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うつ病九段

JUGEMテーマ:読書

 

木の実ナナ、武田鉄矢、岡村隆史、ユースケ・サンタマリア、高島忠雄、丸岡いずみ…。

これらの芸能人は「うつ病」に罹患したことを公表している。

人気商売の有名人であるが故に、多くのストレスを抱えているようだ。

 

プロ棋士の先崎学は昨年の9月から今年の4月から将棋のトーナメントから休場していた。

休場当時「一身上の都合」ということだった。

好きなトッププロのひとりだったので、突然の休場が気になっていた。

 

NHK将棋トーナメントでの先崎棋士の解説は分かりやすく、面白かった。

特に5年前のトーナメントでの、準決勝羽生・郷田戦の解説は印象に残っている。

羽生棋士が見事な詰み筋を見つけた時、「やっぱり、羽生さんは天才ですね」と何度も感心していた。

自分もトッププロなのに、同年輩の棋士を褒め上げる姿は微笑ましくもあった。

その性格が素直で大らかなのだろうと感じたものだ。

文章も上手く、将棋関係以外でもたくさんの本を出版している。

マンガで大ヒットし映画化された「3月のライオン」は先崎が監修している。

 

休場してしばらくしてから、ネット上では休場の原因が精神的な病気だと書かれていた。

 

トップ棋士の休場といえば、4年前女流棋士の里見香奈が話題になっていた。

女流タイトルを独占していた棋士の突然の休場だったので、ストレスによるうつ病ではないかと囁かれていた。

(里見香奈棋士は8ヶ月後に復帰して、次々にタイトルを取り返して復活している)

 

陽気で明るい性格に感じられた先崎棋士が精神的な病気に罹ったというのは意外に思えた。

その先崎棋士が今年の7月出版した本が話題になった。

本の題名は「うつ病九段」で、副題に(プロ棋士が将棋を失くした1年間)とあった。

突然うつ病に罹った将棋のトップ棋士が体験した日々の出来事を克明に記している。

 

幼い頃から将棋を初め、天才と言われながら将棋界の頂点を目指して、駆け登っていった。

ずば抜けた成績を残しながら常に注目を浴び、先崎棋士は人々から賞賛される。

出版した本も売れ、話題映画の監修もする。

 

それが、6月23日のことだ。

朝食後突然、頭が重くなるのを感じる。

すぐに治ると思っていたが、それ以後1週間、頭はどんどん重くなるばかりだ。

「これはおかしい」と自覚するようになる。

だんだんと寝付きが悪くなり、眠れなくなっていく。

 

予兆はあったという。

その頃、将棋界は「不正ソフト使用疑惑事件」で揺れていた。

将棋連盟の会長が同年代の佐藤棋士であったので、様々な相談に乗っていた。

また、映画の監修や執筆活動などで、多忙を極めていた。

 

<胸が苦しくなる症状が出るようになり、横になっていると、無性に胸がせりあげてくるような感覚が襲ってくる。>

<胸が苦しくなるとともに、頭が重くなる。常に頭の上に1キロくらいの重しが乗っているような感じで、この重しは横になっても取れない。>

<ひたすら深呼吸をする。ゆっくり吐いて、ゆっくり吸って。しかし、どんなに深呼吸しても、頭の重さと胸の苦しさは減ることが無かった。>

 

やがて、死のイメージに取り憑かれるようになる。

 

<頭の中には、人間が考える最も暗いこと、死のイメージが駆け巡る。高い所から飛び降りるとか、電車に飛び込むなどのイメージがよく浮かんだ。>

 

<電車に乗るのが怖いのではなく、ホームに立つことが怖かった。毎日何十回も電車に飛び込むイメージが頭の中を駆け巡った。>

飛び込むというよりも、吸い込まれるというイメージなのだそうだ。

<健康な人間は生きるために最善を選ぶが、うつ病の人間は時として、死ぬために瞬間的に最善を選ぶ。脳からの信号のようなもので発作的に実行に移すのでないだろうか。>

 

棋士は頭脳を使う仕事だ。

うつ病が進行すると、全く頭が働かなくなる。

論理的な能力が衰え、判断力が低下する。

プロ棋士は棋力を養うために、詰将棋をする。

プロ棋士になると、十数手詰程度なら容易に解いてしまう。
先崎棋士の場合、アマチュアでも解けるような7手詰が全く解けなくなってしまったという。

<うつ病は心の病気ではなく、脳の病気なのだ。>

 

幸運と言うのは変なのだが、先崎棋士にとって、実兄が精神科医だったことが良かった。

兄の助言で、うつ病を克服する時間が早まったと云えるだろう。

今年の4月からプロ棋士として復帰し、順位戦トーナメントで将棋を指せるまでに復活している。

 

現在、日本では15人にひとりがうつ病に罹って、世界中では3.2億人がうつ病を発症し、年間80万人が自殺しているという。

<オトナの雑学>に書いてあったが、今健康増進効果があると注目されているブロッコリーはうつ病にも効果があるらしい。

ブロッコリーの栄養素である<スルフォラファン>という成分は精神面にも効果を発揮することがアメリカの研究で報告されているという。

 

私は精神面で弱いところがあると自覚している。

すぐにくよくよと考え込むし、瑣末な出来事を気にして睡眠が浅くなる。

 

玉ねぎは嫌いだが、ブロッコリーは野菜の中で一番好きだ。

最近、ブロッコリーを良く食べている。

author:金ブン, category:読書, 09:50
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ドクターショッピング

JUGEMテーマ:健康

 

精神的・身体的な問題で、複数の医療機関で受診して回ることを、ドクターショッピングというそうだ。

 

足の故障はなかなか良くならない。

3年前に膝を痛めてから、整形外科や鍼灸院、整骨院など次々と診察を受けた。

現在は股関節(恥骨付近や内転筋の付け根)が痛い。

股に鉄の塊がハマっているようで、かなり、歩きづらい。

 

昨年は膝の内視鏡手術を受けた。

関節の軟骨が遊離しているのを取り除いてもらう手術だった。

確かに、ピリッと感じる膝の痛みは無くなった。

ところが膝全体の違和感が残り、踏ん張りが利かない状態になった。

別の整形外科で理学療法士にリハビリを勧められたが、なかなか膝の動きが良くならない。

そのうち、恥骨(股関節)の内側に痛みが出てきた。

膝をかばう歩き方で、股関節にも影響が出てきたようだ。

 

整形外科で撮影したMRIによると、椎間板ヘルニアがあることも告げられた。

治療するには、ストレッチと筋トレで股関節周辺の筋肉を鍛えるしかないと言われ、理学療法士のメニューに従って、毎日トレーニングを繰り返した。

 

このあたりの経過は今年2月頃のブログで書いた。

それ以後、ストレッチや筋トレをくり返しているが、症状が改善されることはなかった

痛みの原因が判らず、思い悩む日々が続いた。

「股関節の痛みは椎間板ヘルニアが影響しているのではないか」という疑問が湧いてくる。

神経系なので神経内科へ行こうと思っていた時、「ペインクリニック」の看板を見つけた。。

 

「痛み」(ペイン)をやわらげる治療をする病院のことだ。

ネットで調べると、こんなことが書いてある。

 

<「痛み」のストレスをためていくことで痛みの悪循環が起こりなかなか治らない、時には生活に支障をきたすような長くつらい痛みとなっていきます。
 ペインクリニックでは交感神経ブロックという注射療法を中心に薬物療法や温熱療法などを併用しながらこの痛みの悪循環をなくし、平穏な日常を送ることを目標とした治療をおこなっています。>

 

さっそく、JR駅前にある医院へ行ってみた。

その医院は駅前商業施設の2階の医療フロアにあった。

昼からの診察は午後4時で、早めに入ると待合室には誰もいない。

受付で問診票を書いて、事務員に症状を口頭で伝えた。

しばらく長椅子に座って待っていると、患者が数人現れて受付をする。

患者たちは順番が来て呼ばれると、診察室に入っていく。

予約している患者が優先される。

しばらく待つと、診察の順番がやってきた。

 

50歳代と思われる医者が症状を訊く。

医者の第一印象が悪かった。

パソコンを見たままで、患者である私の顔を見ようともしない。

 

症状を告げると、パソコン画面に映った人体図に直接タッチペンで患部を書きいれた。

整形外科で椎間板ヘルニアと診断されたことを伝えた。

恥骨のあたりが痛いことを告げ、その原因と痛みを和らげる方法は無いかを尋ねた。

ヘルニアが原因かどうかを調べるのは難しいといい、薬を服用しながら原因を確かめていくと、医者は説明する。

ぞんざいな態度に、失望感が抱いた。

医者はリリカ25咾箸いδ砲濟澆瓩量瑤鮟菠した。

 

1週間服用したが、全く痛みに効果がなかった。

再び医院に行って結果を告げると、リリカ25咾鯒椶裡仮服用するよう処方した。

2週間続けたが、やはり効果がなかった。

医者に告げると、前回のMRI撮影から時間が経っているので、再度MRIを撮ってみましょうと言い、市民病院の放射線科の予約を取ってくれた。

 

市民病院でMRIの撮影をしてから、画像を持って医院を訪れた。

前もって、市民病院の放射線科から医院にファックスで診断結果が送られてきていた。

医者は画像を見ながら、椎間板ヘルニアのことを話す。

ヘルニアがあるが、それが股関節の痛みに影響しているかどうかは判らないと、結局以前の言っていた事をくり返しただけだった。

今回椎間板のあたりともう一カ所、股関節回りも撮影してもらっていた。

「股関節はどうですか?」と訊くと、その部分の画像もパソコンで開かずに市民病院の放射線科のファックスを見ながら、「異常無しです」と素っ気なく答える。

この医者は画像を見て判断できるのかと、疑問が湧いてくる。

 

そして再び、2週間リリカ75mgを服用するよう処方した。

副作用が無いとはいえ、効果が出ない痛み止めを1ヵ月も飲み続けても大丈夫なのだろうか、と不信感を覚えた。

結局、この医院での治療は諦めた。

 

その頃、コレステロールや血圧で、家の近くのS循環器内科に通っていた。
院長のS医師は話しやすい先生だった。

S医師は学校の教師をしていたが、医師になりたくて再び医大に入学し、医者になった経歴を持っている。

嫁さんからの情報なのだが、S医師の実家は近くに土地やビルを所有しておられて、かなり裕福なんだそうだ。

裕福だからというわけではないのだが、むやみに薬を出さないと、妻は近所での評判をいう。

 

診察の科目は違うのだが、私は股関節の状況を相談してみた。

すると、S医師は「ペインクリニックは最終的に痛みを和らげる治療なので、やはり整形外科で診察を受けたほうが良い」との意見をいう。

それは十分承知しているのだが、すでに3件の整形外科に通った。

そこで、S医師に市民病院の整形外科を紹介してもらうことを頼んでみた。

市民病院は紹介状無しで行くとかなり待たないと診察してもらえないし、診察料の他に特別料金5千円が掛る。

すると、S医師は快く紹介状を書いてくれた。

 

数日後、市民病院へ出かけた。

紹介状を持って行くと、診察してもらうまでの時間が掛らなかった。

医師は紹介状や問診票を読んでから、MRIの画像を確認していた。

そして、股関節の骨には異常が見られないこと、椎間板ヘルニアの程度、股関節の痛みがヘルニアと関係している可能性や手術する方法とリスクなどを丹念に説明してくれた。

恥骨筋や内転筋の付け根の筋肉が炎症しているようなので、ストレッチや筋トレを休んで様子を見たら良いんじゃないかと言う。

診察結果は今までと変わりなかったが、詳細に説明してもらったので納得出来た。

 

なんとも、さまよえるドクターショッピングである。

世の中には、得体のしれない身体の不具合と闘っている人がたくさんいるのだろう。

 

今は近くの整骨院に通っている。

妻の友人が「息子が股関節の痛みで治療してもらって治った」という整骨院を紹介してくれたからだ。

30歳代の若い整体師がみっちり1時間近く患部を押してくれる。

まだ、効果の程は判らないが、これが気持ち良いのだ。

とりあえず、2ヵ月程度はやってみようと思っている。

 

また、ドクターショッピングに出かけることになるかも…。

author:金ブン, category:健康, 10:04
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不注意

JUGEMテーマ:日記・一般

 

注意力が散漫なところは、なかなか直らないものだ。

歳を取ってから、その傾向がさらにひどくなった。

こんな単純な作業を、重ねてミスするとは思わなかった。

 

シルバー人材センターでパソコン班の仕事をするようになって、もうすぐ1年になる。

パソコン班というのは月一回発行の会報を作る他に、チラシを印刷したりポスターを印刷したり、主にパソコンを使って仕事をする。

メンバーは私を入れて三人。

他の二人は70歳半ばのAさんとBさんだ。

班のリーダー役だった人が80歳になったのを期に引退され、私は加わった。

パソコンが好きな私にとって、好都合の仕事だった。

 

会報の制作で毎月月末の2日間に三人が出勤し、1日目はデータ制作、2日目は印刷する。

その仕事は二人いれば十分できる仕事で、主にAさんとBさんがしている。

前任のリーダー役の人がしていたように、私はAさんとBさんのどちらかが休んだ時の代打要員になっていた。

私の仕事は臨時で頼まれる宣伝用のポスターやチラシ等を作ることやデータ打ちこみ作業等だった。

 

月末出勤の2日間はAさんとBさんがデータ作りや印刷の仕事を黙々とこなしていた。

臨時的に依頼される仕事が無い時、私ひとりが暇だった。

前任者の人は責任者だったので、仕事が無い時はパソコンでネットを見たり雑用をしたり、のんびり過ごされていたようだ。

ところが、新人の私が堂々とのんびりしている訳にはいかない。

仕方が無いので、パソコン内のデータの整理をしたり、ワードやフォトショップ等のソフトの練習をしたりしている。

(Aさんが休んだ時会報のデータ作りをしたが、それは1度だけだった。)

 

ベテランの二人が仕事をしているのに、新人の私が黙って見ている訳にはいかないので、時折「何か手伝うことがあれば、言ってください」と言う。

だが、二人は会報作りの仕事を楽しんでいるようで、その領分を侵されたくない様子だった。

 

会報は毎月3千人の会員に配布する。

各地区の会員数ごとに印刷した会報を分けて梱包し、地区のボックスに入れる。

配布するのは各地区にいる世話人たちだ。

印刷した翌日に世話人たちが取りに来て、会員宅の郵便ボックスに投函する。

 

会報以外に、いろんなイベントや講習会などのチラシも入れる。

それらの印刷物は会員数の約3千枚が梱包されて、納入されてくる。

会報同様、各地区の会員数ごとに手作業で分けなければならない。

○○地区48とか、○○地区89枚とか、約80カ所分を数えて振り分ける。

 

会報は印刷してから折り機に掛けるので、折り機が枚数を数えてくれる。

だから、数え間違いが無い。

だが、その他のチラシ類は手作業で数えないといけない。

この作業が問題になった。

 

私は現役の頃、仕事で電車内の中吊ポスターや印刷物を数えた経験がある。

だから、紙を数えることに多少の自信があった。

だが、そんな自信がもろくも崩れてしまったのだ。

 

「何か手伝うことがあれば」と言う暇な私に、先輩のひとりが「それじゃ、これを地区ごとに数えて分けてください」と、チラシの梱包を指す。

私は早速数えて、地区ごとに分けた。

この作業は私ひとりでしたのではなく、三人で行った。

 

最初にその作業をしたのが今年の2月頃で、その後何度か数える作業をした。

それから数カ月して、「最近、チラシの枚数に間違いが多い」と、担当の事務職員から注意された。

間違えると、足らない枚数を事務職員が担当地区の世話人宅まで持って行かないといけないのだ。

そう言われた時の、他の二人の反応は「これまで数え間違いはなかったんだけどな」だった。

三人で作業しているので、私が間違っていると判明したわけではないが、そういわれると、私が犯人だと言われているようだった。

私自身、間違わずに数えたという自信はなかった。

注意して数えないといけないなぁと思っていたが…。

 

9月に、A4のイベントチラシを数えて梱包する作業があった。

私は間違えないように慎重に数えた。

だが翌月、事務職員が部屋にやってきて、「先月(9月)のチラシに数の間違いがあって、30枚も少ない地区がありました」と告げ、「間違いがあると職員が配達しないといけないので、ゆっくりで良いので、間違いが無いようにしてください」と再び注意された。

三人の作業なので連帯責任なのだが、疑われている空気が漂い、私は居心地が悪かった。

 

そして先週、封入するチラシがあった。

どうも、他の二人は私に数える作業をしてほしくない様子だった。

私も数える作業はやらない方が良いと感じていた。

だがその日、私は他にする作業がなかった。

何もしないでボサッとしているのも気不味いので、チラシを数えていたBさんに「手伝います」と言ってチラシの梱包をほどいて、数えはじめた。

Bさんは少し迷惑そうな表情を浮かべた。

今度は注意して数えようと、私は思っていたが…。

 

数え終えると、Bさんが「7枚余っているのはおかしい」と言い出した。

チラシの数から会員数を引いた数が、余る数より7枚多いというのだ。

つまり、どこかで7枚数え間違いをしている。

もう一度、三人で数え直そうということになった。

注意深く数えたはずだが、不安だった。

 

祈る様にして数えていたが、結局私が数え間違いをしていたのが判明した。

声を出して言わなかったが、二人の顔から「やっぱりな」という表情が見て取れた。

気不味い雰囲気だった。

これまでの数え間違いも、すべて私の犯した間違いになってしまった。

状況からすると、それも仕方が無い。

何とも情けない気分だった。

 

人生は上手く行かないものだ。

author:金ブン, category:人生, 09:30
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老人のもがき

JUGEMテーマ:日記・一般

 

先月、パソコン関係の会社を経営しているI君から連絡があった。

2年ぶりに声を聞いた。

3歳年下で、彼が大学生だった頃からの知り合いだ。

 

「ちょっと、頼みたいことがあるねん」と、いつものタメぐちで言う。

頼み事というのは、退職した私にとってやっかいな内容だった。

 

彼の会社の得意先に、カウンセラーの資格講座を運営している会社がある。

その会社からパソコンを買ってもらったり、インターネット回線を設置したりと、通信関係の仕事を請け負っているという。

最近、ホームページやSNSの制作の仕事をもらった。

打ち合わせの際、そこの事務長さんから、「資格講座の受講生の集まりが悪いので、なんか良い広告の方法がないか」との相談があった。

 

そこでI君は、広告代理店に勤めていた私のことを思い出して、電話してきたのだ。

「もう退職して3年も経つし、それに最後はほとんど総務や経理の仕事をしていたので、募集広告なんて相談されても無理や」と、すぐに断った。

その会社は全国規模の社団法人だ。

私が勤めていた会社は総合広告代理店といっても、主に交通広告を取り扱う小さな町工場のような会社だ。

それに、私は広告営業の現場から10年以上も離れているのだ。

 

「必要なら、前の会社にいる営業を誰か紹介するし、コンサルで良ければ友達を紹介する」と、付け加えた。

するとI君は、「それは次の段階で良いから。とにかく会って、話だけでも訊いてほしいんや」と、執拗に食い下がる。

I君は思いこんだら、強引なところがある。

 

「久しぶりに、食事でもしよう」としつこく誘うので、梅田で会うことになってしまった。

もちろん、私はカウンセラーの会社に行くつもりは毛頭無かった。

 

歳を取ると、心にダメージを受けることを極力避けるようになる。

イヤな思いをしたくないのだ。

文化財のガイドボランティアをしたり、老人相手にパソコンを教えたり、またシルバー人材センターで気ままに仕事を手伝ったり、今の生活は刺激的なことが無いものの、平穏で気楽だ。

私は沢田研二のように縛られる過去の栄光など持っていない。

今さら現役の人と向かい合って、広告戦略を話す能力もモチベーションもない。

とにかく断るつもりで、梅田に出かけたのだが…。

 

身体に入ったアルコールは判断力を鈍らせる。

I君が予約してくれた梅田のホテルのレストランで、コース料理を食べた。

(コース料理といっても、飲み放題付きで3800円だと言った)

最近家でほとんど飲んでなかったので、ビールが身体に回った。

想い出話や本・映画の話で、酒宴は盛り上がった。

 

結局、「同行してくれるだけで良いから」の言葉に、「付いて行くだけなら」と承諾してしまった。

帰宅して酔いから覚めると、後悔することになった。

同行したら、黙って座っている訳にはいかない。

行くからには、I君の商売の後押しが出来るようなことを言わないといけない。

プレッシャーを感じた。

 

資格講座の生徒を集めるのは難題だ。

社団法人の事務長と云われる人なら、いろんな方法を試しているだろう。

それでも集まりが悪いというのに、業界の一線から遠ざかっている私のような老人に適切なアドバイスなど出来る訳がないのだ。

 

翌日早速、I君から1週間後にアポイントが取れたとの連絡があった。

先方へ行くことが現実になると、急に重たい気分になった。

訪問する以上、資格講座のことや業界のことを知らないといけない。

インターネットで、調べてみた。

私がアドバイス出来るとしたら、交通広告を中心にした募集広告しかない。

幸い、ネットには料金などの媒体資料が公開されている。

予備知識を用意して、本町にある事務所へI君に同行して出かけた。

退職以来初めて、ビジネススーツを着てネクタイを締めた。

 

会議室に通されて、事務長さんを待った。

営業していた頃、こんなシーンを何度も経験した。

新規セールスにしても紹介セールスにしても、初めての面談する時はいつもこんな緊張感を味わっていた。

久しぶりに味わう、その雰囲気が懐かしくもあった。

 

現れた事務長さんは私と同年配の人だった。

だが、のほほんと暮らしている私と違って、さすがに貫録があり落ちついていた。

幸いなことに、その人は饒舌だった。

私は<募集人数の現状>や<これまでどんな広告をされていたのか>を尋ね、ひたすら聞き役に回った。

 

想像していたとおり、いろんな広告を経験されていた。

私が話せる広告の知識など、ほとんど知っていたのだ。

私は交通広告の生徒募集例を営業時代の経験談を交えながら話したが、事務長さんが興味を示した様子はなかった。

それでも取りとめもない話で、40分程面談した。

 

結局最後に、「どうも貴重なお時間をいただいたのに、お役に立つような話が出来ませんでしたね」と私が言うと、優しく微笑んでおられた。

退職して現場を離れている老人との話の結末を、事務長さんは会う前から判っておられたようだ。

I君は昔から早とちりしやすい性格の男だった。

「生徒がなかなか集まらないんですよ」という愚痴めいた話を、I君はまともな商談と受けとめたのだろう。

パソコンから通信システムの構築、ホームページやSNSの制作を任されているので、事務長の言葉に過剰に反応したようだ。

事務長さんがI君の会社に求めているのは、ホームページやSNSをいかに効果的に運用するかの適切なアドバイスなのだ。

 

今回、久しぶりに現役社会の張り詰めた営みの中に身を置いたことは、良い体験だったと思う。

高齢化社会で、近い将来企業の継続雇用が70歳に引き上げられようとしている。

65歳の私はまだまだ働かないといけないのだろうが、哀しいかな、平穏な生活になれてしまうと戦う気力は徐々先細っていく。

author:金ブン, category:人生, 18:08
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食品ロス

JUGEMテーマ:ニュース

 

英会話を習っていた頃のお友達、Nさんが海外での体験を話していた。

Nさんは北米、ヨーロッパや中国など、各地を旅行されている。

カナダの田舎町で生活している、カナダ人の家庭に泊まったことがあった。

その時の晩御飯は湯がいたトウモロコシがそのまま食卓に置かれていただけだった。
それにバターを塗って食べるという。
料理はそれだけで、家人は何本でも食べて良いからと言う。

朝食もパンと牛乳だけだった。

 

海外で何軒も普通の家庭に泊まった経験を持つNさんは言う。

「海外の家庭の食事はとても質素なのよ。日本人のように手間暇掛けての食生活からは考えられない」

 

そういえば、以前アメリカ映画で、学生たちが食パンにハムを挟んだだけの昼食を学校に持って行くシーンを見たことがあった。

外人の食事はなんと簡単で質素なんだと思ったものだ。

 

最近、食べ放題を売り物にする飲食店が多くなった。

焼き肉食べ放題、パスタ・ピザ食べ放題、寿司食べ放題、串カツ食べ放題…。

近所のロードサイドの焼き肉店はほとんど食べ放題だ。

それに、何種類もの料理がお皿にたっぷりと並べられている、バイキング形式のレストランもよく見かける。

 

日本の食生活は、今なお高度経済成長時代の大量生産、大量消費を続けている。

 

一方、日本では年間約632万トンの「食品ロス」があるという。

これは東京都民1300万人が1年間に食べる量に匹敵する。

食品ロスとは売れ残りや期限を超えた食品、食べ残しなど、本来食べられたはずの食料が廃棄された量のこと。

 

親に捨てられた子どもたちがコンビニで捨てられる食品を分けてもらう、映画「誰も知らない」のラストシーンはとても印象に残っている。

増え続けているコンビニはその名の通り客の便利さをすばやく応えて、常に新鮮な食料を用意している。

その反面、売れ残りのサンドイッチ、おにぎり、弁当などが賞味期限、消費期限のルールのもとに廃棄されている。

 

食品小売店には3分の1ルールというのがあるそうだ。

賞味期限6カ月の場合、製造日から2ヵ月以内に納品しなければならず、その納品期限から2ヵ月内に小売店は販売しなければならず、そしてその販売期限から2ヵ月が賞味期限になっている。

だから、その期限を過ぎたものはその時点で廃棄される。

 

10月16日は世界食料デー。

「世界の飢餓や栄養不足と、その解決策について考える日」なのだ。

アメリカや日本などの先進国が飽食に酔いしれている間に、世界では9人に1人、8億2100万人が、飢えに苦しんでいるという。
 

まずは、わが家の「食品ロス」問題を解決せねばならない。

退職してから、私は冷蔵庫や食品棚の賞味期限・消費期限に注意を払うようになった。

「おい、これ賞味期限が近いで」とか、「今日は、消費期限の近いものから食べよう」とか、妻に言う。

何度も言うと、妻は不機嫌な表情を見せる。

嫌味たらしい神経質な夫を演じているようなので、自己嫌悪に陥って私は怯んでしまう。

だが、そうは言っておれない。

「食品ロス」を続けていたら、いずれ食糧危機という天罰を受けるに違いない。

そこは勇気を奮って、世界の食料問題を解決すべく、賞味期限キラーに徹するのだ。

 

なんて言いながら、私は玉ねぎが嫌いとか、ニンジンが嫌いとか、言っている人間だ。

「食品ロスを言う前に、好き嫌いを無くすほうが先じゃないの」と、妻から注意される。

確かに。

返す言葉がない。

author:金ブン, category:社会ネタ, 09:33
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