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詰め替えインク

JUGEMテーマ:日記・一般

 

シルバー人材センターのアルバイトで、大型プリンターを使っている。

プリンターを使って、大型のポスターを作成する仕事を担当している。

2か月前、プリンターのインクが無くなったので取り換えた。

すると、プリンターが全く作動しなくなった。

 

取り替えたインクを確認すると、純正のインクではなかった。

純正インクとは、プリンターのメーカーが販売しているインクのことだ。

担当者の人に尋ねると、大型プリンターが10年前の古い機種で、純正のインクの販売も終わっているということだった。
そのため、ネットで純正でない互換インク(中国製)を購入したという。

そろそろプリンターを買い替えようと考えていたらしく、とりあえず時間稼ぎで使えなくなるまで非純正インクを使用するつもりだった。

この場合は、純正インクの販売が終わっているので、非常手段として非純正を購入するしかなかった。

 

最近、普通に互換インクが販売されている。

純正インクが安ければ、別に互換インクを使う必要がないのだが、プリンターメーカーが販売している純正インクは値段が高い。

価格競争が激しいプリンター機本体の販売では、利益を上げることが出来ないので、インクの販売で稼いでいるわけだ。

何とか、簡単に詰め替えることが出来る構造にして、安くなるように考えてくれるとうれしいのだが…。

 

先日、ダイソーへ行ったら、究極の「詰め替えインク」なるものが売られているのを見つけた。

私のプリンターはブラザーなのだが、エプソンもキャノンのものも並んでいた。

もちろん、100円だ。(エプソンは200円で取り換え用)

 

箱の側面に対応しているプリンターの型番が書いてある。

私の使っているプリンターのものがあったので、早速、買って試してみた。

 

 

丁寧な手順の書いた説明書が入っている。

要は、プリンターカートリッジのインクの出る穴へ、細長いスポイトの付いたチューブを差し入れて、注入していくだけだ。

非常に原始的で、単純な作業だ。

やってみたが、不器用な私は差し込みこんだ力が中途半端で、最初うまく注入できなかった。

再度試みると、何とかインクは入った。

これで、何事もなく使えるなら、こんな便利なことはない。

2週間ほど経過するが、今のところ何事もなく印刷出来ている。

 

ただし、何回もこの交換が出来るわけではなく、説明書には3〜4回までと記載されている。

それと、プリンターの故障についてはメーカーに問い合わせしてくださいとも書かれている。

説明書に従って正しい詰め替えをすれば、インクが原因の故障は起こらないとも書いてあるが、やはりリスクはある。

私の場合、そろそろプリンターの買い替えを考えているので、故障しても仕方がないという覚悟がある。

 

それにしても、ダイソーって、とんでもないすき間に目を付けて商売をしている。

感心しながらも、暇を見つけては100均に足を運んでいる。

author:金ブン, category:日常の出来事, 09:57
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突発性難聴

JUGEMテーマ:健康

 

先週、プールへ行った。

耳に水が入ったのが原因か、帰宅してから左耳が聞こえにくくなった。

ネットで調べて、耳の水を抜こうと試みたが、なかなか抜けなかった。

一晩寝たら、自然と抜けているのじゃないかと思っていた。

翌日も聞こえにくかった。

そろそろ病院へ行ったほうが良いと思ったが、土日なので病院は休みだった。

土日の2日で、さらに音が聞こえなくなってきた。

 

月曜日、近くの耳鼻咽喉科へ行った。

3年前、同じ症状でこの医院に通ったことがあった。

その時は比較的症状が軽く、薬を処方されてから4、5日で完治した。

なので、軽く考えていた。

ところが、検査の結果、重症の突発性難聴だと告げられた。

治療が早ければ、治る確率は高いと告げられるが、罹患してからすでに6日が経過していた。

ステロイドで治療することになるが、治る確率は30%だと、医師はいう。

それも、完全に治るのは難しく、聞きづらさの残る可能性があると。

入院して点滴治療を受けることになるかもしれないと告げ、K中央病院を紹介された。

 

その晩、娘婿の父親が以前突発性難聴で入院したことを聞いていたので、電話で訊いてみた。

すると、やはり1週間入院して、ステロイドの点滴治療を受けたと話す。

何とか治ったようだが、やなり聴力が落ちたようだ。

翌日、K中央病院に出かけた。

紹介状を見た医師は、再度血液検査と聴力検査を指示した。

やはり、検査結果はかなり悪いという。

人生初めての入院になるのかと思いきや、ステロイドの薬を服用して治療することに。

 

「以前に輸血されたことがありますか」と、医師から尋ねられた。

血液検査の結果、以前ウィルス性肝炎に罹ってた痕跡があるという。

10年程前に献血を断られたことがあったが、その理由も同じだった。

いつのまにか、B型のウィルス性肝炎の罹患していたのだった。

肝炎ウィルスを侵されたことがある人は、ステロイド治療によってウィルスが蘇って悪さをする可能性があるそうだ。

だから、肝臓の数値に注意しながら、ステロイドの投与をしないといけないという。

軽く考えていただけに、何とも大げさなことになってきた。

 

プレドニンというステロイド薬12錠を飲むことから始まり、徐々に少なく服用していく治療になった。

入院して点滴治療を覚悟していただけに、自宅で治療が出来るのだから、少し気分が楽になった。

 

それから4日間、処方されたとおりステロイドを飲んで、再度病院へ出かけた。

症状はほとんど変わっていない。

薬の効果が全く感じられなかった。

不安な気持ちが募ってくる。

 

その日は消化器内科と耳鼻咽喉科で受診した。

消化器内科では血液検査と肝臓のエコー、耳鼻咽喉科では聴力検査を受けた。

自分自身良くなっている感じは全くなかったが、聴力検査の結果、少し改善しているという。

この後も、ステロイド薬の服用を続けて、結果を待つしかない。

治る確率は30%で、治ったとしても何らかの障害が残る可能性があると、再度告げられた。

 

歳を重ねるということはこういうことなのだろう。

人生、この先何が起こるか分かんない。

悲観しても仕方がない。

もっともっと、大変な病気を抱えている人が多くいるのだから。

author:金ブン, category:健康, 10:00
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領土問題

JUGEMテーマ:ニュース

 

テレビで、国会本会議の様子が放送されている。

なかなか議論が面白いので一度観だすと、止められない。

主には勤労統計調査の問題が取り上げられているが、アメリカ対北朝鮮やロシアとの北方領土交渉なども時折質問に登場する。

 

北方領土返還交渉はこれから前へ進むのだろうか。

報道を聞いていても、ロシア側に返還する意思があるように思えない。

2島先行返還するといっても、すでにロシア人の住民がいるわけだし…。

 

高校生の時(50年前)、ひとりの生徒が学生集会で言った言葉が印象に残っている。

1970年代で、沖縄がまだアメリカから返還されていない時代だ。

 

左翼系の英語教師が「沖縄や北方領土は日本の領土であるから、一刻も早く返還されなければならない」と、世評に乗った発言をした時だった。

ひとりの生徒が手を上げて、質問した。

「国の領土は昔からの戦争によって、線引きされていると思うのですが。もし領土を取り返したいなら、戦争という手段でしか無理なんじゃないですか」

その発言で、場の空気は凍りついた。

世間の空気は沖縄返還の実現に向けて、盛り上がっていた時期だったから。

その発言は極端ではあるが、「本当に返還されるのか」と疑心暗鬼に感じている人にとっては的を射た意見に思えた。

 

沖縄は1975年佐藤内閣の時代に返還された。

それはアメリカの基地を残されたままの返還で、アメリカにとってもメリットがあった。

「思いやり予算」という防衛省予算で、在日米軍の駐留経費を日本が負担しているからだ。

でも、戦争で失った領地が返還されたことは世界でも珍しいようだ。

 

北方領土は歴史的に見ても、古来から日本の領地という。

太平洋戦争の終戦が迫った1945年の8月に、戦勝国が結んだヤルタ協定に基づいてソ連が対日参戦した結果、日本は千島列島と北方四島を失った。

 

大学生の時、北海道の牧場でアルバイトした後、知床を旅した。

羅臼町の港に立つと「国後島」がほんの近くに見えた。
本州の中ほどに住んでいると国境を意識することがないが、その時は目の前に他国の領土を見て、何故か不安な気持ちになったのを思い出す。

 

ソビエト連邦が崩壊しロシアの大統領が入れ替わるたびに、日本は北方領土問題を持ち出して、交渉していたが、一向に解決の糸口を見つけることが出来ない。

一時、「北方領土を返せ!」という懸垂幕を付けた右翼の街宣車が、大音響の軍艦マーチを鳴らして街頭を走っていたが、最近ほとんど見ることが無くなった。

 

15年前、京都営業所に赴任したばかりのころ、右翼とおぼしき人物から所長の私あてに電話が掛かってきた。

要件は本を買ってほしいということだった。

会社ではそういう類のものを買っていないと断ると、「そしたら、所長さん、あんたが買ってくれんか」という。

「どんな本なんですか?」と訊くと、「北方領土の本じゃ」と答える。

私は「いくらなんですか?」と、余計なことを訊いてしまう。

「5万円だけど、所長さんには3万円にしとく」と言った(と記憶している)。

とんでもない値段に、私は慌てて「要りません」と応えた。

すると、男は「あんた、北方領土を取り戻したいと思わないのか」と、強く調子で言う。

私は「いやいや、本は要りませんから」とくり返して、半ば強引に受話器を置いた。

相手が事務所に押し掛けて来ないか心配だったが、案ずることもなく、その後電話は掛ってこなかった。

 

国会ではもっぱら国内の問題が議論されている。

差し迫った外交問題もなく、幾分平和な印象だ。

深刻な領土紛争が起こって、国会がその対応に追われるような事態にならないことを祈るばかりだ。

author:金ブン, category:社会ネタ, 10:00
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失敗を楽しむこと

JUGEMテーマ:日記・一般

ある例会の席で、会報作りやホームページについて、話す時間が与えられた。

お堅い話だけでは聞いている人も面白くないので、前段で過去の失敗談を話した。

 

誤植についての経験談だ。

親会社の観光用パンフレットを印刷した時の失敗だ。

 

それは沿線の紅葉場所を特集したパンフレットで、紅葉の見どころが掲載されている。

色校正で若干の文字訂正があり、最後に印刷フィルムで訂正箇所を確認した後、印刷にかかった。

納品してから、お寺の名前の誤植が判明した。

清凉寺の「凉」の字が「涼」になっていた。

「さんずいへん」ではなく、「にすい」が正しいのだ。

1点余分だった。

この1点のために、8万枚のパンフレットは刷り直すことになってしまった。

 

当時はショックだった出来事だが、今では失敗談として、面白おかしく伝えることが出来る。

「刷り直しを告げられた時は本当に情けなかったですね。なにせ、<さんずい>と<にすい>の違いだけ。ほんの1mmの点だけのミスですから。血の気が引いて、全身が冷たくなって、身体が凍りそうでした」と言った後、「そうそう、冷たいも凍るも<にすい>なんですが…」と、冗談を言った。

 

過去の失敗談はたくさんある。

情けなくなるような失敗談ほど、懐かしく思い出され、今では楽しく話すことが出来る。

 

先日、朝日新聞の「折々の言葉」に、樹木希林の言葉「口をぬぐって、“ない”ことにしなくてよかった。」を紹介しながら、こんな文章が付け加えられていた。

 

<誰にも消しゴムで消したいような過去がある。過ちや失態、人を深く傷つけた経験。

それらは折にふれて自分の中で疼き、関係した人にもしかと痕跡を残したのに、年を重ねるとそれすらとても「懐かしい」と女優は語る。人生、どうもがいてもいても「結果」が付いて回る。>

 

今も、将来に楽しく話せるような、恥ずかしい失敗を重ねている。

author:金ブン, category:人生, 17:09
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インスタントラーメン

JUGEMテーマ:日記・一般

 

私が中学生のころ(約50年前)、家の近くにインスタントラーメンの工場が出来た。

塾への通り道にあり、その前を歩くといつもラーメンを揚げる香ばしい匂いが漂っていた。

チキンラーメンが世に広まってしばらくした頃で、それに追随するように次々といろんなラーメンが発売された。

その工場もその一つで、「浜田ラーメン」というわが町の町名が付いていたのを覚えている。

 

その頃、私は毎日のようにチキンラーメンの入った丼に熱湯を注いで、食べ盛りの胃袋を満たしていた。

実家がパン屋だったが、おやつには菓子パンよりもインスタントラーメンを食べていた記憶がある。

それほど、インスタントラーメンは日常の食生活に浸透していった。

 

昨年10月から始まったNHKの連続テレビ小説は「インスタントラーメン」を生み出した、安藤百福夫妻の物語だ。

NHKの連続テレビ小説を観るのは「おはなはん」(1966年)以来だ。

これまで「おしん」や「あまちゃん」など、世間の話題を集めた番組はあったが、観る機会がなかった。

今回の「まんぷく」は主演福子役が安藤サクラで、ナレーションが芦田愛菜ちゃんだったこともあり、始まった当初から観始めた。

番組を観ていると、安藤サクラのお母さん役松坂慶子の存在がすごく良い雰囲気を作っている。

松坂慶子といえば、「蒲田行進曲」という映画に主演していて、パンチラで廊下の雑巾掛けをしていたシーンが頭にこびりついている。

アイドル的な人気女優だったが、今では喜劇役者のようだ。

 

というわけで、毎日15分と短い放送時間を録画して、寝る前に観ることが習慣になってしまった。

 

池田信用組合の理事長を退職した、主人公の立花萬平が苦労の末インスタントラーメンを完成し、売り出す。

当初はなかなか売れなかったが、テレビのコマーシャルをきっかけに爆発的に売れ出す。

順風満帆と思われた物語だが、たくさんの類似商品が売り出される。

今週は類似商品の宣伝ポスターに、福子の写真が使われていることが判明することで終わっていた。

 

モデルの安藤百福・仁子夫妻が住んでいた池田市には、「カップヌードルミュージアム」がある。

先日、バイクを転がして、覗いてみた。

自宅からバイクで30分程度、阪急電車池田駅前にある。

 

   

 

この放送の影響でにぎわっているのだろうと覚悟していたが、やはり平日にも関わらず混雑していた。

付近は駐車場に入るのを待つ車列ができ、地図を持った観光客がたむろしていた。

館内では小学生の団体が「チキンラーメンファクトリー」で手作り体験をしていたし、外人の観光客がオリジナル「カップヌードル」を作っていた。

余談だが、安藤百福が私と同じ大学に在籍していて、のちに名誉博士の称号を得ていることを知った。

 

 

放送は3月までなので、この後カップヌードルの誕生から世界的に有名になる苦労話が語られるのだろう。

当分、インスタントラーメンを食べたい気分が続きそうだ。

 

 

author:金ブン, category:社会ネタ, 10:00
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