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拡散する情報

JUGEMテーマ:ニュース

 

20数年前、資格取得の勉強にはまっていた時期があった。

40歳過ぎた頃で、なんでも良いから資格を持っておいたほうが有利なのではないかと、半ば勘違いしていた。

そして、阪神淡路大震災の前後は行政書士の資格を取ろうと勉強していた。

 

行政書士の試験は一般常識問題と法令問題、それに論文問題があった。

(論文問題は平成11年になくなっている)

論文問題は出される課題を800字以内にまとめて、書かなければならない。

平成8年に出された試験問題が残っていた。

論文の課題は<「インターネット」の社会・経済に与える影響について>だった。

 

当時インターネットの利用者が急激に増加していた時期だ。

その出題が予想されていたので、インターネットのメリットとデメリットを書いた。

何点かデメリットを書いたが、「本人の知らないところで、中傷やデマが流布する」と書いたのを記憶している。

自由に意見を交換できる反面、真実でない内容も世間に広がる。

 

20年経過過ぎた今、TwitterとFacebookなどSNSの爆発的な流行で、一旦流れた情報は止めどもなく世の中に拡散する。

インターネットは確かに便利だし、現在の生活で手放せないツールだ。

だが、便利な反面、様々な危険もはらんでいる。

 

総務省のサイトに、SNSでのトラブル経験の調査が載っていた。
さすがに、私のような60歳代以上のトラブル経験者は10%以下だが、20歳代以下だと25%以上の人がトラブルを経験している。

 

トラブルの内容は「自分は軽い冗談のつもりで書き込んだが、他人を傷つけてしまった」や「自分の発言が自分の意志とは異なる意味で他人に受け取られてしまった」などが書かれている。

 

渡辺直美のインスタグラムは芸人のジャンルで一番の人気があるそうだ。

先日テレビで、渡辺直美がSNSの評判について語っていた。

フォロワ―が多い分、結構厳しいコメントも届くという。

コメントの中に、「デブ」という言葉が書かれていたりするらしい。

好意的なコメントが多いので、瑣末な批判は気にしないと気丈に語っていた。

芸人の有名税と割り切っているようだ。

 

しかし、一度有名人がトラブルを起こすと、その批判の矛先が凄まじいほどに向けられる。

それは「炎上する」と表現される。

不特定多数の人間と繋がりを持つことが容易になる反面、不特定多数の矢が飛んでくる。

 

先日、SNSで投稿された写真が物議を醸していた。

政治家たちの懇親会の様子を写したものだった。

杯を掲げている議員、ピースサインをしている女性議員、実に楽しそうだ。

参加していた官房副長官が自分のツイッターにアップしていた。

問題なのはアップした時期だ。

その夜、西日本に記録的な大雨が降る恐れがあると、気象庁が発表していたからだ。

被害が甚大だっただけに、政府に危機意識がないと炎上した。

 

先日、私は大学の友人と飲みに行った時の写真をブログでアップした。

その際、顔写真に目隠しの黒いラインを入れた。

ブログを見た友人から「犯罪者みたいや」と指摘を受けた。

 

ブログを書く時、私は人物が特定されないように気を使っている。

使用しているブログは、アップする時TwitterとFacebookとの連携を選択できるようになっているが、いつもオフにしている。(TwitterとFacebookのアカウントは持っているのだが、利用していない)

個人名や団体名をイニシャルにしたり、顔写真は出来るだけ避けたりしている。

だから、アクセス数もそんなに多くないし、コメントはほとんどない。

それでも取り上げる内容によっては、アクセス数が200を超えることがある。

やはり、不特定多数の人に読まれていると思うと、不気味な感じがする。

 

それなら、ブログなんて書かなけりゃ良いのだが…。

好き勝手に書いて、自己満足しているのである。

ちょっとだけ世間と繋がっている楽しみを得ているだけ。

出来るだけ平穏な老後の日々を過ごしたいので、ひっそりとアップしているつもりなのだ。

 

懇親会の写真をアップするなら、こんな風にしたら良かったのでは…。

 

author:金ブン, category:社会ネタ, 10:07
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英会話教室をやめる

JUGEMテーマ:日記・一般

 

教室のドアを開けると、すでに4人の生徒が座っていた。

「ハロー、グッドアフタヌーン」

ボクは声を掛けた。

英会話の授業は午後2時から始まる。

まだ15分程時間があった。

ボクはいつもの、前の方の席に座った。

カバンからテキストブックを取り出し、今日教わるページを開いた。

 

コの字に並んだ机の角に、白髪の老女がひとり座っていた。

他の席に座っている女性3人は見慣れた顔だ。

葉山さんと、金子さんと、田村さんだ。

生徒は全部で12名、ほとんどが70歳以上の女性だ。

男性はボク以外にもうひとりいた。

その人もボクと同様、定年になってこの英会話に通い始めたという。

 

英会話のレッスンは3ヵ月クールで開講している。
1クールが終了する前には、次のクールに参加する新入会員が見学にやってくる。

その時、ボクは白髪の老女が見学の人だと思っていた。
 

「ハロー」と言いながら、いつもの生徒たちが次々と教室に入ってくる。
午後2時になると、10名の生徒が揃った。

シェヒター先生がドアを開けて、明るく「ハロー」と言いながら入ってくる。

ルーマニア出身で、ブロンドのショートヘアが印象的だ。

 

授業が始まった。

テキストのCDをデッキに入れて、英会話を流す。

日本の風習について、観光で来日した外人の男女が話している。

CDが終わると、シェヒター先生は生徒を指名して、テキストの会話部分を読ませた。

 

ボクは淡々と進む授業に、少し変だなと思っていた。

見学者がいる時、いつも先生は生徒たちに自己紹介を英語でさせる。

見学者にも英語で質問したりしている。

ところが、先生は白髪の老女に気付かない様子だった。

 

老女はじっと前を見ていた。

ボクはその女性の姿が気になって仕方が無かった。

だが、他の生徒たちは誰もその女性に視線を向けているものはいない。

 

やがて、1時間15分の授業が終わった。

ボクはテキストをカバンの中に入れていると、シェヒター先生が英語で話しかけてきた。

先週雑談していたことの続きだった。
ボクは拙い英語力で、シェヒター先生の質問に応えていた。

話を終えて、白髪の老女が座っていた席を見ると、老女は居なかった。

すでに教室を出てしまったようだ。

ボクはシェヒター先生に、「今日は見学者の人がいましたね」と英語で言うと、先生はボクの言葉が理解出来なかった様子で、ポカンとした表情を浮かべていた。

ボクの発音が聞き取れなかったのだろうと思った。

次のクラスの生徒たちが教室に入ってきたので、ボクは慌てて教室を後にした。

 

公民館を出て、駐輪場まで自転車を取りに行った。

鍵を解錠しようとした時、突然柱の陰から老女が現れた。

さっき教室にいた白髪の女性だ。

近くで見ると、かなり年を取っているように思えた。
70歳代後半だろうか。

「あの、英会話の生徒さんですね」と、老女が言う。

「ハイ、そうですが」と、ボクは頷いた。

老女の右目は白内障なのか、白く濁っている。

「来週も英会話に来られますか」と、老女はか細い声で言う。

ボクが頷くと、老女は1枚の紙を渡した。

英会話教室の申込書だった。

老女は来月から英会話教室に参加するつもりなのだ。

来週に申込書を事務所へ出してほしいと、ボクに依頼するのだ。

老女は自分で出そうとしたが、担当の事務員が居なかったという。

「お安いことです。来週事務所に出しておきますよ」と快諾すると、女性は「ありがとうございます」と応えて、駐輪場から出て行った。
ボクは自転車を動かして駐輪場を出ると、すでに女性の姿は無かった。

申込書には、楠本妙子の名前と住所が書いてあった。

 

翌週、英会話教室に出かけた。

始まる前に1階の事務所へ立ち寄った。

顔見知りの女性事務員がいたので、事情を説明して預かった申込書を渡した。

事務員は書類を見ると、「楠本妙子さんですね、ご本人さんは?」と、訊く。

ボクは「先週、見学に参加されていた人ですよ。事務所に書類を持って行ったが、係の人が居なかったと言って、ボクが頼まれたのです」と説明した。

そして、「別に、私の知り合いじゃないですよ」と付け加えた。

事務員は「見学?」と首を傾げながら繰り返し、横にいる女性事務員に、「京子さん、先週英会話に見学の人がいた?」と訊く。
尋ねられた事務員はパソコンから顔を上げて、「いなかったと思いますけど…」と応えた。

ボクは「でも、先週その申込書を駐輪場で渡されたんですから」と、強い調子で言った。

すると、事務員は「ああ、そうですか。とりあえず、この用紙は預かっておきますから」と言い、申込書をクリアファイルに入れて、再び受付の椅子に座った。

 

ボクはエレベーターに乗り、3階の教室へ向かった。

教室に入ると、すでに2人の生徒が席に座っていた。

先週も私が教室に入った時、そこに居た葉山さんと田村さんだ。

「葉山さん、先週見学に来ていた人がいましたよね?」と、教室に入るなり、ボクが訊く。

「えっ、見学者って、居ましたっけ」と首を傾げ、「居ました?」と斜め向かいに座っている田村さんに訊く。

「いやぁ、居なかったと思いますけど…」

その時、金子さんと吉田さんがドアを開けて入ってきた。

葉山さんが「金子さん、先週見学者って、いました?」いうと、金子さんも「えっと、居てましたかね」と、呆けたような調子で言い、首を傾げた。

歳を取ると、前日の記憶さえ曖昧だ。

ましてや、先週の出来事ははっきりしないようだ。

 

教室に入ってくる生徒たちに訊いたが、誰も見学者が居たという人はいなかった。

「そこの席に座っていたでしょう」

ボクは女性が座っていた席を指さすと、みんな「えっ」と言って席の方向を見る。

そうしていると、「ハロー」と言いながら、シェヒター先生が入ってきた。

What?」

ボクが他の生徒さんが話しているのを見て、シェヒター先生が訊く。

英語が一番堪能な吉田さんがシェヒター先生に英語で説明した。

すると、先生は「先週は、誰も見学者はなかったです」と、たどたどしい日本語だったが確信を持って言う。

 

見学者を見たのはボクひとりだった。

ボクは亡霊でも見たのだろうか?

<ボクが勘違いしている>と、そこにいる全員が思ったようだ。

でも、確かに白髪の老女がボクに入会の申込書を渡した。

もうそれ以上言うと、益々ボクが疑われそうだった。

他の生徒たちはボクの勘違いだと思ったようだ。

 

授業を終え、ボクは教室を出た。

1階に降りて事務所の前を通り過ぎようとした時、応対してくれた事務員がボクに声を掛けた。

事務員の横には年配の女性が立っていた。

「あの、私は館長の飯塚です」と、その女性が言う。

「事務の子から聞いたんですけど、楠本さんの書類を届けていただいたのですね」

「はい」とボクはうなずく。

「本当に、先週楠本妙子さんからこの書類を受け取ったのですか?」

「ええ、その人は見学に来られていて、私が帰る時、駐輪場でその書類を事務所に出してほしいと頼まれたんですが…」

「見学にね」と館長は言って、横にいる事務員と目を合わせた。

事務員は館長に向かって、ゆっくりと首を振った。

「先週の英会話には見学者の記録がないのですよ」

「でも、確かに名前と住所が書いた申込書を預かりましたよ。書類は事務員さんにお渡ししましたが…」と言って、私は事務員のほうを向いた。

「確かに、書類はいただきましたが…」と、呟くように事務員が言う。

すると、館長が口を挟む。

「あの、楠本妙子さんをご存知なんですか?」

「いえ、先週初めて会った人です」

「初対面ということですか…」

「はい、もちろんそうですよ」と、ボクは強い調子で言う。

館長と事務員は顔を見合わせて、不審な表情を浮かべた。

しばらく沈黙があった後、館長は口を開いた。

「確かに、楠本妙子さんはいましたけど。以前、この英会話の生徒だったんです。でもね、2年前に亡くなったんです。英会話を終えて自転車で帰っている時、トラックと接触事故を起こして。頭部を強く打って…」

話を聞いたボクは全身の血が足下へと流れ落ちていくのを感じた。

「でも、確かに…」

ボクはあとの言葉が出なかった。

 

老女を見たのはボクだけだった。

ボクの作り話だと言われても、反論しようがない。

確かに、ボクは白髪の老女を見たのだ。

 

その後、ボクに向けられる視線が冷たく感じられ、ボクは英会話教室をやめてしまった。

 

お・し・ま・い

 

ショートショートでした。

もちろん、作り話です。

 

私は2年前の4月から公民館の英会話に通った。

2年と3ヵ月、外人教師のもとで英会話を習った。

生徒はほとんどが女性で、半数は私よりも年上の女性だ。

 

通い始めてからしばらくして、隣に座っていた80歳のFSさんと親しくなり、終わった後にスーパーのイートインでお茶して帰るのが習慣になった。
その後、3人の老女が毎回参加して、毎回井戸端会議をしていた。

 

初めは年配の女性たちと会話するのが楽しかった。

会社は男性社会だったので、老女といえども女性たちの話は新鮮だった。

私も老女たちを楽しませるような話題を提供していた。

 

だが、2年もすると、限界がきた。

老人独特の、同じような話題が続く。

(私も同じ話をしているようだが…)

特に、FSさんは毎回息子ふたりが国立大学を出ていることを自慢したり、生命保険会社で働いていた武勇伝を繰り返し聞かせてくれる。

 

そろそろ、飽きがきた。

とりあえず、英会話教室をやめることにした。

 

死ぬまで英会話の勉強は続けたいと思っているが…。

author:金ブン, category:日常の出来事, 10:39
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濃密な1週間の出来事

JUGEMテーマ:日記・一般

 

今週は濃密な1週間だった。

退職以来、一番忙しかった7日間かも。

その日々を振り返ってみた。

 

日曜日と月曜日、妻と伊勢志摩へ旅行した。

4月に娘たち家族が大阪へ引っ越してきたので、定例の春の旅行が6月になってしまった。

その代わり、娘が留守中年寄りたち(父と義母)の面倒を看てくれる。

 

日曜日の昼前に出発し、中国道から名神、新名神を通り、伊勢道へ。

ドライブを楽しみながら、夕方鳥羽に着く。

早めの夕食は鳥羽の料理店「漣(さざなみ)」。

大きな海老フライや海の幸の刺身が付いた「あこや御膳」と地ビールをいただく。

妻は国産牛の陶板焼きが付いた「に志き御膳」を食べた。

 

あこや御膳

 

満腹状態で、タラサ志摩ホテル&リゾートに到着。

全室オーシャンビューで、庭には草間弥生の大きなパプリカが置いてある。

夕日は絶景。

 

 

 

その夜は午前0時に起きて、ワールドカップ 日本とセネガルの試合を観戦。

午前6時ごろ起きて、近くを1時間散歩した。

 

部屋からの景色も良かったが、朝食のバイキングが美味しかった。

料理にひと工夫があり、調子に乗って食べすぎた。

 

 

その日の午前中は「志摩地中海村」へ。

ホテルがあるリゾート地で、まさに地中海にいるような雰囲気。

 

 

そこで、30分の英虞湾クルーズを楽しむ。

 

 

その後、伊勢神宮へ。

参拝前に、「おかげ横丁」で友人に薦められた「赤福氷(520円)」を食べる。

たくさんの床几が並んでいたが、満員の盛況だった。

氷の中には赤福が入って、上から抹茶の蜜が掛けてあるシンプルなものだが、暑い季節には最適。

すっきりした味だった。

 

食べている最中に、シルバー人材センターから連絡があり、急な仕事を頼まれる。

明日センターへ出勤することになった。

 

神様に参拝し、股関節の痛みが治りますようにお願いする。

財布に入っていた5円玉と1円玉すべて(合計11円)を賽銭箱に投げ入れた。

 

「おかげ横丁」で土産を買い、帰路に就く。

帰り、吹田の娘宅と娘婿の家に立ち寄って、土産を届けた。

 

翌日火曜日の午前中、シルバー人材センターに出かけた。

頼まれたのは24ページの小冊子「認知症講習会のレジメ」を150部印刷することだった。

2時間ほどで終了し、他に頼まれた標語のポスターを印刷してからセンターを出た。

 

急いで、伊丹駅近くにある関西スーパーフードコートまで行った。

そこで待ち合わせをしていたボランティアの会の人と、昼ごはんを食べた。

そのフードコートではスーパー内で買ったものが食べられる。

小さな巻き寿司と6個入りのたこ焼きをつまんだ。

この後、ボランティアのメンバーとカラオケをすることになっていた。

 

1時半、ジャンカラに5人のメンバーが集まった。

散髪で遅れて参加したひとりを合わせて、6人が参加した。

平均年齢は約75歳、最高齢は85歳。

女性がひとり、82歳。

 

毎月第4週の火曜日に、ジャンカラでカラオケをすることになったのは2ヵ月前のことだ。

第4週の火曜日は年寄りが半額なのだ。

受付に行くと、平日であり安いので、暇をもてあそぶ年寄りたちが並んでいた。

 

カラオケ好きなメンバーがいつも予約を入れている。

メンバーにとって、ジャンカラの魅力は焼酎が無料であること。

水割り、ソーダ割り、お湯割り、ロック、ストレート、いくら飲んでも無料だ。

部屋に入ると、マイクを用意するよりも、焼酎を注文することが先だ。

それぞれ、2杯ずつ注文を入れた。

 

とにかく、平日のまっ昼間のカラオケだ。

酔わないと、盛り上がらない。

私もビールを飲みたかったが、無料に魅かれて米焼酎を注文した。

ところが、この水割りがやたらと薄い。

そこで、メンバーの一人がストレートを5杯注文する。

それを水割りに追加して飲んでいた。

 

運んでくる店員は愛想良く、次々と注文したものを持ってくる。

おそらく、注文し続ける老人たちに呆れていることだろう。

注文したものはすべて無料なのだ。

それに、酒のつまみは持参したチーズやおかきをテーブルに広げている。

私は伊勢志摩で買った「松坂牛のポテトチップ」を提供した。

 

カラオケが始まる。

いつも歌い始めは私。

リクエストにお応えして、杉良太郎の「ぼけたらあかん長生きしなはれ」を歌う。

繊維商社出身のS・Mさんは石原裕次郎や舟木一夫などの思い出の昭和歌謡。

一橋大卒大手銀行出身のS・Hさんはジャンルを問わず、歌上手。
英検1級の英語力で、英語の歌も熱唱する。

82歳の女性S・Kさんは演歌一筋。
最年長85歳のS・Sさんは戦前の歌を中心。
そして、少し遅れて参加したHさんは長渕剛や軍歌。

 

今回、私はコミックソングばかりを唄うことに決めていた。

「糖尿だよ、おっかさん」、「だまって俺についてこい」、「ハイ、それまでよ」、「なごり寿司(なごり雪の替え歌)」などを歌う。

 

慣れない焼酎を3杯飲んで、2時間経ったころには良い気分になっていた。

老人たちは時間をわきまえている。

盛り上がっているのに延長すること無く、次回の日を決めて解散した。

これだけ遊んで、ひとり420円の出費だった。

 

さて、翌日水曜日は終日、シルバー人材センターで時給800円のアルバイト。

朝5時半に起きて自分で弁当を作り、9時前にセンターに入る。

仕事は会報誌のデータ修正と印刷。

 

ここでも同僚は70歳半ばの二人の老人。

ふたりとも無口な人たちで、沈黙の中で仕事が進む。

昼休みは弁当を食べ終わってから、近くの公園を散歩する。

散歩が目的というよりも、休み時間に無口な人たちといる沈黙の空間が耐えられないからだ。

 

仕事を終え、16時半に帰宅した。

居間でネットを見ていると、17時半からイオンシネマで「万引き家族」を上映しているのを見つけた。

「今から行けば、上映時間に間に合う」と、バイクで映画館へ。

観客は15人程度。

友人から「パルムドール賞を獲ったので、満席やった」と聞いていたので、拍子抜け。

平日のこの時間だから、当然だろうと思いかえす。

 

「第3の男」、「甘い生活」、「欲望」とか、学生時代にカンヌグランプリ受賞作を良く観ていた。(現在の最高賞はパルムドール賞という)

疑似家族たちが海辺で遊ぶシーンはフランス人好みの設定だ。

是枝監督は子どもを使うのが上手い。

 

翌日木曜日の午前中は空き時間ができた。

今週もやらないといけないことがたくさんあった。

ボランティアの会のホームページの更新作業、会報誌の記事を書く作業、などなど。

 

ところが、昼からは公民館でのパソコン会がある。

ここではパソコンを教える立場なので、教えることをまとめなければならない。

午前の時間は教材になるレジメを作って終わった。

 

昼1時前に、公民館に着いた。

すでに、仲の良いボランティアのメンバーが準備を終えていた。

会員が9人集まった。

私はプロジェクターを使って、ワードの「表の作り方」を教えた。

生徒の年齢は70歳代が中心。

丁寧に教えているのだが、なかなか前へ進めない。

出来ない人のパソコンに近づいて、個々に教えないといけない。

同じ事を何度も教えるのは疲れるものだ。

 

3時には休憩のお茶タイム。

生徒にとって、パソコンを習うことより、お茶タイムに雑談することのほうが楽しいようだ。

会員のひとりが豪華客船でクルーズをした話をしていた。

 

お茶タイム終了後は、個々のテーマで解らないことを尋ねてくる。

解らないことがあると、ネットを調べながら解答する。

 

教室は5時に終了し、ロビーでメンバーのひとりと雑談して、帰宅した。

 

毎週1回、宝塚スポーツセンターのプールで泳いでいる。

膝や股関節のリハビリのためだ。

今週は忙しかったので、行けなかった。

午後6時にパソコン教室から帰宅して、急にプールへ行く気になった。

午後6時半からプールの利用料が半額の200円になる。

かなり疲れ気味だったが、思い付いたら行動しないと落ち着かない。

 

バイクで宝塚スポセンのプールに出かけて、1時間泳いだ。

泳ぐというより、ほとんど水中を歩いていた。

 

帰宅してから妻と夕食を食べ、しばらくしてベッドへ入った。

午後11時から始まる、日本対ポーランド戦を観るためだ。

だが、疲れからか、ぐっすりと寝入ってしまった。

ふと目が覚めると、妻がベッド横のテレビで試合を観ていた。

すでに、後半40分過ぎだ。

「なんや、負けてるやん」と言って、眠い目をこする。

 

負けている日本チームがワザとボールを回して、時間稼ぎをしている。

「なんや、攻めんかいな」と、事情の解らない私はテレビ画面に呟く。

終了のホイッスルが鳴ってからしばらくして、日本の決勝トーナメント出場が放送された。

事情は理解できたが、<にわかサッカーファン>の私はなんか割り切れない気分に包まれた。

後、テレビではこの試合の感想をサポーターに尋ねていた。

皆一様に、「決勝に行けたので、万歳」、「とにかく、ホッとした」とか、試合を肯定的に見るサポーターが多かった。

しかし、5,6歳の女の子がマイクを向けられて、「寂しかった、点を取ってほしかった」と応えていた。

子供は正直だ。

 

当然、翌日金曜日は寝不足である。

午前中、ボランティアの会のホームページの更新作業をしたり、ブログの内容を考えたり…。

 

昼から、シルバー人材センターへ出かけた。

引き継いだ仕事で解らないことがあるので、私の前任者にそれらを訊くためだ。

前任者は80歳。

その人は20年近く、シルバーでパソコン関係の仕事をしていた。

だから、やってきた仕事に強い自負心を持っている。

私が入会してきたことで仕事を辞めることになった訳だから、私に対してあまり良い感情を持っていない。

だが、私としては訊かないと前へ進めない。

 

前任者は待合わせの1時に、事務所に来てくれた。

人材センターの総務担当者が立ち会って、私は何点かの疑問を前任者に尋ねた。

前任者は自慢話を交えながらも、疑問に応えてくれる。

じゃべり方は荒っぽいが、根は良い人だと感じた。

1時間程で終わったが、その後1時間雑談をしていた。

 

ここでのパソコンを使う仕事はかなり面倒なことが多いようだ。

だが、センターとしては新人の私にすべてを託すしかない様子だった。

他の二人は決まった仕事しか出来ないようだし、会員の中でパソコンを使える人が少ないからだ。

私もパソコンが得意とはいえないが、パソコンに向かうことは嫌いではない。

闘う気力もまだ残っていた。

 

人材センターを出て、慌てて帰宅した。

帰宅して、すぐに家を出た。

午後5時に、大学の友人ふたりと難波で待ち合わせしているからだ。

久しぶりに、友人との飲み会だ。

繁華街は活気に満ちている。

この日はプレミアムフライデーなのだ。

 

「ミュンヘン」で、ジョッキ片手に名物の唐揚げを食べた。

この1週間が忙しかっただけに、親しい仲間との会話で癒された。

音楽、映画、本、麻雀そして、下ネタ。

おそらく以前にも話し合った内容が随所に出てきたのだろうが、懐かしい思い出話が妙に落ち着くのだ。

毎回同じような場面やギャグが出てくる、映画「男はつらいよ」を観ているような安心感。

 

 

それぞれの苦労を抱えながら、60代半ばを生きている。

そんな友人たちに、逞しさと頼もしさを感じるのだった。

 

午後8時にお開きとなり、金曜日が終わった。

 

土曜日はこのブログをアップすることを決めている。

5時半に起床し、頭の中にある1週間の出来事を文字にする。

8時に朝食を済ませ、9時から読み直して、ブログが完成した。

 

充実した1週間だと思うが、暑さで疲れが溜まっている。

もうすぐ、孫たちがやってくる。

今日も、ゆっくり出来そうにない。

author:金ブン, category:日常の出来事, 10:32
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大声で。

JUGEMテーマ:ニュース

 

ボランティアの会などの高齢者の集会に参加すると、時折23年前に起きた阪神淡路大震災の話が出る。

当時伊丹に住んでいた人はいろんな体験談を持っている。

もう20年以上前の事なので、過去の苦労話は輝いて話せる。

私も妻と息子がピアノの下敷きになったことや屋根に取り付けるブルーシートを手に入れるために市役所で長い列に並んだ話をしたりする。

自宅を建て直すことになったとはいえ、身内の者がケガすることもなかった。

 

伊丹でも22人の人が亡くなっている。

その場に身内を失った経験を持つ人がいたら、思い出話を懐かしく語れないだろう。

 

久しぶりに、地震の恐ろしさを経験した。

朝食前、食卓テーブルに座っている時、大きな横揺れが来た。

私は「ワーッ」と声を出すだけで、収まるまで何も出来ず、ただ立ちつくしていた。

妻はすばやく仏壇に駆け寄って、倒れないように押さえていた。

揺れが収まると妻は「なんや、大声を上げて、何にも出来ないやん」と、軽蔑を含んだ笑いを浮かべるのだった。

そう言われても、弁解しようがない。

わずか10秒ほどの時間だったが、大きく揺れる家屋を前に心臓の鼓動が速くなっていた。

 

しばらくして、娘からのライン電話が鳴った。

娘の声を聞くまで、吹田に引っ越していたことさえ頭に無かった。
4月に吹田で新居が完成して、宮崎から移り住んでいたのだ。

 

小学生3年の孫息子は校舎の階段で、1年生の孫娘は通学途中で地震にあったという。
孫娘は電線が大きく揺れるのを見て、地震だと分かったそうだ。

近くを歩いていた小学生が倒れた塀の破片に当たって、ケガをしたと語っていた。

倒れたブロック塀に挟まれて亡くなった子供がいたと知ると、寒気がした。

 

火事やカミナリは防ぐことや逃げる事が可能だが、地震は突然やってくるので防ぎようがない。

生死は運命に左右される。

 

日頃予知訓練として緊急地震速報を携帯電話で鳴る様になっているが、今回は地震が起こった後に鳴っていたようだ。

大阪管区気象台は「技術的な限界」と説明している。

結局、地震の予知は出来ないに等しい。

 

気象庁のホームページに「地震の予知はできますか?」という質問の回答が書いてある。

 

 <・・・「(時)一週間以内に、(場所)東京直下で、(大きさ)マグニチュード6〜7の地震が発生する」というように限定されている必要がありますが、現在の科学的知見からは、そのような確度の高い地震の予測は難しいと考えられています。・・・

 一般に、日時と場所を特定した地震を予知する情報はデマと考えられます。お聞きになった情報で心配される必要はありませんが、日本は地震国であり、地震が起こらない場所はないと言っても過言ではありません。日ごろから地震に対する備えをお願いいたします。>

 

日本に住む以上、地震というリスクは避けられない。

 

40年以上経っている家のブロック塀を建て直さないといけないのだが…。

 

(追記)

地震の翌日、ワールドカップでの日本の勝利で<大迫、半端ない>の言葉が沸騰している。
この言葉が発せられた時の映像がyoutubeにもアップされていた。

これは日本テレビ系の放送で撮影されたものだという。

負けた滝川第二のキャプテンが対戦相手を絶賛する姿。

監督の姿勢が微笑ましい。

なかなか、爽やかな映像だ。

 

スポーツのあるべき姿はこんな笑いの中にあるような気がする。

観ていない人はぜひ視聴を。

 

https://www.youtube.com/watch?v=pZ2UIYRK5I4

 

 

 

author:金ブン, category:日常の出来事, 10:01
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人工知能

JUGEMテーマ:日記・一般

 

今年2月、車を買い替えた。

車種を選ぶのに、私は軽自動車で十分だと思っていた。

もう、還暦を過ぎた夫婦ふたりの生活なのだから…。

 

ところが、妻は車種にこだわりがあった。

私と違って、妻は車が好きなのだ。

これまで乗っていた車は日産のエクストレイル。

アウトドア志向に人気がある車種だ。

妻としてはこの路線を続けたかったようで、1年前から目を付けていたのが三菱のアウトランダー。

エクストレイルと大きさはほとんど変わらないが、日々の買い物しか使わない60過ぎのジジババには似合わない。

PHEVという給電機能が特徴で、「電気自動車」と「ハイブリット車」の機能を持つエコカーなのだ。

また、様々な安全装備を搭載した、話題のサポートカーで、誤発信防止等が充実している。これはジジババ向きだ。

 

最初は電気を使って走るので、かなり静かだ。

だが、安全装置がやたらとうるさい。

物体が近づくと、ピーピー音がする。

側面にオートバイや車が接近すると、バックミラーに注意喚起ランプが点灯し、ピーと音がなったり、車線を跨いで走らせるとまた、ピーと音がなる。

安全なのだろうが、とにかく、うるさい。

 

それに自動化されている装置が多い。

車が好きでない私には仕組みを覚えるのがなかなか面倒だ。

だから、父親を病院へ連れて行く以外、私はほとんど乗らない。

 

車の機能は日々進歩しているようだ。

今後、人工知能(AI)の進歩によって車の自動化はさらに進むという。

20年もすれば、街なかを完全自動化された無人の車が行き交っているだろう。

 

井上智洋の「人口知能と経済の未来」によると、2030年頃には第4次産業革命が進み、汎用型の人工知能が人間の知能を超えて、様々の職業が消滅するという。

数年前まで、コンピューターの将棋ソフトは人間のトップ棋士に勝てないと言われていたのに、今はもう全く人間には歯が立たない。

AIは膨大なデータを吸収しながら自分自身で学習し、益々強くなっていく。

 

今後、人間の仕事はどんどん、AIに代わっていく。

人口の1割しか働かない社会がやってくるという。

特に、事務的な仕事はAIが汗も流さずに片付けてくれる。

どんなに働いても、残業代は要らない。

 

ホテルの受付係、レジ係、弁護士、保険の審査担当、不動産のブローカーなど、当然人がやる仕事と思われていたものはAIを搭載したロボットがする。

人間がやらないような、きつい、危険、きたないの3KはAIロボットがやってくれる。

そう考えると、人がやらなくても良いような仕事はたくさんある。

 

先日、整形外科へ出かけた。

股関節の治療を受けるためだった。

足の付け根、つまり恥骨の辺りを動かすと痛いのだ。

この痛みは2年以上続いている。

診察を受ける前、ネットで調べていると、「グロインペイン症候群(「鼠径部痛症候群」)」という病名が出てくる。

特にサッカー選手に多い症状で、原因としてキック動作での股関節の運動の繰り返しや走ったり止まったりという股関節に過度なストレスが多く加わるスポーツに見られますと書いてある。

私の痛みも最初はテニスをしている時から始まった。

医師に「グロインペイン症候群(「鼠径部痛症候群」)」のことを訊きたかった。

 

その日は院長先生が不在で、代診の医師が大学病院から来ていた。

若い医師だ。

これまで撮影したレントゲンやMRIの画像、カルテを見ている。

そして、股関節を柔らかくするストレッチや筋トレを続けるようにと、今までと同じ診断を下す。

そこで、私は「症状をネットで調べると、グロインペイン症候群という病名が出てくるのですが、これはどのような病気なんでしょうか」と尋ねると、医師は「グロインペイン?」と首を傾げる。

そして、ポケットからスマホを取り出して、調べ始める。

しばらくして、「サッカー選手に多い症状のようですね。鼠径部の筋肉の炎症による痛みですね」と、ネットに書いてあることをくり返す。

最後は、「MRIの画像では鼠径部に骨の異常は見当たらない」と言いながら、今まで通りのストレッチや筋トレを勧めた。

 

医師の診断は症例や治療実績のデータから、導き出されるのだろう。

そうであるなら、それらのビッグデータを搭載したAIのほうが正確な診断が出来る。

 

AIを搭載した医師ロボットが現れることを心待ちにしている。

 

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:59
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