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休刊
毎週土曜日に発行しておりましたが、今回やんごとなき事情により、休刊いたします。
悪しからず。
author:金ブン, category:家庭の話題, 20:52
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どう生きるか

JUGEMテーマ:読書

 

高齢者になっても私は、これからどんな人間になったらいいか、どんな人生を過ごしたらいいのか、に迷っている。

 

昭和12年、若者向けに書かれた本が今もベストセラーになっているという。

その本の名は吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」。

昭和12年といえば、日本国内に軍国主義が勢いづいてくる時代だ。

前年に226事件が発生しており、この4年後に太平洋戦争が始まり、さらに4年後に敗戦を迎えることになる。

 

 

本は思春期の中学生が体験する内容を、小説仕立てで書かれている。

主人公のコペル君の父親は大きな銀行の重役だったが、2年前に亡くなった。

コペル君の家は召使が数人いるほどの裕福な家庭で育ったが、父親の死を機に、一家はばあやと女中と母親の4人の暮らしになり、郊外の小さな家に引っ越した。

近所には大学を出て間もない法学士の叔父さん(母親の弟)がいて、コペル君の相談相手になっている。

 

コペル君にはもの静かな水谷君とブルドッグのように頑強な北見君のふたりの友だちがいる。

それに、小さな商店が立ち並ぶ下町に住んでいる、豆腐屋の浦川君が加わる。

浦川君は同級生からいじめられていた時に、北見君が助けたのをきっかけに友達になった。

 

コペル君は3人との交友関係の中で、いろんな出来事に疑問を持ち、生きていく上での知識を学んでいく。

叔父さんはコペル君が体験することを、助言を加えながらその成長を見ている。

 

この物語の中で、私が一番興味を持ったのが、「雪の中の出来事」の章だ。

 

北見君は柔道部の上級生たちから生意気だと言われて、目を付けられていた。

雪の日、はしゃいで雪合戦をしていた4人の投げた雪が偶然上級生の頭に当たってしまった。

日頃から制裁をくわえてやろうと思っていた上級生たちは北見君に絡んでくる。

北見君が謝っても、執拗に詰め寄ってくる。

北見君の態度が気に入らないと、上級生たちは制裁を加えようとする。

そこへ浦川君と水谷君が北見君を守ろうとして、上級生たちと北見君の間に立つ。

コペル君たちの4人は、誰かに何か起きた時にお互いが守る合うことを約束していたのだ。

 

ところが、コペル君は上級生たちの威嚇や脅しの前に、身体が動かなかった。

上級生たちは制裁を加えると称して、北見君に雪つぶてを投げ続ける。

そして、浦川君と水谷君は北見君に寄り添って、投げられる雪つぶてを一緒に受けるのだった。

だが、コペル君だけが顔が青ざめて、ぼんやりと足もとを見つめたまま身動きできなかった。

 

その後、上級生の威嚇の前に何もできなかったコペル君は、「卑怯者」と自分自身を責めつづける。

その出来事の後コペル君はインフルエンザに罹り、半月ほど学校へ行けず自宅療養することになるのだが、寝床でずっと自分の態度を後悔し、苦しむのだ。

 

そして、コペル君は自分した情けない行為を悔いていることを、叔父さんに打ち明ける。

叔父さんは「自分が悪かったことをしたと思うなら、なぜ、男らしくどこまでも責任を負おうとしないのか」を諌め、「男らしく、謝ることだ」という。

 

<人間である限り、過ちは誰にだってある。そして、良心がしびれていまわない以上、過ちを犯したという意識は、僕たちに苦しい思いをなめさせずにはいない>と、叔父さんはコペル君への手紙に記す。

そして、<この苦しい思いの中から、いつも新たな自信を汲みだしてゆこうではないか>と諭す。

 

この流れの出来事は、幼いころに体験したような既視感に襲われる。

勇気を出して一歩踏み出さなければならない場面で、身体が固まってしまう。

そんな出来事を何度か体験したような気がする。

その体験は大きな後悔の渦となって、心の中に回り続ける。

 

戦前の若者向けに書かれた作品だが、どの時代にも共通する普遍的なテーマとして語られている。

高齢者になった私は今でも、ほんの少しの勇気が出せないため、後に悔いるようなような出来事に遭遇している。

 

そういえば、闇営業問題で嘘の発言をしてしまった芸人たちも、今は思い切り後悔しているに違いない。

author:金ブン, category:読書, 09:37
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旅行の世話役

JUGEMテーマ:旅行

 

私の参加している文化財ボランティアの会では、毎年秋に日帰りバス旅行を実施している。

大型バス1台にチャーターし、45人程度で出かける。

出かける先は文化財のある近郊の観光地だ。

ここ数年は兵庫県の観光地に立ち寄っている。

 

兵庫県の観光地に行くには訳がある。

県が指定した箇所を1か所立ち寄ることで、県から補助金が出るのだ。

昨年はそれを利用して、加西・福崎方面へ出かけた。

 

旅行費用は5千円と安く設定されている。

それは補助金や会費からの支援があるからだ。

 

ところが、会費が安いのだが、毎年参加者が減少している。

会員が減少していることや会員が老齢化して健康上の理由で参加できない等が主な理由だ。

バス代が安くなる12月に実施していることも参加者が減少する要因のひとつだろう。

寒さに弱い老人は9月や10月の気候が良いシーズンに旅行がしたいのだ。

 

そのため会員だけでは半分の20名程度しか集まらないので、会員の家族や知り合いの参加を認めている。

それで、何とか最低催行人員の40名以上が確保でき、実施されている。

 

会の運営を決定する幹事会では会員の参加者が少ないので、日帰り旅行はもう止めるべきだとの意見が出た。

会計を担当する幹事からは会員以外の人が参加する旅行に、会費が使われるのはいかがなものかとの意見も出る。

実行するなら、受益者負担として会費は出さないことにすべきとも。

 

結局、旅行費用には会費を補てんしないことに決まった。

それでは会費がぐっと上がるので、もっと参加者が少なくなることが想像される。

 

私も参加する幹事会で、今年の日帰り旅行をするかどうかが検討された。

会員の参加者が集まらないのなら中止するほうが良いとする意見が大半を占めた。

だが、一部の幹事、特に役職(会長・副会長)や古参の幹事から、せっかく毎年やっている行事だから募集してみるべきだとの意見が出る。

それに、一番大切な旅行の世話役がいない。

旅行をやるべきだという人の中からも、世話役を引き受ける人は出てこない。

もちろん、私は世話役幹事に立候補することもなく、中止する旨の意見に同調した。

 

結局、世話役が出てこないので、幹事会の結論として今年の日帰り旅行はやらないことになった。

 

ところが、日帰り旅行をやるべきだという役職の人から自宅に電話が掛かってくる。

「旅行の世話役をやってもらえないだろうか?」との依頼だ。

「幹事会ではやらないと、決まったのではないのですか」と私が言うと、その人はせっかく続けてきた行事だから続けたいという。

旅行を楽しみにしている人もいるし、会の行事を取りやめていくと会の運営が徐々に廃れていくというのだ。

熱い思いを伝えながら、私に世話役を依頼してくる。

ご自身がやれば良いじゃないですかと返すと、3年連続でやっているので、是非新しい人にやってもらいたいという。

結局、<考えておきます>と曖昧な返事をして、受話器を置いた。

 

会費からの援助が出ないとなると旅費は高くなるし、余計に参加者が集まらないだろう。

到底、旅行が成立するとは思えなかった。

幹事会の大勢は、会員の参加が少ないのだから、旅行する意味がないという意見だった。

 

どうみても、旅行の世話役は大変そうだ。

年寄りたちの意見を集約するのも面倒だ。

 

断るつもりだった。

だったのだが、引き受けてしまった。

 

私は大学を卒業して旅行会社へ入社したが、広告代理業の部署に配属され、旅行の仕事を経験することはなかった。

それに、町内会や会社の旅行に参加したことはあるが、世話役をしたことがなかった。

一度くらい旅行の世話役をやってみてもいいかも、とふと思ってしまったのだ。

それに、最低催行人員を決めて集まらなかったらやめればいいのだからと、安易に考えていた。

 

幹事会の1週間後に、会員の全員が参加する定例会があった。

私に世話役を勧めた役職の人は旅行のことを発表するつもりでいた。

幹事会でやめると決定したことを、私が世話役を引き受けたので催行することをみんなに公表しようとしたのだ。

私は世話役を了承する時、「来月の幹事会で再度幹事に諮ってから、決定しないといけませんよ」と言っていたのだが、その人は定例会の席で発表をしてしまった。

 

驚いたのは幹事たちである。

幹事会で旅行の中止が決まっていたのに、突然実行することになっていたのだから。

幹事の人たちは「なんで、突然こうなったの?」と、ヒソヒソとつぶやいていた。

 

会計を担当する幹事の人が私のところへ来て、「なんで、引き受けはったん?」というので、私は「先輩に頼まれて、あんまり固辞するのも失礼かと思って…」と応えた。

すると、「私は参加しないし、会計する人がいないので、大変ですよ」と、小言のように言い放った。

他の幹事にも、「反対してたのに、なんで、世話役を引き受けたの?」と言われる。

 

今週行われた幹事会では、会の運営方法に異議を噴出する始末。

 

なんか、面倒なことに足を突っ込んでしまったようだ。

author:金ブン, category:旅行, 09:17
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遠い祖先に

JUGEMテーマ:家庭

 

井原西鶴の「好色五人女」の三巻に「暦屋おさん」という話がある。

今から三百年以上前の天和年間に、京都で姦通事件を起こして処刑された、<おさんと茂兵衛>の実話を題材にした物語だ。

この話は近松門左衛門が浄瑠璃「大経師昔暦」でも取り上げている。

 

なぜ<おさんと茂兵衛>の話を書くかというと、この茂兵衛なる人物が私の遠い祖先だということ知ったからだ。

「好色五人女」や「大経師昔暦」ではかなり物語が脚色してあるのだが、伝わるところの話はこうだ。

 

茂兵衛の実家金川家は氷上郡船城村山田(現丹波市氷上町山田)にあり、この地方では有名な大地主で豪農だった。

戦国時代には黒井城(城主荻野直正)で兵糧が必要になると、その必要量を運び込んで援助したという。

9歳の茂兵衛にはおさんという7歳になる許嫁がいたが、まだ幼いので許嫁という意識はない。

おさんは山田村から西北に山一つ越えたところにある南由良の出身で、槍の名人といわれる由良豊後の長女である。

 

金川家には「降呼力」と呼ばれる伝来の名刀があった。

或る時、武芸者の由良豊後がこの「降呼力」を貸してほしいと言ってきた。

金川家は将来親戚関係になることもあり、仕方なく承諾した。

数年後、返却を求めたが、豊後は又貸しをして行方がわからなくなっていた。

責任を感じた豊後は娘のおさんを刀探しの旅に出発させた。

これを聞いた金川家でも、三男の茂兵衛を捜索に旅立たせた。

数年がたって、茂兵衛は京都の大経師屋(表具屋)で男衆として住み込みをしており、偶然にもおさんは女中頭兼妾としてこの家に入り込んでいた。

当初お互いに気づかなかったが、何かの機会にお互い同じ故郷であり、おまけに許嫁だったことを知ることになる。

ふたりはたちまち惹かれあうようになり、通じ合うようになった。

そのうち情事が旦那にばれそうになり、一緒に故郷の丹波へ駆け落ちする。

結局二人はお尋ね者になってしまうのである。

 

こうなれば、金川家も由良家もお尋ね者の二人を家へ入れるわけにはいかない。

それに、庄屋でもあり村の役人でもあるので、犯人を逮捕しなければならない。

考えた末、近くの森(現在「おさんの森」という)に小さな家を建てて、ふたりを住まわせたのである。

ところが、二人の噂が京都にまで届で、大経師屋では変装した密偵を派遣し、居所を探した。

結局、奉行所に逮捕される。

この時代、妾は妻と一緒ということで、姦通罪で死罪ということになる。

こうして、二人は京都市内を引き回され、はりつけ刑に処せられたが、当時の民衆はその内情を知ってからおさんと茂兵衛に同情して、奉行所の非人道的なやり方を非難した。

後に、この民衆感情を西鶴や近松が取り上げ、小説や浄瑠璃に仕立て上げたという。

 

山田村から南に下った柏原町の山すそに、おさんと茂兵衛を祀る祠があり、その付近は「おさんの森」と呼ばれている。

この祠を参ると咳が治るというので、近郊からだけではなく遠くは大阪などから参詣者が多いという。

この謂れは、小屋に隠れていた二人だったが、おさんが咳をしたため、猿回しに変装した密偵に居所が判り捕まってしまったという話からきている。

 

以上の内容は神戸新聞社発行「謎の丹波路」に、<ゼンソクの森(おさん茂兵衛の道行きとセキの神)>の章から抜粋した。

書物の最後には<寛政六年(1794)発行の「丹波志」には<金川甚之>の項目があり、「本は船井郡鎌谷のひとなり、甚之屋敷跡字金川という流あり。今本家金川七右衛門、庄屋喜八郎 二軒、定紋梅鉢」と記されている>との引用があり、この<金川甚之>が山田村の豪農の末裔であり、与兵衛の実家であることは信用できるというのだ。

 

昨年、金川家を継いでいた叔父さんが亡くなった時、法事の席で「金川株系図」を見せてもらい、コピーをいただいた。

 

 

その一番上に、<甚之>の名前が載っており、横に天文元年(1736)の記述があった。

それから遡ること50年前に、おさんと茂兵衛の事件は発生したようだ。

 

金川家では茂兵衛が犯罪人として処刑されたことで、以後この話を秘し隠しており、現在に至るまで真実を語ることを避けていたという。

それでも茂兵衛が可哀そうなので、戒名もない五輪塔立てて弔ったようだ。

 

私はその話を始めて知ったのだが、姉に話すと昔法事の席で酒に酔った親戚の人からこの話を聞いたという。

 

一度、<おさんの森>と<与兵衛の墓>を訪ねてみたいと思っている。

author:金ブン, category:家庭の話題, 09:46
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タレント本

JUGEMテーマ:読書

 

先月、図書館から予約していた本が用意できたとのメールが届いた。

図書館は私の住む伊丹ではなく、西宮の図書館だった。

予約した記憶がなかった。

早速受け取りに行った。

どうしてこの本を予約したのか、全く覚えがなかった。

予約した日付が3か月前になっていた。

手にした本は山里亮太の「天才はあきらめた」だった。

 

思い出した。

テレビの「ボクらの時代」を観て、この本を読む気になったのだ。

確か、「南海キャンディーズ」の山里亮太が両親と出演している番組だった。

両親と山里との会話は実に面白かった。

山里のコメントのうまさが感じ取れる。

 

日頃から司会やトーク番組で、山里の頭の回転の速さに驚いていた。

お笑いタレントやコメンテーターがひな壇に並ぶ番組で、コメント力と多彩な語彙力はずば抜けてると思った。

それで、「天才はあきらめた」という題にも引かれて、山里の本を読む気になったのだ。

 

本には漫才師を目指していた時代から「南海キャンディーズ」の結成秘話までの出来事を細かく書いてある。

漫才師のこだわり、コンビとのトラブルや同僚漫才師たちへの複雑な感情など、そこで負った傷を包み隠さず見せている。

思わず相方に対して投げてしまった嫌味な感情や競争相手の漫才師への複雑な嫉妬心を、正直に綴っている。

人間の感情は複雑で、奇怪なもの。

始めは読み流すつもりで本を手にしたが、普通他人に「見せなくない」であろう感情をさらけ出しているところが面白かった。

 

現在、テレビやラジオにたくさんのレギュラー番組に持つトップタレントのひとりだ。

先日、人気女優との結婚発表で注目を浴びた。

ワイドショーなどでは<ブサイク芸人が美女をつかんだ>と騒ぎ、会見の様子を好意的に受け取った人が多かったようだ。

山里亮太に対する好感度もかなりアップしたという。

 

幸せの絶頂にいる人たちを茶化すのもどうかと思うが、会見を見ていて、結婚生活というのはそんなに甘いもんじゃないよ、とテレビの前でツッコミを入れた人が多くいたはず。

 

結婚をする最大の理由を質問された人気女優が答えたところで、私もツッコミを入れてしまった。

結婚生活では、<一緒にいて、しんどいくらい笑わせてくれたり>する場面は<しんどいくらいムカついたり>するほうが多いし、<人に対しての感動することと許せないことのラインが一緒だったり>するそのラインは徐々にずれてくるし、<金銭感覚が似ていること>は趣味趣向の違いとともに大きく異なってくる。

 

あくまでも、一般論ですが…。

 

とりあえず、末永くお幸せに。

 

author:金ブン, category:読書, 09:40
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