。

 

私は競馬をするし、麻雀もする。

ギャンブルとは言えないが、時々宝くじも買う。

賭け事はワクワクするし、人生を豊かにする。

だが、けっして人生の主食ではない。

単なるおやつだ。

それに、それは麻薬が入ったおやつだから、量を間違えると苦しみに変わる。

 

先月、ヴィクトリアマイルの三連単で2000万円を超える配当が出た。

あれ以来、少しだけ高配当の三連単を買っている。

(JRAの思う壺だが…)

今日も安田記念を買った。

かすりもしなかった。

だが、馬がゴール板を駆け抜けるまではワクワクした。

author:金ブン, category:賭け事, 17:04
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ギャンブルは人生を
ギャンブルは人生を豊かにする。
ムツゴロウこと畑正憲さんがエッセイに書いていた。
私は毎週1レース、馬券を買っている。(複勝200円の時もあるが)
人生を豊かにするために、定年になったら、平日の競輪と競艇にも出かけてみたいと思っている。
 
ムツゴロウさん同様、麻雀も好きだ。
しかし最近、その麻雀をする機会がめっきりと減った。
以前は定期的に、卓を囲んでいた。
高校時代の友達、大学の同級生、そして会社の取引先のメンバー。
 
高校時代の友達は卒業以来40年間飽きもせず、盆と正月には4人集まって麻雀だった。
それが数年前、メンバーのT君とH君の仲が壊れてしまった。
同窓会の幹事をした時、ふたりに何かあったようだ。
原因は解らないままだ。
 
大学の同級生も在学中から今に至るまで、年に数回会って卓を囲んでいた。
ワイワイガヤガヤ、賑やかな麻雀だ。
昼に集まって餃子とビールを飲んだ後、牌を握る。
終わってから、ワイワイガヤガヤ本や映画、音楽の話をする。
バカ話をしている時が一番楽しい。
しかし、これも今年壊れてしまった。
取りとめの無い冗談を言い合いながら麻雀するのは楽しいし、終わってからの飲み会も楽しいものだ。

 
会社の取引先のメンバーは根っからの麻雀好きだ。
麻雀の誘いを断ることはない。
先日、そのメンバーに高校の友人を加えて麻雀をした。
 
その日の麻雀は調子が良かった。
運に恵まれたというのではなく、打ち方にミスが少なかった。
つまり、聴牌しても無理な勝負は避け、慎重に回り道をしたことが功を奏した。
こういう日は気分が良い。
半荘4回を終え、2回トップを取り、トータルではかなりプラスになっていた。
 
このメンバーとは麻雀のためだけに集まる。
帰りに飲みに行ったりしない。
印刷屋のひとりが夕方から剣道の練習をしていることもあって、朝11時に集まって午後4時ごろに解散となる。
 
最後の半荘も裏の1局目が終わって、点棒は3万4千点持っていた。
あと満貫を上がることが出来れば、トップ目は確実になる。
そんな時、絶好の満貫手で聴牌した。
 
麻雀牌201410

まだ、中盤の10巡目あたり。
リーチせずとも、平和ドラ3の満貫だ。
それも、上がりやすい六・九万待ち。
ウッヒッヒと、私はほくそ笑んだ。
そこへ、八索がやってきた。
索子の清一色の一向聴だ。
一気通貫も見えている。
 
手が止まった。
逡巡する。
軽く満貫を上がるか、それとも面前清一色ドラ3の倍満を狙うか。
負けていたなら、間違いなく七万・八万を落として、清一色に向かっていただろう。
 
私の麻雀はセコイ(細かくてみみっちい)のが特徴だ。
この場面は満貫で十分トップを取れそうなので、迷ったものの八索を捨ててしまった。
結果論になるが、この判断が間違いだった。
勢いがある時はその勢いに乗っていかなければならない。
麻雀の女神は弱気を嫌うのだ。
 
次のツモがなんと八索だった。
面前清一色でドラ3、八索・九索のシャボ待ち聴牌になっていた。

麻雀牌201410b

それに全くツキの無い編集者のSさんから、すぐにドラの九索が出ていた。
Sさんが箱割れドボンで、ゲームは終わっていたはずだ。
こんなことは結果論なんだから、振り返っても仕方がないのだ。
 
その後すぐに九万を積って満貫を上がったが、点棒を貰う時「クソ、間違ったな」と呟いた。
すると、「満貫を上がっておいて、間違いはないやろ」と、対面にいる高校の友人から不満の声が聞こえた。
満貫を上がり、点棒は4万を超えたが、なぜか気分がすっきりしない。
 
麻雀の女神はくよくよする人間を応援したりしない。
次の局、ヤミ聴牌の満貫に振り込んでしまう。
「あの時、八索を捨てなかったらと後悔が頭をよぎる。
続いてのオーラス。
浮いている間に軽く上がってしまおうと、リーチのみの手で牌を横に向けた。
が、親の追い掛けリーチに振り込みハネ満を献上、大きく凹んでしまった。
 
安心し、油断し、逡巡し、後悔し、落胆したりする。
これが麻雀の醍醐味なのだろう。
 
麻雀のツモ牌は伏せられていて見えない。
何が現れるか、ツモって見なければ解らない。
だが、見えないのではない。
本当は、伏せられている牌には何も書かれていない。
麻雀卓の頭上に女神がいて、ツモる直前に女神が操作しているのだ。
 
打つ人の態度を見ながら、女神が次の牌を決めている。
油断、後悔をしている人間には思い通りの牌を与えてくれない。
麻雀はその女神の心をつかみ取るスポーツなのだ。
author:金ブン, category:賭け事, 12:26
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憑依

眠ろうと寝室に入った時、携帯電話が手元に無いことに気付いた。

思い当るところを探したが、見つからない。

眠たくなったので、翌日探そうと思い、ベッドに入った。

朝早く目が覚めた。

携帯がどこにあるか、気に掛った。

早速、愚妻の携帯から私の携帯へ電話を掛けてみた。

プー、プー。

えっ、通話中に。

なぜ?

焦った。

 

昨日、バス停から自宅まで歩いた時に落として、それを拾った誰かが電話を掛けているのではないか。

私の携帯はパスワードの設定をしていないので、誰でも使える。

海外にでも掛け続けられたら、とんでもない料金が請求される。

 

再び、自分の携帯に何度も掛けてみたが、やっぱり通話中になっている。

 

すぐに、携帯の契約を中止しなければならない。

まだ、午前5時を過ぎたばかり。

どうすれば、良いだろうか?

調べようと、パソコンを立ち上げたが、もう一度玄関あたりを探そうと思い直した。

まだ辺りが薄暗い。

階段を下りて、玄関付近を探す。

玄関横にある風呂場のドアを開けた。

すると、脱衣場の端に黒い携帯電話が落ちていた。

よかった、よかった。

胸のつかえが取れた。

 

待てよ。

何故、話し中だったのだろうか?

携帯の発信記録を見る。

発信記録は無い。

さっき、愚妻の携帯から電話をしたので、その着信は残っていた。

 

私の携帯を誰が使っていたのだろう?

何かが憑依していたのだろうか?

 

今まで、くじ運には全くと言っていいほど縁が無かった私だが、ここのところ何かが憑依したように抽選に当たっている。

6月に5万円の宝くじが当たった。

7月にはあるサイトのキャンペーンに応募したものが当選し、商品券が送られてきた。

 

携帯の出来事から2日後。

イオンの中にある図書館に、予約していた本を取りに行った。

行く間際になって、愚妻がイオンのレシートを渡した。

「今日までの抽選会があるから、ついでに抽選してきたら。おそらく最終日でたくさん並んでいるから、時間があったら」

抽選会は「0円にしちゃいますキャンペーン」という名称で、告知のポスターはこの夏封切りされているドラえもんの映画のデザインになっている。

抽選会場までレシートを持って行き、当選すると、レシートの金額分買い物券が貰える。

 

愚妻に渡されたレシート3枚は合計で1万円を超えていた。

キャンペーン期間中に、食料品を買った金額だ。

図書館に行った後、ウォーキングシューズと靴下を買い、そのレシートも一緒に抽選会場へ持って行った。

レシートの合計は16千円になっていた。

しかし、愚妻が言ったとおり、会場は長蛇の列になっている。

この後洗濯物を取りに行ったりコンビニで入金する用事があったので、並んでまで抽選する気持ちが失せていた。

出口に向かって進みかけた時、カランカランという当選の鐘が鳴り響いた。

「おめでとうございます」の声が聞こえた。

並んでみるか、気持ちが変わった。

 

抽選は5千円以上のレシートで1回出来るものだ。

レシートの金額を計算するコーナーに行く。

受け付けのオネエサンがレシートの金額を計算してくれる。

するとオネエサンは、私にレシートを見せながら、「5千円以上のレシートが2枚あるので、2回抽選の権利があります。その場合、1回抽選してから、再度もう1回並んで抽選して貰わないといけませんが…」と説明する。

長蛇の列にに、2回並ぶなんてとんでもない。

私は「1回の抽選で良いです」とすぐに返す。

 

抽選会場には四角い箱が3つ並んでいる。

一番手前の箱のところまで行き、係のオネエサンにレシートを渡した。

「それでは1回抽選してください」の声に急かされて、箱の中に手を入れた。

奥のほうから、1枚のくじを取り出した。

その時だ。

まだ、開いてもいないのに、当たっているような予感がした。

何かが憑いたような…。

 

くじをオネエサンに渡すと、中を開けてくれる。

そして、「当たりです」といって、紙に書いてある当たりの文字を私に示した。

驚きも動揺もなかった。

何故か、平然とした気分だった。

 

1万6千円分の買い物が出来るカードを受け取った。

その時、欲深い私は思った。

もっと高いウォーキングシューズを買えば、良かったなあ。

 

さらに、欲深い私は他の用事を捨て置いて、自宅に戻った。

競馬に賭けようと。

ツキは乗っている時に畳み掛けるのが一番。

パソコンを開いて、JRAのインターネット投票のページに入る。

札幌、小倉、新潟のメインレースに絞り、3連単で勝負を賭けた。

 

憑きものは逃げてしまったのか。

すべて、かすりもしなかった。

憑神はギャンブルが嫌いなのか。

author:金ブン, category:賭け事, 15:55
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友達無くす

麻雀で使う言葉に、<友達無くす>というのがある。

 

たとえば、役が何にもないのに、リーチを掛け、

即ツモったりする。

裏ドラを開けると、なんと3枚の暗刻がドラ。

リーチ即ツモドラ3発で、ハネ満になってしまう。

本人には僥倖だが、相手にとって気分が悪いことこの上ない。

そんな時、相手3人は「お前、友達無くすぞ」と、こぼしたりする。

 

また、こんな時にも使う。

ひとりが發と白を鳴いて、大三元の役満模様。

場は煮詰まってきた。

そんな時、「アガっとくわ」と言いながら、牌を倒す。

牌は平和のみ。

役満模様の相手は「お前、気分悪いアガリするな。友達無くすぞ」と、

残念そうに暗刻になっている<中>を見せたりする。

 

その<友達無くす>アガリのひとつに、海底(ハイテイ)ツモというのがある。

海底とは局の最後を指す語で、ここでアガルと1飜(ハン)増しのご祝儀が付く。

海底の時、相手3人は場が「流れたか」という、終戦時の緩和した気分に包まれる。

そんな時に最後の牌でツモったりすると、玉音放送の最中に爆弾を落とされたような、

嫌な気持ちになるのだ。

相手のひとりが、「おい、友達無くすぞ」とつぶやいたりする。

 

昨日、小春日和のさわやかな天気の中、

外の見えないタバコの煙で曇った雀荘で、7時間卓を囲んだ。

最後の半チャンで、こんなテンパイになった。


 麻雀テハイ1


混一色と対々(トイトイ)、それに南がドラで、

風牌の北と役牌の發を加えると、倍満になる。

卓の下で、何度も指を折り、役を数えた。

しかし、場では筒子(ピンズ)が高い。

「やっぱり、無理か」と諦めかけた海底で、5筒をツモッた。

 

その日は3回目の海底(ハイテイ)ツモだった。

 

「今日は、海底ツモが多いな」と、私がつぶやく。

相手3人から、反応が無い。

 

心の中で、「お前、友達無くすぞ」と言っていたのだろう。

author:金ブン, category:賭け事, 08:23
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