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時計事情

JUGEMテーマ:ファッション

 

浅田次郎の「月のしずく」に、高級スイス時計のコルムが出てくる場面がある。

 

ある満月の夜、荷役労働をしている中年男佐藤辰夫が工場からの帰りに、女リエと出逢う。

男に振られたばかりのリエは行く当てがなく、辰夫のアパートに転がり込む。

銀座で働くリエは肉体労働者の辰夫に関心がないが、辰夫の方はリエに惚れてしまう。

リエは妊娠していた。辰夫は子供も面倒を見るからと、一緒に住むことを要求する。

 

リエは振られた男から贈られたという腕時計をしていた。

辰夫はリエの心を引くため、その時計と同じものを買って、リエにプレゼントしようとする。

時計店に出かけて、同じ時計を見つけた。

店員に値段を尋ねると、なんと65万5千円だった。

辰夫が有り金をかき集めたお金は30万だった。

辰夫は諦めて、すごすごと帰って行く。

 

その時計は高級スイス時計のコルムだった。

それにしても、高価な時計があるものだ。

 

いや、上には上がある。

最近、高価な買い物で騒がれている、ZOZOタウンの前澤社長が着けている腕時計はケタ違いだ。

スイスの高級時計ブランド「パテック・フィリップ」で、2000万円以上するという。

希少価値のものなら、オークションで「億」の値が付くとか。

 

時計は本来時間を確認するためものだが、装飾品でもある。

ここまでくると、美術品の様相だ。

 

時計に興味が無い私は高級時計といえば、ロレックスやオメガしか知らなかった

 

30歳代の頃、嫁さんの親戚からロレックスの時計を貰った。

もちろん、偽物である。

香港に旅行した時、買った時計と言っていた。

時計の詳しい人が見たらすぐに偽物と分かるものだが、素人目には本物そっくりだった。

 

当時会社に着けていくと、同僚たちは「本物のロレックスみたいやな」と言う。

だれも、「良い時計しているな」とは言わない。

私のような若造が本物をしているとは鼻から思わなかったのだ。

 

案の定、その偽物は数か月もすると、周りの金メッキが剥がれてきた。

最後には、ゴルフで素振りをした時、針が中心から外れてしまった。

 

元々、私は装飾品を身体に着ける趣味がなかった。

結婚指輪も着けていることが気になって、すぐに外した。

腕時計も好きではなかった。

だが、社会人になり営業するようになってから、腕時計をするようになった。

それはひとつの理由からだった。

 

営業でお客さんと商談をしている時、話が途切れない時がある。

次の約束があって話を切りたい時に、腕時計が役に立つ。

ワザと時計に目をやり、「あっ、そろそろ失礼します」と、自然な感じで辞するきっかけを作ることが出来た。

 

最近、腕時計の便利さを再認識している。

時間はスマホで確認していたのだが、自転車に乗っている時、スマホはごそごそとポケットから出さないといけない。

その点、腕時計は簡単に時間が確認できる。

 

今、私が着けている時計は数年前義母から贈られたものだ。

TECHNOS(テクノス)が発売しているフランクミューラーに似せた時計だ。

先週ボランティアの会で、私の腕時計を見た女性が「それ、本物ですか?」と訊く。

私は笑いながら、「そんなわけないでしょう」と答えるのだった。

 

 

先週、パソコン関係の会社社長をしているI氏と飲む機会があった。

その時、I氏は最近買ったという時計を見せながら、私に頼みたいことがあるという。

社長は「Withings Activite」という、シンプルなデザインの時計を付けていた。

シンプルが度を越して、なんと、その時計にリューズも付いてないのだ。

リューズが無いと、時間を合わせることができない。

 

 

だが、イマドキの時計はスマホを使って、時間を合わせるというのだ。

スマホから専用のアプリをダウンロードし、スマホのBluetoothの機能を使って時間を合わせるという。

 

そんなイマドキの時計を買ったのに、その社長の携帯はガラケイだった。

私に頼みたいことというのは、私のスマホを使って時間を合わせてほしいというのだ。

その日飲み屋の席で、スマホを使って時間を合わせていた。

だが、還暦を過ぎたオジサンふたりはスマホを使いこなすことが出来なかった。

 

結局、時間を合わせることが出来ず、買った時計屋さんに持って行くことになった。

情けない…。

author:金ブン, category:ファッション, 10:05
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小説「パンジー」後編

JUGEMテーマ:読書

 

先週の続きで、小説「パンジー」後編です。

 

主人公の滝本良平は忘年会の夜、突然いつもの日常と違った世界に入りこんでしまった。

戸惑っている良平は今まで面識がない上司の田賀に相談する。

田賀は自らの経験を話し始める。

そして、自分に起こっていることが明らかになる。

その結末は。

 

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小説「パンジー」後編

 

「実は、僕も経験があるんだ。突然、世界が変わってしまったことが。それは僕が小学生の時のことだ」と、係長は語り始めた。

 

小学生低学年の時、学校帰りの公園で雲梯(うんてい)にぶら下がって遊んでいた。

身体の反動を使いながら、右手と左手を交互に前へ進めた。

いつもの慣れた運動だったが、突然、左手が鉄棒をつかみ損ねた。

右手が身体を支えきれず、地面へ落下した。

着地しようとしたが、足が地面に着かず、すっと奈落に吸い込まれるような感覚に襲われた。

すっと血の気が引いて、目の前が真っ暗になった。

気が付いた時、雲梯の下で倒れていた。

「大丈夫?」と、数人の子供たちが心配そうな顔で見下ろしている。

身体のどこにもケガは無かった。

だがその時を境に、身の周りに変化が起こっていた。

 

田賀係長はそこまで話すと、ウェイトレスにグラスを高くかざして水割りを注文した。

「僕には2歳下の妹がいたんだ。公園から家に帰ると、妹が4歳下の弟に代わっていたんだよ。僕は家を間違えたかと思ったが、確かにそこは自分の家だったし、両親も間違いなく自分の父と母なんだよ。しかしだね、目の前の現実は僕の記憶と少しずつ違っていた。当然、弟なんて知らないのだから、この子は誰って、両親に訊くし、妹はどこへ行ったのって尋ねるし…。父も母も、頭がおかしくなってしまったじゃないかと心配して、かなり慌てていた。学校も変化していた。あったはずに物がなくなっていたり、無かったものが当たり前のように存在している。何人かの友達は全く知らない子だったり、知らない先生が数人いた。学校でも話題になり、病院へ行くように勧められたりした。病院では、記憶にくい違いはあるものの脳には異常がないとの診断だった。僕はその変化が不思議で仕方が無かった。戸惑いながらも、順応していくしかなかったんだ」

係長は深呼吸をしてから、運ばれてきた水割りのグラスに口を付けた。

「どうだ、滝本君。これは僕が35年前に体験したことなんだ。実際に経験した本当の話だよ。君の体験と似ているだろう」

僕の目を真っ直ぐに見て、係長が言う。

「そうだったんですか」と、僕は大きく頷き、「これって、一体どういうことなんでしょうか?何が起こったんでしょう?」と

すると、「パラレル・ワールドだよ」と、係長が言う。

「大人になってから、僕はこの体験についていろいろと調べてみたんだ。すると、ある文献から<パラレル・ワールド>という現象を知ったんだ」

田賀係長はパラレル・ワールドを説明する。

人生はひとつではなくて、数限りなく枝分かれしているという。

例えば、ある人が志望の大学に受験して合格する。

その人が大学に進み社会人になり、一生懸命働いて、やがて管理職になり重役になったとする。

そういう順風満帆な人生であれば良いのだが、もし他に違った人生が同時に存在しているとすると、どうだろう。

志望校の大学受験に失敗してしまって進学を諦めた人生、大学に進んだが大病を患って長い闘病生活を強いられた人生、一流の会社に就職したものの会社が倒産してその後再就職に苦労した人生、

社会人になって家庭を築いたが妻と性格が合わず離婚することになった人生などなど。

それぞれの人生が平行して存在している。

それが<パラレル・ワールド>の考えだという。

そして、それらの人生はけっして交わることがない。

だが、田賀係長や僕のケースは何かの拍子に別の人生の自分と入れ替わってしまった。

 

店内の入口近くに掛かっていた時計は11時30分を回っていた。

薄暗い店内には客がまばらになっている。

「なんか、信じられないですね、そんなことが現実に起こるなんて」と言って、僕は小皿のナッツを摘まんで口に入れた。

「信じられないだろうね。僕も信じられない。でも、それしか、この現象を説明できないんだよ」

田賀係長はそういって、腕を組んで目を閉じた。

しばらく、沈黙が流れた。

 

「滝本君、以前の世界で君が結婚した相手は何という名前だった?」

ゆっくりと目を開け、田賀係長は僕に訊く。

「直美です。旧姓は小坂、小坂直美です」

「そうか、小坂さんなのか。なるほど、そうか」と、田賀係長がうなずく。

「どうしたんですか。直美がどうしたんですか。直美を知っているのですか」

僕が尋ねると、田賀係長は10年前に小坂直美が会社で働いていて、入社して3年後に退職したことを告げた。

直美は前の世界と同様、僕の会社で働いていたのだ。

僕はすでに阿村浪江と結婚していたので、直美と結びつくことがなかった。

「そうだったんですか。それで、小坂直美は今どうしているか、係長はご存知なのですか?」

田賀係長は首を振って、「詳しくは知らない。退職後、結婚したというのを聞いたが…」

僕と結婚して家庭を築き、二人の子供を育てていた直美が、この世界では他の男性と結婚している。

胸の奥が熱くなるのを感じた。

僕はそれを払いのけるように大きく咳払いをした。

 

日が変わる前、僕たちは店を出て、駅に向かって歩いた。

クリスマスのイルミネーションが街のいたるところで飾られ、駅前は師走の喧騒が続いていた。

別れる時、田賀係長はぽつりと言った。

「滝本君、もうこの世界に来てしまったんだから、この現実の中で生きていかないと仕方が無いんだよ。前の世界でのことは忘れるしかないよ」

僕はその言葉にゆっくりと頷いた。

納得できた訳でもなく、僕の心は鉛を飲み込んだかのように重苦しかった。

田賀係長は「じゃ」と右手を挙げ、JRの方向へ向かって足早に去って行った。

 

慌ただしさの中で、年が明けた。

新しい家族と過ごす年末年始の生活に戸惑いながらも、僕は何とかこの世界に慣れようと努めた。

例えば、正月のお雑煮にしても、直美はお吸い物だったが、徳島出身の浪江は白みそ仕立ての雑煮を作った。

浪江や子供たちも僕の変化に違和感を覚えながらも、一時的なこととして納得しているようだった。

そして、時間が経つほどに違和感はゆっくりと解消されていく。

会社生活でも同様に、僕はこの世界で生きる労働者として、日々の仕事に埋没していった。

上司や同僚たちも、僕の変化を一時的なものとして理解してくれた。

 

こうして世界が変化したことを受けとめたとしても、僕にはどうしても気になることがあった。

それは直美が以前この会社に在職したことだった。

直美が入社した時、僕はすでに浪江と結婚している。

前の世界では浪江と結ばれていないため、入社してきた直美と親しくなり結婚する結果になった。

だが、この世界では直美と同じ会社に勤めていたが、違う人生を歩むことになったのだ。

 

直美に会いたい。

僕の心の中に、抑えきれない感情が湧き上がってくる。

今どこで、だれと、どんな暮らしをしているのだろうか。

 

直美は会社で、企画室のデザイナー澄田ひとみと親しくしていた。

この世界にも澄田は存在している。

前の世界と同様、澄田が直美と親しくしているなら、現在直美が住んでいる場所を知っているかもしれない。

すでに結婚して家庭を築いていると、田賀係長から聞いた。

だが、僕にとっては少し前まで一緒に暮らしていた妻なのだ。

 

「澄田さん」

仕事が終わって、帰ろうとしている澄田を事務所の出口で呼びとめた。

「ちょっと、訊きたいことがあるんだけど」と言って、1階にある商談室に誘った。

「以前、働いていた小坂直美さんって、今どこに住んでいるか知っている?」
「知ってますよ。毎年年賀状が届きますから。確か、今年も来てましたよ」と答え、「もう、辞めて随分になりますけど、どうかしたんですか?」と、訊く。

僕のスポンサーが小坂直美を知っていて、今どこに住んでいるかを知りたがっていると、適当に嘘を付いた。

澄田は疑うことなく、「年賀状を調べて、明日持ってきます」と明るく応えた。

翌日、澄田は直美の住所を教えてくれた。

結婚して、名前は坪倉直美に代わっている。

8歳の男の子と5歳の女の子がいると、澄田は教えてくれた。

住所は和歌山市の聞き慣れない町名になっていた。

 

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滝本良平は電車を乗り継ぎ、小さな駅で降りた。

大阪の中心部から、1時間ほどで着いた。

5年前から開発が進んでいる、新興住宅地だ。

駅前はロータリーになっており、タクシーが数台客待ちをしている。

地方銀行と、駐車場を併設したスーパーマーケットが並んでいる。

良平は地図を持って、目的の住宅地の方向に向かって歩いた。

寒さが少し和らぎ、春めいた風が通り過ぎていく。

国道の向こうに、小さく家並みの屋根が見えた。

小坂直美は結婚して、この住宅街に住んでいる。

 

3日前、帰り仕度をしている時、田賀係長に呼び止められた。

話があるというので、会社近くの喫茶店に入った。

田賀は良平が澄田さんから小坂直美の住所を聞いていることを知っていた。

「絶対に、会いに行ってはダメだ」と、田賀は強い調子でいった。

そして、7年前に会社で起こった、ある出来事を教えてくれた。

 

小坂直美が入社して3年目、営業社員の不祥事が発覚した。

それは森重雄という営業主任が下請けの業者から仕事を発注する見返りにリベートを受け取っていた事件だった。

森は主として広告サイン制作の仕事を受注していた。

受注をするために、得意先の担当者を接待する交際費が必要だった。

だが、会社では交際費が限られているので、接待する費用をねん出できない。

そこで、森は考えた。

下請けのサイン業者N社の社長に、仕事を発注する見返りとしてバックマージンをもらうことを持ち掛けた。

当初、森は仕事を取るためであり、会社のためだという意識があった。

だから、会社名義のメイン口座とは別の、第二の銀行口座を使ってN社から入金された金額を出し入れしていた。

当然会社名義の口座なので、経理の社員しか出金できない。

森は新入社員の小坂直美を使って、銀行から出金させていた。

当初金を手にした森は得意先の担当者を高級なラウンジに接待して、受注額を増やしていた。

この行為を一部の上司は知っていたが、見て見ぬふりをしていた。

会社の営業成績が増加することなので、黙認していたのだ。

そして、森はその金の一部を上司や同僚との飲み食いにも使っていた。

森の営業成績が上がり、N社からの入金も増加していく。

すると、森はその金を個人的な遊興費にも使用するようになった。

 

そのことを告発したのは小坂直美だった。

会社の詳しい事情を知らない新人の直美は森から指示されるとおりに、第2口座から出金して森に渡していた。

だが、出金が頻繁になってくると、森の行動に疑問を抱きはじめた。

直接森に質したところ、「営業マターだから、指示通りするように」と言われた。

どうしても納得できない直美は経理担当の上司に相談をした。

やがて、この案件が会社の上層部の知ることとなった。

会社の売上に貢献していたこともあり、一部の上層部から不問に付す意見もあった。

だが、使用した金額があまりにも多額だったことや森の個人的な遊興費に使われていたこともあり、森は懲戒処分となった。

処分は経理や営業の管理職にも及んだ。

知らなかったとはいえ、銀行から出金をしたとして小坂直美も懲戒処分となった。

森は依願退職し、しばらくして、小坂直美も退社した。

 

小坂直美が自分の行為に疑問を抱き、最初に相談したのが良平だったと田賀係長はいう。

なぜ、良平に相談したのか、そのいきさつは判らない。

直美と良平の関係について、田賀係長は知らないし、社内の誰も知らない。

 

川のせせらぎが聞こえてくる。

道路と住宅街を分けるようにして、河川が蛇行していた。

橋を渡ると、右手に緑に包まれた公園があった。

木々の間から、鮮やかな赤と黄色の遊具が見える。

公園を通り過ぎると、クリーニング店と小さな食料品店が並んでいる。

辺りには50坪程度の区画に分けられた敷地に、車庫付きの家屋が続いていた。

良平は地図を広げ、暗記していた番地を確かめた。

2筋目を曲がると、目的の家がある。

 

昨日別れる前、田賀は良平に言った。

「今君が生きるこの世界で、君と小坂直美がどんな関係だったか、誰も知らない。今、小坂直美は別の男性と家庭を築き、幸せに暮らしているだろう。他の世界で君と夫婦であったとしても、もうこの世界では全く関係が無いんだよ。だから、会ってみようなんて考えないほうがいい。君は、この世界での人生を歩むしかないんだ」

 

滝本良平はその家の前で立ちつくした。

外壁にベージュのサイディングを使った2階建の家屋は初春の陽光に照らされていた。

カーポートには車が無く、門扉が開いて間の抜けたような空間が広がっていた。

玄関回りには、パンジーの鉢植えが所せましと並べられている。

直美と暮していた家とそっくりだった。

直美は冬から春にかけて、好んでパンジーを植えていた。

「パンジーの花名はフランス語の<思う(パンセ)>から名付けられている」と、直美は言っていた。

そして、花言葉は<私のことを思って>だと付け加えたのを思い出した。

 

表札には澄田から教えられた、<坪倉>という名字が彫ってあった。

確かに、この家で直美は暮しているのだ。

良平はゆっくりと家の前を通り過ぎた。

人の気配が感じられない。

留守なのだろう。

20m程行きすぎて、また、引きかえした。

すると、隣の玄関から子供を連れた女性が出てきて、良平の姿をチラッと見た。

見知らぬ男の姿を怪しんでいる様子だった。

<絶対に会いに行ってはダメだ>と言った田賀の言葉が頭をよぎった。

良平は自分の行動が惨めに思えてきた。

この世界で小坂直美という女性は良平の人生と全く違う道を歩んでいる。

これは夢なんかじゃない。

動かすことができない現実だった。

 

「もう、帰ろう」

良平は頭にこびりついた幻影を振り払うようにして、早足でその場を離れた。

そして、駅のほうへ向かって、歩きだした。

 

駅前のスーパーマーケットは昼前の買い物客でにぎわっていた。

ロータリーには路線バスやタクシーが停車している。

良平は駅舎の中に入り、時刻表で上り電車の時間を確認した

到着までに20分程時間があった。

良平は駅舎の入口近くに並んでいるベンチに座った。

駅前の風景が開放されているドアの間から見えた。

下り電車が到着し、乗客が改札口から吐き出されるように出てくる。

 

黒いポロシャツの男性が二つのキャリーバックを引きずりながら、良平の前を通り過ぎた。

旅行か出張の帰りなのだろう。

男は駅舎を出て、ロータリーの方へ向かっていく。

 

「ヒデちゃん」

ロータリーの方向から、女の声が聞こえた。

男は女の方向へ進んでいく。

男が進む先には荷台を空けたパジェロが停まっていた。

車の横には女性と幼い女の子が手を繋いで立っている。

子供は女性の手から離れ、男に駆け寄っていく。

男は飛びつく女の子を抱き上げた。

その後ろに、女がゆっくりと近づいていく。

心臓が急に高鳴った。

良平は目を見開いて、女の顔を見た。

直美だった。

 

夫を迎えるシーンの中に、直美の姿が浮き上がって見えた。

良平はベンチから立ち上がり、呆然とその家族を見つめた。

気持ちは直美に近づこうとしていたが、足が前へ進まない。

男は荷台に二つのキャリーバックを積み込んで、ドアを閉めた。

直美は後ろの席に女の子を坐らせてから、運転席に乗り込んだ。

男が助手席に乗ると、パジェロはゆっくりと動き出した。

 

車は良平の視界から徐々に遠ざかり、やがて消えてしまった。

立ち尽くしていた良平の脳裏に、遠い過去の記憶が浮かび上がってきた。

男が車の荷台に積み込んだキャリーバックからはみ出していた物体。

それはカメラの三脚だった。

 

良平は駅舎に戻り、到着した上り電車に乗り込んだ。

車窓から見える山の稜線を眺めていた。

夫を迎えている直美の笑顔を思い浮かべた。

「そうか、そういえば、二人目の子供が生まれる前だったなぁ。あの時、同窓会が…」

不祥事に巻き込まれて会社を依願退職した後、坪倉という美大の友人と再会した。

そして、この世界で、直美はあの男と結ばれたのだ。

 

「パパ、早く帰ってきてね」

朝、家を出る時、良平の背中に次女の洵子が大きな声で言った。

ふり返ると、開け放たれた玄関ドアの向こうで、妻の浪江と長女昌枝が洵子の後ろで重なる様にして手を振っていた。

この世界にやってきて、3ヵ月が経った。

徐々に、家族であるという意識が芽生えてきた。

 

何層にも分かれた運命の中で、それぞれの良平が生きている。

以前に暮らしていた世界では、良平と入れ替わった良平が直美と暮らしている。

違う世界に転がり込んだ良平も突然の変化に驚いているだろうし、戸惑っているに違いない。

もう引き返すことは出来ない。

 

良平の乗せた電車は終着駅に近づき、ゆっくりと速度を緩めていった。

降りようと立ちあがった時、小さな声が良平の耳もとをかすめた。

<私のことを思って>

良平は後ろを振り向いたが、そこにはカバンを持った数人の女子学生が出口のドアに向かって立っているだけだった。

良平は大きく息を吐いた。

そして、開いたドアから出ていく乗客たちに押し出されるように電車を降り、早足で家路を急いだ。

 

おわり

 

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20年前、東野圭吾が「パラレルワールド・ラブストーリー」という小説を出している。

もちろん、私のような素人の小説もどきとは比較にならないほど、脳科学技術の題材を精密なタッチで描いたストーリーになっている。

来年、映画化されるという。

 

学生時代、百貨店の「そごう」でアルバイトをしていました。

その時、社員食堂で知り合った女子大生がいました。

話しやすい女性で、何度か喫茶店でお茶しました。

最近、ふとその女子大生のことを思い出したのをきっかけに、この小説を書いてみました。

 

登場人物の女性を阿村浪江(安室 奈美恵)とか小坂直美(大坂なおみ)なんて、話題になっている名前にして、

少し私小説っぽい所もありますが…。

題名にしたパンジーは冬から秋にかけて、玄関回りに嫁さんが植えている花です。

 

嫁さんに読ませたら、どんな反応をするだろうか。

author:金ブン, category:読書, 09:42
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小説「パンジー」

JUGEMテーマ:趣味

 

うんざりした気分で、天気予報を確認する。

またまた、台風がやってくる。

風対策で玄関回りの植木鉢を家の中に移動させた。

先日の台風で、移動させていたものを元通りの位置に直したところだったのに。

 

まるで、ギリシャ神話に出てくるシシュポスに課せられた刑罰。

その刑罰とは山に大きな岩石を押し上げ、頂上まで届くとその石は転げ落ちて、シシュポスはまたそれを押し上げねばならないというものだ。

同じ行為を繰り返すほどツライ刑罰は無いそうだ。

 

そろそろ、台風もご勘弁願いたいものだ。

 

今年の3月頃、短編小説を書いた。

何度か書きなおそうと思っていたが、今回、ブログにアップすることにした。

ちょっと長いので、今週は前編だけアップします。

 

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小説「パンジー」(前編)

 

足早に通り過ぎようとする男に、突然直美は声を掛けた。

「坪倉くん」

男は立ち止り、ふり返った。

直美の顔を見て、首を傾げた。

「ヒデちゃんだよね」と、再び直美が言った。

男はすぐに「なんだ、小坂さんか」と応え、微笑んだ。

そして、人の流れを気にしながら、良平たちの方へ近づいてきた。

「久しぶりだね」と男は白い歯を見せて、直美に言った。

「本当に久しぶりね。卒業以来かしら」

「そうか、卒業以来か。5年ぶりかな。直ちゃん、変わらないね」

そう言うと、男は隣で子どもを抱いている良平に視線を移した。

すると、直美は「あぁ、主人です。子供は8カ月の長男よ」と、慌てて良平と亮輔を紹介した。

「滝本です」と言って、良平は軽く頭を下げた。

男も「坪倉です」とはにかむように頭を下げ、良平に抱かれて眠っている亮輔を見て、「そうか、直ちゃんもお母さんになったんだ」と笑顔を見せた。

「そうなのよ。当時のように自由気ままな大学生ではないのよね」

直美と男は通行人の流れを避けて、歩道の横に寄った。

「坪倉君は今何してるのよ?」

「今はね、小さな雑誌社でカメラマンのようなことをしてる」

ふたりの会話が続きそうなので、良平はふたりの立っている位置から離れ、スポーツ店のショーウィンドウの前に立った。

ウィンドウ内に陳列されているゴルフウェアやテニスウェアを着たマネキンをぼんやりと眺めていた。

しばらくすると、直美の手が良平の肩に触れた。

「美大の時の友達よ。カメラが好きな人だったけど、やっぱり写真関係の仕事をしているんだって」

直美はひとりごとのように言って、眠っている亮輔の頭を撫ぜた。

「秋ごろ、同窓会を企画しているんだって」と言った後、「秋だったら、行けそうにないわね」と続けて、自分の腹部を撫ぜるしぐさを見せた。

二人目の子供の出産予定日は10月下旬だった。

良平は男が去った方向を見つめた。

春の風に揺れている街路樹の向こうに、横断歩道を渡っていく男の姿が見えた。

男の背中のリュックから、カメラの三脚がはみ出していた。

 

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女学生は珈琲カップを口に運ぶ時、少し微笑んだ。

上唇の近くに、小さなホクロが目についた。

僕は百貨店の従業員食堂にある喫茶ルームにいた。

「そうなんだ。キャロル・キングが好きなんだ」と、女学生は目を輝かせた。

女学生は僕と同じ階の売り場で働いていた。

 

その2日前、食堂で昼食を食べている時、テーブルの斜め前に座っていたその女学生から突然声を掛けられた。

「あなた、どこの大学生?」

唐突な質問に、僕は躊躇いながらも大学名を伝えた。

「そうなんだ、京都の大学なんだ」

女学生は頷きながら、阿村浪江と自分の名前を言った。

 

僕は紳士靴の特売場で、働いていた。

学生相談所で見つけた短期のアルバイトだった。

売り場が同じ階なので、浪江は僕が紳士靴の特売場にいるのを知っていたと話した。

浪江は大阪の大学に通っていた。

実家は徳島で、大学の近くに下宿していると言った。

僕と同じ卒業間近の4回生だった。

 

食事を済ませた後、僕が喫茶ルームに誘った。

「私も<タペストリー>は良く聴いているのよ」

浪江は音楽の話をしていた時、キャロル・キングのアルバム名を口にした。

そして、ビートルズや吉田拓郎など、僕が好きなミュージシャンたちのレコードをよく聴いているとも言った。

二人で紅茶を飲みながら、映画や本の話でも盛り上がった。

 

その後も昼休みになると、喫茶ルームで会った。

1週間のバイト期間が終わろうとしていた。

浪江も短期のアルバイトなので、僕と同じ日にバイト期間が終了する。

別れれば、もう二度と会う機会はない。

「下宿の電話、教えてくれないか?」

僕は勇気を出して、浪江に言った。

すると、ためらうこともなく浪江は手帳の切れ端に電話番号を書いて、僕に手渡した。

浪江も好意を持っている、と僕は感じた。

僕は電話番号を書いた紙を二つ折りにして、上着のポケットに入れた。

 

「きっと、連絡くださいね」

アルバイトを終えて百貨店の従業員口を出る時、浪江は片手を高く上げて手を振った。

「必ず、電話するよ」と、僕は笑顔で応えた。

 

帰りの電車の中、ポケットにあるはずの紙が無くなっているのに気付いた。

地下鉄の乗車券と一緒に入れたはずだが、乗車券を取り出す時に落としてしまったようだ。

浪江に連絡を取る手段を失くしてしまった。

折角彼女が出来るチャンスだったのに…。

残念だと思ったのも束の間で、卒業論文の制作や卒業旅行など学生生活最後の時を慌ただしく過ごす中、その記憶は消えてしまった。

 

それから数ヵ月後、僕は大学を卒業し社会人になった。

 

昭和50年4月、僕は広告代理店のK社に就職した。

その頃、伝説のロックバンドキャロルが解散し、ベトナム戦争が終わった。

会社は主にK電車の広告を扱う、従業員50人程の小さな会社だった。

僕は営業に配属され、沿線の会社に交通広告を販売して歩いた。

就職して3年後、小坂直美が事務員として入社した。

直美は大学を卒業したばかりで、愛らしいほどの初々しさが感じられた。

実家は奈良で、両親は土産物屋を営んでいた。

いつしか、お互いが惹かれるようになり、交際が始まった。

2年間の交際を経て、僕たちは結婚した。

 

東京ディズニーランドが開園し、ドラマ「おしん」がブームになった昭和58年、長男亮輔が生まれた。

その年、両親の資金援助を受けて、H電鉄沿線に一戸建ての住宅を買った。

2年後に、長女沙代子が生まれた。

日本は好景気の中にあり、株や土地価格が高騰した。

会社は順調に業績を伸ばし、その勢いに押されるかのように僕の営業成績も上がっていった。

そして、営業主任に昇格した。

 

クリスマスが近づいたある日、会社の忘年会がK駅の居酒屋平六亭で行われた。

宴会は盛り上がり、僕は上司や同僚社員から注がれるままに杯を重ね、かなり酔っぱらっていた。

2次会に誘われ、上司の奥村係長と同僚数人でスナック「コスモス」へ行った。

「コスモス」は係長馴染みの店だった。

僕はここでも水割りを3杯飲んだ。

そして、酩酊した僕の記憶はスナックを出たところから薄れていった。

 

「大丈夫ですか」

男の声で、僕は目が覚ました。

駅の階段下で倒れている僕に、駅員が声を掛けたのだ。

階段を踏み外したようだが、全くその記憶がない。

背広はどこも汚れていないし、身体のどこにも異常を感じなかった。

駅員に礼を言って、いつもの帰り道を急いだ。

歩いて20分、家の前までたどり着いた。

ポケットから鍵を取り出し、玄関ドアを開けた。

リビングに入って明かりを付ける。

壁に掛かった時計の針は午前13時を指していた。

「うん?」

部屋の雰囲気に違和感を覚えた。

まだ、酔いが覚めていないのだろうと思いかえした。

水を1杯のみ、2階の寝室に入る。

妻の寝息が聞こえる。

僕は寝巻に着替え、ツインベッドにもぐりこんだ。

 

翌朝、肩を揺さぶられて、僕は目覚めた。

「早く起きないと、会社へ遅れるよ」という妻の顔を見て、僕は驚いた。

見知らぬ女が立っていた。

女は驚いている僕の顔を見て、不審そうに首をひねった。

そして、「寝ぼけないでよ」と言って、部屋を出て行った。

僕は起き上がり、頭を振った。

家を間違えたと思い、昨日のスーツを着て、カバンを持って階段を下りる。

リビングに入ると、さらに驚いた。

さっきの女と、見知らぬふたりの女の子が食事しているのだ。

「お父さん、おはよう」と、女の子たちは僕の顔を見て言う。

呆然と立っている僕に、「早く食べないと、遅れるよ」と女が言う。

妻の直美と亮輔、沙代子はどこにいったのだろう。

「あのぉ、僕、家を間違ったようで…」というと、みんなが不審そうな顔を向ける。

「あなた、朝からどうしたの。ふざけないでよ」と女が言い、女の子たちも「お父さん、変になっちゃった」と口を揃える。

僕は状況が全く理解出来ず、仕方なく苦笑いを見せた。

もう酔いは完全に覚めているはず…。

食卓にはこんがり焼けた食パンと目玉焼きの皿が置かれている。

女とふたりの少女が不思議そうな眼で、僕を見つめている。

僕は気まずくなって、「えっと、どうなっているのかな。とにかく、出かけます」と呟くように言って、慌てて外へ出た。

「どうしたのよ」と、後ろから女の声が聞こえ、「お父さん、いってらっしゃい」と叫ぶ女の子の声が続いた。

 

玄関を出て数メートル歩いたところで、振り返る。

外から眺める戸建ては確かに僕の家だった。

だが、花が好きな直美の鉢植えがなかったし、いつも掛かっている玄関ドアのリースが無い。

近所の家並みも同じだったが、少し様相が違っているようにも感じる。

歩き慣れた駅までの道をゆっくりと歩く。

いつもどおりにH電車のM駅から普通電車に乗り、ぼんやり車窓に流れる景色を眺めた。

風景はいつもと変わりないのだが、ところどころで建物や家並みがいつもと違うようにも感じられる。

背広の内ポケットから手帳を取り出した。

それは今まで使っていたものとは違っていた。

ページをめくると、見慣れた僕の字体が並んでいる。

だが、書かれているスケジュールに、全く記憶がない。

昨日の予定には<忘年会>と書かれている。

確かに昨日は忘年会だった。

二次会まで参加して飲み過ぎたのは覚えている。

 

電車がU駅に到着して、地下鉄に乗り換えた。

地下鉄の二つ目のY駅で降りて5分程歩くと、会社が入居している複合ビルがある。

エレベーターで3階まで上がり、事務所に入った。

やはり、ここも昨日までの事務所とは違っている。

始業時間9時の15分前だったが、数人の社員が出勤している。

「おはよう」

僕は営業で部下の川辺に声を掛けた。

すると、「あれから、無事に帰れましたか?」と、川辺は笑いながら言う。

「かなり、飲んではりましたね。ふらふらでしたよ」

「かなり呑んだみたいやなぁ」と僕は曖昧に返事をしながら、川辺からそれとなく昨日の宴会の様子を探った。

「なんだ、主任、覚えてないんですか」と言いながら、共に二次会に参加していた川辺は、その時の様子を思い出しながら話す。

その話を聞きながら、僕はどうも変だと感じた。

二次会の場所が昨日と違っている。

忘年会の「平六亭」は合っているが、二次会は「コスモス」というスナックで呑んだはずだが、川辺は加藤部長馴染みのスナック「真珠のなみだ」に行ったというのだ。

 

違和感を覚えながらも、僕は自分のデスクに座って、いつもどおりの仕事を始める。

しばらくして事務所内を見渡すと、見慣れない社員がいた。

所内を見回して、他の社員を確かめてみる。

いつもの見慣れた社員たちが動き回っている。

だが、ふたりだけ知らない社員が目についた。

机に貼ってある座席表で確かめると、営業担当の田賀と手配担当の杉岡と書いてある。

「おい、最近新しい社員が入ったか?」と、隣に座っている部下の足立に訊く。

「ええっ、誰のことですか?」

足立は不審げな表情で、「去年から新人なんて、入社してないじゃないですか」と、回りを見る。

そして、「どうしたんですか?」と、再び僕の顔を凝視する。

僕はその視線に気まずさを感じて、「ああ、そう、そうだったな。いや、ちょっと気になって」と、慌てて話を打ち切った。

 

その時、事務の女子社員が「滝本主任、ご自宅からお電話です」と、電話を取り次ぐ。

受話器を取ると、「あなた、大丈夫?」と女の声が聞こえてくる。

今朝、家にいた女だ。

「なんか、変な感じだったから。よその家にいるみたいなことを言うものだから…。心配になったのよ。頭がおかしくなったんじゃないかと思ったわ。疲れてるんじゃないの?」

女は朝の僕の態度が気になって、電話を掛けたようだ。

僕は「昨日、飲み過ぎたんで、調子が悪かったからだろう。すまない。心配はいらないから」と、その場を取り繕った。

「それなら、良いんだけど。気を付けてね」と、女は納得した様子で電話を切った。

確かに、何か変だ。

何かが狂っている。

頭が変になったのだろうか。

 

僕は労務担当亀井の席に行って、社員の社会保険の資料を見せてくれるように言った。

亀井はファイルを出してきて、僕の家族の書類を机に置いた。

配偶者のところに、「滝本浪江」とあり、扶養家族には「長女昌枝」「次女洵子」となっている。

直美や長男亮輔、長女沙代子の名前はどこにもない。

「浪江」という名前を見て、小さな記憶の欠片が脳の中で次第に大きくなってくる。

今朝見た、女の顔を思い出す。

アルバイト先で知り合った女学生に似ているような…。

そういえば、浪江のような名前だった。

でも、なぜ今、僕の妻になっているのか。

 

訳が分からない状態の中で、僕は出来るだけ平常心を装い、いつも通り仕事をする。

だが、ところどころでくい違いが生じる。

昨日まで仕事をしていたクライアントが他の営業担当の受け持ちになっていたり、社内での打ち合わせの日が違っていたり…。

僕は報告書類や手帳を確認しながら、何とかその場を取り繕って業務を続けた。

だが、田賀という営業係長に声を掛けられた時は困った。

僕は全く田賀係長という人物に記憶がないのだ。

僕とは別の営業グループの責任者のようだ。

親しそうに声を掛けてくる。

だが、僕が戸惑ったリアクションをすると、「どうしたんだ?」と、不思議そうな表情を見せた。

 

別世界にいるような、不思議な一日が終わった。

会社を出て、駅近くの喫茶店に入った。

混乱した気持ちを整理したかった。

「あれ、滝本さん、珍しいですね。夕方に来るなんて」

初めて入った店だと思ったのに、ウェイトレスが親しそうに声を掛けてくる。

「ああ、こんにちは。珈琲をください」と、素っ気なく小声で答える。

そのウェイトレスなんて、知らないのだ。

しばらくすると、ウェイトレスは「珈琲とは珍しいですね。いつも紅茶なのに」と言って、テーブルに珈琲カップを置いた。

僕は苦笑いして黙っていると、ウェイトレスは「ごゆっくり」と言って、カウンターの方へ戻っていった。

珈琲を啜った。

元々、僕は紅茶党だったが、直美と結婚してから珈琲好きになった。

日に4,5杯の珈琲を飲む直美に影響されて、僕は珈琲党に変わったのだった。

それにしても、何かが変だ。

妻の直美が浪江という女にかわって、男と女だった子どもたちもふたりの女の子に変わっている。

家庭もおかしいし、会社もおかしい。

知らない社員がいたり、仕事も昨日とは少しずつ違っている。

僕の頭はどうかしてしまったのだろうか。

それとも、精神病を患ってしまったのだろうか。

昨夜、二次会の帰り道から記憶がない。

駅で転んだようだ。

転んだにしてはどこも痛くなかった。

その辺りから、身の回りの雰囲気がおかしくなった。

妻になった浪江のことは考えた。

「そうだ、確かにそうだ」

百貨店でアルバイトした時に知り合った女学生だ。

なぜ、直美に変わって浪江という女が僕の妻なのか。

珈琲を飲みながら記憶を辿るが、思考は堂々巡りするばかりだった。

 

「すみません。ちょっと変なことを訊くんやけど。前回僕がここへ来たのはいつだったっけ?きみ、覚えているかな?僕は誰と一緒に来たのかな?」

レジで支払う時に、僕はウェイトレスに尋ねてみた。

ウェイトレスは少し考えてから、3日前の朝、田賀さんや長坂さんらと来店したという。

田賀は今日話した営業課長で、知らない人だ。
長坂は良く知っている。

入社5年目の営業社員で、帰る方向が一緒なので何度も立ち呑みに行ったりしている。

 

喫茶店を出て、僕はK電車に乗りK駅で降りた。

昨日二次会で行ったスナック「コスモス」を訪ねてみようと思った。
酔いつぶれた後のことを知りたかった。

「コスモス」は奥村係長の馴染みの店で、昨日髭を生やしたマスターを紹介された。

駅近くの商業ビルの2階にあった。

僕はビルの看板を見上げたが、「コスモス」の店名が見当たらない。

階段で2階に上がり、「コスモス」のあった場所の前まで来たが、店名はスナック「チエミ」になっている。

開店しているようなので、僕はドアを開けた。

「いらっしゃいませ」と、カウンターの中にいる女性が顔を向けた。

「このビルでコスモスという店を知りませんか?」と、僕は女性に尋ねた。

その女性によると、「コスモス」は1年前に退店して、その後に女性がこのスナック「チエミ」を開店したという。

やはり、営業の川辺が言っていたように、昨日の二次会は加藤部長馴染みのスナック「真珠のなみだ」に行ったということなのだろうか。

僕にはスナック「真珠のなみだ」に行った記憶はないし、その場所も知らないのだ。

どういうことなんだろう。

僕は憂鬱な気分を引きずりながら、ネオン街を通りぬけK駅まで歩いた。

 

自宅の最寄り駅、H電車のM駅に着いた。

僕は駅務室のドアを開けた。

昨日、階段下で倒れている僕に声を掛けた駅員が机に座っていた。

駅員は書類から顔を上げ、「大丈夫でしたか?」と言って微笑む。
駅員は昨日のことを覚えていた。

「すみません。昨日ことですが、私はどんな風に階段から落ちたんでしょうか?」

僕は駅員に尋ねたが、駅員は階段の下で倒れているのを見つけただけで、落ちるところは見てないと答える。

僕の記憶はスナックから出たところまでだ。

その次の記憶は階段で倒れているところだった。

その間、何かが変わってしまった。

 

M駅から自宅までの道を歩く。

やはり、家には浪江という女と、二人の女の子がいるのだろうか。

直美や亮輔、沙代子はどうしてしまったのだろうか。

僕は憂鬱な気分で、家路を歩いた。

家の前までやってきた。

ゆっくり、2階建ての我が家を眺める。

玄関横のガレージに車が停まっている。

今朝は確認していなかったが、明らかに僕の車ではない。

車好きの直美がSUVのパジェロという車が気に入って、昨年の11月に買ったはず。

だが、ガレージに置かれているのはカローラなのだ。

 

僕は玄関ドアを開けて、恐る恐る小さな声で「ただいま」と言った。

「パパ、お帰りなさい」と、女の子がリビングから出てきて、僕を迎えた。

僕にはふたりの女の子がいることを、会社で確かめた。

次女の洵子だろうかと思いながら、もう一度「ただいま」とその子に言って、リビングに入った。

ダイニングテーブルの向こうに、会社の社会保険資料に配偶者と書かれていた浪江が台所にいる。

迎えた女の子よりも少し大きい少女がリビングのソファに座って、テレビを観ている。

長女の昌枝だ。

「お父さん、大丈夫?ママが心配してたよ」と、昌枝が僕にいう。

僕は「大丈夫だよ」と、ぎこちない口調で答える。

「あなた、心配してたのよ。本当に大丈夫?」と言いながら、浪江が台所から食卓に料理を運ぶ。

「ああっ、何とか。ちょっと、昨日は飲み過ぎたみたいだ」と、僕は浮ついた言葉で会話を繋いだ。

「今朝、家を間違ったとか何とかいうもんだから、びっくりしたわよ。頭が変になったんじゃないかと。若くてもボケる人がいるって言うから…」

僕は「すまない」と応え、すぐに「風呂に入るよ」と続けた。

身に覚えのない家庭の雰囲気から逃れようと、風呂場に向かった。

家の間取りは変わりないのだが、置いてある調度品などが違っている。

 

湯船に浸かりながら、僕は考える。

この現実は夢じゃない。

僕は正気だ。

僕自身の脳が狂っているという意識は全く感じない。

家族が僕を騙している様子でもない。

とにかく元に戻るのを期待して、今はこの現実を受け止めるしかしょうがない。

 

浪江はあの時の女学生に違いない。

「学生の頃、キャロル・キングの<タペストリー>をよく聴いていたと言ってたよな。」

夕食を終えた僕は百貨店での会話を思い出しながら、浪江に話した。

食器を洗い終えた浪江は「かなり昔の話だわね」と言いながらも、「あなたとは音楽の趣味が合ったものね」と、遠くを見つめるしぐさを見せる。

上唇の近くに、小さなホクロが目に付いた。

そこで、僕は「君が電話番号の書いた紙をくれたな。それからどうなったんだっけ?」と、思いだすふりをしながら、探ってみる。

「あなた、覚えてないの?何日か後に電話してくれたのよ」と、ダイニングテーブルを拭きながら答える。

確か、あの時、僕は電話番号の書いた紙を落としてしまった。

だから、浪江に連絡することが出来なかったのだ。

それで、僕たちの関係はそれで終わってしまったはず。

ところが、あれから15年経った今、突然浪江は僕の前に現れた。

僕たちは結婚して、家庭を築き、二人の子供を育てていることになっている。

これはどういうことなんだ。

 

過去の僕がどんな風に暮していたのかを、浪江や子どもたちとの日常会話の中で観察する。

身に覚えの無い過去を、さも自分の行動であったようにと振る舞うのは難しい。

時折、妻や子供たちが僕の言葉を変に思うこともあった。

「あれ、お父さん、それ先週言ったよ。もう忘れたの?」と子供たちに言われたり、「あなた、しっかりしてよ。前にも言ったじゃない」と、浪江から不思議がられることもあった。

僕にとって、全く身に覚えの無い暮らしに放り出されたのだから、それも仕方が無いことだ。

だが、浪江は時折「あなた、最近、おかしいよ。病院でも行って、頭の中を調べてもらったほうが良いんじゃない」と言って、今までと違った夫の言動に違和感を覚えている様子だった。

 

僕と違った僕の暮らしを、家庭内に落ちている足跡で想像する。

アルバムの写真や過去の手帳などをそっと観察して、これまでの浪江との結婚生活や子供の成長の記録を辿ってみる。

写真には確かに僕が写っている。

結婚式では浪江とケーキ入刀をし、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いている。

ほんの1週間前の写真では二人の子供とどこかの遊園地で、メリーゴーランドに乗っている。

身に覚えの無い過去だが、写っているのは確かに僕だ。

 

家庭内での僕は徐々にその生活に慣れてきた。

いや、慣れようと努めた。

妻の直美が浪江に代わり、長男の亮輔や長女の沙代子が昌枝や洵子に入れ代わってしまったが、今の僕はその現実を受け入れるしかなかった。

いつか何かの拍子に、また元の生活に戻れるだろうと信じていた。

 

だが、家庭よりもっと多くの時間を費やす会社内では様々な祖語が生じる。

身に覚えの無い得意先が存在していたり、やった記憶もない仕事が記録に残されていたり。

会社での仕事は報告書や実績表などに記録されているので、それらを丹念に辿っていくと、僕でない僕の仕事がかなりはっきりと見えてくる。

引き継ぎされない前任者の仕事を突然引き継ぐようなものだった。

だから、ところどころで他の社員との行き違いがあった。

すると、僕に向ける社員たちの視線が変わってくる。

「こんなに忘れっぽい人だったのか」とか、「頭が変になったんじゃないか」と、陰で噂をされているようにも感じた。

 

一週間ほど経ったある日、営業責任者の足立課長から会議室に呼ばれた。

「滝本君、君疲れているのか」と、足立課長が切り出した。

「最近、君の行動がおかしいという社員がいるんだが…」

静かな室内に、太り気味の課長の低い声が響く。

足立課長は僕の仕事上のミスが多いと指摘し、社員たちが病気ではないかと心配しているという。

「急に忘れっぽくなったという人がいるんだが、どうなんだ?」

自分に起こった生活の変化をいきなり説明しても、とても理解してもらえないだろう。

「ミスが多いことは自覚しています。ちょっと疲れているのかもしれません。とりあえず、病院へ行ってみますから」と、その場を取り繕った。

「ご心配なく。もう少し、時間をください」と、僕は課長を安心させようと続けた。

「滝本君は営業1課では大きな戦力なんだから、しっかりと自己管理をして、頑張ってもらわないと」と、足立課長は感情を押し殺したように静かに言葉を並べ、ゆっくりと席を立った。

 

その日の夕方、帰り支度をしていると、奥村係長が僕の席に近づいてきた。

いつもの強いポマードの香りが鼻に付いた。

奥村係長は僕の入社時の指導員で、いつも仕事の相談相手になってくれる上司だった。

「帰りにちょっと、居酒屋へ行かないか」と、誘われた。

隣のビル地下にある、洋風の居酒屋は勤め帰りのサラリーマンで賑わっていた。

一番奥の4人席に座り、ビールジョッキを合わせた。

開口一番、「身体は大丈夫?最近社内で、元気がないって、言われているようだが…」と、奥村係長が言う。

<やっぱり、その話か>と僕は思いながら、「今日、加藤課長に会議室で注意されました」と返す。

この1週間、僕の様子が少し変だと、奥村係長も感じているようだ。

何度か仕事のことで言葉を交わすことがあったが、会話中のくい違いが時々あった。

あの時以来、僕にとって世間の様子が置き換わってしまったのだから、その変化に対応できない。

大きなところで違っていなくても、細かいところでは全く記憶にないことが出現するのだ。

僕は自分の脳に異常があると思われたくないため、何とかやり過ごしているのだ。

当然、僕自身、自分の脳ミソがおかしくなったなんて、自覚は全くないのだ。

奥村係長は部下思いのやさしい上司だ。

今日は僕の異常な変化を心配して、居酒屋へ誘ってくれたのだ。

しばらく飲んでいると、田賀係長と川辺君が揃ってやってきた。

奥村係長が誘ったようだ。

4人は世間話をしながら、杯を重ねた。

ビールから日本酒やチュウハイに替った。

僕はもうひとつ話に加われなかった。

奥村係長は僕が入社当時から会社にいたし、川辺君が入社したときのことは良く知っている。

だが、田賀係長という人物を知らない。

忘年会の翌日以降、突然僕の前に現れた人なのだ。

それは家族が変わってしまったと同じだ。

4人で仕事の話になり、田賀係長が話に加わってくると、全く自分の記憶にない話題になってしまう。

「あの時は困ったよな、滝本君にも何度か納品を手伝ってもらったよな」と、田賀係長が以前の仕事のトラブルを話す時、僕は答えるのに窮してしまう。

「はぁ、そんなこともありましたね」と、曖昧な返事をする。

僕には全く記憶にない話なのだから、そう答えるしかなかった。

正直に今の僕の状態を説明したとしても、僕の頭がおかしくなったとしか思わないだろう。

とにかく、今を無難に切り抜けることしかない。

その内、この状態が1週間前の元の状態に戻っていることを望むしかない。

 

2時間程飲んで、お開きになった。

奥村係長と川辺君は同じK電車沿線なので、南行きの地下鉄に乗って帰った。

田賀係長はH電車沿線のT駅というので、U駅まで一緒に北行きの地下鉄に乗った。

「滝本君、もう少し飲まないか」

U駅に着くと、田賀係長が僕を誘った。

会話がかみ合わないのが不安なので僕は戸惑ったが、やむを得ず付いて行った。
H電車のU駅近くのショットバーに入った。

薄暗い店内はサラリーマンで賑わっていた。

二人掛けの丸テーブルに座って、水割りを注文した。

「この店、何度か来たことがあるのを覚えているか?」と、田賀係長が訊く。

僕にとっては初めての店だった。

「ええ、何となく…」と、曖昧に返事をした。

「覚えていないのか。2週間前に、この店に来たことを」

田賀係長は不思議な表情を浮かべ、じっと僕の顔を見る。

「もともと、最初にこの店を紹介してくれたのは君だよ」

僕にはその記憶がない。

そもそも、田賀という人物さえ知らないのだ。

「最近の滝本君はおかしいと思うんだ。仕事ではいろんなところで食い違うし、忘れていることが多い。それより、こうして話していると、どうもしっくりといかない。明らかに、以前の君と違うんだよ。」

田賀係長は水割りのグラスに口を付けた。

「僕は君が心配なんだよ。滝本君は最近の自分自身のことをどう感じているの?」

僕は黙ったまま、俯いた。

返す言葉が見つからない。

心の中にあるものをぶつけたら、どんなに楽だろう。

だが、今の僕の状態を伝えても、バカにされるに違いないのだ。

突然、世界が変わってしまったと言って、誰が信じてくれるだろう。

精神病院へ行くように勧められるだけだ。

「滝本君、僕のことを知らないじゃないか」

田賀係長が強い調子で言った。

「僕を知らないというより、君の記憶の中に僕は存在しないのじゃないか?」

静かなジャズピアノのメロディが店内に流れている。

「滝本君、良かったら正直に言ってくれないか。君はどうも変だ。なにが起きたの?」

田賀係長は僕の顔を覗き込むようにして言う。

僕の感情が心の器から吹きこぼれた。

「係長、信じてもらえないかもしれないけど、変になってしまったんです。どうしてしまったのか、全く解らないんです」

僕はそういうと、1週間前からの出来事をありのまま伝えた。

 

係長は真剣な表情で、時折頷きながら僕の話を聞いていた。

「こんな話って、信じてもらえないですよね。家族が突然入れ代わったり、会社の様子が違ってしまうなんて…」

僕は話し終えると、氷が解けて薄くなったウィスキーを一気に飲んだ。

女性たちが乾杯する声が店の奥から聞こえてきた。

田賀係長は「そうか」と呟いて、しばらく考えていた。

そして、ゆっくりと口を開いた。

 

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

 

今日はここまでです。

 

滝本良平がなぜこんなことになってしまったのか。

来週、小説「パンジー」の後編をアップいたします。

 

author:金ブン, category:読書, 10:17
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ガンで死ぬか、ボケて死ぬか

JUGEMテーマ:家庭

 

亡くなった母には7人の兄弟姉妹がいる。

長女、次女、長男、次男、三男、三女、四男の7人だ。

昭和の初めは「生めや、増やせや」の時代だった。

母は次女で、2番目に生まれた。

長女は14年前に亡くなり、母は8年前に亡くなっている。

 

先週、長男Fさん(92歳)と長男の嫁Yさん(87歳)、そして、次男Iさん(89歳)がガンで入院していると聞いた。

私が幼いころ、大変世話になった人たちだ。

FさんとYさんの夫婦は丹波の同じ病院に、Iさんは尼崎の病院に入院している。

尼崎に住む叔母(三女)のTさんと連絡を取り、3人の見舞いに行くことになった。

 

14日金曜日、次男のIさんを見舞いに行った。

一人部屋に入っていた次男はかなり衰弱していた。

わずかに話すことが出来たが、か細い声だった。

昔大工をしていて元気な人だったが、20年前に大腸がんになり人工弁を付けている。

それでも手術して寛解し、今まで生きてきた。

先日家族は医者から、持って2ヵ月くらいだろうと寿命を告げられている。

「気分はどう?」と私が訊くと、「もうアカン。いろいろ世話になったな」と、私の手を両手で握った。

 

その後Tさんと、17日の祝日に丹波の病院に入院しているFさんとYさんの夫婦を見舞いに行こうと打ち合わせをしていた。

ところがその日、突然Yさんが亡くなったとの連絡が入った。

葬式は16日に丹波の葬儀場で行われるという。

9月16日は息子の命日で、この日は家族として1年で一番大事な日なのだ。

お坊さんがお参りに来るだけでなく、亡くなって14年にもなるのに、未だにバスケットの友達たちが連れだってお参りに来てくれる。

 

93歳の父親が私に、葬式に出席してくれというので、息子の法事は妻に任せて、私はTさんを乗せて車で丹波へ向かった。

葬式には東京や横浜に住んでいる親戚関係の人たちも出席していた。

久しぶりに会う人たちだ。

 

式が終了し車で斎場へ向かう時、助手席に座っていたTさんの携帯電話が鳴った。

なんと、次男のIさんが急に亡くなったとの連絡だった。

2日前に見舞ったばかりなのに…。

 

慌てて丹波から戻り、Iさんの自宅へ向かった。

家にはIさんの奥さんが居た。

寿命が2ヵ月と告げられ覚悟はできていたとはいえ、突然の死でかなりショックを受けられていた様子だった。
私は翌日の通夜に参列し、17日の葬儀に出席した。

ここでも、2日前丹波の葬儀に参列していた親戚の人たちに再会した。

私は連日喪服を着ることになった。

 

この16日・17日は、俳優の樹木 希林や山本“KID”徳郁がガンで亡くなったことが報道されていた。

叔母のYさん、叔父のIさんもガンで亡くなった。

ふたりに一人はガンで亡くなる時代とか言われているのだが…。

 

通夜や葬儀で久しぶりに会った親戚たちの話はもっぱら認知症に罹っている身内のことだった。

それぞれ、寝たきりの夫や実父、徘徊する義母の介護で悩んでいた。

私の母も認知症で寝たきりになり、7年間老人ホームで暮らした。

世話する側もツライが、意志を表すことが出来ないで世話される側もツライのだ。

これも、家族を襲う深刻な問題である。

 

<君、ガンで苦しんで死ぬか、それとも認知症で寝たきりになって天寿を全うするか>

もし、神様に訊かれたら、どちらを選ぶだろうか。

 

93歳の父親はいつも言う。

「コロッとと、逝きたい」

 

願わくば、私もそうありたい。

 

author:金ブン, category:家庭の話題, 09:57
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雨が続く日には

JUGEMテーマ:日記・一般

 

暑い日の後は台風や地震、そして秋雨前線が停滞。

また雨かと、空を見上げる。

<1年を通じて、断然雨の日より晴れの日が多い>

そう考えるのはポジティブ思考の人だ。

だが、ネガティブ思考の私は、来週また台風がやって来るかもしれんなと考えてしまう。

 

確かに、大坂が全米テニスに優勝したのはひと時の清涼剤だった。

だが、ネガティブ思考の私にはこの話題も後悔の念をもたらす。

退職して始めたテニスで足を悪くしたからだ。

3年経った今も膝や股関節に痛みを感じている私は、テニスのプレーを見るたびに、「テニスなんて、やらんかったら良かったのに」と思ってしまう。

 

そんな暗い気持ちばかりでは、人生が面白くない。

なんか、笑わしてくれるような話は無いものか。

そう思って、youtubeで「すべらない話」を聞いていたのだが、それも<すべる話>ばかり。

仲間内で大笑いしているが、全く、笑えないものばかりだった。

ところが、ひとつだけ大笑いした。

 

ナイツの塙の話だ。

 

 

話の組み立てが非常に上手いし、笑わせるコツを良く分かっている。

 

それで、私は<インターネットのヤホーで、ナイツの塙のことを調べてきました>。

 

1978年3月千葉県の我孫子で生まれ、佐賀県佐賀市で育った。

龍谷高校から創価大学を卒業している。

3人兄弟の三男で、実兄に芸人のはなわがいる。

芸人のはなわは最近「お義父さん」という歌がヒットし注目をあびた。

大学の落語研究会で知り合った土屋と卒業後に漫才コンビ「ナイツ」を結成し、漫才師の内海桂子に師事した。

その後、ナイツとして、漫才新人大賞や文化庁芸術祭優秀賞などの受賞歴がある。

漫才のネタは趣向を凝らしたものが多く、様々な題材に挑戦している。

2007年に漫才協会の理事になり、2015年に副会長に就任。

相撲好き・野球好きで、熱烈な巨人ファンである。

 

塙のボケに、土屋のツッコムが実に絶妙。

最近、私はナイツの漫才をほとんど聞いた。

以前「野球の話」を紹介したが、これは前半のネタふりに絶妙のオチを付けているところが面白かった。

それ以外にも、趣向の違った漫才を次々と披露している。

台本はすべて塙が書いているという。

 

土屋が歌って、それに塙が歌詞につっこむという漫才がある。

 

 

熟女ずきだよ!

この切り返しには笑ってしまった。

 

とにかく、気持ちが後ろ向きになっている時は、バカげたことで笑うのが一番だ。

author:金ブン, category:日常の出来事, 09:26
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