RSS | ATOM | SEARCH
ミニシアターの魅力

JUGEMテーマ:映画

 

平日の昼、映画館は空いている。

ましてや、月曜日の昼なんて、ガラガラなのだ。

こんな時間に映画を観られるのは退職後の特典といえよう。

 

退職した当初、平日の昼映画館に出かけるのに、若干の後ろめたさを感じていた。

みんなが一生懸命働いている時間に、こんな贅沢をして良いものか。

しばらく、そんな後ろめたさを引きずっていた。

 

ところが退職して時間が経つごとに、そんな気持ちはどこかへ消えてしまった。

今お付き合いしている人たちはすべて退職した人だし、みんな平日しか行動しない。

カラオケも平日の昼だし、参加する宴会はどれも平日の昼なのだ。

 

宝塚にあるシネピピアは、現役の時からお気に入りの映画館だ。

JR売布駅前ビルの5階にあり、ミニシアターがふたつある小さな映画館だ。

 

メジャーなシネコンで公開を終えた映画を上映したり、メジャーなシネコンでは扱わない興業的に儲かりそうにない映画を提供したりしている。

上映する映画は時折マニアックなものがあり、主催者の好みが反映されているようだ。

 

余談だが、1階にある喫茶店の名前が「バクダット・カフェ」

以前日本で上映されて、ヒットした映画の題名だ。

ミニシアターブームの火付け役になった作品だといわれている。

 

観客はいつも少ない。

ただ、一度だけ連日満席だったことがあった。

「阪急電車」を上映した時だ。

阪急の今津線が舞台で、映画館から近かったからだ。

地元の観客が多かったに違いない。

 

先日、友人から「グレイテスト・ショーマン」を薦められた。

夫婦で観て、感動したという。

久しぶりに映画館に行こうと思った。

 

先週は文化財ガイドやアルバイトなどで忙しかったので、時間が無かった。

今週観に行こうと調べると、近隣のシネコンでは遅い時間の上映しかなかった。

そこで売布のシネピピアを検索すると、ちょうど昼ごろの上映があった。

 

観客は少ないと思ったが、30人ほどいた。

ほとんどが年配の女性だった。

私は前よりのど真ん中の席に座った。

 

映画は想像していた以上に、素晴らしかった。

何度か、涙が込み上げてきた。

とにかく、私は涙腺が緩いのだ。

 

さて、終わって、エンディングロールが流れた。

とにかく、長いエンディングロールだった。

映画の挿入歌が聞こえる中、スタッフの名前が延々と流れた。

だが、誰も席を立たなかった。

もしも、妻と一緒だったら、私たちは席を立っていただろう。

 

エンディングロールが終わって場内が真っ暗になると、突然監督と出演者が会話している映像が出てくる。

会話の次に、メイキングビデオが流れた。

キアラ・セトル(映画では髭を生やしている)が歌う「This Is Me」の練習風景だ。

練習中セトルは感情がいっぱいになり、唄いながら涙ぐむ。

 

私は気持ちを落ち着けてから映画館を出ようと思っていたが、再びもらい泣きしてしまった。

 

薦めてくれた友人が観た映画館では、そんなビデオは上映されなかったという。

 

シネピピアの粋な計らいだったのだろう。

ミニシアターならではのプレゼントだった。

 

そのメイキングビデオはYOUTUBEにも出ていた。

(ただし、映画を観ていない人にはその感動は伝わらないと思う)

 

https://www.youtube.com/watch?v=XfOYqVnFVrs

 

5月のスケジュール表を持って帰った。

「ペンタゴン・ペーパーズ」、「ウィンストン・チャーチル」、「スリー・ビルボード」、「シェイプ・オブ・ウォーター」など、昨年のアカデミー各賞に輝いた作品が並んでいた。

ミニシアターを応援するのためにも、また観に行くつもりだ。

author:金ブン, category:映画鑑賞, 09:25
comments(0), trackbacks(0), - -
熟年夫婦

JUGEMテーマ:映画

 

桂枝雀曰く、「夫婦はいちばん身近な他人」。

 

宮本陽平は教師として真面目に働き、25年間夫婦生活を送ってきた。

ひとり息子が結婚して家を出て、夫婦ふたりだけの生活になった。

ある日、陽平は本棚から「暗夜行路」を取り出した時、ページに挟まっていた離婚届を見つける。

それには妻の署名がされている。

全く問題ないと思っていた夫婦生活に突然暗雲が立ち込め、陽平は動揺する。

だが、妻に離婚届の理由を問いただす勇気がない。

趣味の料理教室仲間や生徒たちの家庭問題に触れるうちに、夫としての自分の振る舞いに疑問を抱いてくる。

あれこれと悩んでいると、妻が突然家から出て行ってしまう。

 

映画「恋妻家宮本」は<父母>から<夫婦>に戻った熟年夫婦の戸惑いを描いた物語。

子供が独立すると、当然夫婦だけの生活がやってくる。

世間では、<熟年離婚>や<卒婚>などの言葉が躍る。

子育てや勤労義務の終了は人生の大きな転機である。

 

先週から今週に掛けて私は6日間、家を空けた。

孫の運動会があり、宮崎の娘の家にいた。

子育てで忙しい娘夫婦の姿を眺めていると、その頃の夫婦の生活を思い出したりする。

当時はお互いが忙しかったので、相手の立場を考える余裕もなかった。

 

退職以来、私たち夫婦は毎日顔を突き合わせる時間が増えた。

時間があるからといって、妻の気持ちを慮って行動を取っているかというといささか疑問だ。

自戒と込めて言うが、私のマイペースな暮らしぶりに、妻の方は辟易しているかもしれない。

6日間という短い期間ではあるが、妻と離れて過ごしてみると、いちばん身近な他人について考えてしまうのだ。

 

この映画では主人公が再び妻に恋するハッピーな結末なっている。

人生いろいろ、夫婦もいろいろ。

私の場合、本棚に離婚届が挟まれてないことを祈るばかりである。

 

「この映画、面白いよ」と薦めてくれたのはボランティアの仲間で、80歳になるSさん。

Sさんは30歳代で夫を亡くされた。

その後再婚することなく、生まれたばかりの長男を女の手ひとつで育てられた。

息子さんは結婚しSさんに孫が出来たのだが、5年前その息子さんは病気で急逝された。

今はひとり、マンション住まいされている。

 

若年で寡婦になられたSさんはどんな気持ちで、熟年夫婦のハッピーエンドを鑑賞したのだろう。

少し、気になった。

 

 

author:金ブン, category:映画鑑賞, 07:46
comments(0), trackbacks(0), - -
他者

JUGEMテーマ:映画

 

「人生は他者だ」

 

映画「永い言い訳」のラストシーンで、本木雅弘演じる主人公津村啓がノートに書き込む。

 

売れっ子作家津村が浮気をしている時、旅行へ出かけた妻がバス事故で死亡する。

子供のいない夫婦関係はもうとっくに冷めていたが、マスコミを通じて嫁さんを失くした男を演じ、ドキュメンタリー番組に出演したりする。

 

主人公津村の本名(衣笠幸夫)は広島のスーパースター衣笠幸雄にあやかって付けられた名前で、いつもその偉人と比較されていることに劣等感を覚えている。

下積み生活の末、妻の支えも合って富と名声を得た人気作家である。

しかし、この人物はどこか不安定で、内面に弱さを抱えている。

 

その対比として、二人の子供を持つ、竹原ピストルが演じる父親(大宮陽一)が描かれる。

陽一の妻は津村の妻の友人で、津村の妻と一緒に旅行に出かけ、バス事故で亡くなった。

津村と大宮は被害者会で親しくなり、陽一のふたりの子供の面倒を看ることになる。

 

トラック運転手の陽一は決して裕福ではなく、家の中は汚れ、子供の育児に悩んでいるが、一途で純粋な男。

妻の死をまともに受け止め、率直に泣き、哀しむ。

対して、主人公の津村は妻が死んだ時別の女と寝ていたことに罪悪感を覚えながら、突っ張りながら暮している。

その姿に迷いのようなものが透けて見え、どこか壊れそうだ。

やがて、陽一の子供たちと暮すうちに家族の温かさを知り、自分の生活を支配する空虚さを感じ始める。

 

人生は他者との関わりの中で成り立っている。

主人公は、その当たり前のことを見逃していたことに気付く。

 

他者とは何だろう。

 

私はこれまで、数え切れないほどの人たちと知り合った。

だが、ほとんどの人たちは、遠く離れてしまった。

もう二度と会うことが無いでだろう人がほとんどだ。

 

そして、わずかに他者が細く繋がっている。

中学時代、高校時代、大学時代の友人、退職した会社の先輩や同僚たち…。

それぞれ、ある時期に同じ時間を過ごした人たちだ。

 

なぜ、今もその人たちと繋がっているのだろうか。

 

かれらに共通項があるとしたら、それは<迷い>のような気がする。

何かにこだわりながら、かれらは<迷い>を抱えている。

話していて、そんな姿が垣間見える。

迷いながら、もがきながら、進むべき道を模索している。

そこに、独特の人間臭が漂っている。

私はかれらの臭いを好んで嗅いでいる。

 

今の私はそういう人たちの影響を受けて、生かされている。

 

やはり、人生は他者だ。

author:金ブン, category:映画鑑賞, 09:44
comments(0), trackbacks(0), - -
ミーハー趣味で

JUGEMテーマ:映画

 

先日英会話教室でも、映画「君の名は。」が話題になっていた。

異例のヒット作となっている。

私と同年代の生徒さんが夫婦で観に行った。

大ヒットしているというので、どんな映画なのか気になったという。

「君の名は。」の題名に、岸恵子と佐田啓二の映画を想像したそうな。

 

観た感想は、「面白さが解らなかったわ」。

「やっぱり、イマドキの映画やね」とも。

感覚の違いを感じたという。

 

どんな映画か、気に掛かる。

先週私も映画館に出かけた。

人の評価を聞くと、いつも<私ならどう感じるのだろうか>と自分に問う。

大ヒットしている要素は何なんだろうと。

 

本でも同じだ。

どこが優れていて、直木賞や芥川賞を受賞したのか。

どんな感動があって、本屋大賞に選ばれたのか。

良かったと本を推薦されると、友人たちはどこが感動して、私にその本を薦めるのか。

自分はその良さを受け入れられるだろうかと、本を読み始めたりする。

 

評判を聞いて、観たり読んだりするところは根っからのミーハー趣味なのだろう。

何事においても、このミーハー趣味が私の原動力になっている。

 

退職して2年目になる今年、映画鑑賞はめっきり少なくなった。

現職の頃は毎年100本以上、鑑賞していたのだが…。

今年はわずか14本。

 

働いている時は休日の昼間とか早朝に時間を取って観ていたが、退職してからはいつでも観られるという気持ちからか、進んで観ることが少なくなったように思う。

ツタヤに行っても、あまり観たいという気持ちが起こらない。

 

年初からアメリカの人気ドラマ「ブレイキング・バッド」にハマってしまった。

化学の教師がその知識を活かして、覚醒剤の密造に関わっていく物語。

毎回奇想天外なドラマが繰り広げられ、最後まで止められなかった。

 

観た本数は少ないながらも、その中から印象に残った映画を選ぶとすれば、「フレンチアルプスで起きたこと」というスウェーデンの映画。

バカンスで雪山にやってきた家族が、父親のある行動から崩壊の危機に陥る。
こんな出来事は日常でも遭遇するかもしれないと思うと怖い気もするが、人間の行動心理を映し出しているところは興味深く、楽しめた。

 

文化財ボランティアの会に入ったこともあり、伊丹市に関する資料を読む機会が多くなったので、本も40冊程度だった。

今年も西村賢太の本「やまいだれの歌」と「蠕動で渉れ、汚泥の川を」の2冊を読んだ。

のどが渇いた時の水を求めるように、西村賢太の小説は時折無性に読みたくなる。

短編作が多い西村賢太だが、どちらも長編で、如何なく賢太節が味わえた。

 

友人から薦められた「ガラパゴス」は読みごたえがあった。

企業の派遣切りの実態や自動車業界のリコール問題をあぶり出しながら、執拗に犯人を追いつめて行く警部補の姿に引き込まれていく。

来年も相場英雄の本を追いかけてみたい。

 

今年公開された映画「怒り」は豪華キャストの競演で話題になった。

映画館で観ることを友人に勧められたが、先に吉田修一の原作を読みたかった気持ちが強く、映画館に足を運ばなかった。

 

先週、その原作を読み終えた。

久しぶりに、読書で落涙した。

「悪人」や「横道世之介」など、吉田修一が作り出す雰囲気が私に合っていると感じる。

吉田修一は人間描写が丁寧で、繊細だ。

幸せを得るためにもだえ苦しむ人間の姿や心の奥底の闇をあぶり出す文章に、いつも圧倒される。

 

「君の名は。」を観たのはちょうど「怒り」を読み終える頃だった。

 

突然遠くで暮らす男女が入れ替わってしまうという奇想天外な物語。

現在と過去が交錯する不思議な感覚。

アニメーションで彩られた美しい情景描写。

退屈しない映画だった。

だが、観終わった後にジーンと心に残るものが無い。

 

小説「怒り」の重たい人間ドラマに、消されてしまったような…。

 

喜んだり苦しんだりしながら、今年もすべてが終わってしまった。

来年もミーハー趣味で、本や映画、そして人間に関わっていく。

author:金ブン, category:映画鑑賞, 17:15
comments(0), trackbacks(0), - -
役者根性
JUGEMテーマ:映画

劇場版「HK変態仮面」を観た人はきっと思うはずだ。
主演の鈴木亮平はスゴイ、助演の安田顕はスゴイと。
その変態ぶりはハンパじゃない。
この映画が公開されたのは、2年前の2013年4月。
 
原作は20年前に連載された週刊少年ジャンプのギャグ漫画「究極!!変態仮面」だった。
題名に<究極!!>と付いているだけに、内容は少年誌の連載とは思えないほど強烈だ。
物語はドM で刑事の父とドSでSM嬢の母の血を受け継ぐ高校生がパンティを顔にかぶって変態仮面に変身し、悪人を懲らしめるというもの。
 
マンガの連載は1年で終わってしまった。
少年誌で掲載するには内容が強烈すぎて、各方面からご批判があったようだ。
どこでどう間違ったのか、これが20年後に映画化されたのだ。
俳優の小栗旬が脚本協力をしているところが面白い。
小栗は大の漫画好きで、実家の階段踊り場まで漫画本があふれているという。
好きな漫画がこの「究極!!変態仮面」だったとか。
映画化の時は出演を希望していたらしいが、諸事情でそれが叶わず、親友の鈴木亮平に主演をオファーした。

オファーされた鈴木はどうしたか。
「周りがやらせたい事に身を任せたい」と言い、出演を決めた。
この役を引き受ける俳優はなかなか居ないだろう。
 
私はレンタルされてから観たのだが、余りのシュールな演技にフィロソフィーさえ感じてしまった。
とにかく、変態仮面の衣装がスゴイ。
 

 
撮影時に、股間のおいなりさんがポロリと露出したという。
そりゃ、あんな激しい立ちまわりでは当然のポロリとすることもあるだろう。
一切代役は無く、パンティの仮面を被って演じているのは全部鈴木亮平という。
共演者で愛子ちゃん役を演じているのが清水富美加さん。
この子もスゴイ。
Youyubeに、愛子ちゃんがパンティを脱ぐ、貴重な(?)ラストシーンがアップされていた。
 
(動画)
https://www.youtube.com/watch?v=7qOtgY6hhkQ
 
この役柄を演じきるとは、清水冨美加はそうとうなタマである。
(最近、テレビのバラエティに出演して、じゃべくり女を披露している。
「不健康な生活が好き」というのが良い。)
 
鈴木恭平に話を戻すが、変態仮面を演じるのに、体重を15キロ増強し肉体改造したそうだ。
鈴木は与えられた役柄に真摯に向き合うタイプの役者だ。
佐藤健主演の「天皇の料理番」では兄の秋山周太郎を演じ、結核で徐々に弱っていく役だったため、20キロも減量した。
また、現在封切りされている「俺物語!!」では巨漢の剛田猛を演じるために、30キロ体重を増やしたという。
その役者根性はハンパではない。
 
そこで、鈴木亮平主演の映画「俺物語!!」を観に行った。
(ちょうど、約束までの待ち時間と開演時間とがマッチしたので)

しかし、62歳のおじいちゃんがお金を払って、観る映画ではなかった。
競演の坂口健太郎(テレビドラマ「コウノトリ」に出ている)が画面に現れると、となりに座っていた女学生から「かっこいい!」の声が漏れ聞こえてくる。
ガキの映画だ。
ただ、恋人役の永野芽郁ちゃんは可愛かった。
 
とにかく、これからの鈴木亮平に注目している。
もっとぶっ飛んだ映画に出演して、常識離れした役柄に挑戦してほしい。
 
どうでもいい追記:
「HK!!変態仮面」のHKは変態仮面の頭文字だが、映画館でチケットを買う時に役立つという。
劇場版の予告編にこんなテロップが流れる。
 

 
気遣いが粋だ。
author:金ブン, category:映画鑑賞, 11:16
comments(0), trackbacks(0), - -
Still Life

棺桶に入るのは、自分ひとりだけ。

死ぬ時はひとりなんだと、良く解っている。

葬式にこだわりは全くない。

しなくても良いとさえ思っている。

遺骨にしても散骨で良い。

墓もあっても無くても良いし…。

自分が死んでからのことはどうでも良いと思っている。

 

ただ、天国に旅立つ時は誰かがそばにいてほしいものだ。

 

お彼岸に、映画「おみおくりの作法」を観た。

観終わった後、誰かに薦めたくなる。

そんな映画だった。

 

主人公のジョン・メイは地区の民生係をしている。

誰にも看取られずに死んでいった人たちの後始末をする仕事をしている。

仕事をする上で、決めていることがある。

・亡くなった方の写真を見つけ出す。
・故人の宗教を探し出す。
・その人にあった弔辞を書く。
・その葬儀にふさわしいBGMを選ぶ。
・故人の知人を探し,葬儀に招待する。
・葬儀に参列する。 

几帳面な性格のメイはそれらの決めごとを誠実に実行している。

しかし、合理性を求める社会にはなじまない。

上司から「君は仕事に時間をかけすぎる」と言われ、人員整理の対象になり、解雇を言い渡される。

その頃、ジョン・メイの真向いのアパートで、アルコール中毒患者の遺体が見つかる。

近くに住みながら話すことも無かった隣人の孤独死にショックを受ける。

部屋から見つかった古いアルバムを手掛かりに、その人生の軌跡を追いかける。

故人を知る人々を訪ね歩き、ひとり娘に出会う。

参列を拒む娘を説得して、葬儀の段取りを終えるのだが…。

静かに映し出されるラストシーンに、思わず胸が熱くなる。

 

邦題「おみおくりの作法」の原題は「Still Life

直訳すれば、「静物」とか「静物画」となるのだが、ここでは「静かな人生」がふさわしいようだ。

孤独な主人公ジョン・メイの静かな日常、主演エディ・マーサンの静かな演技、そして静かに語りかけるラストシーン…。

邦題も「Still Life」で良かったのではないか。

 

「お墓参りをしたい」

彼岸のシルバーウィークに、姉が娘と孫を連れてやってきた。

岐阜に住んでいる姉はネット販売の会社をしている。

平日は忙しくて家を空けられない。

姉は久しく母親のお墓に参っていないことを気に掛けていた。

 

4年前亡くなった母親の納骨は悲惨だった。

台風が近づいていて、天気が大荒れの日だったのだ。

わざわざそんな日を選んで納骨することも無かったのだが、岐阜から姉が来ることもあって、日を決めていた。

仕方なく、雨風が吹き荒れる中、無理やり母の遺骨を墓の中に納めた。

墓地を管理する担当者に墓を動かしてもらい、中に遺骨を入れたのだが、ほとんど投げ入れるような感じだった。

私も姉も、母親に申し訳ないと思う気持ちが今でも胸に引っかかっている。

 

墓は五月山にある。

大阪を一望できる山の斜面に、霊園が広がっている。

 

霊園

 

その眺望はすばらしい。

遠くにあべのハルカスが見える。

 

広い霊園にたくさんの死者が眠っている。

景色がどんなに素晴らしくても、死者には見えない。

供花を手向けても、その美しさを感じることはない。

お墓は死者のためにあるようで、そうではない。

 

墓を掃除し、供花を供え、線香を立てて手を合わせる。

不思議と、心が和む。

生きている者にとって、死者に対して敬意を持って向き合うこと、その人生を振り返り慈しむことは大切なことだ。
 

映画「Still life」が静かに教えてくれた。

author:金ブン, category:映画鑑賞, 15:50
comments(0), trackbacks(0), - -
知ろうとしないことは存在しない
JUGEMテーマ:映画
一度だけ、万引きをしたことがある。
盗んだのは本だった。
田山力哉の「海外の映画作家たち」
40年以上前のことだが、本の名前もはっきりと覚えている。
 
大学の授業が終わり、河原町にある駸々堂書店に立ち寄った。
ブルーの表紙カバーの本は奥の方の棚に並んでいた。
その頃、私はヌーベル・バーグといわれるフランス映画や新進映画監督が活躍するイタリヤ映画をよく観ていた。
難解な映画が多かったが、私は背伸びをしながら観ていた。
ほとんど、理解していなかっただろうが、その雰囲気が好きで映画館に通っていた。
著者の田山力哉は辛口の映画評論家として名前が売れていた。
本の内容は当時人気があった映画監督たちの私生活を描きながら、創作の秘密を迫ろうとするものだった。
 
少し立ち読みしていた私は買う気になっていた。
本を裏返し、値段を見る。
当時の私のバイト料からすると、かなり高かった。
店内には多数の客がいたが、専門書が並ぶ本棚付近には私ひとりだった。
どこからも死角になっていた。
魔が差すとは便利な言葉だ。
こういう時に使うと、悪意が無かったようになってしまう。
万引きに言い訳なんて通用しない。
ただ、財布から出すお金がもったいなかっただけだった。
私はそっと、本をカバンに忍び込ませた。
そして、そのまま出口に向かい、通りに出た。
あっけなかった。
罪悪感が全くなく、悪事をやり終えた安堵感しかなかった。
 
それから何日かして、私は万引きで捕まっている学生を見た。
下宿近く、元田中にある古本屋だった。
その学生は交差点の真ん中で、店主に追いかけられて捕まっていた。
衆人環視の中、店主に腕をつかまれて引き連れられていた。
うな垂れた学生は引き回しの刑を受ける罪人のように、惨めな姿をさらしていた。
(都合の良い言い方をすれば、)万引きをした私を見た神様が私にこの光景を見せたのだろう。
万引きの経験はそれが最初で最後だった。
 
京都の一乗寺に、「京一会館」という映画館があった。
遠い昔、ヌーベル・バーグの難解な映画を、4本立てで公開していた。
ヌーベル・バーグとはフランス語の<新しい波>のことで、1950年代から60年代にかけて、フランスで起こった映画運動を指す。
代表的な作品に、ジャン・リュック・ゴダールの「勝手にしやがれ!」、フランソワ・トリュフォの「大人は判ってくれない」、アラン・レネの「去年マリエンバードで」などがある。
ゴダールの映画は難解で、観ていた私はほとんど理解出来なかった。
それなのに、何度も足を運んだ。(大学の1回生で暇だったこともあるが)
難解な映画を観ないと、映画通とは言えないのではないかと錯覚していたのだろう。
それでも、苦労知らずでまだケツの青い学生だった私は、フランス語のセリフが醸し出す雰囲気に大人の世界を感じていた。
 
同じ時期、イタリヤでも傑出した映画監督が出ていた。
ミケランジェロ・アントニオーニ、フェデリコ・フェリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ…。
興行的に観客動員は望めなかったにも関わらず、「京一会館」ではそれらの監督の映画を頻繁に上映していた。
その中でも特に奇異で難解な映画だったのが、ピエル・パオロ・パゾリーニの監督作品だった。
「テオレマ」「王女メディア」「豚小屋」など。
 
そして、「アポロンの地獄」。
ソフォクレスのギリシャ悲劇『オイディプス王』を題材にした映画だ。
青年オイディプスは、母と交わり父を殺すであろう、という予言を受ける。
その運命を恐れたオイディプスは、故郷を捨て荒野をさまよっているうちにライオス王と出会う。
そのライオス王がオイディプスの真の父親であるのだが、そうとは知らずライオス王を殺し、母イオカステと結ばれる。
自身の運命を嘆き、オイディプスは両目をくりぬく。
 
<知ろうとすることは存在し、
知ろうとしないことは存在しない。
お前はお前自身を知らない>
 
ラストシーンで、このテロップが登場する。
映画の中では、知らぬがゆえに父親を殺害し母親と交わってしまう運命を表した言葉なのだが、どこか意味深だ。
現代の何かに訴えているような言葉にも思えてくる。
戒めでもあり、警告でもあるような…。
 
以後、その言葉は時々脳の片隅からひょっこりと現れてくる。
先日私は、この言葉を端的に表している出来事に遭遇した。
 
その内容については、来週書いてみたい。
author:金ブン, category:映画鑑賞, 06:36
comments(0), trackbacks(0), - -
今年観た映画、読んだ本
JUGEMテーマ:映画

40年前、私は旅行会社へ入社した。

研修中、会社の業務内容の説明があり、本業の旅行業の他に駅売店での販売を行う商務部と電車の車内広告等を取り扱う広告代理店部があることを知った。

旅行業の研修が終わり、配属されたのは意外にも広告代理店部だった。

新卒社員は全部で約40人、私以外は全員旅行部へ配属された。

まさか、広告業界へ入るとは思ってもみなかった。

 

ただ、広告業に興味が無かったわけではない。

一貫性のない人間だから、どうしても旅行を仕事にしたいと思って旅行会社に入社したのではない。

他にも広告代理店も受けていたので、広告を生業にするのになんら抵抗が無かった。

 

広告代理店部は天満橋にあるバス停の待合所の奥にあった。

狭い事務所に15人程度の社員が働いていた。

最初は媒体係に配属された。

媒体係とは営業が受注してきた広告の仕事を手配する役目だった。

その中でも、私が最初に担当したのはマスコミの手配だった。

マスコミとはテレビやラジオ、新聞などのこと。

 

しかし、売上のほとんどが交通広告なので、マスコミの手配と言ってもほとんど仕事らしい仕事は無かった。

京都営業所から送られてくる案内原稿を新聞社に持って行ったり、テレビのCFをテレビ局に届けたりする仕事が時たまあるだけだった。

 

梅田にあったK新聞社へ、案内原稿を持って行く仕事は定期的にあった。

暇だったので、そこでよく時間をつぶした。

話好きな人がいたのだ。

 

「広告業で働く者は理屈ばかり追いかけてもいけない。感覚を養わないと。感覚を磨くのに一番の近道は、本を読んだり、絵画を鑑賞したり、映画を観たりして、たくさん感動すること。僕はそう思うな」

社会人になったばかりの私に、広告業が何たるかを教えてくれた。

 

それ以来毎年、出来るだけ多くの本を読み、映画を観た。

センスが磨かれたかどうかは判らないが…。

 

今年も100本以上の映画を観た。

 

その中で今年一番を挙げるとすれば、先週観たこの映画だ。

邦題は「チョコレートドーナツ」。

原題になっている「any day now」はボブ・ディラン「I Shall Be Released」のリフレーンの歌詞だ。

 

マルコは親に見捨てられたダウン症の子。

ショーダンサーのルディと弁護士のポールはゲイのカップル。

母親が麻薬所持で逮捕され施設に送られたマルコを、ルディとポールは引き取って育てようとする。

しかし、ゲイという立場は社会からの偏見や法律の壁に阻まれ、マルコと引き離されてしまう。

ふたりは裁判を通じて必死でマルコを保護しようとするが…。

 

ラストシーンで主人公が「I Shall Be Released」を歌う。

その場面がyoutubeに出ている。

 

https://www.youtube.com/watch?v=ENkkx9GqFbU

 

原曲が判らないほどアレンジされているが、歌詞の内容はこの映画に良く合っている。

ディランがザ・バンドの映画「ラストワルツ」で歌っている「I Shall Be Released」もyoutubeに出ているので、紹介しておく。

 

https://www.youtube.com/watch?v=Fvp3-WPul4I

 

リンゴ・スター、ニール・ヤング、ジョニー・ミッチェルなど、懐かしい顔が見える。

 

 

もうひとつ印象に残っているのが、「きっと、うまくいく」。

インド映画で最高の興行収入を獲得した作品だ。

スピルバーグが3回鑑賞し、ブラピが絶賛していたという。

インド映画特有の踊りが登場し、楽天的でコミカルなストーリー。

とにかく、幸せな気分になれる。

挿入歌になっている「Zoobi Doobi」は軽快で、「ズビドゥビ・ズビドゥビ・パンパーラ ズビドゥビ.....パランパン」リフレーンがいつまでも頭に残った。

 

https://www.youtube.com/watch?v=1jvHPae4FTE

 

それとは対照的に、人間とはどこまで残酷な生き物なのかと、悲観的な気分にさせられる映画が「凶悪」。

ある死刑囚の告白を受けたジャーナリストが、世にも恐ろしい事件の全容に近づいていく様を描く。

死刑囚役のピエール・瀧と事件を裏で操る先生役のリリー・フランキー、ふたりの演技がとにかく凄く恐ろしい。

「アナと雪の女王」でオラフの声優を務めているのがこのピエール瀧なんだから、この俳優のこれからが楽しみだ。

 

原作を読んだ後に映画を観るケースがほとんどなのだが、この映画は観てから原作を読まずにはいられなくなった。

 

他、「ゼロ・グラフィティ」、「キャプテンフィリップス」、「ダラス・バイヤーズクラブ」、「ベコロスの母に会いに行く」などが印象に残っている。

 

また、こんな映画をよくも制作したものだと思った作品もあった。

「受難」と「変態仮面」

ここまでナンセンスを貫くと、笑える。

変態仮面役を演じている鈴木亮平はスゴイ。

 

本は52冊しか読めなかった。

週に1冊のペースだ。

 

青木理「絞首刑」、

清水潔「桶川ストーカー殺人事件―遺言」、

中島岳史「秋葉原事件」、

瀬木比呂志「絶望裁判所」、

中田整一「最後の戦犯死刑囚」、

小野一光「家族喰い」、

北原みのり「毒婦。」、

「凶悪―ある死刑囚の告発」など、

毎年事件や裁判ものが中心になってしまう。

死刑制度の是非が最も気になっているテーマなので、来年もこの傾向が続きそうだ。

 

他に、黒川博行「破門」、乾くるみ「イニシエーション・ラブ」、桐野夏生「だから荒野」などが印象に残っている。

 

健康は人生を楽しくするための重要な要素だ。

近藤誠の「医者に殺されない47の心得」は、老齢になって健康とどう向き合ったら良いか、問題提起してくれた。

全面的に信じる訳ではないが、紹介されている心得は選択のひとつだと強く思った。

 

映画にしても、本にしても、先輩、同僚や友人からたくさん紹介してもらった。

人それぞれ、琴線の振れるところが違うところもあるが、とても参考になる。

 

来年も、出来るかぎり紹介してもらった作品に触れたいと思っている。

author:金ブン, category:映画鑑賞, 11:39
comments(0), trackbacks(0), - -
私も高倉健を
JUGEMテーマ:映画
写真家の加納典名はタレントやコメンテーターとして、よくテレビに出演していた時期があった。
毒舌で、やんちゃキャラを売りにしていた。
テレビの収録に現れた加納はディレクターに訊く。
「今日はいつものキャラで、悪ぶったところを激しく出しましょうか?」と。
実は、私生活ではテレビのキャラと違って、生真面目で誠実な人物だった。
無理して、テレビでのキャラを作っていたそうだ。
 
タレントや俳優など、テレビでのキャラと日常の実相が全く違っている人が結構いるという。
荒くれで大酒を呷っている役ばかり演じている人が、実は甘いもの好きで物静かなおじさんだったり…。
 
高倉健は役どころと実際の人物像とが重なっている。
寡黙で、一本気で。
そして、どこか影を背負っている。
物静かでありながら、いつもまわりの人に細かい気配りをしている。
女に対してシャイな一面を持ち、愛した女をそっと思い続けている。
演じるのはいつもそんな男の姿だ。
 
高倉健が亡くなって半月経つが、いまだにどこかの局で追悼番組が放送されている。
 
45年以上前の話だが、高校1年生の時、高倉健の「網走番外地」を聴いた。
私の実家はパン屋をしていて、工場の2階で従業員たちが寝泊まりしていた。
その部屋に1枚のレコードを見つけた。
それが「網走番外地」だった。
 
高校の同級生だったI君はやくざ映画が好きだった。
I君は肺結核のため2年間留年したので、私より2歳年上の同級生だ。
2年年上だけに少しオトナで、おぼこい私にいろんなことを教えてくれた。
例えば、赤ちゃんが出てくる場所を教えてくれたり…。
(お腹をメスで切り裂いて、赤ちゃんを出すものと思っていた)
 
「やっぱり、健さんはカッコええなぁ」
その頃、任侠映画で人気があった高倉健の大ファンだった。
「鶴田(浩二」や三船(敏郎)なんかより、やっぱり健さんやな」と、高倉健にぞっこんの様子だった。
私は「網走番外地」のレコードが従業員の部屋にあることを告げると、I君は「それって、放送禁止になった唄やんか」と驚いていた。
高倉健が歌う「網走番外地」はテレビやラジオでは流されない放送禁止になっていた。
「それ、聴きたいな」とI君が言うと、一緒にいたA君もぜひ聴いてみたいと言う。
「放送禁止」という言葉が、見てはいけない大人の世界を想像させた。
私は曲の合間に女のヨガリ声や卑猥な言葉が録音されているのではないかと、安易な想像を駆り立てていた。
 
I君とM君が家にやってきた。
部屋を閉め切って、従業員の部屋にあった「網走番外地」を持ってきた。
今では懐かしいEP盤のシングルレコードだ。
ふたりはレコードを手に取って、しげしげと眺めた。
電源を入れると、45回転のシングルレコードはすばやく回り始める。
前奏が流れて、高倉健のドスの利いた低音が響く。
 
春に、春に追われし、花も散る
酒(キス)ひけ 酒(キス)ひけ 酒(キス)暮れて
どうせ俺らの 行く先は
その名も 網走番外地
 
「酒って、キスって読むんやな」と、歌詞カードを見ながらI君。
4番の歌詞で、歌は終わった。
レコード針を下して、3人は言葉が出なかった。
拍子抜けしていたのだ。
どこが<禁止>なのか、さっぱり判らなかった。
女のよがり声や卑猥な言葉なんて、どこにもなかった。
「やっぱり、酒をキスと歌ったのがいかんのとちゃうか」と君がぽつりと言う。
放送禁止の理由は「刑務所を美化したから」だそうだ。
 
その後、高倉健は任侠映画から離れ、様々な映画に出演し、大スターの道を歩んだ。
私は高倉健の任侠映画をほとんど観たことが無い。
最初に観た映画は「冬の華」だった。
「見逃してくれねえだろうか。お前とは長い付き合いじゃねぇか」という池部良を刺し殺す場面が印象に残っている。
 
昨日、「幸せの黄色いハンカチ」で放映されていた。
久しぶりに観た。
やっぱり、高倉健はいい。
あの哀愁に満ちた演技は飽きない。
author:金ブン, category:映画鑑賞, 12:24
comments(0), trackbacks(0), - -
エンディング曲を楽しむ
JUGEMテーマ:映画
13年前、映画「千と千尋の神隠し」を息子と一緒に観に行った。
塚口にある映画館から、伊丹の自宅まで息子を歩いて帰った。
歩きながら、エンディング曲を口ずさんでいた。
「いつも何度でも」は大ヒットした。
この曲を聞くと、亡くなった息子と歩いたことを思い出す。
今は、メールの着信音(オルゴール)になっている。
 
同じジブリ作品で、昨年公開された「風立ちぬ」のエンディング曲はユーミンの「ひこうき雲」。
映画の内容ともよくマッチしていた。
「魔女の宅急便」でもユーミンの曲が使われていた。
 
映画の最後に流れるエンディング曲は、映画の余韻を残すのに重要な役割があると思う。
印象に残っている曲を紹介する。
 
最近記憶に残っているのが、「ソドムの林檎」のエンディング曲。
WOWOWで放送された連続ドラマで、ツタヤでレンタルされている。
結婚詐欺で3人の男性を殺害し、2年前に死刑判決を受けた女の事件をモチーフにしている。
顔を醜く整形した女を、寺島しのぶが妖しく好演している。
内容が凄惨で残酷なだけに、エンディングに流れる曲がどろどろとした気持ちを浄化してくれる。
優しい女性の歌声がぴったりとはまっている。
50歳以上の人なら、曲を聴いて、どこかで聴いたように感じるだろう。
 
https://www.youtube.com/watch?v=0WwEGZvy70Y
 
曲は「街の灯り」。
堺正章が1973年のNHK紅白で歌った曲だ。
歌っているのは浜田真理子。
島根県松江市出身の歌手で、10年前ドキュメンタリー番組「情熱大陸」に出演して話題になったという。
 
「東京夜曲」は2008年に急死した市川準が監督した映画。
モントリオール映画祭で最優秀監督賞を獲得した出世作だ。
東京の下町にある商店街で暮らす人々の心模様を描いたドラマで、主演の桃井かおりはキネマ旬報の主演女優賞、倍賞美津子は助演女優賞を受賞した。
エンディングクレジットは桃井かおりが自転車に乗っているシーンで始まり、そして曲が流れる。
歌っている高田渡は下町風情にぴったりのフォークシンガーだ。
朴訥とした歌い方が映画のラストに色を添えている感じ。
 
曲は「さみしいと いま」。
https://www.youtube.com/watch?v=XS7Jy9NquEY
 
さみしいと いま
いったろう ひげだらけの
その土塀にぴったり
おしつけた その背の
その すぐうしろで
さみしいと いまいったろう
 
そこだけが けものの
腹のようにあたたかく
手ばなしの影ばかりが
せつなく おひかさなって
いるあたりで
 
30年前、1984年制作の「キリング・フィールド」のエンディング曲は忘れられない。
映画は、ポル・ポト率いるクメール・ルージュに支配されるカンボジアが舞台で、内戦を取材するアメリカ人ジャーナリスト シドニーと現地新聞記者 ブランの友情の物語だ。
カンボジア内戦では理由もなく夥しい数の国民が虐殺されていく。
生きるか死ぬか、緊迫した場面が続く。
映画の最後は、シドニーとブランが再会する感動的な場面で終わる。
そして、エンディングクレジットが始まり、曲が流れる。
オリエンタルなアレンジに、心が癒される。
原曲は有名な「アルハンブラの思い出」
 
https://www.youtube.com/watch?v=rNaW6k0ZKaQ
 
注意:「キリング・フィールズ」というサスペンスの映画もあるので、間違えないように。
 
最後に紹介するのは「誰も知らない」。
是枝監督の名を一躍有名にした映画だ。
主演の柳楽優弥はカンヌ国際映画祭で、最優秀主演男優賞を受賞した。
当時14歳で史上最年少の受賞だった。
映画のテーマは母親による育児放棄(ネグレクト)。
エンディング曲は、柳楽が演じる長男明と不登校の中学生紗希が、妹のゆきの亡き骸を飛行場が見える河川敷に埋めて帰る場面で流れる。
タケタカコの「宝石」という曲で、澄んだ歌声が胸を打つ。
 
https://www.youtube.com/watch?v=wee-HQ9Guw0
 
これほど切ないラストシーンはない。
 
映画で最後に流されるエンディングクレジットはほとんど早送りする。
紹介した映画のように、エンディングの曲が映画の印象を高め、強く余韻を残してくれるものもある。
他にも気に入ったものがあるが、印象に残ったものをピックアップしてみた。

追伸:youtubeさん、お世話になりました。
author:金ブン, category:映画鑑賞, 12:28
comments(0), trackbacks(0), - -